

地球内部ダイナミクス領域
海洋プレート活動研究プログラム 海洋底ダイナミクス観測研究チーム 技術研究副主任
浅田 美穂
あさだ・みほ 1976年、千葉県生まれ。博士(理学)。
筑波大学第一学群自然学類地球惑星科学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。
2009年、海洋研究開発機構研究員、現職に至る。専門は海洋地質学
深海底には、割れ目から染み込んだ海水が、海底下の金属などの物質を溶かし込んだ数百℃の熱水となって噴き出している場所がある。熱水噴出孔だ。浅田美穂 技術研究副主任は、深海巡航探査機「うらしま」で深海底の微細地形を探り、熱水噴出孔を次々と発見することで、その活動の全体像に迫ろうとしている。
地球って何だろう
──海や地球に興味を持ったきっかけは?
浅田:小学校低学年のころ、海水浴中に沖まで流されて救助されたことがあります。どうあがいても自分では岸まで戻れない恐怖感を味わいました。実は同じころ、プールでもおぼれて救助されたり、雷や台風の暴風雨におののいたり......(笑)。水の存在とか、自然が持つ大きな力に対する驚異を感じていました。中学生になると、「地球って何だろう」と興味を抱くようになりました。地球には広大な海があり、生命に満ちあふれています。なぜ、地球が現在の地球の姿になったのか、漠然と疑問に思いました。
高校のときには、光や音にも興味を持つようになりました。いま私の見ている緑色の光を、別の人も同じように緑色に見ているのだろうか。私が聞いている音を、ほかの人も同じ音として聞いているのか、虫には違って聞こえるのか。でも疑問の解決方法が分かりませんでした。
そして筑波大学の第一学群自然学類へ入学、4年生のときに、構造地質学が専門の小川勇二郎 教授の門をたたき、初めて海洋地質学に触れました。
ここにまた戻ってきたい

──研究室ではどのような研究テーマを与えられたのですか。
浅田:卒業論文の課題として、有人潜水調査船「しんかい2000」で撮影した相模湾初島沖の深海底総合観測ステーション周辺の観測ビデオを渡されました。そこでは複数の断層からメタンなどを含んだ冷水がわき出している場所があり、周囲にはその化学物質を利用して有機物をつくる微生物がいます。さらにその微生物を体内に共生させて有機物を得ているシロウリガイという二枚貝が集まっています。私は、そのシロウリガイ群集の分布や配列の地図をつくり、地質学的考察を行いました。
そのビデオに映し出された深海底の世界がすごく新鮮だったんです。ときどき、ひゅっと深海魚が通り過ぎるくらいの、青一色で静寂な世界。「こんな世界が身近な海の底に広がっていたんだ。この世界をもっと見てみたい」と思い、東京大学大学院へ進み、海洋研究所(現・大気海洋研究所)で学び始めました。
大学院生になって初めて参加した調査航海は、フランスの調査船によるインド洋への航海でした。そして幸運にも、有人潜水調査船「ノチール」に乗せてもらうことができたのです。
──深海底の印象はビデオとは異なりま したか。
浅田:ビデオで見ていた深海とはまったく違う奥行き感と、映像とは比較にならないほどスケールの大きな青く静寂な世界に、圧倒されました。また、得られる情報量がまったく違いました。実際に自分の目で見ると、断層などの走向や規模、地質構造の空間分布を直感的にとらえることができるのです。実際の深海底を目の当たりにしてすっかり魅了され、「ここにまた戻ってきたい」と思い、博士課程へ進学しました。
海底調査で築かれた新しい地球観
──大学院ではどのような研究を進めたのですか。
浅田:新しく海底がつくられている「海嶺(かいれい)」について学びました。20世紀後半、海底の地形や地磁気などの詳しい調査が進められ、総延長が約7万kmにも達する海底火山の連なりである海嶺の存在が明らかになりました。地球の表層は十数枚のプレート(岩板)に覆われています。海嶺で新しいプレートがつくられ、年間数cm〜十数cmの速度で両側へ移動し、海溝でほかのプレートの下へ沈み込んでいきます。このような新しい概念、地球観が、当時の画期的ながらも地道な海底調査などによって築かれたのです。
──どのような方法で海底地形を調べるのですか。
浅田:海中では光や電波はすぐに減衰してしまうので、海底地形を調べるには音波を使います。近年、海底地形を調べる観測装置の性能が格段に向上しました。新しい観測装置で海底を調査するたびに、それまでにない詳細なデータが得られる状況です。
現在の地球観は、古い観測装置による限られた精度・範囲の観測データによって築かれたものです。その概念がいまだに覆されないのは、当時の研究者に驚異的な先見の明があったからだと思います。しかし、現在の理論では説明し切れないことが、調査を重ねるたびに出てきます。
最新の観測装置を使って深海底の地形などを詳細に観測することにより、新たな地球観を築くことが、きっとできるはずです。私は、微細地形の観測こそが、いまの海洋底科学に大きなブレークスルーをもたらすと信じています。
私は大学院で、サイドスキャンソーナーという装置でとらえた北極海にある海嶺のデータを分析しました。サイドスキャンソーナーは海底に向かって扇状の音波を出して、海底の凹凸や地質を調べます。このとき短い波長の音波を使うほど、海底の細かい特徴をとらえることができます。しかし海中では短い波長ほど減衰しやすいので、装置を海底に近づける必要があります。近年の技術ではcmスケールの微細な地形の凹凸を知ることができるようになりました。海底近くでの高精度の調査には、最新の技術あるいは、これから開発される近未来の技術が必要不可欠です。
光で見渡すことができる深海底の世界はたかだか十数m程度と、とても限られていますが、音波なら数百mという広い範囲を一度に高精度で見渡すことができるのです。新しい調査が1つ終わると、見たことのない海底の特徴が必ず浮かび上がってきて、そのたびに海底の世界観が更新されます。私はサイドスキャンソーナーを使って、世界中のさまざまなタイプの海嶺を見てみたいと思うようになりました。
熱水噴出孔と地球環境
──海嶺のどのようなポイントに注目し ているのですか。

浅田:熱水噴出孔です。海底下深くまで染み込んだ海水が熱せられ周囲の岩石と反応し、金属などを溶かし込んだ熱水となって海底から噴き出している場所です。熱水噴出孔では金属が堆積(たいせき)してマウンドをつくったり、チムニーと呼ばれる煙突状の地形をつくったりしています。チムニーの高さは数m、大きいものでは数十mにもなります。その周りには熱水に含まれているメタンなどの化学物質を利用して有機物をつくる微生物や、その微生物と共生するさまざまな生物が繁殖しています。
このような熱水噴出孔が世界中にたくさんあり活発に活動していれば、海水の化学組成や水温、さらには海を通して大気にも影響を与えている可能性があります。海水中に溶けている鉄の量が、生態系を支える植物プランクトンの増殖を左右していることが知られています。熱水噴出孔の活動は、海の化学組成を通して地球全体の生態系にも大きな影響をもたらしているかもしれません。
しかし、そもそも世界中のどこにいくつの熱水噴出孔があり、どのくらい活発に活動しているのか、まったく分かっていません。それでは地球環境や生態系に与えている影響を議論することができません。これまで、海底地形や水温・化学組成などさまざまな観測データを手掛かりに、熱水噴出孔を探す調査が行われてきました。しかし、1ヵ所の熱水噴出孔を特定す
るだけでも大変なんです。
数m〜数cmの分解能を持ち、地質も調べることができるサイドスキャンソーナーを使えば、熱水噴出孔を次々と見つけることができるはずです。
ある拡大速度・条件下の海嶺において、どのような活動規模の熱水噴出孔がどれくらいの頻度で発生するのかという法則を、私はサイドスキャンソーナーを使って導き出したいのです。それが分かれば、地球全体にどれくらいの個数・活動規模の熱水噴出孔があるのかを推計して、その活動が海や大気、生態系に与える影響を具体的に議論することができるようになります。
「うらしま」で熱水噴出孔を次々と見つける
──これまで、サイドスキャンソーナーで、熱水噴出孔を次々と発見しようという試みはなかったのですか。
浅田:実はサイドスキャンソーナーの観測には大きな課題があります。サイドスキャンソーナーを搭載した探査機の姿勢が安定していないと、高精度のデータが得られないのです。船からケーブルで引っ張る曳航(えいこう)体では、海流や船の姿勢に影響を受けて姿勢が安定しません。サイドスキャンソーナーで観測してもノイズが大きく、熱水噴出孔のような微細地形をとらえることは困難です。
──その課題を解決できる方法があるのですか。

すでに熱水噴出孔が発見されている「ヤマナカサイト」周辺を音波で観測した画像。「うらしま」は海底から約100mの高さを航行して観測。点線で囲んだ場所に、ヤマナカサイトと見られる特徴的な海底の構造がとらえられている
浅田:ケーブルにつながれることなく自由に航行でき、海流に応じて姿勢や航行速度をコントロールして、姿勢を安定に保ちながら広い範囲を観測できる探査機が必要です。それを実現できる素晴らしい探査機が海洋研究開発機構(JAMSTEC)にはあります! 深海巡航探査機「うらしま」です。「うらしま」は自律型無人探査機(AUV)、いわば海中ロボットです。
私は2009年にJAMSTECに入り、早速、南部マリアナトラフの海嶺を調査する機会に恵まれました。「うらしま」のサイドスキャンソーナーを使って数cmの分解能で微細地形の観測を行い、熱水噴出孔と考えられる地形をいくつか見つけることができました。

2010年9月、「しんかい6500」に乗り込み、「ピカサイト」周辺を調査する浅田副主任
このような検証を何回か行うことで、サイドスキャンソーナーによるデータを熱水噴出孔の存在と結び付け、熱水噴出孔を次々と見つける技術を確立したいと思います。そしてその技術を使って世界中のさまざまなタイプの海嶺を観測することを目指しています。
大切なのは、続けること
──研究者を目指している『Blue Earth』の若い読者にアドバイスをください。研究者になるには、何が必要ですか?
浅田:私も学生のとき、指導教官に同じ質問をしたことがあります。「必要なのは能力」といわれたことは一度もありません。「研究を続ける意志を持つことです。研究をやめない人が研究者になることができます」といわれました。海洋研究所でポスドク(博士研究員)をしているときに子どもを産み、研究を続けられるものかとても迷いました。でも、「やめないこと、可能性がある限り継続すること」と周囲に励まされました。
──続けることは簡単ではないですね。
浅田:とても難しいです。息子は3歳になったばかり。研究と子育てとの両立に、力尽きそうになることがあります。
自分の能力に疑問を持ち、悩むこともあります。周りのみんなより数学的な知識がなくて、コンピュータのプログラムを書くのも苦手で……。自分は研究の現場にいてはいけないのではないのか、という気持ちになります。しかし、「それでは駄目だ。自分の長所を見つめ直して、それを生かせる研究の方向があるはずだ」と思い直し、いまに至っています。
答えが分からない疑問にぶつかり、それを解決しようとする研究のスタイルが、私は大好きです。地球って何だろう、という中学生のころからの根本的な興味に突き動かされて、研究を楽しんでいます。どんな困難があっても、決してあきらめずに研究を続けていく覚悟です。

