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私が海を目指す理由

世界最高の
アーキア・ハンターになる

海洋・極限環境生物圏領域
深海・地殻内生物圏研究プログラム 深海・地殻内生命圏システム研究チーム 主任研究員

井町 寛之

いまち・ひろゆき 1975年、山口県生まれ。工学博士。
長岡技術科学大学 大学院工学研究科エネルギー・環境工学専攻博士課程修了。同大学助手を経て、2006年、海洋研究開発機構(JAMSTEC)極限環境生物圏研究センター 研究員。 2009年より現職。専門は微生物学

海底下には、膨大な数の微生物が生息していることが分かってきた。その大半はアーキアと呼ばれる生物群であり、 その性質や機能はよく分かっていない。
井町寛之 主任研究員は、アーキアを次々と分離・培養することにより、未知のアーキア・ワールドの扉を開こうとしている。

  人生の挫折

──子どものころに熱中していたことは?

井町:スポーツ少年団で剣道をやりました。練習が厳しくレベルの高い少年団で、なかなかレギュラーになれませんでした。中学の部活動でも剣道を続けました。そこは本当に厳しい剣道 部で、練習が過酷だったため、あまり好きではありませんでした。しかし、卒業前に顧問の榎本丈二先生が贈ってくださった言葉をいまでも覚えています。「社会に出たら、精神的につらいことはたくさんあるだろう。しかしこの剣道部の練習ほど体力的にきついことはないはずだ。だから、つらいことがあっても、ここでの練習を思い出して、少しでも心の支えにしてほしい」

──そのころから、自然にも興味があった のですか。

井町:いいえ、歴史が好きで考古学者になり たいと思っていました。そして数学が大嫌いで した。

──では、なぜ工業高等専門学校(高専)へ進んだのですか。

井町:そこに人生の挫折があったのです。普通科の進学校が第一志望でした。しかし入試の数学の点数が2点足りなくて落ちてしまいました。その合格発表を見に行った帰りの車のなか で、母がしくしく泣いていたのを覚えています。
進学校を受ける前、受験の場慣れをするために徳山高専を受けたのです。学科も受かりやすい土木建築工学科を選びました。まったく行く気がなかったので、深く考えて学科を選んだわけではありません。しかし結局、そこへ進むことにしました。

──どんな科目の授業があったのですか。

井町:それが、私の一番嫌いな数学と力学の授業ばかりでした。とてもつらかったですね。入学して最初のテストで、成績順が真ん中くらいでした。それを見て、"このままでは自分は駄目になる" と思ったのです。そのときから猛烈に勉強しました。
でも勉強を心から面白いとは思えませんでした。唯一嫌いでなかったのが、水処理などの衛生工学の授業でした。内容が数学一辺倒ではないので、これなら私でも頑張れると思ったのです。そこで高専の4〜5年生のときに水質浄化の研究室へ進みました。

  微生物ハンターへの道

──その後、長岡技術科学大学へ進学されたのですね。


長岡技術科学大学の学部4年生のとき、約半年間のインターンシップを受けた、栗田工業株式会社 技術開発センターにて。「後ろと横に見える微生物を使った廃水処理装置の維持管理を任されました」

井町:いまでは高専生の大学進学率はとても高いのですが、当時は高専から大学へ行くのは大変でした。長岡技術科学大学は高専生を受け入れる大学院大学です。通常、学部3年生から修士課程まで4年間勉強します。私は新設された環境システム工学課程の1期生になりました。環境分野はこれからの時代に絶対に伸びると思ったからです。そして水処理関係の企業に就職したいと、漠然と考えていました。
しかし、大学では、高専ではまったく習わなかった生物関係の科目がありました。中学の理科のレベルからいきなり大学の生化学の授業を受けたのです。付いていくのが大変でした。
そして学部4年生のときに、微生物を使った水処理の研究を行っていた原田秀樹教授(現・東北大学) ・大橋晶良教授(現・広島大学)の研究室に入りました。両先生の授業からはとても熱意を感じ、尊敬できる先生だと思ったからです。そして、その研究室はとても厳しく指導してくれる活動的なところだという評判でした。高校受験には失敗しましたが、大学は自分で選んだので、頑張ろうという気持ちでした。
長岡技術科学大学では、卒論の代わりに企業や国内外の大学でインターンシップ(実務訓練)を受けることになっていました。私は栗田工業株式会社で、工場廃水を微生物で浄化する室内実験を担当しました。

──いまの専門である微生物学はいつから学び始めたのですか。

井町:修士課程へ進んでからです。特定の微生物だけを純粋に取り出して増殖させる、分離・培養を始めたのも、そのときからです。

──分離・培養しなくても、遺伝情報が書かれた塩基配列が解読できれば、機能を推定できるのでは?

井町:機能の分かっている遺伝子の塩基配列と似たものならば、機能を推定できます。しかし微生物の遺伝情報の大半は既知のものとは塩基配列が大きく異なり、機能が分からないのです。近年、培養を介さずに微生物の遺伝情報を網羅的に解読する「メタゲノム解析」などの研究が盛んに行われています。しかし解読できても、ほとんどの情報が意味不明です。そこで、1つ1つの微生物を分離・培養して詳細な性質を調べる研究の重要性が再認識されています。ただし、微生物のなかで分離・培養ができる種類は全体の1%。99%は分離・培養が困難であるといわれています。

──修士課程ではどのような微生物の分離・培養に取り組んだのですか。

井町:まず研究室の博士課程にいた関口勇地さん(現・産業技術総合研究所)に、手ほどきを受けました。当時、関口さんはかなり寡黙かつ厳しい人で、実験のやり方を「1回は教えるが、それで覚えろ」といわれました。

──厳しいですね。


海底下に生息するメタン生成菌:下北半島東方沖の海底下堆たい積せき物コアサンプルから、井町主任研究員が独の装置を使って分離・培養したメタン生成菌

井町:中学生のころから、厳しい指導には慣れています(笑)。修士課程では、嫌気性廃水処理プロセスで重要とされる嫌気性微生物の分離を行いました。その微生物はメタン生成菌と共生しないと生きていけないという、生態学的にも面白い特徴がありましたが、分離するまでに約2年かかりました。かなり苦労しましたが、学会で発表したところ、高い評価をもらいました。私はこの成功体験により、微生物を分離・培養する"微生物ハンティング" に目覚めました。そして関口さんの勧めもあり、博士課程へ進むことにしました。
その後、私は博士号を取得して長岡技術科学大学の助手として、微生物ハンティングの研究などを続けていました。
助手になったころからメタン生成菌に興味を持ち始めました。メタンは二酸化炭素の20倍もの温室効果を持つガスです。米どころの長岡で研究をしていましたので、水田に生息するメタン生成菌も興味の対象の1つでした。大気へのメタンの放出源の2割が水田です。しかし水田からメタンを出しているメタン生成菌を分離・培養することは、誰にもできていませんでした。その水田のメタン生成菌の分離・培養に、当時私の指導学生であった酒井早苗さん(現・JAMSTEC)と一緒に挑戦しました。それに成功したのです。

──成功のポイントは?

井町:供給する水素の濃度です。メタン生成菌は二酸化炭素と水素からメタンをつくります。これまでメタン生成菌を培養するとき、菌の密度を高くしたいため、水田環境の1,000〜1万倍の高濃度の水素を供給していました。私たちは、その濃度を思い切って下げたのです。もう1つのポイントは、水素の供給の仕方です。水田には、水素を放出する微生物がいます。メタン生成菌はその微生物と共生して水素をもらっていることが知られていました。私たちは、培養する際に水素を直接与えずに、水素を放出する微生物とメタン生成菌を一緒に培養して、菌の密度が高くなったところで別の方法でメタン生成菌だけを分離して、培養することに成功しました。つまり、メタン生成菌が繁殖している水田の環境に近づけることで、分離・培養に成功したのです。この仕事はとても高い評価を頂きました。

  海底下の微生物圏へ

──JAMSTECへ来るきっかけは、深海や海底下の微生物を研究している高井 研 上席研究員との出会いだったそうですね。

井町:博士課程1年生のとき、学会で高井さんに初めてお会いしました。目がぎらぎらしていて声も大きいので、少し怖かった(笑)。でも思い切って話し掛けてみました。
その後、しばらくは高井さんと話をする機会はなかったのですが、大学助手になってから参加した学会で、私の水田から分離したメタン生成菌の研究発表を聴いていた高井さんが、「一緒に航海に出て海底下の微生物を培養してみないか」といってくれました。2005年の春、私は海洋調査船「なつしま」による沖縄トラフへの航海に同行しました。


2006年、地球深部探査船「ちきゅう」により下北半島東方沖の海底下から 採取された堆積物コアサンプルを船上で扱う井町主任研究員

──船酔いは大丈夫でしたか。

井町:幸い、私は船酔いには強いのです。高井さんは弱いんですが(笑)。「なつしま」では、聞いたことのない専門用語の略語が飛び交っていて、まったくの別世界に飛び込んだ気分でした。その後、高井さんがJAMSTECへ来ないかと誘ってくれました。

──どう思ったのですか。

井町:うれしかったですね。長岡技術科学大学には愛着がありましたが、学生のころから10年もいたので、外の世界を見てみたいと思っていた時期でした。また私は、もっと分離・培養の難しい微生物に挑戦してみたいと考えていました。そこで、海底下の微生物のハンティングを目指すことにしたのです。

  独自の培養システムを築く

──JAMSTECで、まずどのような微生物 の分離・培養に取り組んだのですか。

井町:地球深部探査船「ちきゅう」が下北半島東方沖の海底下から採取したメタン生成菌です。遺伝情報の解読から、メタン生成菌が海底下にいることが分かっていました。しかし、これまで海底下から分離・培養されたのはたった2種類。それはメタン生成菌研究のパイオニアであるDavid Boone博士が、従来の培養法を使って何年もかかってやっと成功したものです。そのBoone博士も亡くなってしまいました。


新しい微生物の培養システム「下向流懸垂型スポンジ(DHS)リアクター」スポンジに微生物を付着させて、上から水を垂らす。それにより、微生物の生存環境に似た物質循環を実現。培養の妨げとなる微生物の排せつ物も除去することができる

──では、どのような手法で分離・培養しようと考えたのですか。

井町:従来の培養法は効率が悪く、限界があります。これまでは、平板の培養皿や試験管を使って微生物を培養してきました。しかしそこには物質の流れがないんです。微生物の排せつ物がどんどんたまっていきます。そんな悪環境でも、大腸菌などの限られた微生物は培養できます。しかしこの方法では、多くの微生物は培養困難です。
皆さんも、金魚を飼うときには、水を換えたりフィルターを使ったりして、排せつ物がたまらないようにしますよね。それと同じようなことをすれば、もっとたくさんの微生物の培養が可能になるだろうと考えていました。そのアイデアを実現するために、JAMSTECで新しい微生物の培養システムをつくることにしたのです。

──どのようなシステムですか。

井町:スポンジに微生物を付着させます。そこに上から水を垂らすことで、排せつ物がたまらないようにしました。かつて私が企業インターンシップや大学院で学んだ廃水処理のシステムを応用したのです。加えて、メタンの生成に必要な水素を低濃度で供給できる工夫をしました。このシステムを使うことで、海底下のメタン生成菌の培養に成功しました。

──メタン生成菌の研究はどのような研究に貢献しそうですか。

井町:メタンはエネルギー源であるとともに、強力な温室効果ガスです。従って、メタン生成菌の研究は地球温暖化やエネルギー問題の視点から大きく注目されています。
現在、地球温暖化対策として、火力発電所などで発生した二酸化炭素を回収して海底下深くに送り込み隔離する研究が進められています。JAMSTECでは、その隔離した二酸化炭素を利用してメタン生成菌にメタンをつくらせ、エネルギーとして回収する技術の研究を行っています。新しい培養システムで、それに適したメタン生成能力の高いメタン生成菌を選び出 し、分離・培養することが可能だと思います。
海底下には、メタンと水の化合物であるメタンハイドレートが存在しており、未来のエネルギー源として期待されています。また地球史において、メタンハイドレートが崩壊して大気中に大量のメタンが放出され、気候の大変動を引き起こしたことがあると考えられています。そのメタンハイドレートに含まれるメタンの大半はメタン生成菌がつくり出したと考えられていますが、これまで詳しく調べることができませんでした。その研究がメタン生成菌の分離・培養技術により可能となるでしょう。
また、メタン生成菌は、生命の起源や地球外生命体の研究からも注目されています。地球で最初に生まれた生命はメタン生成菌ではないかと考えている研究者もいます。また、火星のメタンは生物が生成したものではないかと推測されています。

  未知のアーキア・ワールドの扉を開く

──今後の目標は。

井町:これまで見つかったメタン生成菌はいずれもアーキア(Archaea:古細菌)と呼ばれる生物群に属します。生物はバクテリア(細菌)、ユーカリア(真核生物)、そしてアーキアという3つの大きなグループに分かれます。地下には、海洋や陸上、大気中を上回る数の生命体がいることが分かってきました。そのほとんどがアーキアだと推定されています。つまり、地球上の生命体の大半がアーキアなのです。そして海底下には未知のアーキア・ワールドが広がっています。
しかしこれまでの技術では、ほぼすべてのアーキアは分離・培養することが難しく、その性質や機能がよく分かっていません。私の目標は、新しい培養システムによりアーキアを含めた未知の微生物を次々と分離・培養することです。それにより、アーキアの性質や機能を詳しく調べる研究が初めて可能になります。そしてバクテリア、ユーカリアとは異なる生命の仕組みが見えてくるはずです。

──微生物ハンティングの研究で、どうし ても負けたくないライバルはいますか?

井町:ライバルはいますが、いまのところ負けたことがありませんから(笑)。私の対象としているメタン生成菌などの嫌気性微生物のハンティングは、時間のかかる研究です。次々と論文が書けるわけではありませんが、成功すれば、ほかの研究者は追随することがなかなかできません。研究成果を出すという面においてはリスキーといえますが、誰もできなかったことを実現できたときの快感は格別です。しかもそれが、サイエンスとして高い評価を受け、大きな貢献ができるのです。私は微生物ハンティングをライフワークにする決心をして、世界最高のアーキア・ハンターになることを目指しています。

──研究者を目指している中高生にアドバイスをください。

井町:人生の挫折はつらいですが、自分を成長させるいい機会でもあります。私は高校受験でそれを味わい、とてもよかったと思っています。そして人との出会いに恵まれました。若い皆さんにも人との出会いを大切にしてほしいと思います。

「私が海を目指す理由」は、JAMSTECの広報誌 海と地球の情報誌 「Blue Earth」上で、JAMSTECの研究者や技術者たちがなぜこの仕事をすることになったのか、その理由や夢をインタビュー形式でご紹介しているコーナーです。 こちらで紹介している記事は、海と地球の情報誌 「Blue Earth 109号」に掲載されています