

地球環境変動領域
北半球寒冷圏研究プログラム 陸域環境変動研究チーム 主任研究員
杉浦 幸之助
すぎうら・こうのすけ 1966年、青森県生まれ。博士(地球環境科学)。
1999年、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。同年、海洋科学技術
センター(現・海洋研究開発機構)
地球観測フロンティア研究システム ポスドク研究員。2009年より現職。2010年よりアラスカ大学国際北極圏研究センター客員研究員兼務。
専門は地球雪氷学、雪氷物理学
「寒さには強いです。雪氷の研究者としては都合がいいですよ」。そういって笑う杉浦幸之助 主任研究員は、 北半球の寒冷圏で積雪の観測を行っている。気温マイナス45℃、風速20mを超える強風が吹くこともある 過酷な世界。それでも毎年、モンゴルやシベリア、アラスカに出掛けていくのは、「地球にどのくらいの雪が あるのかを知りたいから」。杉浦主任研究員は、積雪の量や雪の移動のデータを気候モデルに組み込み、より 精度の高い気候変動予測の実現を目指している。
フィールドは北半球の寒冷圏
──モンゴルでの観測から戻られたばかり だそうですね。
杉浦:この冬の降雪量を観測する準備をしてきました。私たちは、ヘンテイ山脈やアルタイ山脈などモンゴルの山岳地帯で雪がどのくらい積もるかを、2002年から毎年調べています。
積雪地帯や凍土、氷河が広がる北半球の寒冷圏は、温暖化の影響が最も顕著に現れるといわれています。また、積雪面積の減少は温暖化を加速する効果があるといわれています。しかし、それらのメカニズムや影響の程度はよく分かっていません。モンゴルが位置する中緯度あたりは、ユーラシア大陸における積雪地帯の南限にあたります。この地域の積雪量の変化を調べることで、温暖化の影響をいち早く捉え、変動のメカニズムを解明しようとしているのです。

モンゴルでの自動気象観測装置。支柱に取り付けられたコの字状の光学センサーで降水量を測る
──なぜ山岳地帯なのですか。
杉浦:平地には気象観測点がありますし、人工衛星の観測データから積雪量を見積もることもできます。しかし、山岳地帯には観測点がほとんどありません。また積雪分布が不均一なため、山岳地帯の積雪量については精度のよい人工衛星の観測データが得られません。そのため、実際にその場に行って観測しなければならないのです。車で山に入り、車中やゲルと呼ばれる遊牧民のテントで寝泊まりしながら、標高の異なる地点で観測したりします。標高と積雪量の関係が分かれば、すでに得られている地形データを使い、その地域の積雪量を算出することができるのです。
──モンゴルのほかには、どこで観測を行っているのですか。
杉浦:シベリアのオイミヤコン周辺、アラスカのバローやフェアバンクス周辺などで観測しています。オイミヤコンは、マイナス71.2℃を記録した、北半球で一番寒い場所です。
オイミヤコンまで行くのが、大変なんですよ。まず、西から向かうのか東から向かうのか、二通りあります。西から向かう場合はウラジオストク経由の飛行機でヤクーツクに行きます。東からの場合はマガダンに行きます。ヤクーツクからでもマガダンからでもオイミヤコンまで陸路で行くこともできますが、いずれもひどい悪路で、道が寸断されていたり、橋が壊れていたりします。そこで、夏はヤクーツクからウスチネラという小さな町まで飛行機で行き、そこからボートで川をさかのぼって入ったこともあります。冬は凍結した川の上を車で走ることができるので、夏より楽です。でも、氷が融けたぬかるみに車がはまったり、増水した川に行く手をはばまれたり、苦労が絶えません。
マイナス45℃の世界
──現地では、どのような観測を行うので すか。
杉浦:観測装置の主役は降水量計です。降
水量計は筒になっていて、筒のなかに入った雪の量を測ります。しかし、風が強いと雪が筒に入りにくくなり、正確な計測ができません。そこで、筒に風よけを付けたり、雪の粒子の粒径と数を計測する光学的なセンサーが開発されたり、さまざまな工夫がなされています。降水量計を持っていけない場所では、ペットボトルでつくった容器
を使うこともあります。
積雪がある場所では、積雪に穴を掘り、その深さを測ります。また、雪を円柱状に採取して重さを量り、密度を求めたり、雪粒のかたちなどを観測したりします。雪といっても、水分をたくさん含んだ重い雪や、乾いた軽い雪など、さまざまです。雪の密度が分かれば、積雪の深さから水量に正確に換算することができます。
表面のかたさも測ります。雪面のかたさから、風の強さが分かるのです。風がないと雪面はやわらかく、風が強いとかたくなります。風の強さは、雪の移動や昇華(固体から気体へ変化して蒸発すること)の量に関係します。
──雪のなかでの観測は寒くて大変そうですね。これまで体験した最低気温は?

風上に向かって体を45度傾けても倒れないほどの強風が吹くことも。アラスカ・バローにて
私は寒さや雪には弱くない方で、つらいと思ったことはほとんどありません。冷え性とは無縁で、手足はいつも熱いくらい。吹雪のなかでの配線作業も平気です。それは、雪氷の研究者にとっては都合がいいですね。青森県津軽半島の最北端の出身だからかも。
故郷は津軽半島の最北端、竜飛
──津軽半島の最北端というと、竜飛ですね。歌謡曲の歌詞にも出てきますが、どのようなところですか。
杉浦:海と山ばかりで、平地はほとんどあ りません。風がとても強く、冬は激しい吹雪で前がまったく見えなくなるほどです。
──どういう子どもでしたか。
杉浦:夏は海で泳ぎ、春や秋は釣り、冬はミニスキーと、遊んでばかりいました。雪は、大人にとっては厄介なものですが、子どもにとっては楽しいものです。

夏のシベリアでは、ボートで川をさかのぼる
──そのころの将来の夢は?
杉浦:父が電気屋を営んでいたので、店を継ごうかと思っていました。青函トンネルの建設中には、作業員宿舎への納品やテレビアンテナを取り付ける仕事も多く、私もよく一緒に行きました。店の手伝いは、楽しかったですよ。
──影響を受けた本はありますか。
杉浦:1冊はジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』です。ワクワクしながら読み、「ここを飛び出して外の世界を見てみたい!」と思いましたね。それから、『学研まんが ひみつシリーズ』が大好きでした。年に数回、青森市内に家族で出掛けたとき、必ず買ってもらいました。
──雪氷研究との出会いは?
杉浦:子どものころから、自然の仕組みを知りたいと思っていました。下宿をして青森市内の修学旅行がある高校に通い、卒業後は物理学科へ進みました。修学旅行で京都に行き、哲学の道を歩く。それが憧れだったので、高校を選ぶ際、修学旅行があるかないかも当時の私にとっては大きなポイントでした。大学でアイスモンスターと呼ばれる樹氷のでき方を調べたりしているなかで、雪や氷に興味を持ち、北海道大学大学院で雪氷の研究を本格的に始めました。
雪の粒を1個1個数える
──大学院では、どのような研究を?
杉浦:大型の風洞装置を使った実験を行いました。2階建てくらいの巨大な装置で、全体をマイナス10℃くらいに冷やし、雪を敷き詰め、風を送って吹雪を発生させます。
吹雪によって雪の粒子が雪面に衝突すると、跳ね返るだけでなく、新しい粒子をたたき出します。この雪粒子の衝突、反発、射出の過程を「スプラッシュ」といいます。吹雪はスプラッシュを繰り返しながら発達していきます。吹雪を理解するには、スプラッシュの過程を明らかにする必要があるのです。
実験の様子を、高速度ビデオカメラを使って撮影します。雪の粒子が、どのくらいの角度・速度で衝突し、どのくらいの速度・角度で跳ね返るか。また、何個の雪の粒子をたたき出すか。それを、風速を変えながら雪の粒子1個1個について調べます。そのデータを数理的に解析してモデル化します。
モデル化にはたくさんのデータが必要です。来る日も来る日も、雪の粒子を数えていました。地味な研究ですよ。苦労の末、スプラッシュ過程のモデル化に成功し、風速から雪の粒子の挙動を予測できるようになりました。
──吹雪を研究テーマに選んだ理由は?
杉浦:子どものころから身近な現象だったから。巨大な風洞を使えることも魅力でした。
吹雪と気候の関わりに注目
──2010年度の日本雪氷学会「平田賞」を受賞されました。
杉浦:受賞理由は「吹雪のスプラッシュ過程ならびに熱交換過程のモデル化と広域水循環評価に関する研究」です。大学院時代からやっていたスプラッシュ過程のテーマをはじめとして3つのテーマをまとめて評価していただきました。
──熱交換過程のモデル化とは?
杉浦:地表面が黒いと熱を吸収して暖かくなり、白いと熱を反射して冷えるというのを聞いたことがあるでしょう。では、吹雪には、熱を吸収する効果があるのか、反射する効果があるのか。それを解析し、吹雪はわずかに熱を吸収する効果があることが分かりました。それをモデル化したのです。
──広域水循環評価とは?
杉浦:雪が降ると積もり、風が吹けば舞い上がって移動し、昇華して蒸発します。しかし、現在の全球気候モデルでは、そうした雪の移動は要素として考慮されていません。雪は降ったらそのまま動かないとして計算しているのです。不自然ですよね。そこで、雪は地球のどこで、どのくらい昇華蒸発しているのかを解析しました。
吹雪の研究は、主に交通や建築の面から行われています。熱交換や水循環など気候との関わりに注目した研究は、まだ多くありません。
気候モデルに雪のデータを入れる
──今後、どのように研究を進めていく計画ですか。
杉浦:私は、地球上に雪がどのくらいあるのかを知りたいのです。雪の存在は、水循環や熱収支などを通して、気候システムの形成と変動に大きな影響を及ぼしています。また、温暖化の影響を受けて変化するとともに、その進行にも関わっています。地球の気候システムを考えるとき、雪の情報は不可欠です。
2007年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「第4次評価報告書」では、雪氷と凍土の章が初めてできました。雪氷の重要性がようやく認められてうれしいのですが、全球気候モデルではまだうまく再現されていないようです。データが不足しているからです。
──今後やらなければいけないことは?
杉浦:寒冷圏における観測の継続と、海氷の上にどのくらいの積雪があるのかを正確に知ることです。先ほど紹介した水循環評価でも、北半球では海氷の上での昇華が多いという結果が出ています。しかし、海氷の上の積雪を人工衛星で観測することは難しく、その場に行って観測するしか方法はありません。課題は多いですが、ぜひ実現したいですね。
そして、世界の積雪量、吹雪による雪の移動や熱交換など、考え得る重要なプロセスを全球気候モデルに入れ、気候システム変動のメカニズムを明らかにし、正確な予測を実現したいと思っています。
現在、2013年の発表に向けてIPCCの「第5次評価報告書」の準備が進められています。それには間に合いませんが、たとえばその次の評価報告書に盛り込めるような成果を挙げるよう、研究に取り組んでいきたいと思っています。
好きな雪は「しもざらめ」

しもざらめ雪。2008年3月、シベリアにて。雪をスノーゲージに載せ、粒径やかたちを観察する
──『Blue Earth』の若い読者へメッセ ージをお願いします。
杉浦:人からいわれたことではなく、自分が「面白い」と思えることに、熱中して取り組んでほしいですね。続けていれば、何かが見えてきて、何かが付いてきます。
──雪は面白いですか。
杉浦:はい。日本は南北に長いので、いろ いろな雪があります。ぜひ、皆さんも観察してみてください。私が好きな雪は「しもざらめ」。コップ状の粒が重なり合ったガザガザしている雪です。気温が低くないとできないので、日本ではあまり見られないですね。次回モンゴルに行ったら、しもざらめの感触を楽しんできたいと思います。

