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私が海を目指す理由

オールジャパンの 海のロボットをつくろう!

海洋工学センター
海洋技術開発部 探査機技術グループ 技術研究主任

石橋 正二郎

いしばし・しょうじろう 1975年、静岡県生まれ。工学博士。
東京商船大学(現・東京海洋大学)商船システム工学課程卒業。2003年、同大大学院商船学研究科修了。同年、海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)入所。深海巡航探査機「うらしま」、大深度小型無人探査機「ABISMO」、先端技術試験機「MR-X1」などの開発に従事。専門は海洋工学、ロボット工学

「自分の力で目的地まで航行し、自律的に作業して、迷子にならずに帰ってくる、そんな深海探査機をつくりたい。それも、すべて日本独自の技術で」と語る石橋正二郎 技術研究主任。探査機に搭載する機器の制御やソフトウェアを担当する石橋さんの研究室には、探査機の「目」にあたるカメラや、「腕」となるマニピュレータ、「方向感覚」をつかさどる航法装置などが並んでいる。2010年8月には、先端技術試験機「MR-X1」によって、世界で初めて全自動による海底作業にも成功した。夢の深海探査機を目指して、今日も研究開発を進めている。

──現在の研究について教えてください。

石橋:私は、自分で見て考えて判断し、自律的に作業をする、そんな深海探査機をつくりたいと思っています。そのために、カメラやマニピュレータ、航法装置、コンピュータ制御システムなどの研究開発に並行して取り組んでいます。
なかでも、いま私が最も力を入れているのがカメラです。2010年8月には、MR-X1(Marine Robot Experimental-1)という先端技術試験機に2台の高性能デジタルカメラを搭載して、新しく開発した「ステレオ視システム」の性能を海域試験で確かめました。2台のカメラで異なる視点から撮影することで、対象物の立体的な情報を測定することができます。現在は深海で未知の物の大きさを測ることは非常に難しいのですが、ステレオ視を使えば、対象物の大きさや、対象物までの距離、傾斜や凹凸まで正確に測ることができます。

──マニピュレータについては?

石橋:カメラが探査機の「目」だとすれば、マニピュレータは「腕」です。現在、探査機のマニピュレータは、オペレーターが支援母船で現場の映像を見ながら遠隔操作していますが、その技術の習得には熟練が必要です。そこで、ステレオ視システムと組み合わせて自動でマニピュレータを動かすことができる機能を開発しています。対象物を自動でつかんだり離したりするだけでなく、障害物をよけるなど、自分で考えて器用に動くマニピュレータを目指しています。

──MR-X1の試験では、新しい慣性航法装置も担当されましたね。


2010年8月、相模湾で行われたMR-X1の海域試験の様子。高機能画像システムや小型慣性航法装置、深海用リチウムイオン電池などの新たに開発した先進技術機器を搭載し、水深80〜1,500mの海中でも正確に機能することを確認した。また、自律的に目的地まで航行・潜行し、海底に旗や磁力計を設置する作業にも成功
右下:MR-X1に搭載された小型慣性航法装置の試作機。国産宇宙ロケットと同じ超小型ジャイロコンパスを組み込んで小型化し、高性能かつ国内最小、最軽量とすることに成功した

石橋:慣性航法装置は私が海洋研究開発機構(JAMSTEC)に入所してからずっと取り組んでいる研究対象で、最も思い入れがあります。慣性航法装置は、探査機が自分の位置を知るための装置です。自分の位置が分からなければ、探査機は目的の場所へたどり着けず、迷子になってしまいます。海のなかは真っ暗で目印もなく、電波が届かないのでGPSも使えません。しかし、たとえば北へ2歩、東へ2歩というように、出発点を基準に自分が移動した方角と距離が正確に分かっていれば、いまいる位置が分かりますね。自分が移動した方角を測るジャイロコンパスと、移動した距離を測る加速度計を組み合わせたものが慣性航法装置です。
MR-X1に搭載した新しい慣性航法装置は、重さも容積も従来の約半分です。装置を小型軽量化すれば、その分ほかの装置を積むスペースもできるし、何より慣性航法装置を積むことさえできなかった小型の探査機にも搭載できるようになります。探査機の開発において、小型軽量化はとても重要なポイントです。

慣性航法装置の性能は?

石橋:光学式のジャイロコンパスは大きいほど精度が上がるので、小型化によって精度が犠牲になります。1時間航行すると数百mの誤差が生じることもあり、航行時間が増えるほどその誤差はどんどん大きくなってしまいます。そのため通常はほかのセンサーと協力し合いながら使うのですが、何とかしてその誤差も小さくしたい。そこで、慣性航法装置を回転させて誤差を相殺する新しい方法の研究に取り組んでいます。この方法を使うと、4〜6倍の精度向上が期待できます。
私たち技術研究者には、斬新で実用的な技術を確立させたい、後世に役立つ技術を生み出したい、というモチベーションがあります。そして、これは絶対に自分がやるべき仕事だという自尊心を持って、この仕事をやらせてもらっています。

オールジャパンの探査機をつくる

日本の探査機の技術は、世界のなかで どのレベルにあるのでしょうか。

石橋:先輩たちの努力のおかげで、欧米諸国と並び世界のトップクラスにいます。でもアジア諸国も追い掛けてきていて、一部の技術では抜かされかねない状況です。日本は技術立国ですから、やっぱりトップを目指したいですね。
しかし探査機の多くは、それ自体は日本でつくっていても、組み込まれる装置や部品の多くが外国製なんです。これでは、もしそれらが入手できなくなったら、探査機をつくれなくなってしまいます。ですから、すべての装置や部品が日本製という「オールジャパン」の探査機をつくることが理想なのです。しかしそれは現実には難しいので、せめて探査機にとって根幹となる装置はすべて日本製にこだわるべきです。そのためには、国内のメーカーにも探査機技術に関する知見を残していくことが重要なのです。

メーカーに知見を残すとは?

石橋:私たち技術研究者だけでは探査機はつくれません。ある部分はメーカーにつくってもらう必要があります。一方、日本のメーカーの技術力はとても高いのですが、市場需要の低いものをつくることは、経営方針として厳しい。しかし最近、深海の資源が注目され、探査機の需要が高まると見込まれています。JAMSTECの探査機開発で得られた知見が市場にも展開できる技術や製品につながれば、メーカーも元気になりますし、日本の探査機技術もさらに向上していきます。これからは研究機関も、意義ある市場展開を見据えた研究開発をするべきでしょう。

JAMSTEC への道は船酔いから

どのような子どもでしたか?

石橋:子どものころから勉強ができるタイプではありませんでした。それなのに、保母さんが「正二郎君は頭がいいですよ」とよくいってくれたのをうのみにして、「自分はやれば何でもできる」と思い込んでいました。でも勉強は嫌い。そして、負けず嫌いでプライドも高い。だから学生時代も、自分の実力を知りたくないので、模試を一度も受けませんでした。そして本番で初めて気付くんです。「勘違いしていた」と。挫折 というより自業自得ですね。
そんな私でも、友人が勉強を教えてくれたり、進路を一緒に悩んでくれたりして、何とか希望の大学に進学することができました。それが東京商船大学(現・東京海洋大学)でした。

船が好きだったのですか?

石橋:船が好きというより、小さいころから海が大好きでした。私は静岡の沼津という漁港町、しかも家から歩いてすぐ海、という環境で育ちました。
両親が共働きだったので、幼少時代は祖父に預けられていました。祖父は明治生まれの厳しい人でしたが、私を溺愛してくれ、私もおじいちゃん子でした。大学を決めるとき、東京商船大学のことを祖父に話したら、ものすごく喜んでくれたんです。祖父は鉄道員でしたが、若いころは船乗りになりたくて、東京商船大学は憧れの学校だったそうです。その話を聞き、船乗りになるのも悪くないかな、という気になりました。


東京商船大学時代、過酷な訓練を伴う乗船実習を経験。それ以上につらい船酔いと戦いながら、技術研究者への道を模索していった

大学はいかがでしたか?

石橋:当時の東京商船大学は絶対的な縦社会で男子校の雰囲気でしたが、その分とても仲間意識が強く、普通では味わえない経験もたくさんできました。私が学んだ機関科では、1〜3年生は1 ヵ月間、4年生は3 ヵ月間の乗船実習がありました。実習で特に嫌だったのが、毎朝のヤシずりです。真冬でも日の出前からはだしになって、木甲板をヤシの実で磨くのです。しかし何よりもつらかったのが、船酔いでした。胃を出して洗いたくなるほど気持ち悪くて、海に飛び込んでやろうかと何度も思いました。

船乗りを志望しなかったのですか?

石橋:はい。船には本当にさまざまな分野の技術が複雑に、しかし合理的に組み込まれています。それはある種の"工学美" ともいえます。乗船実習を通して、そんな"工学美" に強く魅かれるようになったんです。もちろん、船酔いの恐怖から逃れる道を考えた結果なのかもしれませんが(笑)。
そして、3年生のときに研究室選択で目に留まったのが、ロボット工学研究室でした。最初は「ロボット? 船で? 海で?」と、何をやるのかさえ分かりませんでしたが、ロボットが船と同じようにいろいろな技術を集積させた" 工学美" を具現していることはイメージできました。そして、研究室見学で動くマニピュレータを見た瞬間、「おおっ!」と感じるものがありました。その衝撃から大学院にまで進学してしまい、あとは卒業までひたすらマニピュレータと遊んでいました。


研究室に置かれたマニピュレータ。「マニピュレータの魅力は、やっぱり動きでしょうね。もともとロボット、特にガンダムが大好きでした。マニピュレータをいかに自律的に人の腕のように動かすか。そのための"仕組み" を開発するのが私の専門です」
撮影:STUDIO CAC

どのような経緯でJAMSTECに?

石橋:当時は博士論文を仕上げるのに必死で、就職は二の次でした。そんなとき、恩師である伊藤雅則先生に勧められてJAMSTECで実習することになり、その縁で、当時指導してくださっていた青木太郎さん(現・技術担当役)が、「うちの採用試験を受けてみたらどうか」と声を掛けてくれたのです。
振り返ってみると、プライドばかり高くて勉強嫌いの私が、行き当たりばったりで進路に右往左往しつつも、その時々でいろいろな人の厚意にあずかり、何とか社会人になれたのだと思います。そしていま、あんなに恐れていた船酔いと付き合いながら、結局、船に乗る仕事をしています(笑)。

高精度の慣性航法装置や全自動のマニピュレータができれば、船に乗らずに探査ができますね

石橋:そうですね。岸壁から「いってらっしゃい」と送り出せば、あとは自分の力で目的地まで行って、見て、考えて、作業をして、迷子にもならずにきちんと帰ってくる。私の最終目標は、探査機も、そしてもちろん私も船に乗らずに探査できるようにすること。そのためには、いまはまだ船酔いと戦いながら、一生懸命研究しなければなりませんね。

「褒められたい」が原動力

2006年には日本マリンエンジニアリング学会論文奨励賞を、2010年には海洋理工学会堀田記念奨励賞を受賞されました。

石橋:私は単純なので、とにかく褒められるのが好きなんです。子どものころから、「足が速いね」と褒められると、「もっと速く走るぞ」と頑張る。そうやって、ここまで来ました。
相変わらず勉強はできるタイプではありませんが、この年になればきちんと理解しているので、努力でそれを補います。この仕事は頑張りによっては大きな成果を出せることもあるし、ときには褒めてもらえることもあります。私も少しは成長したので、いまは自分だけではなく、共に苦労してきた仲間たちと一緒に褒めてもらえると、もっとうれしいです。


大深度小型無人探査機「ABISMO」。開発当初、吉田さんと2人で毎日徹夜していた。石橋さんは制御ソフトウェアを担当。2008年には、世界で初めてマリアナ海溝水深10,000m以深の連続試料採取に成功した

尊敬する人は?

石橋:大勢いますが、入所時から私を指導してくださった青木さん、そしていまのグループリーダーの吉田弘さんを、とても尊敬しています。吉田さんの専門は物理学です。ほとんどの工学は物理現象を応用したものですし、吉田さんはメーカーにいたこともあるので、とても幅広い知識と高いレベルの技術を持っています。探査機開発では、私がソフトウェア全般を担当することが多いのですが、その分野でも私より数段上です。それなのに多趣味で甘えん坊のダジャレ好き(笑)。そんなところも私は尊敬しています。
そして吉田さんや私を含め、これまで多くの技術研究者を育ててきたのが青木さんです。探査機技術の分野では、世界随一の経験と知見をお持ちです。そんなお2人が、私の技術をいまのレベルまで引き上げてくれました。何より、私のようなわがままな人間を、これまで見放すことなく育ててくださったことに感謝しています。

ほかに影響を受けた人はいますか。

石橋:祖父と父です。2人に教わったのは、何事もゆっくり慌てないで丁寧にやりなさい、ということでした。算数でも、焦って途中の計算式を書かないことを許しませんでした。探査機の研究開発では、不具合が出たら、その原因を丁寧に順を追って探していくことが重要です。面倒で根気の要る作業ですが、基本から進めていかないと、結局やり直すことになります。何事も1つずつ丁寧に積み上げていく。そういう「ものづくりの心得」は、祖父や父が体に染み込ませてくれたのかもしれません。

オレ流の"できる" がある

最後に、若い人へのメッセージを。

石橋:「できない」と、すぐに諦めないでほしい。私にもできないことはたくさんありますが、そこで諦めたら、間違いなくできないままです。でも時間をかければ、どんなこと でもできる可能性が生まれます。
大切なのは、できないという劣等感を持たないことです。職業柄、世界中の優秀な人間と接するので、私も劣等感を感じることはあります。しかし、「あの人のようにはできないかもしれないけれど、オレ流の " できる" がある」と考えるのです。
私も挫折には弱いし、実際にこれまで何度も挫折してきました。でもそんなときは、人より時間をかけて、できるだけ多くのことを試してみます。その結果、もし解決することができれば、それは大きな自信となります。諦めることを選ばず、まずは自分を信じて、今自分にできることから地道にやっていく。そうすれば、たとえどんな結果でも、絶対にこれからの自分につながります。

「私が海を目指す理由」は、JAMSTECの広報誌 海と地球の情報誌 「Blue Earth」上で、JAMSTECの研究者や技術者たちがなぜこの仕事をすることになったのか、その理由や夢をインタビュー形式でご紹介しているコーナーです。 こちらで紹介している記事は、海と地球の情報誌 「Blue Earth 111号」に掲載されています