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エッセイ5:理学と工学の狭間で−地球大紀行とルイス・アルバレス

 高校では理系クラスに入りましたが、大学では理学部に進学して地球科学の道に進むべきか、趣味の電子工作を極めるために、工学部の電子工学を選ぶべきか悩んでいました。そんな時、『地球大紀行』(NHK, 1987年)という番組が放送されました。この番組は、地球誕生から人類が誕生して地球環境に影響を及ぼすようになるまでの地球の歴史を、当時の最先端の学説に基づき美しい映像と共に解説するものでした。このシリーズの中で一番印象に残ったのは、恐竜やアンモナイトが絶滅した原因の紹介でした。大きな隕石が地球に衝突したことによって急激な環境変動が生じ、彼らはこの変化に対応できなかったという説が紹介されたのです。私はこの番組を見て、はるか昔に生じた、隕石の衝突とその後の環境変動を明らかにした科学に対する興味が湧いただけでなく、隕石衝突と大量絶滅という一見荒唐無稽のようで、実は根拠に基づいた仮説を立てた研究者の「視野が広く柔軟で論理的な洞察力」に対し、強い憧れを抱くようになりました。

 この番組が与えた影響は大きく、私は進路に地球科学科を選ぶことに決め、どうにか入学するに至りました。しかし、卒業論文を作成するために観測や実験を行うようになっても電気のことが忘れられず、装置作りに熱中し過ぎてしまい、指導教官からは「ここは理学部だ、工学部ではない。」と、何度もたしなめられました。地球科学科の卒業論文は、野外調査や実験によって自ら得たデータを基に、地質学的な現象を論理的に解釈する訓練の成果を示すものでもあるため、この指導は全く正しいと思います。もっとも教える側にしてみれば、「ここにいる間は、自分の理解を超えるようなことはやらないでほしい」という思いも少しあったのかも知れませんが。

 隕石衝突による恐竜の絶滅説は一体どんな人が提唱したのでしょう。その人物の名前はルイス・アルバレス(1911-1988)、カリフォルニアのローレンス・バークレイ国立研究所に勤務し、原子核の電子捕獲の発見や、液体水素を満たした泡箱の開発と素粒子の共鳴現象の観測など、科学史上重要な成果を次々に挙げた物理学者でした(後者の功績によって1968年ノーベル物理学賞を受賞)[1]。またエンジニアとして、電波による航空機の誘導着陸装置の開発や、プルトニウム型原子爆弾に用いる爆縮レンズの雷管の開発などにも携わりました。彼が開発した着陸装置は1948年のベルリン封鎖の際、連合軍輸送機による物資の大量輸送を可能にしました。米軍による長崎への原子爆弾投下の際には、観測用のB-29に搭乗して爆発の規模を調べるための電波発信機を投下する任務にも就きました[2]。つまり、彼は地球科学の専門家ではなかったのです。

 彼が発表した隕石衝突による恐竜絶滅説の論文は、学際的で定量的な議論に基づいていました。まず、地層から得られた化学的な証拠や隕石の平均元素組成などから、地球に衝突した隕石の質量を3.4x1017 g、その直径を10±4 kmと割り出しました。そして質量と衝突速度から求められる運動エネルギーから、衝突時のエネルギーはTNT火薬108メガトンの爆発に相当したと計算しました。そして恐竜やアンモナイトの絶滅は、衝突によって発生した膨大な量の塵が太陽光を長期間遮ったため、光合成を基礎とする生態系が海洋と陸上の両方で崩壊したためである、と推測しました[3]。この、隕石衝突による恐竜絶滅説は、当時の古生物学者達による「視野の狭い強硬な感情論」によって否定的に捉えられました[1]。しかし彼の死後、1991年にはメキシコのユカタン半島より、この時代に形成した直径150 kmを超える巨大クレーターの痕跡が報告されました[4,5]。さらに1997年にはカリブ海の海底下より、隕石衝突に伴う高温と高圧によって形成された微細な粒子(イジェクタ)の堆積層が報告されたことで[6]、まさしく中生代白亜紀と新生代暁新世の境界に、巨大な隕石の衝突が起きたことは確定的になりました[7]

 現在の私は海底の環境に関する研究に携わっていますが、そこで必要となる現場観測用の装置類も自分で開発しています。自分の目的に適う装置類が無いゆえの選択ですが、元来の電気・機械・工作好きによるところも大いにあり、研究テーマも工学分野に足を踏み入れた感があります。そのようなわけで、高校の時に決めた進路のことを振り返りつつ、もし自分が工学部に進んでいたら今頃はどうなっていたのだろうと、工学部の親しい先生に打ち明けてみたことがあります。その答えは明快で、「あとから地球科学を勉強して、海洋観測に必要なセンサやプラットフォームを開発していると思う」というものでした。

 ルイス・アルバレスの業績を見る限り、「広く柔軟で論理的な思考力」を身につけるのに、地球科学か電子工学のどちらをとるかはあまり関係無いように思われます。むしろ、豊かな感受性や広く深い興味といった個人の資質や、研究者としても人格者としても優れた人々に出会えるようなチャンスや環境の方が重要なのかも知れません。しかし私の場合、地球科学科での講義や演習、そして卒業論文によって論理的な考え方が身につき、また自然に対する視野が広がったことは明らかです。理学部のこの学科への進学を決めるきっかけになった『地球大紀行』や、広い興味や深い洞察力に基づいて様々な装置を開発し、自然現象を解明していったルイス・アルバレスは、今も自分の中で輝き続けています。

[1] Famous Scientists. https://www.famousscientists.org/luis-alvarez/
[2] Okada, T., Four years after A-Bomb. Scene the Pictorial Magazine, 1(10), 7-8, 1950.
   http://ddr.densho.org/ddr-densho-266-15-master-1f9944685f/
   http://ddr.densho.org/ddr-densho-266-15-master-671abb627d/
[3] Alvarez, L.W. et al., Extraterrestrial cause for the Cratecuous-Tertualy extinction. Science, 208 (4448), 1095-1108, 1980.
[4] Hildebrand, A.R. et al., Chicxulub Crater: A possible Cretaceous/Tertiary boundary impact crater on the Yucatán Peninsula, Mexico. Geology, 19(9), 867-871, 1991.
[5] Pope K.O. et al., Mexican site for K/T impact crater? Nature, 351, 105, 1991
[6] Olsson et al. Ejecta layer at the Cretaceous-Tertiary boundary, Bass River, New Jersey (Ocean Drilling Program Leg 174AX), Geology, 25(8), 759-762, 1997.
[7] 恐竜絶滅の原因については、インド、デカン高原の大規模噴火による説もあり、まだ議論の余地があります。

 

更新日 Jun/24/2019

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