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地球環境部門

IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表
-JAMSTEC研究者たちの貢献とメッセージ-
コラム:IPCC第54回総会に参加して

2021年8月25日

コラム執筆者 河宮 未知生 センター長(地球環境部門 環境変動予測研究センター)

[コラム執筆者]
河宮 未知生 センター長
(地球環境部門 環境変動予測研究センター

何しに総会に?

筆者は、「政策決定者向け要約」(SPM)の承認を議題の一つとして開催されたIPCCの第54回総会(2021年7月26日-8月6日)に日本代表団のメンバーとして参加してきました。SPMは、IPCC第6次評価報告の内容を40ページほどの文書にまとめたものですが、その承認のためには、一文一文を各国代表団が検証し承認するというプロセスを完遂することが必要です。コロナ禍のため、今回初めてその承認をオンラインで行うことになりました。(なおコロナ禍による報告書作成プロセスへの影響については、以前のコラム記事がありますのでそちらもご覧ください。)

IPCC 第1作業部会第6次評価報告書の表紙

参加各国の主張がぶつかり合い、対面でも毎回揉める承認プロセスですので、それをオンラインで行う今回の開始前は、不安のみで期待が入り混じる余地は全くありませんでした。とは言え終わってみると、事前の絶望感から見れば比較的スムーズに議事が進んだ感があります。5つ前後の項目で構成されるセクション毎に、まずは全員が出席する「プレナリー」の場で意見を収集し、それに基づいて修正した文章をコンタクトグループで検討し、再度プレナリーに戻し承認するという段取りがうまく機能しました。もちろん、すべてが円滑に進んだわけではなく、筆者が司会を担当したA4セクションの「コンタクトグループ」(SPM中の特定箇所に関心を持った国々が集まる分科会)では、2時間かけて同意が取れたのは2文に留まるなど、停滞した部分も多くあります。とは言え、当該セクションもその後ビューローメンバーのThelma Krug氏の進行による「ハドル」(コンタクトグループより非公式な分科会)でセクション全体の同意を取ることができました。

報告書のポイント

完成したSPMおよび第6次評価報告書 (AR6) 本体は、Climatic Impact Driver(CID, 気候的な影響駆動要因:仮訳)の導入やインターアクティブ・アトラス (報告書中で使用されたデータを自分で図示できるウェブサイト)の公開など目新しい側面が豊富です。また一番の注目点は何か、という観点で見ると、SPM一等最初のヘッドラインステートメント「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」は大変力強いメッセージになっていると思います。「疑う余地がない」という表現は2007年の第4次評価報告書のときにも使用され話題になりましたが、このときは、温暖化傾向のみについて評価する語として使われています。人為影響について「疑う余地がない」と表現したことは、人為影響を地球の自転などと同様に「事実」として捉えていることを意味しており、見かけ以上に踏み込んだ表現だと捉えています。

さらに、気候感度(CO2が2倍になった時の昇温量)の評価の幅が狭まり、第5次評価報告書では示されなかった最良推定値が「3℃」と再び示されるようになったことも見逃せません。この成果に関しては、観測や古気候データからモデル以外の情報も集めて統合的に評価を進める line of evidence という考え方に基づいていることが著者側から強調されていました。うがった見方かもしれませんが、各国研究機関が共通の実験デザインのもと温暖化予測を行ったCMIP6実験に参加した気候モデルの気候感度が全般に高い傾向にあることで、こうしたあるべき考え方が促進された面もあるのでは、と思います。

温暖化を抑制し昇温を止める安定化に関して、正味ゼロ排出の必要性がD1セクションのヘッドラインレベルで記述されたことも印象深いものがあります。1.5℃特別報告書でも正味ゼロ排出への言及はありますが、ヘッドラインではなく下位の項目の一つとしての言及で、AR6で強調の度合いはずいぶん高くなりました。総合的に見て、直近のグラスゴーでのCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)や、2023年に予定されるグローバルストックに向けた科学的基盤として、AR6はふさわしい内容になったと言えます。

総会を振り返って

一文毎のSPM承認総会にはこれまで何度か参加し、総会終了時の独特な感動に浸った経験はあったのですが、今回のオンライン総会終了時の感慨はこれまでのどれとも違った種類のものでした。そもそも会議を進めることが可能なのか、疑わしいところから準備を始めて、会期延長なしでの承認に結びつけた運営側の手際には感嘆させられます。第1作業部会共同議長Valerie-Masson Delmotte氏とPanmao Zhai氏をはじめとしたビューローメンバーや事務局、技術サポートユニットに対しては、最大限の敬意を表します。

日本代表団は会期中気象庁講堂にメンバーが集合して対応にあたりました。特に一週目は午後6時始業、翌朝7時終業というまさに昼夜逆転での作業で、社会から物理的に隔離されているわけではないのですが、心理的には孤独感が募ります。このブラックな状況で精神衛生を保ち2週間という長丁場を乗り切れたのは、代表団首席代表の環境省辻原参事官をはじめとする、真摯な仕事ぶりの一方でユーモアと思いやりを忘れない代表団メンバーの皆さんのおかげです。東京オリンピックのマスコットや気象庁の「はれるん」のぬいぐるみや生花を要所に配置した気象庁講堂の様子は、総会での各国発言シーンを集めたウェブサイトでも大きく取り上げられていました。ロジや事前の質問準備等、様々な場面でお世話になった文科省高附課長補佐、日本気象協会の渡邊、白川両氏および気象庁関係者の皆様には、この場を借りて特に感謝を申し上げます。

写真:コンタクトグループ(CG)での議論の様子。「政策決定者向け要約」原稿の一文一文をハイライトしたうえで、参加各国の代表が意見を述べ、著者が回答しながら修正案を示していく。セクションA4についてのCGの司会を筆者(右端)が務めた。(画面キャプチャ協力:日本気象協会)

写真:コンタクトグループ(CG)での議論の様子。「政策決定者向け要約」原稿の一文一文をハイライトしたうえで、参加各国の代表が意見を述べ、著者が回答しながら修正案を示していく。セクションA4についてのCGの司会を筆者(右端)が務めた。(画面キャプチャ協力:日本気象協会)

写真2:日本代表団メンバーが集合した気象庁講堂の様子。(写真撮影:日本気象協会)

写真2:日本代表団メンバーが集合した気象庁講堂の様子。(写真撮影:日本気象協会)