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海と地球を学んじゃうコラム

深海にあるもうひとつの生態系と
海底の下にすむ強者たち

ヒトからイカに、イカからヒトに自在に変身するインクリング。なんて不思議な生態なんだ!しかし、リアルな海の生物だって負けてはいない。地上の800倍以上の水圧がかかる深海で生きる魚、数百度の海底温泉の近くで大繁栄する生物たち、さらに、海底の下に広がるミクロな微生物ワールド!リアルな海に生きる者たちのヒミツにせまってみなイカ?

リアルな世界でも、深い深い海に生きる魚たちがいます。最も深い海で観察された魚は「マリアナスネイルフィッシュ」と呼ばれている魚で、「シンカイクサウオ」の一種です。ゆらゆら泳ぐその白い姿がとてもかわいらしい生き物です。見つかった場所は日本のはるか南、マリアナ海溝(海溝とは海底にある谷のこと)の水深8,178メートル1、撮影に成功したのは日本の研究チームです。魚が生きられる限界の深さは8,200メートルと考えられており、そのギリギリの深さでした。
真っ暗な深海に生きるマリアナスネイルフィッシュの体は白く、小さな目をしています。また、地上の800倍以上ものすさまじい水圧から身を守るため、体の表面はプルプルのゼラチンのようなものに覆われています。私たちがよく知っている魚とはずいぶん違う姿をしています。
このように深海にはその特殊な環境に適応した生物がすんでいます。深海の住人の特殊な生態を見ていきましょう。

11970年にデンマークの船がプエルトリコ海溝の水深8,370メートルで魚を捕らえたという記録がありますが、正確な深さや映像は取られていません。


超深海で撮影されたマリアナスネイルフィッシュ。大きさは20センチメートルくらいだった。

This research cruise was conducted under a Special Use Permit (#12541-17001) issued by the Mariana Trench National Wildlife Refuge, U.S. Fish and Wildlife Service, Department of the Interior.

深海のオアシス?熱水を吹き出すチムニー

深海とは太陽からの光が届かなくなる、深さ200メートルより深い海のことです。深海に触れる前に、浅い海について簡単に解説しましょう。そこは太陽の光で明るく、植物や動物にあふれた豊かな世界です。水族館で見たり、普段の生活で食べたりする海藻や魚たちのほとんどは、この浅い海にすむ生き物たちだと言えるでしょう。彼らは、私たちが住む地上と同じく、太陽の光を元にした生態系の中で生きています。その生態系とは、太陽の光を使って植物プランクトンが光合成をして栄養を作り出し、その植物プランクトンを動物プランクトンが食べ、それを魚が食べ、その死骸が分解されてやがて植物プランクトンの栄養になる、というようなサイクルです。
一方、200メートルより深い「深海」では、一般的に浅い海ほど生き物の数は多くありません。これは、太陽の光が届かないために植物プランクトン達は生息できず、自然とそれらをエサにする生物達の数も減っていくというわけです。では深海はほとんど生き物のいない死の世界なのかというと、実はそうとも言い切れません。深海には浅い海から「マリンスノー」が降り注ぎ、深海で生きる生き物の栄養源となっています。マリンスノーとは、浅い海で増殖したプランクトンの死骸や魚たちのフンなどが粒子状になったもので、海の中では、その名の通り雪のように見えます。量は多くありませんが、浅い海からの恵みで生きる生物たちが暮らしています。
さらに、深海の海底には、摂氏数百度にもなる熱水が噴き出す「熱水噴出孔」と呼ばれる場所があり、その周りにはさまざまな生き物がびっしりと生息しています。大型の生き物の少ない、砂漠のような海底に突然現れるオアシス、熱水噴出孔の周りでは、地上や浅い海と違った、熱水を元にした生態系が作られているのです。


上は暗くてさびしい深海底の様子。下は熱水噴出孔。周りには二枚貝や白っぽいゴエモンコシオリエビがびっしり集まっている。



まず微生物が、地球の地下から噴き出す熱水に含まれる物質を元に栄養を作ります。貝などが微生物を体の中に住まわせて栄養をもらい、カニやエビ類はその貝を食べたり、微生物を食べたりします。太陽の光が届かない深海で、地球内部から湧いてくる材料を使って生きている仕組みを発見し、科学者たちはとても驚きました。
海底から吹き出す熱水には多くの生物には毒になる硫化水素(火山ガスに含まれ、腐ったゆで卵のにおいがする)、メタン(オナラやゲップにも含まれている)などが含まれていますが、面白いことに、熱水噴出孔周辺にすむ微生物はこれらが大好物です。このように深海の独特な生き物たちがつくる生態系の発見は、生き物の世界の常識をくつがえすものでした。深海は、太古の地球で生命が誕生した現場ではないかとも考えられています。


高温高圧でも死なない微生物たち

さらに深く、海底の地下に潜ってみましょう。海底下は深くなるほど高温(地球の内部は何百度もの高温なのです)高圧になり、私たちは到底生きられない過酷な環境になります。そんな海底下にもなんと生物がすんでいます。ここで生きられるのは、水も栄養も酸素も少なくても平気なミクロな生物たち。数百年〜1万年に1回くらいしか細胞分裂せず、省エネルギーでも命を繋ぐことができると考えられています。地上の微生物は20分間で1回の細胞分裂をするものもいることを考えると、海底下の微生物がどれだけ超スローライフを送っているか分かりますね。こういった微生物の中には、摂氏100度を超える高温にも耐えられる(私たちなら大やけどして死んでしまいます!)ものや、800気圧(軽自動車が指先に乗ったときほどの圧力)で増殖するものもいます。

海底下にすむさまざまな微生物



海底の地下には、環境に合わせて個性的な微生物がすんでいます。高温で増殖するものや、栄養をとってオナラをしているもの(メタンを作り出している)、暗く酸素が少ないところでじっと耐えているものもいます。

JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」が2015年に行った科学調査では、海底下2,466メートルの深さまで微生物が存在していることがわかりました。

深海底やその地下では、調査するたびに新しい生き物が見つかっています。そこには、私たちが想像もできないような生き物の世界が広がっているのかも知れません。

深海の生き物たちに興味を持ったら・・・
http://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/j/favorite/index.html

文 田端萌子&JAMSTEC
(2018年4月1日掲載)

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