海洋研究の歴史を語る 50周年記念コラム

2021.06.21 UP

JAMSTECが持つ
3つの「生命の生育限界世界記録」

超先鋭研究開発部門
高井 研

今でこそ海洋や深海の生命科学研究は内外共にJAMSTECが世界に誇る研究開発テーマの一つとなっていますが、1971年10月に「海洋科学技術センター=JAMSTEC」が設立されて以降の最初の約20年間、実はJAMSTECは「生命科学不毛の地」だったといえます。もっと正確に言うと「基礎科学不毛の地」でした(個人的には地球の歴史において地質記録がロクに存在しない暗黒の時代=冥王代になぞらえてJAMSTEC科学冥王代と呼びたい...)。そんなJAMSTEC科学冥王代からJAMSTEC科学太古代へ移行する、つまり「基礎科学不毛の研究機関」を変える、きっかけとなったのが、1990年10月の「DEEP STAR」プロジェクトの発足だったと思います。

これは1990年に新理事長になった内田勇夫氏(故人)がその個人的な繋がり(東京大学同級生という霞ヶ関生態系食物連鎖における最も強い相互依存性)を利用して、当時「国内最強の豪腕応用微生物学者」として名を馳せていた掘越弘毅博士(故人)をヘッドハンティングして作った深海微生物研究グループです。(半年後ワタクシ高井研は京都大学農学部の水産微生物学研究室に配属されることになるのですが、確かに「掘越弘毅最強豪腕説」はひよっこ微生物学学徒のワタクシに届くほどの悪名?が轟いておりました)。

掘越弘毅博士が亡くなる前(2012年)に上梓した自伝本「極限微生物と技術革新」(白日社)には、当時のJAMSTECの基礎科学に対する理解のなさとその状況に対する経営陣の焦燥ぶりが詳しく描かれています。自伝によると掘越博士は、そんな基礎科学に理解が足りないJAMSTECでスタートしたDEEP STARプロジェクトを軌道に乗せるために、彼の十八番である極限環境微生物の研究に焦点を当てます。理化学研究所時代に「好アルカリ性微生物研究」で世界を席巻した掘越博士は、安心安全の保険的な研究テーマとしてJAMSTECにおいても好アルカリ性微生物の基礎・応用研究を発展させようとしました。加えて、深海を支配する極限環境条件である「高水圧」をキーワードにした「好圧微生物」研究に着手し、比較的世界のライバルが少なかったこの分野で矢継ぎ早に成果を出してゆきました。そして1995年3月24日、「かいこう」による「世界初のマリアナ海溝チャレンジャー海淵の科学調査成功」というJAMSTECバブル期の絶頂を経て、DEEP STAR深海好圧微生物研究は一つの学術分野を築いたといっても過言ではない到達点に至ります。

しかしそんなJAMSTEC DEEP STARプロジェクトを、アメリカから、そして国内から、うっすら生温かい目で眺めながら、「ライバルの少ないマイナー分野でブイブイいわしてるだけだろ?ゼンゼン物足りないやんけ...」。そう考えるワカモノがいました。ワタクシです。

「そら(King of Deep-sea Extremophilesっていったら)そうよ(超好熱菌やろ)!」
「そら(King of Deep-sea Life Scienceっていったら)そうよ(生命の起源やろ)!」

そんな「BOYS BE…」を滾らせながら、ワタクシ高井研は1997年10月にJAMSTECに押しかけてきました(この辺りの経緯はぜひ、拙著「微生物ハンター、深海へ行く」(イーストプレス)をどうぞ)。その当時はこんなに長くJAMSTECで研究生活を送ることになる(JAMSTEC50周年とともに職員になって勤続21年、最初の科学技術特別研究員生活も合わせると24年!)とは露とも思っていませんでしたので、とにかく最初は成果(=研究論文)を量産することが研究者としての生存に必須!と考えて、「深海熱水域における始源的超好熱微生物のメタゲノム的探索と培養・分離」というテーマに集中して研究を進めました。

そんなキリキリのサバイバル研究生活を送る中で、実はこっそりひっそりと狙っていた個人的「推し研究テーマ」がありました。一つは、当時世界最強の「微生物ハンター」かつ「野蛮人」と目されていた、ドイツ・レーゲンスブルグ大学のカール・シュッテッターが何度も自己の持つ世界記録を更新し続けていた「地球生命最高生育温度」を更新する超好熱菌を分離し、カール・シュッテッターに「ケン、オマエには負けたよ...、オマエがサイコーだ!」と言わせること。

もう一つは、当時世界の若い微生物学徒の間で「最もクールなアイドル微生物学者」と熱烈な人気を誇っていたアメリカ・モントレー湾水族館研究所のエドワード・デロングがスターダムに上り詰めるきっかけとなった、「マリングループ・ワン」と名付けられた未培養海洋コスモポリタン好冷性アーキア(遺伝子)の本体(微生物)を培養・分離し、エドワード・デロングに「ケン、オマエには負けたよ...オマエがサイコーだ!」と言わせること。

運良くしんかい2000やしんかい6500の深海熱水域潜航調査に参加してサンプルを手中にするやいなや、ワタクシはサバイバル研究テーマのための処理・保存・分析・実験を優先的に進めました。しかしそれが一段落すると、個人的「推し研究テーマ」の仕込みとして、秘伝中の秘伝の培地に試料を接種して120℃に調整したインキュベーターにほりこみニヤニヤしたり、低温実験室にゴミ箱用の50Lポリバケツに低濃度のアンモニアを溶かした海水を用意し、透析膜中に接種した深海海水を浮かべて数ヶ月放置プレーを堪能したりしていましたンゴ。しかし、所詮は1年契約の任期制研究員。サバイバルのための堅実な研究テーマを最優先してゴリゴリ論文書きマシーンと化したワタクシに、純粋なココロを持った研究者の前にだけ姿を現す「幸運の微生物女神様」が微笑むことはなかったのです。

一方、堅実な「深海熱水とその微生物生態系に関する研究」が成果に結びつきはじめると、JAMSTECでの雇用も安定しだし、研究仲間が増え、研究テーマもより普遍性や深みを増すことになりました。またひょんなきっかけ(2005年にJAMSTEC分野横断アウォードとかいう3年間で1億5000万円の研究費が処遇されるJAMSTEC史上最大の確変ボーナス企画があった)から、「地球と生命の初期進化」という壮大な研究テーマと新しい仲間が新たに加わることになりました。

このようなめまぐるしく変貌する自身の境遇や研究の発展の中で、このころ、なぜかワタクシはふと「あっ、オレたぶん、エドワード・デロングの壁は越えた...」と思うようになりました。もちろん前述した「マリングループ・ワン」アーキアの培養・分離に成功したわけではありませんし、なにかエドワード・デロングと新しい研究の関係性があったというわけではありません。ただ、ずっと「あの人のような研究がしたい」「あの人のような研究者になりたい」と想い続けてきた憧れの研究者がかつてそうであっただろうように、「とてつもなく大きな拡がりを持つ研究世界において自分で漕ぎ出した船で誰も見つけていない空白の大陸(=新しい研究領域)の姿を見つけた」と感じたのでした。そのような自身の研究の世界が一気に広がるような達成感(例えそれが極私的な思い込みであったとしても...)を抱いた時、ワタクシはなにか、「ついにエドワード・デロングと同じ舞台に上がった」と思うになったのです。

と同時にもう一人の憧れの研究者=カール・シュッテッターについては、「あの人は規格外の変人やし、無理に超えようとして社会不適合になるかもしれんし、まあヨシ!」と思っておりましたとも。

ふっふっふ、みなさん気づきましたか?この長いコラムですが、じつはここまでが壮大な前フリだったんですよ!ぎょぎょぎょ!要は、JAMSTECでの研究生活において自分の世界を見つけ、「地球生命最高生育温度」を更新する超好熱菌の分離に対する想いなど、もうすっかり忘れかけていたという状況説明だったのです。

ちなみに、今日のコラムのタイトルである「JAMSTECが持つ3つの「生命の生育限界世界記録」」についてですが、1つ目の記録はワタクシが掘越博士の密命を受けてアメリカに深部地下生命圏研究の諜報活動に行っていたときに(この時の世界的な状況やワタクシの諜報員としての活躍ぶりはタリス・オンストットが書いた「知られざる地下微生物の世界」(青土社)に書かれているのでぜひ!)、南アフリカ金鉱の地下3200mの坑道にある地下水貯留プールからpH12.4まで生育するアルカリフィラス・トランスバーレンシス(Alkaliphilus transvaalensis)という新属・新種のバクテリア(図1)を分離したことで「生命の生育最高pH記録」が達成されています(論文発表は2001年)。

図1

図1:ワタクシの持つギネス・レコード1つ目となったアルカリフィラス・トランスバーレンシスというバクテリアちゃんの電子顕微鏡ポートレート。生写真のはずなのにまるでインスタ女子の加工写真みたいにみえる不思議をご堪能下さい。

最初はこの菌が生育限界世界記録になるとは思ってもいなかったのですが、しっかりと文献調査をすると掘越博士をはじめとする「好アルカリ性微生物」研究者が誰も「生命の生育最高pH記録」についてしっかりと記述していないことに気づいて、「最初にいうたもん勝ち〜」ということであつさり記録樹立しました。ちなみにこの記録は、2015年にカリフォルニアの陸上蛇紋岩化流体湧水からpH12.5で生育するSerpentinimonas属バクテリアが分離されたことによって更新されることになったのですが、この菌を分離したのはJAMSTEC高知コア研究所にいた鈴木志野研究員(現在JAXA宇宙科学研究所学際科学研究系准教授)でした。なのでJAMSTECの記録としては未だ現役です!

さて話題を元に戻しましょう。2006年1-2月、「よこすか」と「しんかい6500」はインド洋の「かいれい熱水フィールド」近辺の調査航海を行いました。この航海の主目的は、「かいれい熱水フィールド」周辺部での超マフィック岩の探索と「かいれい熱水フィールド」の「黒いスケーリーフット」の大量捕獲でした。しかし「かいれい熱水フィールド」の潜航調査が2回目となるワタクシの個人的なリベンジは、世界最大の熱水噴出孔(ここでは熱水が噴き出す穴の大きさを意味します)である「カーリーチムニー」(直径は50cmを超える漆黒の噴出孔)(図2)に現場培養器(微生物付着装置)を設置することでした。

図2

図2:世界最大の熱水噴出孔であるかいれいフィールドの「カーリーチムニー」。2002年当時の様子。でかい!現場培養器が2本刺さってます。この時は温度計が付いていないナマ挿入だったので2006年は温度記録とともに回収するリベンジに燃えていた。

360℃を超えるブラックスモーカーに10日間浸かりきった現場培養器にはチムニーのような鉱物がイイ塩梅で付着し、船上でのメタン生成菌の培養実験では前回(2002年の「よこすか」・「しんかい6500」航海)以上にハイパースライム構成超好熱微生物がうまく濃縮されているような結果が得られました。とはいえ、ハイパースライムの存在証明はすでに論文発表されているので、前回と同じ事をしても研究としてはあまり意味がありません。「こんなに超好熱メタン菌が濃縮されているならもしかしてアイツが培養できるかも?」。

ワタクシの脳裏に浮かんだアイツ。それは、かつてカール・シュッテッターが生育最高温度の世界タイ記録を作ったメタン菌=メタノパイラス・カンドレリ(Methanopyrus kandleri)のことでした。このメタン菌は世界の菌株保存機関に寄託されていて、誰でも購入して研究・開発に供することができます。しかし、カール・シュッテッターが分離した超好熱菌の多くは培養が超絶難しいため、購入したからといって誰でも培養できるわけではありません。ワタクシも以前、ある研究目的でJapan Collection of Microorganisms(JCM)からメタノパイラスを購入して培養にチャレンジしたことがあったのですが、ワタクシの技術と経験を持ってしても培養できない有様でした。

横須賀に戻るやいなや、かいれいフィールドの激熱のカーリーチムニーから回収した現場培養器のサンプルを、当時のワタクシの秘策中の秘策だった鉄入り培地+3気圧に加圧した水素が入った血清瓶に接種し、100℃のインキュベーターに放り込みます(この状況分からない人にはさっぱり伝わらないと思いますが、インキュベータの中の血清瓶は内部圧が高くなっていつ破裂するかわからない地雷みたいな状態です)。翌日おそるおそるインキュベーターを開けてみると、すべての培地が見事に真っ白になっているではあーりませんか。顕微鏡で覗いてみても、ぶっとい長い竿状の菌がウヨウヨしてます。カール・シュッテッター以外、世界の誰もが分離できなかったメタノパイラス(図3)、キタ━(゚∀゚)━!

図3

図3:いったい何回使い回したかわからないメタノパイラス・カンドレリ116株の電子顕微鏡ポートレイト。尊い!

調子の乗ったワタクシすぐさま新しい培地に接種し、今度はインキュベーターの温度を105℃にして地雷=培地を設置します。そして次の日、バカスカ生えた。その菌をさらに新しい培地に接種し、今度は110℃のインキュベーターへ。またまた次の日、余裕で真っ白!「えっ、文献上メタノパイラスはこの温度でギリだったじゃん?」「なんでこんな真っ白になるの?」「ヤベェーぞヤベェーぞ?」。このあたりからワタクシはもうドキドキです。すぐさま新しい培地に接種し、今度は113℃のインキュベーターへ。113℃は当時の暗黙の公式世界記録(by カール・シュッテッター)です。次の日またもや真っ白!公式世界記録タイです!いい加減生育が止まらないとむしろインキュベーターの温度計がおかしくなっていないか心配になってきました。予備の温度計をさらに増やして、今度は115℃。勢いは少し衰えた感はあるけどまた生えやがった!「ヤバイヤバイ」「疑惑の世界記録=121℃(後述)が今、目の前にある真実で駆逐できちゃうんじゃねえの?」。ワタクシ、とうとう121℃のインキュベーターに地雷ポイーっとしました。さすがに121℃では生えませんでしたが、最終的には116℃までは生える予備実験結果が得られました。JAMSTECにやってきてはや10年、とうとうずっと秘かに思い描いていた目標である「カール・シュッテッター超え」を成し遂げたのです。

閑話休題。このコラムを書き始めた2021年4月、微生物学の巨人=トーマス・ブロック(Thomas D. Brock)がこの世を去りました。

「生命は一体どのぐらい高温まで生きられるのだろうか?」。この人間の好奇心に基づくかなり根源的で普遍的な疑問に対して、フィールドワークに基づく観察と実験の積み重ねによって科学的な答えを出そうとした最初の挑戦者がまさにトーマス・ブロックだったのです。1965年から約10年間、彼は毎年、イエローストーン国立公園の様々な温泉を調査し、すべての温泉水中に微生物が生育可能であることを明らかにしました(Brock, Science, 158, 1012-1019, 1967)。イエローストーン国立公園はやや標高があるため温泉水の沸点はほぼ92℃で、つまり生命は92℃まで生育可能であることを示したのです。そして温泉水から79℃まで生育可能な高度好熱菌(extreme thermophile)=サーマス・アクアティカス(Thermus aquaticus)を培養・分離し、それまで食品衛生微生物学の世界で知られていた好熱性バチルス属バクテリアの記録を遙かに上回る生育最高温度の世界記録を塗り替えました(Brock and Freeze, J. Bacteriol., 98, 289-297, 1969)。さらにトーマス・ブロックは1972年に、85℃まで生育可能な高度好熱アーキア=サルフォロバス・アシドカルダリアス(Sulfolobus acidocaldarius)を分離し、生命の生育限界温度の記録を更新します。これらの記録は1981年にカール・シュッテッターが97℃まで生育可能な超好熱菌(hyperthermophile)=メタノサーマス・ファービダス(Methanothermus fervidus)の分離を報告するまで(9年間)続きました。ゆえに、ワタクシはこの1965年から1981年までの期間を「ブロックの時代」と呼んでいます(図4)。

図4

図4:生命生育限界の最高温度更新の年表。プレスリリースの時もほぼ同じ図を使った。

続く1981年から2008年までの27年間は「シュッテッター帝国の時代」です(図4)。カール・シュッテッターとその仲間達は、1981年にメタノサーマス・ファービダスの分離で97℃、1983年にパイロディクティウム・オカルタム(Pyrodictium occultum)の分離で110℃、1989年にメタノパイラス・カンドレリの分離で110℃、1997年にパイロロバス・フマリアイ(Pyrolous fumarii)の分離で113℃、と長期間に渡り何度も自己記録を更新して行きました(すべて超好熱アーキア)。

ところが2003年、そろそろ115℃くらいで頭打ちか?と思われていた生育最高温度記録が突然121℃まで一気に引き上げられるという論文がScience誌に発表されたのです(Kashefi and Lovley, Science, 301, 934-934, 2003)。著者はこれまた有名な微生物学者である(かつやや人格に問題アリと噂のあった)デレク・ラブリーとその大学院生(ポスドク)でした。しかしこの論文は発表直後から業界内では「限りなく黒に近いグレー」「疑惑のデパート」と呼ばれる程評判が良くありませんでした。特に分離したとされるアーキア121株がいかなる公的菌株保存機関に寄託されていなかった(現在も寄託されていない)ため、他の研究者は誰も追試で確認することできません。もちろんカール・シュッテッターは、神速でデレク・ラブリーにアーキア121株の分譲を迫ったようですが、「アイツらグダグダと言って菌株寄こさねーんだ!」と憤慨し、それから国際学会等で講演する度に「アレはデタラメ!ラブリーはイカサマ師!」という強烈な反論キャンペーンを展開したそうです。とはいえカール・シュッテッター自身もかなりのアンチの多かった研究者だったので、それが功を奏したのかどうかはわかりません。結局、論文発表から1年ぐらいの間に、「公式な(追試可能な)最高生育温度は113℃」という見解が共有されることになりました。

ワタクシが横須賀の深海総合研究棟6階の一角で、116℃までは生えるメタノパイラス・カンドレリ116株と出会ってハアハアしていたのはまさにそんな状況だったのです。この116℃の生育限界温度は、水素(80%)と二酸化炭素(20%)の混合ガスで加圧された(合計4気圧)条件で達成されたものでした。一方、メタノパイラス・カンドレリ116株は水深2600mのカーリーチムニーの噴出熱水に存在した微生物です。ハイパースライムとは熱水噴出孔のさらに地下深くに存在しているはずの微生物生態系を意味します。ですので、おそらくメタノパイラス・カンドレリ116株の本来の住み処は水深2600mの海底からさらに1-2km深い場所だった予想されます。

「本来の生息域の圧力条件なら生育温度はもっと高温になるんじゃね?」。ワタクシがそう考えるのは当然の帰結でした。高水圧条件下(つまり生息環境圧力条件下)で、超好熱菌の生育温度帯が数℃以上高温側にシフトする現象は、すでに世界中の研究者によって(もちろん加藤千明博士をはじめとするJAMSTECの研究者の貢献は大きかった)明らかになっていたのです。

116℃でも一応公式世界記録の更新ですが、もし高圧条件で121℃より高温で生育が証明できれば、公式も疑惑もすべてをひっくるめて「世界はオレかオレ以外でできている」。ワタクシの中のローランドがそう呟きます。その実験には、水素ガスをエネルギー源とする化学合成微生物の高水圧培養の方法論が必要となります。しかし文献を隈無く探してみても、バカみたいにお金を掛けて世界に一つのような重工業的な装置の例(JAMSTECのDEEP Bathというのもそういう類いでしたな...)はあるものの、普通の研究室で実行可能な方法は確立されていない状況でした。「ホホホ、ないなら自分で作ればいいじゃない?」。今度はワタクシの中のマリー・アントワネットがそう語りかけます。ワタクシも同じJAMSTECの微生物学研究グループに所属していた「同じ穴の狢」なので、好圧微生物の扱いにはそれなりの知識はありました。そのアドバンテージもあって、数ヶ月の「手作り」突貫工事で世界初の「ガスを食べる化学合成微生物のための主婦の手こねハンバーグ風の高圧培養法(高井法)」を開発することができたのです(図5)。

図5

図5:ガスを食べる化学合成微生物のための主婦の手こねハンバーグ風の高圧培養法(高井法)の模式図。

高井法の試運転も上手く行っていよいよ本番です。200気圧の圧力(溶存水素濃度は10-40mMに調整)を掛けて110℃のインキュベーターでメタノパイラス・カンドレリ116株を培養します。次の日、圧力容器を開けてガラス注射器の中の培地を観察します。「うおおおおお白く濁っとる〜!」「これはイケル」「もはや勝ったも同然」「DEEP Bathなんて最初からいらんかったんやー!」。そしてワタクシの頭の中にはベートーベン交響曲第9番「歓喜」(合唱付き)が音量マックスで鳴り響きました。

しかーし。だがしかーし。新たな問題が発覚します。「手作り」突貫工事の高井法は、あらかじめ菌と培地の入ったガラス注射器を真水で満たした高圧容器に入れて圧力を調整後、恒温インキュベーターで培養します。常温の水で調整した圧力は、高温のインキュベーターの中では水の温度膨張により圧力が急激に上昇してしまい適正な圧力に調整することが難しいのです。「温度による膨張率を計算しそれを見越してあらかじめ調整すればいいじゃん?」という落合博満のバッティングのような天才的技術を使ったのですが、なんと120℃レベルの高温ではそれでも圧力が上がりすぎるという問題が出てきたのです。それに血清瓶を使った培養では、同じような培地入り血清瓶に温度計をぶっ刺して培地の温度を確認しながら培養を行っていたのですが、高井法では高圧容器の中の温度やその変化を確認することができず、イマイチ温度の確度に自信が持てません。もし、このままの結果を論文に使って投稿したとしても、必ず査読者として現れるカール・シュッテッターが「温度管理が甘い!」「培養中の増殖曲線と温度変化のパターンをすべて列挙しろ!」「驚くべき結果には驚くべき努力による検証が必須!舐めてんのか?あ?」というような指摘をしてくることが予想されます。このままではその指摘に対する完全なディフェンスが難しいと考えられました。

さてさてワタクシこのコラムの最初の方に、「2005年に理事長分野横断アウォードとかいう3年間で1億5000万円の研究費が処遇されるJAMSTEC史上最大の確変ボーナス企画があった」と書きました。なんと問題に直面していたこの時、この確変ボーナス研究のために「岩石煮込み高温高圧熱水反応装置」なるものを導入して、深海総合研究棟1階にて最大500℃+600気圧までの高温高圧熱水反応実験を既に行っていたのです!

「最大500℃+600気圧までの実験装置を120℃+200気圧で使えば即解決・楽勝じゃね?」。当時、日本学術振興会特別研究員PDとして、JAMSTECでこの装置を使った研究を進めていた中村謙太郎博士に、急遽、数週間徹夜実験に付き合うことを脅迫(お願い)したところ、快く引き受けてくれたのです。みんな若くてよかったよなぁ〜、あの頃。そして、「めんどくさい実験をやるからにはできることは全部一気にやったる!」とばかりに、生育温度を調べる培養実験と、生成されたメタンや消費された二酸化炭素、そして細胞有機炭素の安定同位体比を分析する実験(分析は外部の分析会社と北海道大学の角皆博士と琉球大学の土岐博士にお願い)を、すべて同時並行に行うという「オレ史上空前絶後に過酷な実験」を行うことになったのです。若くてよかったよなぁ〜、輝いていたなぁ〜、そしてなにより冴えていたなぁ〜、あの頃のオレ。

そんなこんなで、とうとうメタノパイラス・カンドレリ116株が高圧条件下では122℃まで生育できることを証明することができました。ようやく公式も疑惑もすべてをひっくるめて世界を一新できたのです。

この結果は、「限りなく黒に近いグレー」「疑惑のデパート」と呼ばれる論文を掲載したのがScience誌だったので、「アノ論文の上回る成果を出したのでScience誌は掲載すべし!」という手紙を添えてScience誌に投稿します。もちろん論文の中には、デレク・ラブリー達の研究の疑義についても触れていました。だいたいそういう論争に結びつく論文査読の場合、査読者は当事者に回るものです。そしてワタクシ、実はデレク・ラブリー達の先行研究を批判して覆す内容の論文を投稿したのは、ハイパースライム仮説論文に続いて2回目だったのです。

Science誌の査読者2名でした。まさにそのうち一人はデレク・ラブリーだったようです。そのコメントには「この筆頭著者は(ワシに)個人的恨みでもあるんか?いつもいつも(ワシの)先行研究をクソミソにこき下ろしやがって!」という記述があって、「とにかくリジェクト!」と結論づけられていました。「個人的恨みなんか知らんがな。批判されて仕方の無いようなしょっぱい内容をネームバリューでブランド雑誌にゴリ推しするアンタの性根が腐ってんだろうが!」と直メールしてやろうかと思いましたが、一応査読者は匿名なのでさすがにそれはできません。しゃあない。デレク・ラブリー達の先行研究に対する批判はすべて削って、粛々と経緯だけを述べる形式に変更してPNAS誌に再投稿し、めでたく掲載されることになりました(Takai et al., PNAS, 105, 10949-10954, 2008)。

この長いコラムもそろそろ終わりにしましょう。

あれから13年目、メタノパイラス・カンドレリ116株の生育最高温度記録=122℃は未だ破られていません。これは、あの偉大なトーマス・ブロックもカール・シュッテッターも為し得なかった歴史上最長の「生命の生育最高温度記録」です。っていうか高圧培養ができないと近づくことすらできないので「これから先もこの記録破るのほぼ無理じゃね?」。ワタクシがそう考えたのは無理もありません。そういう意味でも、この記録はJAMSTECの研究者が成し遂げた不滅の科学到達点として人々の記憶に刻み込まれることでしょう。ズバリそうでしょう。特に、霞ヶ関界隈の科学行政を司る人々のシナプスには謎の電磁波で強力に刻み込む必要があります。ズバリそうでしょう。

「これから先もこの記録破るのほぼ無理じゃね?」とわかりはじめたマイ・レヴォリューションでしたが、論文発表から数年後、一子相伝の秘奥義である「高井法」の伝授に向けて、新たに得られたインド洋かいれいフィールドのチムニーサンプルを使って、JAMSTEC X-Starの宮崎淳一(ミヤジュン)博士が新しいメタノパイラスの培養・分離に挑戦しました。その時、より洗練された「改・高井法」によってミヤジュン博士はあつさり123℃で生えるメタノパイラス・カンドレリ123株の取得に成功しています。淡泊なミヤジュン博士は、「1℃くらい更新してモナー」と言って論文化しませんでしたが、あと数℃なら、これまたJAMSTEC X-Starの田角栄二博士によってさらに洗練された「魁・高井法」を使えば可能かもしれません。今後に期待です。

今回のコラムでは字数制限もあるので(いやオメーが単に疲れてきただけやろ?はい正解、アタックチャーンス!)、このメタノパイラス・カンドレリ116株の「生命の生育最高温度記録」に関する国際学会でのカール・シュッテッターとの直接対決と感動秘話とか、実は生育最高温度記録よりもメタノパイラス・カンドレリ116株のメタン生成安定同位体比効果の方が科学的には重要な発見だった説とか、PNAS誌論文発表後の驚きの後日譚とか、に触れることはできませんでした。皆さんからの熱い要望(とギャラ)があれば続編を執筆したいと思いますので、ぜひ編集部に応援のメッセージ(と寄附金)をお願いします。

あともう一つの「ちなみに」ですが、JAMSTECにおける2つ目の「生命の生育限界世界記録」達成の後、JAMSTECトリプルスリー達成を狙った欲望の塊と化したワタクシ、2008年の「アビスモ」・「かいれい」の航海で得られたマリアナ海溝チャレンジャー海淵の堆積物サンプルを用いて、「高井法」による「生命の生育最高圧力記録」(当時は1300気圧)の更新にも挑戦します。「最高温度に比べたらカスみたいなものだろ?楽勝♪楽勝♪ピースオブケイク♪」と舐め腐っていたワタクシですが、1000気圧でもぜんぜん生えない...。世界記録保持者だったモリテラ属バクテリア(Moritella)の姿・形どころか、その気配すら見えませんでした。

そのうちリベンジしようと思っていた矢先、2013年の「よこすか」・「しんかい6500」の航海で得られたカリブ海ケイマン海膨の世界最深の深海熱水域ビービーフィールドのチムニーサンプルからフランスの共同研究者が、1300気圧で生育可能な超好熱菌=サーモコッカス・ピエゾファイラス(Thermococcus piezophilus)の分離に成功します(Dalmasso et al., Syst. Appl. Microniol., 39, 440-444, 2016)。この論文は、ワタクシとJAMSTEC X-Starのミヤジュン博士が共著者であるため、JAMSTECにおける3つ目の「生命の生育限界世界記録」達成と認定してもいいでしょう、すばりそうでしょう。はい、というわけでJAMSTECトリプルスリー完成!めでたしめでたし。

とか言っていた2017年。映画監督ジェームズ・キャメロンの有人潜水船Deepsea Challengerを用いたマリアナ海溝シエラ海淵の調査で採取されたヨコエビから、和歌山高等専門学校の楠部真崇博士が高専生と一緒に1400気圧まで生育可能な好冷生バクテリア=コルウェリア・マリニマニエ(Colwellia marinimaniae)の分離に成功します(Kusube et al., IJSEM, 67, 824-831, 2017)。アイヤー、明智光秀的光景的「生命生育最高圧力記録」三日天下也!うむ、堆積物よりは動物を植種源にするべきですね。そしてヨコエビもいいけど、やっぱり「超深海の覇王伝説・世界最深部のラオウ」と呼ばれる透明ナマコでしょう!すばりそうでしょう。ふっふっふ。読者のみなさん、ぜひ今後、ワタクシを含めJAMSTECの微生物研究者によるモリテラ属とかコルウェリア属とかではない真の「生育最高圧力」微生物の培養・分離の報告に期待していてください。

ふう。一銭の得にもならないのについつい力作&名作コラムを(めちゃ時間をかけて)書いてしまったぜ。みなさん長らくのお付き合い有り難うございました。