海洋研究の歴史を語る 50周年記念コラム

2021.08.18 UP

「深さ」への挑戦が切り拓く
海洋地球フロンティア

研究プラットフォーム運用開発部門マントル掘削プロモーション室
室長 稲垣 史生

 過去半世紀にわたり、JAMSTECは大水深を克服するフロンティア技術開発において、世界トップを走り続けてきました。これまでに、有人潜水調査船「しんかい2000」や「しんかい6500」、遠隔操作型の無人探査機(ROV)「ハイパードルフィン」や「かいこう」、そして「うらしま」や「じんべい」などの自律型無人潜水機(AUV)をその母船とともに開発・運用し、「この惑星のほぼ全ての海洋に人類は直接的にアクセスできる」という偉業を達成してきました。そして、その革新的な技術開発とフロンティアへの挑戦は、海洋・地球・生命に関するさまざまな科学的発見と学術的なパラダイムシフトを創出し、グローバルな連携へとつながりました。私は2000年に、現在のJAMSTECの前身である海洋科学技術センターの深海環境フロンティアという部署に研究員(地球微生物学)として採用されて以来、いくつかの歴史的なプロジェクトや発見に立ち合える幸運な20年間を過ごしてきました。

 地球の表面積は5.1 x 1014m2であるのに対して、海洋が占める表面積は3.58 x 1014m2です。したがって、海洋は地球表層の約70%を占めています。また、深海と呼ばれる水深3,500m-5,500mの海底の面積は1.0 x 1014m2であり、地球全体の海底の面積の約28%を占めています。海洋表層(水深0m)から水深2,500mまでの海底の面積は水深が深くなるにつれてその割合が減少する傾向にありますが、水深2,500mから6,000mまでの海底の面積は、水深が深くなるにつれて面積の割合が増加する傾向にあります(特に、4,000mを超えると急激に増加します:図1)。そして、超深海と呼ばれる水深6,000mを超える場所は、海溝と呼ばれる細長い凹地にあたり、その海底の面積は地球全体の約2%程度しかありません。過去50年、このような海洋環境における「深さ」への挑戦と、その技術によって開拓される極限環境の探究は、JAMSTECの科学技術が目指す大きな目標でありました。

図1

図1:海水面から海底までの深度分布。右上の水深以下の海底を水色で示す。

 1998年5月、JAMSTECは無人探査機「かいこう」を用いて、世界で最も深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵(水深約10,900m)の潜航調査を実施し、世界で初めてヨコエビの採取や微生物の分析に成功するなど、輝かしい成果をあげました(1998年7月29日既報)。2017年には、4Kカメラを搭載したフルデプスミニランダーと呼ばれる自動昇降式の観測装置を用いて、マリアナ海溝の水深8,178mで遊泳する魚類(シンカイクサウオ)の映像を撮影することに成功し、世界を驚かせました(図2)。この深度は、体内浸透圧から推定される理論上の魚類の生息限界深度8,200mに最も近い記録映像となりました(2017年8月24日既報)。

図2

図2:マリアナ海溝の水深8,178mで観察されたシンカイクサウオと餌に群がるヨコエビの仲間。

 深海底のさらにその下は、堆積物や岩石鉱物からなる地層(固体地球)の世界です。いったい、地球という惑星はどのような星なのでしょうか?私たち生命はなぜこの星に存在しているのでしょうか?そして将来、私たち人間と地球はどうなっていくのでしょうか?それらを理解するためには、私たち人間が生活する地球表層の世界ばかりではなく、その下に広がる地球内部の世界とそのつながり(連動性や適応性)を理解していく必要があります。
 地球の半径は、赤道域で約6,378km。そして、地球の内部は、大きく分けて地殻、マントル、核の3つの層で構成されています。そのうち、海洋地殻は、海嶺と呼ばれる場所で高温のマグマが海水で冷されて固まることによって形成された岩石層です。海嶺で形成された岩石層は、マグマの供給に伴って左右に少しずつ拡大していき、厚さ約6,000m以上の海洋プレート(海洋地殻)を形成します(地球表層は、いくつものプレートがジグソーパズルのように組み合わさることで形成されています)。その後、海洋プレートは、さらにその下にあるマントルの変動(対流運動)に影響を受けながら移動し、やがて海溝を通じて大陸を形成するプレートの下へと沈み込んでいきます。このような地球内部の構造や変動を詳細に理解することは、地球表層における地震や津波、火山活動の理解や大陸の形成・移動プロセスの理解、そして短・中・長期的な時間スケールでの気候変動や生態系の進化を理解する上でも極めて重要です。つまり、地球を構成するさまざまな要素(サブシステム)は、互いに密接に絡み合いながら、一体的に、そして、ダイナミックに変動しています。地球は、「宇宙船地球号」とも呼ばれる一つのシステム体として存在しています。それはまるで、さまざまなパーツから構成される生きた細胞のしくみのようです。しかし、その複雑な地球システムに関する私たちの知識は限られており、未だ多くの謎が残されているのです。
 JAMSTECは、その50年の歴史を通じて、深海から超深海、さらに、地球内部の広大なフロンティアに対して、最先端の科学と技術開発で挑み続けてきました。しかし、地球内部は固体と流体からなる世界であり、太陽光が届かない暗闇の世界でもあります。そのため、表層世界の森林や海洋、上空の雲や星のように、人間が直接地中を探検したり、肉眼で観測したりすることができません。しかし、人類の叡智と科学技術がこの難題に挑みつづけます。例えば、医療用のX線CTスキャンのように、非接触で地球の内部構造を可視化する弾性波探査や地震波トモグラフィという地下構造の探査手法が開発・適用され、前述の地下深部の構造の局在性や物性の変動に関する研究が進められています。
 他方、地下構造探査によるマクロなイメージ分析や、従来の地質・物理・化学・生物に関する海底面の調査では実証できない仮説に対しては、海底を掘削し、直接的に地下の地層サンプルを採取・分析したり、掘削した坑井に各種センサーを入れ、現場状態の変化をリアルタイムで観測したりする手法が有効です。これらの掘削による一連の研究アプローチを、「科学海洋掘削」と呼びます。1950年代後半から約半世紀にわたり、さまざまな科学海洋掘削の国際プロジェクトが実施され、プレートテクトニクスの直接的な実証や、巨大隕石の衝突による生物の大量絶滅の証拠、過去の気候変動や古海洋環境の復元、そして海底下に広がる生命圏(微生物)の発見など、教科書を書き換える輝かしい成果が創出されてきました。それらの研究プロジェクトは、現在も世界各地の研究者から提案されています。私たちを取り巻く地球環境が劇的な変動を遂げるなか、科学海洋掘削を通じた動的な地球システムに関する科学は、ますますその重要性を増しているように思います。

 2005年、我が国は、地球惑星科学に関連する科学者や技術者の知恵と情熱、先人の長年の努力の末に、大深度掘削を可能にするライザー掘削システムを搭載した地球深部探査船「ちきゅう」を建造しました。そして、2006年より、JAMSTECは、①巨大地震・津波の発生メカニズムの理解、②地下に広がる生命圏の解明、③地球環境変動の解明、そして、④人類未到のマントルへの到達という4つの達成目標を掲げ、日米欧を主体とする統合国際深海掘削計画(2004-2013)や国際深海科学掘削計画(2014-2023:共にIODPと略記)における主要掘削プラットフォームの一つとして「ちきゅう」の運用を開始しました。その間、2011年3月11日に発生した東日本大震災を経験しつつ、科学海洋掘削における掘削深度の世界記録を更新し(紀伊半島沖南海トラフ:海底下3,059m)、18のIODP研究調査航海を実施。現在までに、44サイト(114孔井)から1,131本のコア(長さ5,978m分)のコアサンプルの採取に成功しました。とりわけ、それらのIODP研究調査航海の中では、日本海溝や南海トラフのプレート沈み込み帯における地震発生メカニズムの理解が大きく進みました。幸運にも私は、「ちきゅう」のライザー掘削による第337次研究航海「下北沖石炭層生命圏掘削プロジェクト」(2012年に実施:図3)や、「ちきゅう」と高知コアセンターとをヘリコプターで連動させた第370次研究航海「室戸沖限界生命圏掘削調査:T-リミット」(2016年に実施)の共同首席研究者として研究プロジェクトを統括し、国内外のさまざまな分野の研究者とともに、海底下生命圏の実態や限界の謎を切り拓くことができました(海底下生命圏ガイドを参照)。

  • 図3-1
  • 図3-2

図3:地球深部探査船「ちきゅう」(上)と船上で掘削により採取された地質サンプルを処理する様子(下)。

 現在、「ちきゅう」はその国際運用の開始から15年が経ち、メタンハイドレート調査や海底鉱物資源調査などの事業を含め、多くの経験と実績を重ねてきました。しかし、海洋地球フロンティアに対する「ちきゅう」の挑戦は道半ばで、折り返し地点にいるといっても過言ではありません。「ちきゅう」に搭載されているライザー掘削システムは、水深2,500mまでの海底から約7,000mまで掘削できる能力を有しています。宇宙開発も同じだと思うのですが、科学海洋掘削は、世界の誰も到達したことがないフロンティアへの挑戦です。未知との遭遇にどう対処するか、度重なる試練や課題を克服するための試行錯誤や適応力が必要です。建造当初に掲げた4つの目標を達成するには、「ちきゅう」が持つ潜在的な能力を最適化された技術開発で引き出しつつ、一歩一歩、段階的に実現していく他に手段はありません。
 過去から現在に至るまで、私たちは一貫して、我が国、そして全人類の科学技術の進展のために何をすべきか、そして、それが私たちの未来に何をもたらすのかを問われてきました。冒頭に、「この惑星のほぼ全ての海洋に人類は直接的にアクセスできる」とご紹介しましたが、深海のさらにその下には、広大なフロンティア空間が残されています。今後、おそらく前者は、より効率的かつ安全に詳細な4次元的調査を可能とする画期的なシステムの開発が必要となるでしょう。そして後者は、水深・深度を拡張する技術開発と、「地球システムを直接的に理解する」という大きな課題が残されています。現在、産業界の大水深掘削オペレーションの世界記録は、水深約3,500mです。仮に、その深度を科学技術のために4,000m〜6,000mまで拡大することができれば、人類は地球の約98%の海底下環境を調査することが可能になります。将来的に、なんらかの革新的な手法や技術開発を適用し、4,000m級の水深からの大深度掘削が可能となれば、人類ははじめて地球表層を覆う海洋地殻を貫通し、地球の体積の約83%をも占める未到のマントル空間に到達することができるでしょう(図4)。それは、私たちが地球という惑星のシステムをより深く理解し、人間自らの持続可能性を希求する新しい時代の幕開けとなるに違いありません。

図4

図4:「ちきゅう」による典型的な海洋地殻の貫通と上部マントルへの到達を示す概念図。

 このコラムでは、JAMSTECの50年の科学技術の進展の歴史を、一部の例を挙げて、振り返ってみました。それらの歴史は、海洋地球フロンティアを切り拓く新しい科学技術の展望と進展こそが、私たちに新しい叡智と知の体系化をもたらし、人類と地球の未来構築につながっていくことを物語っています。