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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

JCOPEチーム

篤志船観測の皆様とともに
―観測と予測の相互連携を目指して―

私たちがいつもJCOPEウェブサイト黒潮親潮ウォッチで紹介している海流の予測は、現在の海の状態(初期値)を計算機の中で作り出し、これを出発点として海の物理予測モデルを動かすことによって行っています。そこで大事なことは、できる限り多くの観測データを収集して取り込み、より現実に近い初期値を作ること(データ同化)です。最も基本的な観測データは人工衛星による観測データで、これによって黒潮や親潮の基本的な状況、例えば黒潮の流路や親潮の南下状況についておおまかに知ることができます。さらに、様々な機関の観測船や、自動昇降観測器(アルゴフロート)によって計測している海の中の温度や塩分のデータも初期値に取り込んでいます。

人間が日常的に住んでいるわけではない海の観測は、それだけを目的として船で行うなら燃費やシップタイムの確保など、たいへんな手間とお金が必要であり、常に観測が不足している状態が続いているといえます。そこで私たちは、貨物船や漁船など、海で活動している方々と協力することで観測の機会を増やそうと努力しています。

2017年10月から、NPO法人ヴォース・ニッポンが、東京港と苫小牧港を結ぶ航路の貨物船「ひまわり8」(日本通運株式会社)の海水取り込み系統部に水温・塩分計を導入し、数日毎の往復航路(図1)において定期観測を始めました。このような観測は、篤志船観測(Volunteer Ship Observation: VOS)と呼ばれるもので、現在の海洋観測網の重要な一翼を担っています。

図1. 「ひまわり8」が取得したデータの分布。色は1/4度格子あたりのデータの取得数を示す。

この水温・塩分データを私たちの海流予測モデルJCOPE2の初期値に取り込んでいない状態で、予測モデルの検証を行いました。図2は、古いバージョンのモデルであるJCOPE2が予測した水温・塩分と「ひまわり8」計測データの比較を示します。水温は東京港(北緯35度付近)から苫小牧港(北緯42.5度付近)に至る間に下がっており、そうした傾向はモデルと観測でお互いによく一致しています。しかし、「ひまわり8」で計った水温の下がり具合とモデルで予測した水温の下がり具合が違っていることがわかります。モデルで予測した水温分布が北緯35度から36度までなだらかに下がっていますが、観測した水温はもっと急激に下がっています。また、塩分においても東京港湾内等の河川水によってできる低塩分を再現することができていません。海流はおおむね海の密度変化によって生じていますが、塩分は水温と同様に海の密度を決める重要な成分であり、塩分の予測も海流予測の精度に影響します。

図2. 「ひまわり8」が取得した観測データ(Obs)と旧モデル(Model: JCOPE2)予測値との比較。2017年10月5日~6日。左:表面水温、右:表面塩分。

最近、旧モデルJCOPE2は新モデルJCOPE2Mに更新されました。図3は、新モデルJCOPE2Mの結果と「ひまわり8」観測データを比較しています。新モデルJCOPE2Mによって水温の南北変化がより観測に合うようになり、湾内の低塩分も完全ではないものの、再現の改善がみられます。津軽海峡付近(北緯41.5度付近)の分布もよく合うようになりました。

図3. 「ひまわり8」が取得した観測データ(Obs)と新モデル(Model: JCOPE2M)予測値との比較。2017年10月5日~6日。左:表面水温、右:表面塩分。

図4は、新旧モデルの海面水温の分布と「ひまわり8」の水温の比較を示します。旧モデルのJCOPE2(図4左)では、水温の南北での勾配がなだらかになっていて、白い線で示す海洋速報の黒潮続流流軸位置と対応するべき水温の水平勾配にもずれがあります。一方、新モデルJCOPE2M(図4右)では、水温の勾配がよりシャープに再現され、黒潮続流流軸との対応も改善されていることがわかります。「ひまわり8」観測との比較では、津軽海峡付近の暖水渦の再現が変わったことで、より観測に近づいたことがわかります。

図4. モデルが予測した海面水温分布。2017年10月6日。左: 旧モデル(JCOPE2)。右: 新モデル(JCOPE2M)。図には「ひまわり8」が観測した水温を航路に沿って同じ色合いで重ね合わせている。白い線は、対象日を含むすべての黒潮続流流軸位置(ある期間の平均として示されている)を示す。

ところで「ひまわり8」では、JCOPEモデルによって予測した海流情報が運航支援のために使われています。「ひまわり8」データとの比較によれば新モデルによって予測した水温塩分分布は、より観測に近い状態を再現しているので、結果として海流分布の精度も改善していると考えられます。今後、「ひまわり8」の観測データを直接モデルの初期値に取り込むことによる精度向上も期待されるところです。

このことが示唆することは重要です。私たちのような予測を行う者は、予測情報の提供によって利用者を支援し、利用者はそれに応えるように現場の観測データを予測者に提供する。予測者はこのデータを使って予測の改善を行う。利用者は予測を活用しながら観測を続け、あるいはさらに観測を充実させる。以上の経過は、図5でイメージしている観測と予測のフィードバックループを回すことで、観測と予測の双方を強化していくことを効果的に行える可能性を示しているといえます。

図5. 観測と予測の相互連携を示すイメージ図。画像はJAMSTECウェブサイトより転載。

今後も私たちは、様々な局面で様々な利用者の皆様と協力し、図5で示す観測と予測の相互連携をより一層強化していきたいと考えています。今回、こうした相互連携の輪を作り出してくださった、NPO法人ヴォース・ニッポン、日本通運株式会社、「ひまわり8」の乗組員をはじめとするすべての関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。