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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

土井威志
気候変動予測情報創生グループ 副主任研究員

スーパーインド洋ダイポールモード現象が東アジアの冬の予測の鍵に
―2019-2020年の記録的な暖冬を数ヶ月前から予測に成功―

1. ポイント

2019年から2020年にかけて、日本は記録的な暖冬に見舞われた。
スーパーコンピュータを使った数理予測シミュレーションでは、2019年秋時点で、その予測に成功していた。
予測に成功した鍵は、過去最強クラスの熱帯インド洋のダイポールモード現象の影響であった。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの土井威志副主任研究員らは、2019年から2020年にかけての日本の記録的な暖冬を、数ヶ月前からコンピューターで予測可能だったのは、同年に発生した過去最強クラスの正のインド洋ダイポールモード現象(※1)による影響が大きかったことを示しました。

JAMSTECアプリケーションラボでは、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使った数理予測シミュレーション「SINTEX-F」(※2) に基づき、毎月準リアルタイムに季節予測、すなわち世界各地の季節の不順(日々の天気を数ヶ月間平均した気候場の異常。例えば、猛暑、暖冬、多雨、少雨など)について数ヶ月前から予測した情報を配信しています。しかし、日本を含め、東アジアの冬の予測精度は低いのが現状です。それにも関わらず、2019年から2020年にかけての日本の記録的な暖冬の予測は的中しました。そこで、その理由を検証したところ、2019年に発生した過去最強クラスの正のインド洋ダイポールモード現象の影響が重要であることを示しました。

この成果を契機に、極めて強いインド洋ダイポールモード現象が東アジアの冬に影響するプロセスの理解が進むと共に、それらの予測情報を基盤とした農業や感染症等に関する応用研究が展開されることも期待されます。  本成果は、米国地球物理学連合の「Geophysical Research Letters」オンライン版に9月15日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Wintertime impacts of the 2019 super IOD on East Asia
著者:
土井威志1、スワディヒン・ベヘラ1、山形俊男1
1. JAMSTEC付加価値情報創生部門アプリケーションラボ

3.背景

2019年から2020年にかけて、日本は記録的な暖冬に見舞われ、社会・経済は大きく混乱しました。JAMSTECアプリケーションラボでは、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使った数理予測シミュレーション「SINTEX-F」に基づき、毎月準リアルタイムに、世界各地の季節の不順などを数ヶ月前から予測しており、先駆的な成果を上げてきた実績があります。この予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムで、最新の海洋の水温などの観測情報をもとに、コンピュータを使ったシミュレーションで数ヶ月先の季節の不順を予測します。熱容量の大きい海洋の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその影響が残り、季節の不順が発生する前兆になります。このような予測シミュレーションでは、熱帯域の予測精度は比較的高いものの、日本を含む、東アジアの冬の予測精度は低いのが現状です。その主な理由は、暖冬・厳冬の多くが、大気よりゆっくりと変動する海表面水温の状況に依存せず、大気の内部変動に由来して発生するため、数ヶ月前からの予測が潜在的に難しいことが考えられます。それにも関わらず、2019年から2020年にかけての日本の暖冬予測は的中しました(図1)。

何故、2019年-2020年の冬の事例は予測が可能だったのでしょうか?その理由を探索するため、予測アンサンブルメンバーの「共変動」に注目しました。すなわち、アンサンブル手法(僅かに条件が違う予測シミュレーションを複数回繰り返す手法)を使った予測シミュレーションの各々の結果のバラツキ(つまり、将来起こりうるパラレルワールドの揺らぎ)に対し、何らかの物理的構造や制御プロセスを持つ「共変動」が無いかを調べました。特に、「SINTEX-F」は、世界最大規模のアンサンブル数で予測を実施しており(2019年1月24日のプレスリリースで既報。詳しくはここ)、数値カオス性(僅かな条件の違いでも、予測される未来が変わる性質)が強い中緯度域の季節予測において、新しい知見を開拓するために、非常に有利です。

4.成果

日本付近における暖冬予測の成否には、熱帯インド洋西部の水温予測の成否が重要であることがわかりました(図2)。熱帯インド洋西部で高温が強く表れる予測シミュレーションでは、日本付近の暖冬も強く表れたのです。さらに詳しく解析した結果、1.西インド洋の高い水温が、周辺大気の積雲対流を活発化させ、対流圏上空で高気圧性循環を形成し、2.その情報が、亜熱帯ジェット気流を導波管として、日本付近までに大気の波として伝播し、3.その結果、日本付近において偏西風は北に蛇行し、南からの寒気の流入が弱められるプロセスが示されました (図3)。

熱帯インド洋西部が平年より水温が高い状況は、2019年に発生した過去最強クラスの正のインド洋ダイポールモード現象に起因します。同年の5月頃から急成長し、11月には最盛期を迎え、12月には衰退し始めたもののその残滓はあり、年が明けてようやく終息しました(ダイポール現象自体の予測については、2020年4月6日にプレスリリースしました。詳しくはここ)。典型的な事例と比べ、数倍程度の強さで発生期間も長かったことから、1994年や1997年と並び、スーパーインド洋ダイポールモード現象と呼ぶことができるでしょう。ダイポールモード現象の典型的な事例は、夏から秋にかけて最盛期を迎えた後、冬には急速に衰退します。そのため、その影響を調べる研究も、夏から秋を対象として実施されることがほとんどで、冬の影響については注目されてきませんでした。本研究によって、スーパーインド洋ダイポールモード現象が、東アジアの冬の気候に影響し、その季節予測が可能であることが示されました。

5.今後の展望

近年、世界各地で極端な季節の不順が頻発しています。その背景にあるのは、地球温暖化の進行です。従来、高温である地域は、更に高温化し、雨の多い地域では、更に雨が多く、雨が少ない地域は、更に雨が少なくなりつつあります。そのような状況下に、インド洋ダイポールモードなどの数年に1度、自然発生する現象の影響が畳み掛けてくると、その被害は甚大化しやすいといえます。2019年のオーストラリアの山火事などは、まさにその一例です。すなわち、温暖化の進行と共に、オーストラリアでは高温・乾燥化が進んでいますが、そのような状況下で、過去最強クラスのインド洋ダイポールモード現象が発生し、更に高温・乾燥化を促し、過去最悪の山火事を引き起こしたと考えられます。

地球温暖化と、インド洋ダイポールモード現象は、異なるメカニズムで発生する別の現象です。一方で、温暖化によって、スーパーインド洋ダイポールモード現象の発生が頻発化する可能性などが指摘されています。特に、西インド洋熱帯域の温暖化の進行が顕著なことから、本研究で示されたように、スーパーインド洋ダイポールモード現象の発生に伴って西インド洋熱帯域が高温化すると、日本で記録的な暖冬が引き起こされる事例が今後増えるかもしれません。

従って、進行中の温暖化を背景として、季節予測と、その予測情報を基盤とした適応策を探索することが、益々重要になってきました。JAMSTECアプリケーションラボでは、季節予測情報を、農業や感染症などの社会問題に応用する研究も実施しています。例えば、アフリカ南部で、マラリアの流行を早期に警戒するシステムを開発したり、世界各地で米や小麦などの作物の豊作・凶作を数ヶ月前から予測し、世界規模での食の安全を守る対策を研究したりしています。 (詳しくはアプリケーションラボの他のHPもご覧ください。http://www.jamstec.go.jp/apl/j/

なお、本研究で用いた数理予測シミュレーション「SINTEX-F」では、2020年から2021年にかけての冬に、スーパーインド洋ダイポールモード現象が発生する可能性は極めて低く、東アジアの気候への影響も極めて低いと予測しています。最新の予測情報は以下のSINTEX-F季節予測のサイトをご確認ください。
http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/sintexf/seasonal/outlook.html

[補足説明]

※1 インド洋ダイポールモード現象: 熱帯インド洋で見られる気候変動現象で、5、6年に1度程度の頻度で、夏から秋にかけて発生し、冬に急速に衰退する。ダイポールの名前は、海面水温、積雲対流活動、海面高度、海面気圧などの大気・海洋場の異常がダイポール(双極子)構造で現れることに由来する。熱帯の大気と海洋がお互いを助け合いながら発生する点や、世界中で異常気象を引き起こす点から、太平洋で発生するエルニーニョ現象の兄弟と言える。ダイポールモード現象には正と負の現象があり、特に正の現象が発生すると、熱帯インド洋の東部で海面水温が平年より低くなり、西部で高くなるために、通常は東インド洋で活発な対流活動は西方に移動し、東アフリカのケニヤ周辺やその沖合で雨が多く、逆にインドネシアやオーストラリア周辺では雨が少なくなる。また、大気循環の変動を通して、西日本では雨が少なく、気温が高めに推移する傾向がある。この現象は、JAMSTECの山形俊男博士、Hameed Saji博士を中心とした地球環境フロンティア研究センターの気候変動プログラムの研究者らによって、約20年前に発見された。それまでは、熱帯インド洋には、大気と海洋が助けあって変動する気候現象は存在せず、エルニーニョ現象などの影響を受けて変動するだけだと考えられていたが、この発見を契機に、同現象の研究は活発に行われてきた。2019年のイベントを契機に、改めて注目度が高まっている。
(詳しくはこちら: http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/climate/?page_id=112)。

※2 SINTEX-F季節予測シミュレーション:JAMSTECアプリケーションラボ(前身は地球フロンテイア研究システム気候変動予測領域)で、数ヶ月から数年スケールで発生する気候変動現象の解明及びその予測研究のため、日欧研究協力に基づき、「地球シミュレータ」を用いて開発・改良してきたシミュレーション技術。気候モデルとは、地球の大気-海洋-陸面-海氷などを、3次元的な格子状に分割し、それぞれの格子に対して、物理を使って、10分程度の未来を計算できる数式の集まり。この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来を予測できるようになる。予測を開始する時点で、最新の海洋の観測情報(季節予測では、大気より熱容量の大きい海水温の情報が特に重要)を気候モデルに教え込んだ後、未来について予測計算を実施することから、海洋観測とコンピュータシミュレーションのバトンパスリレーのようなシステムである。
(詳しくはこちら: http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/sintexf/seasonal/overview2.html)。

図1

図1:(a)2019年12月から2020年の1月の2ヶ月間で平均した地上2m気温の偏差(平年からのズレ)の実況値。単位はºC。(b) 2019年10月初旬時点での予測値(108アンサンブル予測シミュレーションの平均値)。日本付近の暖冬や、インド洋熱帯域西部の高温偏差などの予測に成功していたことがわかる。

図2

図2:インド洋熱帯域西部の海表面水温の予測値と、地上2mの気温の予測値について、アンサンブル間での相関係数を調べた結果。2019年12月から2020年1月の2ヶ月平均を対象として、2019年10月初旬から予測を開始した108個のアンサンブル予測シミュレーションから算出。赤色の部分では、熱帯インド洋西部で高温が強く表れる予測シミュレーションでは、地上2mの気温の予測も、高温が強く表れることを示している。日本付近の気温予測について、アンサンブルメンバー間のバラツキが、インド洋熱帯域西部の海表面水温の予測に制御されていることが示された。

図3

図3: スーパーインド洋ダイポールモード現象が、東アジアの冬の気候に影響するプロセス(模式図)。1.典型的なインド洋ダイポールモード現象は冬には消失するが、スーパーインド洋ダイポールモード現象の場合、インド洋熱帯域西部の水温が平年より高い状態が冬まで残る。2.その上空で積雲対流活動が活発化し、対流圏上層では高気圧性偏差が形成される。3.亜熱帯ジェット気流と呼ばれる偏西風帯を導波管として、大気の波が情報を東に伝え、中国南部では偏西風が南に蛇行、その下流の日本付近では、偏西風が北に蛇行する。その結果、南からの寒気の流入が抑制され、日本付近は暖冬になる。