《トピック紹介》
本課題では、過去の地震履歴と地殻変動データと整合する三次元不均質粘弾性構造モデルから現在の応力蓄積状態を推定します。また擾乱(半割れ等)が与えられた際の推移を予測する手法の開発を行います。そのために三次元不均質粘弾性構造を考慮して行うための南海トラフを対象とした大規模有限要素モデルを構築するとともに断層すべりによる地殻変動計算と断層面での応力評価のためのグリーン関数を計算します。さらに断層構成則と組み合わせて与えられた固着・すべりの後の推移を計算します。履歴については、海域や陸域の地層から過去の地震・津波の痕跡を検出するとともに歴史地震について史料調査を実施します。
令和3年度は、応力蓄積過程の計算に必要となる三次元不均質粘弾性構造の曖昧さを考慮した地殻変動計算と断層面での応力評価を行うために必要な大規模有限要素モデルを構築しました。陸域では紀伊~四国沿岸陸域、海域では日向灘~南九州沖で堆積物試料を採取・分析して地震・津波履歴を推定しました。史料調査ではこれまで得られた史料調査の結果を基に昭和東南海・南海地震の津波波源モデルの再評価を行いました。
1854年安政東海地震に伴う津波は房総半島沿岸から土佐に及びました。その津波高は伊豆半島から紀伊半島の沿岸にかけて高く、伊豆半島沿岸での津波遡上高はおよそ5~6mと推定されています(e.g., 羽鳥, 1977;都司ほか, 2019)。中でも伊豆半島南端にある静岡県南伊豆町入間は周囲に比べて非常に高い津波痕跡高(15.7 m;都司ほか,2019)が確認されています(図1)。なぜ入間で異常に津波が大きかったのかその原因は分かっていません。
そこで安中モデル(安中ほか,2003;Mw 8.4)と今井モデル(今井ほか,2021;Mw 8.5)をそれぞれ初期津波波源とする津波数値シミュレーションを行い、津波痕跡点までの津波遡上を再現できるかどうかの検証を行いました(図2)。安中ほか(2003)は二枚の矩形断層で沿岸津波高を説明しましたが、今井ほか(2021)は最新の津波痕跡高と地殻変動量,南海トラフの三次元地下構造モデルから16枚の小断層を配置して初期津波波源を推定しました。
図3は静岡県南伊豆町入間集落における安中モデルと今井モデルの最大浸水深の比較結果を示しています。安中モデルで計算した最大浸水深分布は津波痕跡点まで到達しません。一方、今井モデルは津波痕跡点まで津波が到達し、観測事実と整合することが分かりました。また砂堆の標高に関しては、計算結果に大きく影響を及ぼすものではないことも明らかとなりました。これらの結果は今井モデルが安中モデルより現実に近い津波波源モデルであること示しています。

以上の結果から入間で異常に津波が大きかった原因は安政東海地震の初期津波波源を過小評価していたためであることが分かります。このように過去の地震履歴と地殻変動データと整合する三次元不均質粘弾性構造モデルから現在の応力蓄積状態を推定するためには、より現実に近い推定津波波源モデルの構築が極めて重要です。
- 今井健太郎,楠本聡,堀高峰,高橋成実,古村孝志: 地殻変動および津波痕跡高の分布に基づく1854年安政東海地震の波源断層モデル,日本地震学会2021年度秋季大会,S17-04,2021.
- 都司嘉宣,今井健太郎,蛯名裕一,岩瀬浩之: 安政東海地震(1854)の静岡県海岸での津波の高さ, 津波工学研究報告, Vol. 36, pp.71-105, 2019
- 安中正, 稲垣和男, 田中寛好, 柳沢賢:津波数値シミュレーションに基づく南海トラフ沿いの大地震の特徴、土木学会地震工学論文集(CD-ROM).
- 羽鳥徳太郎: 高知県南西部の宝永・安政南海道津波の調査-久礼・入野・土佐清水の津波の高さ,地震研究所彙報,56,pp.547-570,1981