《トピック紹介》
南海トラフ地震をはじめとした、大きな地震への備えを日頃から考えておくことはとても大切です。南海トラフ地震臨時情報(以下、臨時情報)は、その一つとして、南海トラフの想定震源域等で異常な現象を観測した際に、個々の状況に応じて避難等の防災対応を準備・開始することを促す重要な情報です。しかし、その仕組みについて、十分な理解が得られているとはいえない現状です。臨時情報発表時には、地震発生に備えつつ、出来る限り社会活動を維持・継続することが望ましいとされています。しかし、工場の操業停止や交通機関の運休等の措置が講じられることも想定され、産業活動も含めた社会の萎縮に繋がることも懸念されています。
このような社会の過剰な萎縮を予防、あるいは早期の解消を図るためには、産業の活性度についてリアルタイムでの把握を行い、速やかに対策を講じることが必要であると考えています。また、臨時情報発表時に想像される社会の動きを予め想定することができれば、事前対策に活かすことも可能となります。
また、臨時情報発表時の社会の動きを予測するためには、官民の対話を通じて、各主体の対応に関するデータ収集や萎縮に繋がる要因を明らかにする必要があります。ここでは、令和3年度までの成果の例として、小型地震計を用いた、リアルタイム観測システムの検討状況と、官民のワークショップ形式の議論に基づく、臨時情報発表時の社会様相シナリオの構築に向けた取組みの2点についてご紹介します。
リアルタイム社会状況モニタリング
大規模災害による被害や、関連する企業活動への影響をすみやかに把握することを目指して、さまざまな社会状況のモニタリングを検討しています。一例として高密度な地震観測について説明します。
地震が発生すると震度の分布が発表され、これが災害対応の前提になります。この時に使われる観測点は全国で約4,300地点あり、平均で10km間隔くらいになります。しかし、地震の揺れに関係のある地盤の特性や、被害を受ける都市や社会の状況は、さらに狭い範囲で大きく変化します。このために、すでにある観測点の情報を補間する方法も試みられていますが、ここでは半導体センサ(MEMS)を用いたローコスト小型地震計を用いて観測点を増やし、運用負担の少ない携帯電話ネットワークで接続するシステムを検討しています。
運用試験として、製造業が集まる愛知県西三河地域について、物流の動脈である国道1号線に沿った高密度な観測を実施しています(図1)1)。この地域は既存の震度観測点の間隔が広く、一方で地盤状況の変化が大きいため、局所的な揺れの状況を把握できていない可能性があります。
小地震で観測された揺れの例を図2に示します。10数kmの範囲でも地震動の加速度や応答スペクトルの特性が大きく異なることがわかります。特に応答スペクトルは、横軸の周期が建物の高さに、縦軸は建物の揺れの大きさに対応するので、どのような建物が揺れやすいかもわかります。
将来的に地域や企業の重要建物にも設置することで、ピンポイントで揺れの情報を収集し、建物・室内の被害や企業活動への影響の把握を目指しています。
臨時情報発表時の社会様相シナリオの検討と構築に向けた取組み
a)行政職員を対象とした臨時情報発表時の社会様相の検討ワークショップ
南海トラフ地震臨時情報発表時の社会様相シナリオ構築に向けて、行政職員を参加対象として、名古屋大学減災連携研究センター自治体研究会、あいち・なごや強靭化共創センターと連携し、地域研究会活動としてワークショップを行い、南海トラフ地震臨時情報に対する被災シナリオについて、自治体職員を中心とした約30名で検討しました。
ワークショップは、まず南海トラフ地震臨時情報の制度や発表手順などに関する話題提供の後、3グループに分かれ、半割れケース(西側)が発生したケースで、中部地域で生じるイベントやそれぞれの主体の対応について「イベントカード」としてアイデアを考え、模造紙と付箋を用いて、重要なトピックの整理を行いました(図3、図4)。
代表的な意見を整理すると、行政への問い合わせの殺到や過度な要求(避難所や食事提供なご)が寄せられる等の行政対応に関する意見。食料品の購入に住民が殺到することや大型商業施設の臨時休業や通販需要の増加による物流の停滞等、物資不足や物流に関わる意見。上記の意見にも表れているような、様々な社会の委縮に伴って、企業活動にも支障がでる可能性や事前避難者の動向の把握の難しさ等の想定される社会様相が示されました。
今後、こうしたワークショップを積み重ね、参加者から出されたイベントカードについて、因果関係や連関を踏まえて構造化を進めたいと考えています。
b) 令和4年1月22日日向灘の地震を題材とした臨時情報(巨大地震注意)想定
令和4年1月22日01時08分頃、日向灘において、深さ45km、M6.6、最大震度5強(大分県大分市等)の地震が発生しました。この地震は、南海トラフ地震想定域内で発生したもので、緊急地震速報の第1報(地震発生後4.0秒)はM7.2でした。速報値はM6.4であり、暫定値はM6.6でした。2)
臨時情報(巨大地震注意)の条件は、監視領域内において、モーメントマグニチュード7.0以上の地震が発生したと評価した場合、または、想定震源域内のプレート境界面において、通常と異なるゆっくりすべりが発生したと評価した場合と定められています。3) したがって、この地震の規模がもう少し大きかった場合は、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されていたと考えられます。
こうした状況を踏まえて、名古屋大学減災連携研究センター自治体研究会において、令和4年1月22日の日向灘の地震で、もし臨時情報(巨大地震注意)が発表されていたとしたら、社会はどうなっていたのか、それぞれの主体はどう対応していたか、想像される社会の動きに関するアイデアを箇条書きで意見を収集し、20名から79件のアイデアが出されました。
このアイデアについて、キーワードの出現頻度による可視化(ワードクラウドの作成)を行いました(図5)。この結果、南海トラフ地震臨時情報発表時に想像される項目として、心理、サプライチェーン、対象地域に関する事象が多く、これらに関連する産業、避難、インフラ、経済活動など、特徴的な時間断面での社会様相が想定される結果となりました。今後は、さまざまな特徴的時間軸における社会様相を事前に把握するため、臨時情報発表時の企業の対応に関して、BCPや人・施設の確保の観点からの対応課題について、産官民の対話の中から明らかにすることが必要と考えています。
c)臨時情報発表時における地域情報共有連携手法の検討
臨時情報発表時における関係機関の情報共有のあり方を検討するにあたり、令和3年度は、中部圏の産官学民が参加する場に、遠隔併用型のワークショップを試験的に開催し、臨時情報発表時における現状の体制及び課題について共有、意見交換を実施しました。
ワークショップは3部構成で実施を行い、第1部は学習パートとして、プロジェクションマッピングを用いて南海トラフ地震の被害想定等を解説し、南海トラフ地震臨時情報について、制度の概要や発表時の対応方法について、解説が行われました。第2部は実演パートとして、四国沖で地震が発生した想定で、発災直後から気象庁による臨時情報(調査中⇒巨大地震警戒)が発表されるまでの状況を実演しました。第3部は討論パートとして、南海トラフ地震対策中部圏戦略会議の構成員である18機関が参加し、臨時情報発表時の対応や課題について、ファシリテーターによる解説を交えて意見交換を行いました(図6)。
参加者へのアンケートに寄せられた意見から、ワークショップに対する好意的な意見が多く、臨時情報の認知度及び理解度の向上について成果があったものと考えています。これは、とくに学習パートから実演パートに関して、一般市民の視点を意識し、民間企業の防災担当者も含めて、可能な限り判り易く、必要な説明を行うよう努めて実施したことが、臨時情報への広く知ってもらう上で重要であったと考えています。一方で、討論パートでは、参加機関数と比較して討論の時間が限られていたこともあり、自機関の取組みや課題を説明するにとどまりましたが、臨時情報発表時に想定される社会様相で起こり得る課題の解決に向けて、今後もこうした官民のより踏み込んだ議論の場の必要性も感じられました。
今後の取組は、対象を明確にした上で、各機関が伝えるべき情報を整理し、臨時情報の活用のあり方に関して、より多くの関係機関・関係者の皆様と継続的な議論が必要だと考えています。
- 1)防災科学技術研究所:地震ハザードステーションJ-SHIS,https://www.j-shis.bosai.go.jp/
- 2)気象庁:令和4年1月22日01時08分頃の日向灘の地震について, https://www.jma.go.jp/jma/press/2201/22/202201220310.html
- 3)気象庁:南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/nteq/info_criterion.html