ちきゅうレポート
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「生命は地震から生まれた!」仮説に挑む2012年05月11日

<その1 「ちきゅう」に紛れ込んだワタクシ>

*本レポートは、Webナショジオにて連載中の「青春を深海に賭けて」 からの転載です。


もちろん今回のタイトルも相変わらず適当なパクリ仕様で申し訳ないのですが、フランソワーズ・サガンの小説「悲しみよこんにちは」から寸借しました。決して、元祖不思議ちゃん系アイドル斉藤由貴のシングル曲からの着想ではない(キリッ)、と力強く宣言しても、もしかして「誰それ?何それ?」と言う若い人が大半だったりして。

逆に「あー、あった、あった、そんな曲」という読者が多い場合、この連載企画の「若い人にぜひ読んで欲しい」という儚い夢はもはや完全に崩壊したことになるでしょう。そんなことは知らない方が幸せです。みなさん知らないふりをしておいてください。

さて、今話がウェブに掲載される頃、ワタクシは「巨大屋形船」とも言われる「地球深部掘削船ちきゅう」に乗り込み、「統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海東北地方太平洋沖地震調査掘削」(漢字だらけの水泳大会、もとい正式名称ですみません)の特殊工作員として活動しているはずです。




掘削調査航海に出航する前の地球深部探査船「ちきゅう」



この掘削調査航海の全貌は、日々更新されるJAMSTECのホームページでご覧になれます。興味のある方はぜひ覗いてみてください。

またWebナショジオのサイトでも、ついに「ちきゅうつぶやき編集長」による掘削調査航海の現場レポ企画が始まったようですね( 深海7000メートル! 東日本大震災の震源断層掘削をミタ! )。第53次南極観測隊員、渡辺佑基さんと田邊優貴子さんによる「南極なう!」のように臨場感溢れるナショジオらしい透明感のあるレポートと勘違いして、みなさんがうっかりクリックすることを大いに期待しています(笑)。

この航海の研究目的を簡単に要約すると、ワタクシの連載の特別番外編「しんかい6500、震源域に潜る」でも触れたように、「2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震がどのようにして起きたのかを明らかにすること」に尽きます。

もちろん東北地方太平洋沖地震が起きてからこれまで、日本はもとより世界中の研究者が、多くの調査や解析を通じて、どのようにしてあの地震が起きたのかについて明らかにしようとしてきました。しかし、地震の全貌を一気に理解することは現在の科学技術をもってしても未だにとても難しく、少しずつ前進するしかありません。

できるだけ速やかに、かつ継続的に最大限の努力を続けて行く必要があります。その一つの前進が今回の掘削調査研究なのです。

一般的に、あの甚大な被害をもたらした東北地方太平洋沖地震は、「1000年に1度と言われるその規模(モーメントマグニチュード9)」に焦点が当てられることが多いようです。しかし地震のマグニチュードというのは実は奥が深くて、厳密に区別するとなんと40種類以上あるらしいです。だからシロートのワタクシ、あまり深入りはしませんです。

しかし東北地方太平洋沖地震の被害の大きさと特異性のポイントは、その発生エネルギーの全体の大きさ(マグニチュード9という大きさ)ではなく、地震によって極めて短い時間に地殻(東北地方や北海道が根ざしている板のようなモノ=北米プレート)が動いた量(水平・鉛直方向の距離の掛け算)が尋常ではなかった点、であることが分かってきました。

巨大な地震を発生させることの多い海溝型地震は、沈み込む海洋地殻(海側プレート)とその沈み込むプレートに向き合って摩擦で引きずり込まれるもう一つの大陸地殻(陸側プレート)の境界=海溝で起こります(用語は必ずしも厳密ではありません)。摩擦によって引きずり込まれる力に対して、陸側プレートが元に戻ろうとする力が上回った時、実際に陸側プレートが刹那的に大きく跳ね返ることによって地震が起きます。

シロートのワタクシの説明なので、科学的厳密さは怪しい限りですが、陸側プレートが跳ね返る刹那のいわば「銃による弾丸発射における撃鉄と雷管」のエネルギー量がマグニチュードだとして、地震によって陸側プレートが動いた実際の量、これもいわば「実際弾丸が飛ぶ距離」と言っていいでしょう、は、「だいたい比例するけれども、銃によって大きく変わる」、というところが重要です。




「ちきゅう」船上にそびえる掘削やぐら「デリック」



もしかすると余計にややこしい説明だったかもしれぬ(笑)。再チャレンジします。いろいろな岩をハンマーでぶっ叩いた時、ぶっ叩く力(エネルギー)が全く同じだとしても、実際の岩の破壊の様子や度合いはかなり違っていると言った方がわかりやすいかもしれません。この実際の様子が違うというところがポイント。

そして東北地方太平洋沖地震では、「押し込まれていた日本海溝の陸側のプレート=北米プレート全体が太平洋プレートの上面をものすごい移動量(例えば水平距離で50m、鉛直方向に10m以上)で滑った(滑り過ぎたとも言われています)」こと、そしてその北米プレートの滑り移動量が甚大な被害をもたらした津波の発生原因となったこと、が実際の調査で明らかになってきました。

なぜ北米プレートがそんな大きく太平洋プレートの上面を滑ったのか。それは誰にも分かりません。滑ったところを直接見た人はいないからです。

それを実際に滑ったプレート境界(滑り面)まで掘削して、本当に滑った物理的証拠を得ること、そして実際に滑った現場の岩石試料を採取して明らかにしようとすること、がこの航海の第一目標です。

そんなガチガチの地震発生メカニズム解明航海に、微生物愛好家であり地震シロートのワタクシがなぜか紛れ込んでいること。その理由が今話のマクラなのです。


<その2 「生命は地震から生まれた!」仮説に挑む>

「北米プレートが太平洋プレートの上面を一気に滑ったのだ」と頭の中で想像してみてください。プレートは基本的にはでこぼこザラザラの岩石でできていますので、滑ったプレートとプレートの境界はグガガッ、ゴッゴッという音が聞こえてきそうな激しい摩擦があった、そんなイメージが浮かぶでしょう。

そんなに激しく岩石がこすれたら、こすれた部分はそりゃもう火照っちゃう単純に摩擦熱でアッチアッチになりそうです。実際にそのように予想されており、その摩擦による温度上昇を直接測ることが今回の航海の最大の目標です。

その温度上昇を実測し、こすれた部分の岩石がどのような岩石だったかがわかると、実際のプレートの滑り方が俄然はっきりとわかるようになるというのがこの航海にとっての「幸せのレシピ」です。




ちきゅうの微生物ラボでコアから水素を測定するシミュレーションでニヤニヤするワタクシ。



摩擦で発生するのはもちろん熱だけではありません。みなさんが摩擦で発生する熱以外のモノと言われてすぐ思いつくのはアレ、「静電気バチバチ」ではないでしょうか。

(引用)
静電気バチバチ―――古代ギリシアに現れた記録に残る最古の哲学者タレスによって紀元前600年頃に発見されたと言われる物理現象。タレスはなけなしのお小遣いで買った「横浜銀蝿」や「なめ猫」が描かれたセルロイドで出来た安っぽい下敷きを、授業中髪の毛にこすりつけることで髪の毛を逆立たせる遊びを思いついた。ふだん小難しいことばかり言うネクラなタレスが女子にキャーキャー言ってもらえる唯一の芸であったと言われている。しかし好きな女の子のスカートをめくり上げる程の未知のパワーを秘めていることに気付き、その至福の行為を猛烈に妄想するあまり道端の溝に落ちて笑われたと言う逸話が残っている。
(民明書房「私が恋愛できない理由」より)


もしかして民明書房という有名な出版社をご存じない方もいらっしゃると思いますので、そういう方はぜひググってみてください。それでも「よくわからない」とおっしゃる方は、上記項目を完全に忘れてください。

ただし、摩擦によって生じる静電気は、「異なる物質で出来たモノをこする」ことと「こすったモノを引き離す」ことが必要なので、北米プレートと太平洋プレートの摩擦では静電気の発生は期待できません。

実は地震による岩石の摩擦によって、熱とか音といった物理的現象以外に、水素ガスのような化学物質が発生することが知られています。




ちきゅう船内の研究者ミーティングを度々サボるのを研究支援統括のノブに見つかりお灸を据えられるワタクシ(という設定で研究者ミーティングにて紹介されたが、実は単にブラッシング萌えなワタクシ)。



化学物質の発生がわかったきっかけは、1979年に兵庫県南部で起きた山崎断層群発地震でした。この群発地震の震源となった山崎断層で、周辺の土に含まれるガス成分を測定した研究チームがいました。東京大学理学部附属地殻化学実験施設の研究グループです。その結果、地震が起きる前に比べて、起きた後に土壌ガスの水素の濃度が異常に上昇していることを発見し、サイエンス誌に発表しました。

その後、同じ研究グループによって、「断層運動(ほぼ地震と言ってもいい)による岩石破壊によって岩石のケイ酸結合が切断され、ケイ酸ラジカルが形成されたあげく、ラジカル反応で水が分解されて水素ができるのだ」という学説が提唱されました。

反応の詳細はともかく、「岩石が破壊されると周りに存在する水から水素ができる」という現象がけっこう普通に起きている可能性が知られるようになったわけです。

その後、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部から西部にかけて約1300kmにわたって続く巨大な断層=サンアンドレアス断層の地下でも、断層運動によって大量の水素が発生しているという観察結果が得られました。そして、地震と水素の密接な関係は、一部専門家の間では通好みのネタになりつつある状況でした。

しかし「どれぐらいの地震が起きればどれぐらいの量の水素が発生するのか」という定量的な研究結果がなかったので、地震学者と呼ばれる人たちには「ヘッ、地震水素なんて、所詮2軍だろ」的な扱いを受けていたと言っても過言ではありませんでした。

そんな「地震水素=2軍」説を覆したのが、JAMSTECの廣瀬丈洋、川口慎介、鈴木勝彦(敬称略)の3氏による男汁溢れる研究だったのです。

ちなみに廣瀬丈洋はとても爽やかです。あとの2人が男汁をほとばしらせているにすぎません。そして廣瀬丈洋によってJAMSTEC高知コア研究所に組み上げられた「お家で地震を作るマシーン」を用いて、岩石破壊だけでなく、岩石滑り(摩擦)によっても大量の水素が発生することが明らかになったのです。

その研究の最も画期的な点は、地震の規模(マグニチュードや実際の滑り量)と水素の発生量の間に定量性(相関)があることを突き止めたことです。こうして、ある規模の地震が起きたとするとその地震で発生した水素量を予想することができる(逆もしかり)という「地震水素、もしかして天才?」説が脚光を浴び始めたと言えるでしょう。スバリそうでしょう。

そして「水素こそ暗黒生命にとって至高のエネルギー」を唱えるワタクシが、このようなおいしいネタをずっと指をくわえて傍観していたはずがあろうか。いやない(反語)。

いずれこの連載でもクライマックスシーンとして描かれるはずですが、ワタクシの研究グループの一つの研究成果に、「約40億年前、地球最古の持続的生態系は大量の水素を含む熱水で誕生した」とするウルトラエッチキューブリンケージ仮説の完成があります。これは、コマチアイトという太古の火成岩が大量の至高のエネルギー=水素の発生源となったことを意味する仮説です。

そのウルトラエッチキューブリンケージ仮説に至るストーリーや背景が描かれた力作「生命はなぜ生まれたのか――地球生物の起源の謎に迫る」(幻冬舎新書)(←コレは言うまでもなく実在する出版社です。念のため)があります。

実はその本の最後に「大量の水素は約40億年前の地球の地震によって供給された」とする新仮説が紹介されていた驚愕の事実があったのだ!と、息巻いてみても、多分著者であるワタクシ以外誰も知らないでしょう(涙)。

つまりワタクシの研究グループには、ウルトラエッチキューブリンケージ仮説に対するサイズエッチキューブリンケージ仮説(サイズはSeismicity=地震の略)なる対抗馬が存在していたのです。「生命は地震から生まれた!」。東スポ的見出しをつけるとすればそうなるでしょう。その可能性をいよいよたぎらせることになったのが、廣瀬達による男汁地震水素実験の成果だったのです。

しかし、サイズエッチキューブリンケージ仮説提唱の大きな関門として、いまの地球に地震水素によって支えられた海底下深部微生物生態系(いわばサイ・スライム)がちゃんと存在していることを示すことが必要なのです。

ガチガチの地震発生メカニズム解明航海に、微生物学者のワタクシがなぜか紛れ込んでいるその理由。それは、東北地方太平洋沖地震の尋常ならざるプレート滑りによって発生したに違いない超大量の水素の直接的証拠を得ること。そしてその地震水素に活性化されたに違いない海底下深部微生物生態系(サイ・スライム)の存在を証明すること。それらのミッションを成し遂げるためと言えるのです。

実は、このミッションは極秘任務でも何でもなく、正式な統合国際深海掘削計画(IODP)第343次航海研究計画に記されている第二研究目標です。なので、ワタクシがこの任務を明らかにしたからと言って、「ちきゅう」からつまみ出されることは勿論ありません。

しかし、28名も研究者が乗船していながらたった一人、ワタクシだけがその任務を負っているという寂しさから、つい気合いが入りすぎて長くなっちまったぜ。ふう。というわけで、この航海の表ミッションだけでなく、そんな裏ミッションの成果もぜひ楽しみにしていただけると嬉しいかなと思います。




ちきゅうの櫓とワタクシ。どーん。

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