令和元年度活動報告

令和元年度の観測航海活動について

1. 西部北太平洋亜寒帯~亜熱帯海域

(1)みらい航海 (MR19-02: 2019/5/24-6/14)
「カーボンホットスポット観測・海洋生態系へのエアロゾル沈着影響評価」

KEO, K2ほか観測点におけるルーチン観測、大気観測、基礎生産観測、色素観測など

2. 西部北太平洋亜熱帯海域

白鳳丸航海 (KH-19-4: 2019/7/20-7/30)
「黒潮再循環域の低次生態系と物質循環における乱流の役割」

KEOにおけるセジメントトラップ係留系の回収・再設置

トピックス

(1)富栄養な亜寒帯観測定点K2と貧栄養な亜熱帯観測定点S1における粒状態有機炭素(POC)の鉛直輸送過程の比較

K2S1プロジェクトにおける研究船、セジメントトラップ実験、衛星データ、数値シミュレーションなどによる季節的・時系列観測の結果、富栄養な亜寒帯観測定点K2と貧栄養な亜熱帯観測定点S1における基礎生産力や200m以浅でのPOCフラックスは同程度か、S1の方が若干高いことが明らかとなった(Honda et al. JO 2017)。しかしK2の水深約5,000mにおけるPOCフラックスはS1のものの約2倍であった。結果、POCフラックスの鉛直的な減少度はK2の方が小さかった。換言すればK2においてはPOCが効率的に深海へ鉛直輸送されていた(図1)。K2における沈降粒子の主成分は生物起源オパールでありS1ではCaCO3であった。多変量解析の結果、生物起源オパール、CaCO3、陸起源物質の中で、生物起源オパールがPOCと最も高い相関性を示した。このことは生物起源オパールがK2における効率的なPOC鉛直輸送に重要な働きをしていることを示唆するものであった。加えて、代謝的な観点からすると、トワイライトゾーン(水深200-1000m)におけるK2の低い水温と溶存酸素濃度がPOCの生物分解を低下させていると推察された(図2)

図1 観測点K2(青)とS1(赤)におけるPOCフラックスの鉛直変化。PPは基礎生産力。
図2 観測点K2(青)とS1(赤)における水温(左)と溶存酸素濃度(右)の鉛直分布

(2)貧栄養海域における栄養塩供給メカニズムの解明:KEOにおける時系列観測

貧栄養海域における低次生物生産を支える栄養塩供給メカニズムを解明するために、2014年7月からNOAAが表層ブイを設置し定点観測を続けている西部北太平洋亜熱帯海域の観測点KEO(32.5度、東経144.5度)の水深約5000mに時系列式セジメントトラップを設置し、生物起源沈降粒子と気象・海洋物理の変動を時系列観測してきた(図1)。
2014-2016年の観測では栄養塩供給源として中規模低気圧性渦が重要性が指摘された(Honda et al. PEPS 2018)。2019年7月までのセジメントトラップ時系列観測の結果、2018年の4月に最大の沈降粒子フラックスが観測された。現在、沈降粒子フラックスの季節変動・経年変動への冬季鉛直混合層の経年変動や台風の影響について考察中である。
2019年7月には時系列セジメントトラップを水深約1800mにも投入し、2層でのセジメントトラップ時系列観測を開始し、粒子の鉛直変化、陸起源物質の水平輸送についても検討していく予定である。

図1 2014年7月〜2019年7月におけるKEO水深約5000mにおける全粒子フラックス(TMF:灰色)、有機炭素フラックス(OCF:黄色)、炭酸カルシウム(CaCO3:赤色)、生物起源オパールフラックス (OPF:青色)、陸起源物質フラックス(LMF:黒色)および各成分濃度(色は上と同じ。黄色は有機物:OCF / 0.36)の季節変動・経年変動

(3)黒潮続流の安定期と不安定期における植物プランクトンブルーム発生時期に対する渦活動の影響

図1は、黒潮続流における観測定点(KEO)の春季ブルームの始まり時期(3月中旬)を推定した。黒潮続流南側では、図1で推定したブルームの始まり時期と冬季の低い海面高度偏差の間に正の相関があり(図2)、ブルームの始まり時期と低気圧性渦の関係を示した。

図1. 観測定点(KEO)における春季ブルーム開始時期の推定。冬季から累積されたクロロフィル濃度がブルームピークに対して40%に到達する時期。

一方、黒潮続流の変動には、流路が安定する安定期と蛇行を繰り返す不安定期があり、安定期には渦活動が弱く、不安定期には強くなることが知られている。渦活動の影響を調べるため、黒潮続流の安定期不安定期における冬季から春季にかけての海面クロロフィルと混合層、海面高度偏差の変動を調べた(図3)。低気圧性渦が卓越する不安定期には、低気圧性渦に伴う下層からの栄養塩供給の増加と混合層が浅くなることで光環境を改善し、冬季の海面クロロフィルが増加することで、ブルーム時期が安定期より早まることがわかった。

図2. 春季ブルーム開始時期と冬季の海面高度偏差の相関分布図。正の相関(赤色)は、低気圧性渦が存在するところでは、ブルームの開始が早い。






図3.(a)図2の黄色線で囲った領域で平均した冬季から春季にかけての海面クロロフィル(太い実線)と混合層(細い実線)、海面高度偏差(点線)の変動。線が、黒潮続流の不安定期。線が、黒潮続流の安定期。(b)標準化した海面クロロフィルの時間変動。


(4)大気沈着の基礎生産への影響

東アジア域から放出されたエアロゾルは湿性沈着・乾性沈着によって海表面に輸送される。これまでモデルを使った研究では、貧栄養海域ではエアロゾルの海表面沈着による窒素化合物の供給が植物プランクトンの増殖にプラスの影響を及ぼしていることが示唆された。自然界における植物プランクトンに対するエアロゾル沈着の影響を直接観測で捉えることは困難であるが、船舶観測と現場海水を用いた培養実験によってその影響を捉えた。

図1.観測点(左図) 、海表面における光合成パラメーターの関係性(右図)

亜寒帯域では豊富な栄養塩が観測されたが、亜熱帯域の観測点では海表面の栄養塩はほぼ枯渇状態にあった。亜熱帯観測点は同様な水塊環境にあったが、基礎生産培養実験の結果は観測点間で大きく異なった。亜熱帯観測点の光合成パラメーターは有意な直線性を示しており、何か基礎生産力を制御している要因があることが示唆された。

図2.亜熱帯観測点の観測前の降雨イベントと雨中栄養塩濃度

高い基礎生産力を示した測点S2では、観測直前にまとまった降雨イベントが観測されていた。船上で採取した雨を測定すると、高濃度の栄養塩が検出された。測点S4でも直前に降雨イベントが確認されており、エアロゾル沈着が基礎生産に大きな影響を及ぼしていることが現場観測でも捉えられた。