2020年度成果

*2020年1月頃から始まった世界的な新型コロナウイルス大流行により、4月、7月航海が延期となった。しかし2020年11-12月、2021年2-3月に代替え航海を実施することができ、K2, KEO係留系に搭載した後方散乱計、セジメントトラップの回収・長期時系列データ取得など、なんとか本プロジェクトに関わる活動も行えた。

1. 後方散乱計による粒子の光学的観測

1.1 K2における長期時系列観測

2019年6月〜 2020年6月、K2のハイブリッド係留系の複数層に後方散乱系を搭載し、粒子の光学的長期時系列観測を実施した。

水深175m (a) では、観測が始まった2019年6月当初は後方散乱強度が相対的に高く徐々に低下したが、10月以降は徐々に増加し、 2020年6月に最大となった。
水深200m (b) 、300m (c)、500m (d) では後方散乱強度が徐々に低下し2020年2月ごろに最初となり、そこから徐々に上昇し6月ごろに高くなる傾向が見られた。
水深500mにおける沈降粒子の全粒子束 (e)は2019年に7月に最大値となり冬に向かって減少、そして2020年4月下旬から5月中旬にかけて増加する傾向が見られた。

以上の観測から、後方散乱強度が2019年6月から冬に向かって減少し、2020年春に増加する、という変動傾向は、沈降粒子の変動傾向と定性的には一致した。ただし定量的な議論は、後方散乱強度の変化が小さく、また突発的な増加も観測されるので、現段階では困難である。

2019年6月1日〜2020年6月31日間の各水深における後方散乱(bbp(700))の時系列変化: (a) 175 m, (b) 200 m, (c) 300 m, (d) 500m. (e) は水深500mセジメントトラップ で観測された沈降粒子(全粒子束)の時系列変化

1.2 KEOにおける長期時系列観測

NOAA-PMEL KEO表層ブイの水深48m, 98m, 248mに後方散乱計を取り付け、2019年10月から後方散乱強度(bbp(700))測定を開始した。なお2020年5月20日にKEOブイはその係留系が切断し、漂流を開始した(右図の灰色部分が漂流期間)。よってKEO地点でのデータでは無いことに注意されたい。

48m、98mともに後方散乱強度は徐々に増加傾向にあり3月に若干低下した後、4-5月に増加した。248mではシグナルは小さいものの、やはり4-5月に増加傾向を示した。
水深48m、98mで同時に計測されたクロロフィル(Chl-a)濃度は10月〜11月は98mのChl-a濃度の方が48mのものより高かった。これは同時期には亜表層にChl-a濃度最大層(CML)が形成されていたことを示唆する。12月から2月まで両水深のChl-a濃度が同程度であるのは両水深が冬季混合層内に存在し、海水が均一であったことを示唆している。3月後半からは次第に水深48mのChl-a濃度の方が高くなるのは成層化が始まり光環境の良い表層付近で植物プランクトンが増加していることを示唆している。

以上のことから4-5月には表層付近で植物プランクトンが増加し、その結果、懸濁粒子(植物プランクトン)・沈降粒子が増加した結果、各水深の後方散乱強度が増加したと考えられる。

また水深1800m、4800mの沈降粒子全粒子フラックス(TMF)も4-5月に増加傾向にあり、植物プランクトン(粒子)が迅速に海洋内部へ鉛直輸送されていることが示唆された。

2. BGC-ARGOによる粒子の光学的観測

2019年5月下旬、KEO付近にBGC-ARGOを投入し、同海域における後方散乱強度の時系列観測を開始した。後方散乱強度は10/23(EXPTIME: ET150)頃まで亜表層(水深約100m)で高く、12/12 (ET200)以降は表層付近でも高くなった。この変動傾向はクロロフィルaの変動傾向と一致した。さらに後方散乱強度はET50-100は水深400m以深でも高く、ET100以降も100-200m間で高い値を示した。この高い値はクロロフィルaでは見られず、懸濁・沈降粒子であることが窺える。ただしBIO-ARGOは2019年7月以降、黒潮続流に乗り東方へ漂流しており、これらの特徴がKEO付近の粒子の季節変動の特徴とは言い難い。KEOブイに搭載した後方散乱計データ(成果1.2)との比較には注意が必要であり、今後の検討課題である。


3. 沈降粒子バックトラジェクトリー解析:沈降粒子の起源解析

海洋表層における基礎生産力と水深4800mで観測された沈降粒子中有機炭素を比較するために、
数値シミュレーションで推定された各水深の流向流速値の時系列データ
数種類の沈降速度(50 m/day:95日前水面, 100 m/day :48日前水面, 200 m/day :25日前水面, 50~200 m/day :38日前水面)
を用いて、水深4800mで捕集された沈降粒子がどこから沈降してきたのか、その起源をバックトラジェクトリー(後方流跡線解析)で推定した。
ここでは下図の特徴的な4つのピーク時の沈降粒子の起源解析結果(沈降粒子起源位置とその時の海面高度偏差:SSHAとクロロフィルa濃度:Chl-a)を紹介する。


a. #6 (2014/9/29-2014/10/16捕集)
 50 m/day (表層滞在時:6/26-7/13), 100 m/day (8/12-8/29), 200 m/day (9/4-9/21), 50-200 m/day (8/22-9/8)


b. #11(2014/12/28-2015/1/14捕集)
 50 m/day (表層滞在時: 9/24-10/11), 100 m/day (11/10-11/27), 200 m/day (12/3-12/20), 50-200 m/day (11/20-12/7)


c. #17(2015/4/15-2015/5/2捕集)
 50 m/day (表層滞在時:1/10-1/27), 100 m/day (2/26-3/15), 200 m/day (3/21-4/7), 50-200 m/day (3/8-3/25)


d. #33(2016/3/26-2016/4/12捕集)
 50 m/day (表層滞在時:12/22-1/8), 100 m/day (2/7-2/24), 200 m/day (3/1-3/18), 50-200 m/day (2/17-3/5)

発表論文

Honda MC (2020) Effective Vertical Transport of Particulate Organic Carbon in the Western North Pacific Subarctic Region. Front. Earth Sci. 8:366. doi: 10.3389/feart.2020.00366

亜寒帯観測定点K2と亜熱帯観測定点S1のPOCフラックスの鉛直変化を比較して、POC鉛直変化の違いを生み出す要因について考察した。K2におけるPOCFの鉛直変化はS1のものより小さい(K2ではPOCが効率的に深海へ鉛直輸送されている)。これはK2のトワイライトゾーンの水温、酸素濃度が低く、微生物によるPOC分解速度が小さいためと考えられる。

Matsumoto, K., Y. Sasai, K. Sasaoka, E. Siswanto, M. C. Honda (2021) The formation of subtropical phytoplankton blooms is dictated by water column stability during winter and spring in the oligotrophic northwestern North Pacific. Journal of Geophysical Research: Oceans,126, e2020JC016864. https://doi.org/10.1029/2020JC016864

北西部北太平洋の貧栄養亜熱帯海域における植物プランクトンブルームの形成要因について、船舶・アルゴ・衛星観測とモデル解析の結果を用いて考察した。広範囲に生じる典型的な春季ブルームに加えて、冬季と晩春にも突発的な成層化や成層崩壊(再混合)に応じてサブメソスケールでブルームが発生していることを見出し、冬季混合の深さによってブルームの発生タイミングや規模が変動することを示した。この結果から、冬季混合の深さがPOCの鉛直輸送タイミングにも影響を及ぼしていることが示唆される。

冬季ブルームは暖かい(成層した)水塊で発生し、晩春ブルームは冷たい(再混合した)水塊で発生。 →サブメソスケールの水柱安定性が影響。
冬季混合が弱い年は小規模なブルームが発生しやすく、冬季混合が強い年は発生すると大規模なブルームになる。

Cael, B. B., L. Bisson, M. Conte, M. T. Duret, C. L. Follett, S. A. Henson, M. C. Honda, M. H. Iversen, D. M. Karl, R. S. Lampitt, C. B. Mouw, F Muller-Karger, C. A. Pebody, K. L. Smith Jr, and D Talmy: Open ocean particle flux variability from surface to seafloor. Geophysical Research Letters, 48, e2021GL092895. https://doi. org/10.1029/2021GL092895 (2021)

K2, ALOHA, BATSなど世界の外洋で長期間行われてきたセジメントトラップデータを統計解析した結果、(1)年間30%の期間に、年間フラックスの70%が集中する、(2) K2など例外はあるが、世界全体では炭酸カルシウムが有機炭素(POC)フラックスとの相関性が高い、(3)各測点における基礎生産力変動の対数値とPOCフラックス変動値の対数値は直線関係にある(基礎生産の変動が大きいほどPOCフラックスの変動も大きく、基礎生産が大きいほどPOCフラックス鉛直減衰率が大きい)などが明らかとなった。

鉛直変化指数(マーチンカーブのexponent b)は世界平均で1.16である。炭酸カルシウムはオパールの約4倍、有機炭素フラックスとの相関性が高い(FIC vs 0.26FSi)。
各測点の基礎生産力変動の対数値(σNPP)とPOCフラックス変動の対数値(σF)は直線関係にある。