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トピックス『 人類の知のフロンティア:深海と深宇宙 』


物質地球科学研究部門 部門長 高野 淑識
生命地球科学研究部門 部門長 高井研
アストロエコシステム事務局

2026年9月26日(土)、北海道、余市川の浅瀬を勢いよく遡上する鮭(サケ)に自然の躍動を感じる初秋、余市町の余市宇宙記念館でトークライブ「人類の知のフロンティア:深海と深宇宙」が開催されました。本イベントは、余市町と国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の共同主催によるもので、小中高生や大学生をはじめとする若い世代および一般市民を対象に実施され、会場はほぼ満席となる盛況でした。トークライブの臨場感をお伝えします。

本対談の趣旨は、深海と深宇宙という極限環境(フロンティア)における探査・研究成果を共有し、生命の起源や地球の未来を科学的視点から紐解くことにあります。有人宇宙飛行の経験と物質地球科学および生命地球科学の最新知見を融合させることで、次世代を担う層への科学コミュニケーションを図りました。開会あいさつでは、齊藤啓輔町長が、多様な経験や遠回りもいつか将来の可能性につながると若い世代にエールを送りました。

宇宙飛行士で同館名誉館長の毛利衛氏、JAMSTECの高野淑識、高井研が登壇し、宇宙少年団の子どもたちや学生、保護者、一般市民とともに、生命の起源や地球の未来、未知の領域へ挑む意義を考えました。

最初のセッションは、「極限環境への挑戦―宇宙と深海」でした。
毛利氏は、宇宙、深海、南極での経験を紹介しました。宇宙までの距離と南極へ到達するまでの時間を比較し、現場へ行く難しさは距離だけでは測れないことを説明しました。また、自身の「しんかい6500」搭乗で体験した深海での高圧環境や、容器・木材を使った実験、深海生物との遭遇、南極での空気中の粒子の測定を紹介。身近な材料や現象から極限環境の特徴を確かめる、実験科学者としての視点を伝えました。

会場の聴衆と対話しながら、毛利氏の貴重な経験談が共有されました。最前列の小中学生は、目を輝かせつつ、毛利氏の話をうなずきながら聞き入っていたのが印象的でした。

高野は、高校時代に毛利氏のスペースシャトルエンデバーでの宇宙飛行に深い感銘を受け、その後、筑波大学で毛利氏(当時 筑波大学客員教授)の講義を受けたこと。また、毛利氏との南極観測隊(JARE47)における南極での現場経験を語りました。続いて、深宇宙探査としての、はやぶさ、はやぶさ2、NASAのオシリス・レックスによる小惑星サンプルリターンを紹介し、リュウグウやベヌーの試料から、炭素を含む物質、水、鉱物の関係を調べ、生命誕生に至る化学進化を探究する現場のハイライトを紹介しました。日米の研究者が協力して研究課題に取り組み、成果を喜び合った経験もありました。火星のメタンや有機物の起源を明らかにすること、火星衛星からの試料回収にも話題を広げ、会場の若い世代が、将来の分析や探査に参加できる可能性を示しました。

高井は、地球上の生命が生きられる限界を調べることが、生命の起源や宇宙での生命の可能性を考える手掛かりになると説明しました。豊富な潜航経験を交えながら、北海道周辺の海溝、海底の熱水域、噴火湾など、身近な海にも未解明の研究対象があることを紹介しました。海底下への二酸化炭素貯留にも触れ、深海研究が環境問題につながることを伝えました。有人潜水船の探査技術を引き継ぎ、北海道の若者にも研究者やパイロットとして深海の魅力を明らかにしてほしいと呼び掛けました。

後半のセッションでは、人間が宇宙や深海へ行く意義とロボット探査の役割が議論されました。

毛利氏は、インターネットで得られる情報と現場で本物を見て同じ空間を共有する経験の違いを、買い物などの身近な例で説明しました。高野は、感動、感性、皮膚感覚、経験に基づく勘に注目し、深海の熱水を初めて現場で見たときの衝撃や、小惑星の帰還試料を目にしたときの感動を紹介しました。無人探査でしかアクセスできない場所があり、そこから届けられる映像や試料にも大きな感動があることから、有人と無人の双方の重要性を説きました。

高井は、自ら現場へ行きたいという思いを示しつつ、有人探査には大きな費用がかかり、他の社会的な用途との選択が生じると指摘しました。会場から寄せられた有人探査への疑問も受け止め、次世代が深海へ行ける未来を残すことに、社会としてどのような価値を置くかを問い掛けました。

毛利氏は、探査を支える地上の人々にも目を向け、想定外の事態を考え、安全を守る想像力の重要性を強調。現場へ向かう人と、異なる視点から支える人の両方が必要であり、それぞれが自分の意見を持つことが大切だと語りました。

高野は、1900年代のライト兄弟から始まる初期の飛行技術開発から、いまや、小惑星探査へと発展した歴史にも触れ、100年スケールでの技術の実現には多様な職業の協力や、出来事を記録して伝える人々の役割も重要だと指摘しました。会場の研究者からは、自分の目で確かめたい気持ちと、安全や費用との間で葛藤するとの意見が示されました。有人か無人かという問いを通じて、探査の成果だけでなく、誰が挑戦し、誰が支え、その機会をどう将来へ引き継ぐかという視点が共有されました。

終盤の質疑応答では、「しんかい6500」の後継機の開発に必要な期間や、市民がどのように応援できるかについて質問が寄せられました。高井は、新しい方式の潜水船を目指す考えや、市民の賛同を意思表明や支援として可視化する構想を紹介しました。毛利氏は、民間投資や海底資源の利用にも言及し、研究を継続する仕組みが話題となりました。

若い世代へのメッセージでは、高野は、さまざまな原体験の大事さ、夢中になって打ち込む姿勢が、いつか自分の予想を超えるような成長や進化を遂げることを伝えました。高井は、恐怖を感じないから挑戦するのではなく、小さな成功を重ねることで恐怖を克服してきたと話し、日々の生活でも「一歩踏み出す勇気」を持ってほしいと伝えました。

毛利氏は、余市から学びの場を広げ、奨学金を得て海外へ進んだ自身の経験を紹介しました。居住地や家庭環境だけで可能性を狭めず、興味を持ったことを家族と話し、新たな学びや出会いにつなげることを勧めました。

深海と深宇宙の探査への憧れに加え、技術、費用、安全、社会の支持を具体的に語り合い、未知に領域に挑むサイエンスやテクノロジーの進化を自分の将来や社会の選択と結びつけて考える対話となりました。

質疑応答では会場の参加者から活発な質問やコメントが寄せられ、盛会に終了いたしました。ご来場頂いた皆様、ありがとうございました。

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