平成12年12月14日
海洋科学技術センターインド洋における熱水活動と熱水噴出孔生物群集の発見
海洋科学技術センター(理事長:平野 拓也)は、平成12年8月に深海調査研究船「かいれい」および無人探査機「かいこう」を用いてインド洋の熱水活動の探索を行いました。その結果、極めて活発な熱水活動とその周辺に生息する熱水噴出孔生物群集(資料参照)を発見しました。インド洋で熱水活動と熱水噴出孔生物群集が発見されたのは世界で初めてです。
熱水活動域については、当センターを含め米国、仏国、ドイツ等の研究機関でも調査されていますが(図1)、今回の調査では、インド洋のほぼ中央部の3つのプレート(インド洋プレート、アフリカプレート、南極プレート)が交わるロドリゲス三重会合点の北側約22kmにある海丘の水深約2450mの南西斜面で発見されました(図1)。
勢い良く噴出するブラックスモーカーの温度は360℃(写真1)にも達しており、熱水噴出孔は少なくとも40m×80mの範囲に分布していました。熱水噴出孔の周辺にはツノナシオハラエビとイソギンチャクが極めて高密度に生息していました(写真2)。その他、熱水噴出孔生物群集の一員としても馴染み深いアルビンガイ、ユノハナガニ、シンカイミョウガガイ、シンカイヒバリガイなども数多く観察され、採集しました。
今回の発見された生物の多くは新種と考えられ、単に生物学的研究の進展に寄与するばかりではなく、熱水活動が海洋の化学組成や地球環境にどのような影響を与えているのかといった地球化学的疑問や地球の歴史を解き明かすための貴重なデータを生み出すものと期待されます。
なお、発見された熱水活動域は、使用した深海調査研究船「かいれい」に因んで、「「かいれい」フィールド」と命名しました。
問い合わせ先
:海洋生態・環境研究部
橋本、土田
電話:0468-67-3844
:総務部 普及・広報課
他谷、月岡
電話:0468-67-3806
資料背景
1977年にガラパゴス諸島沖の深海底で熱水噴出孔生物群集が発見されて以来、世界各地の大洋底拡大軸や背弧海盆など地殻活動が活発な海域から次々に発見されています(図1)。今までに、どこに、どのような生物が、どのくらい生息しているかといった多くのデータが蓄積されてきました。そして、どこの熱水噴出孔生物群集であっても、そこに生息する生物種の構成の違いはありますが、同様な生物グループに属する生物が多量に生息しているという特徴を持っていることが明らかになりました。現在、熱水噴出孔生物群集の研究において最も大きな疑問の一つは、熱水噴出孔生物群集がどこから、どのような経路を辿って世界中に分布していったかということです。この疑問に対し、世界各地の熱水噴出孔生物群集に生息する生物の類縁性や地球を覆うプレート運動の地史的データなどから、熱水噴出孔生物群集の伝播経路に関する仮説が提唱されています。それは、「大西洋の熱水噴出孔生物群集に生息する生物は、太平洋から南東インド洋海嶺、南西インド洋海嶺および南部大西洋中央海嶺経由で伝播したのであろう。」というものです(図1)。
インド洋においては、1988年に熱水活動の徴候(海水の温度異常や海水中のメタン・マンガン濃度異常など)が始めて報告されました。それ以降、熱水活動の探索を目的とした調査が、ドイツ、フランス、日本などにより繰り返されましたが、熱水活動は勿論のこと熱水噴出孔生物群集も、今まで発見されていませんでした。インド洋で熱水噴出孔生物群集を発見することは、上記熱水噴出孔生物群集の伝播経路に関する仮説を裏付けるため不可欠と考えられていました。そこで、本年8月3日から9月2日までの1ヶ月間、深海調査研究船「かいれい」、無人探査機「かいこう」による調査が、海洋科学技術センター、東京大学海洋研究所、北海道大学、岡山大学、千葉大学、大阪市立大学、筑波大学の生物学、地球化学、地球物理学研究者からなるチームにより実施されました。今回の調査では、シービームによる海底地形調査、採水システムによる海水中の温度・透過率・メタン濃度異常の計測調査、曳航式深海カラーTVシステム(ディープ・トウ)による海底観察などによる調査地点の絞り込みを行った後、無人探査機「かいこう」による潜航調査を行いました。
ブラックスモーカーを含む極めて活動的な熱水活動とその周辺に生息する熱水噴出孔生物群集は、無人探査機「かいこう」の第1回目の潜航調査で発見されました。徴候が見つかってから10数年たって、ようやくインド洋の熱水活動が発見されたのです。
インド洋における熱水活動と熱水噴出孔生物群集発見の意義
今回の発見により、従来知られていなかったインド洋における熱水活動と熱水噴出孔生物群集に関するデータを得ることができました。前述の通り、インド洋の熱水噴出孔生物群集には、大西洋のみでしか知られていないツノナシオハラエビと多数のイソギンチャクが生息していました。この外観は大西洋で見つかっている熱水噴出孔生物群集に良く似ています。しかし、今回の調査では、太平洋の熱水噴出孔生物群集のみから報告されているアルビンガイ、ユノハナガニ、シンカイミョウガガイなどが採集されました。このように、インド洋の熱水噴出孔生物群集が大西洋と太平洋の生物群集の特徴を併せ持つということは、前述の「大西洋の熱水噴出孔生物群集はインド洋経由で太平洋から伝播してきた。」という仮説の裏付けとして重要です。今回の熱水噴出孔生物群集の発見を契機に、採集された生物の形態分類学的研究や遺伝学的研究が進展すれば、熱水噴出孔生物群集を含む化学合成生物群集の伝播や進化などに関するより詳細な情報が得られるものと期待されています。
また、今回の発見は単に生物学的研究の進展に寄与するばかりではなく、熱水活動が海洋の化学組成や地球環境にどのような影響を与えているのかといった地球化学的疑問や地球の歴史を解き明かすための貴重なデータを生み出すものと期待されます。
今後、潜水調査船「しんかい6500」などによる更なる調査を継続したいと考えています。
熱水噴出孔生物群集
太陽エネルギーに殆ど依存することなく、海底から噴出する熱水に含まれる硫化水素やメタンなど低分子化合物に依存する生物群集です。1977年にガラパゴス諸島沖の深海底で発見されて以来、世界各地の大洋底拡大軸や背弧海盆など地殻活動が活発な海域から次々に発見されています。光合成生物に依存する一般の生物群集とは異なり、海底から噴出する熱水に含まれる高濃度の硫化水素などを利用して増殖する化学合成細菌がこの生物群集の基礎(第一次)生産者です。特に、これらの細菌が体内に共生しているハオリムシ、シロウリガイ、シンカイヒバリガイなどの生息密度は極めて高く、現存量は同深度の一般的深海底に生息する生物の数万倍以上に達します。この生物群集からは、特異的なエビ、カニ、魚などの動物群が認められています。同様な生物群集は、プレートの沈み込みに関連して冷海水が絞り出されたり、重力によって浸み出ているような場所からも発見されており、冷水湧出帯生物群集と呼ばれています。熱水噴出孔生物群集と冷水湧出帯生物群集は、基礎生産者が化学合成により無機物から生物が利用できる有機物を作る特異な生態系を構成していることから化学合成生態系と総称されています。