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二酸化炭素濃度上昇がもたらす海洋酸性化による海洋の生物に迫る危険 |
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概要 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)の地球環境フロンティア研究センター生態系変動予測研究プログラムの山中康裕サブリーダーと石田明生研究員が参加する海洋炭素循環モデルの国際プロジェクトOCMIP(注1)は、生物科学者と協力して、コンピュータによる予測計算や洋上での実験により、大気中二酸化炭素濃度上昇に伴う今世紀に予測される「海洋の酸性化とその海洋生物への影響」を明らかにした。今後も二酸化炭素濃度上昇が続けば、炭酸カルシウムでできているプランクトンの殻やサンゴの骨格が溶け出し、それらの種の生存が危ぶまれるということを予測した。この状態変化はこれまでの研究で示唆されたような何世紀も先ではなく、数10年のうちに先ず南極海に現れ、続いて北太平洋亜寒帯域に影響が出始めると予測される。これらは、気候予測とは異なり不確かさは小さく、大気二酸化炭素濃度安定化に関する議論に影響を与えるものである。 この研究結果は、「Nature」の9月29日号に掲載される。 産業革命以後、大気に放出された二酸化炭素の約半分は海洋に吸収され、海水の酸性化が進んでいる。海水は弱アルカリ性(pH〜8)だが、海水に二酸化炭素が溶けることにより海水のアルカリ性が弱まるため「酸性化」と言われる(注2)。これまでにもプランクトンの炭酸カルシウムの殻が溶けるなど生態系への影響が懸念されてきた。しかし、将来の海洋の酸性化の予測は、二酸化炭素が大気から海洋へどのように取り込まれ、分布するかに依存するため、酸性化の影響が出る時期や海域を精度よく特定することは困難であった。そこでこの研究では、国際プロジェクトOCMIPで行われた海洋の二酸化炭素の将来予測結果を解析し、酸性化する海域、時期を調べた。さらに洋上において、予測される酸性化条件のもとでプランクトンの変化を調べた。 経済活動に伴って二酸化炭素放出量が増えていくシナリオ(注3)による海洋炭素循環モデルの結果は、およそ50年後には南極海で炭酸カルシウムが溶け始める海域が現れ、続いて北太平洋亜寒帯域で影響が出ると予測した(図1)。海洋生物が作る炭酸カルシウム(CaCO3)には、アラゴナイト(あられ石)とカルサイト(方解石)の2種類の結晶があり、アラゴナイトのほうがカルサイトより溶けやすい(注4)。動物プランクトンの1種である翼足類(注5)やサンゴはアラゴナイトを殻や骨格として作るため、カルサイトを殻として作る植物プランクトンの円石藻や動物プランクトンの有孔虫よりも早く海洋の酸性化による危機にさらされる。今後も大気の二酸化炭素濃度が上昇し続ければ、今世紀末までには、南極海全体と北太平洋の一部の海域でこれらの生物が殻を育てることができないくらい溶けやすくなる。そのような状況は過去何百万年もの間起こったことはなく、我々が知る限り現在の海洋の酸性化の進み方は前例がない。 より信頼性の高い予測結果を得るため、各国の海洋の炭素循環に関わる研究者が協力して行ったモデル実験結果をまとめ、数十年のうちに海洋生物に影響が出ることが予測された。これまで100年規模と考えられていた予測よりもずっと早く危機が訪れること、また、これまで議論されてきた熱帯のサンゴではなく、極域や亜寒帯域に生息するサンゴやプランクトンこそ、先ず影響をうけることが明らかとなった意義は大きい。
注2:二酸化炭素(CO2)は、水に溶けると ![]() のように、水素イオン(H+)を放出する弱酸として振る舞う(HCO3-は重炭酸イオン、CO32-は炭酸イオン)。海水は、二酸化炭素・重炭酸イオン・炭酸イオンが、およそ<1%・90%・10%ずつ含み、pHが約8の弱アルカリ性となっている。大気中二酸化炭素濃度が上昇すると共に、弱酸である二酸化炭素が海水中に溶け、pHが少し低下する。これを「海の酸性化」と呼ぶ。大まかに言って、21世紀中にpHが0.3低下すると共に炭酸イオン濃度が半分程度に減少すると予測される。 注3:IPCCの定めたIS92aに基づく見通し。IS92aとは1992年に定められた6つのシナリオのうち中庸なもの(温室効果ガスを二酸化炭素に換算すると二酸化炭素濃度がほぼ年+1%ずつ増えるシナリオ)である。2001年に出されたIPCC第3次報告でも、2000年に定められたシナリオであるSRESとともに標準的シナリオとして用いられ、数多くの温暖化に伴う影響予測のもととなるシナリオとして、最も広く用いられている。また、研究では大気中二酸化炭素濃度650ppmで安定化させるS650シナリオや、SRESシナリオについても調べている。 注4:海洋生物が作る炭酸カルシウム(CaCO3)には、アラゴナイト(あられ石)とカルサイト(方解石)の2種類の結晶がある(例えば炭素の結晶として黒鉛やダイアモンドがあるように、組成が同じでも複数の結晶があるものがある)。研究で述べられているように、翼足類やサンゴはアラゴナイトを、植物プランクトンの円石藻や動物プランクトンの有孔虫はカルサイトの外殻を作る。海水中の炭酸イオン濃度が、それぞれの飽和濃度以下(未飽和状態)になると、それぞれの結晶は溶ける。アラゴナイトの飽和濃度がカルサイトのものに比べて高いために、アラゴナイトを作る生物の方がより影響を受けやすくなる。二酸化炭素濃度がより高くなっていけば、50〜100年遅れてカルサイトを作る生物にも影響が現れる。このような未飽和状態になるのは、少なくても過去40万年間、おそらく過去2000万年間なかったことである。 注5:翼足と言われる羽のような器官を用いて浮遊することができる貝類のひとつ。洋上実験に用いたものは、有殻翼足類カメガイ科の種であるウキビシガイ(Clio
pyramidata)である。オホーツク海の妖精として知られるクリオネも翼足類の一種(ハダカカメガイ, Clione limacina)で、成体は殻を持たないが、幼生はアラゴナイトの殻を持っている。 |
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