平成18年2月6日
独立行政法人海洋研究開発機構

世界で初めて微生物によるメタンハイドレート形成過程の解明に糸口

[概要]
 海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)・極限環境生物圏研究センター(センター長 掘越弘毅)・地殻内微生物研究プログラムの稲垣史生サブリーダーを中心とする日独米の国際プロジェクトチームは、南米ペルー沖、ガラパゴス諸島近傍の東太平洋赤道域及び北米オレゴン沖の海底から数百メートルの深さまで堆積物を掘削し、海底下に棲む微生物の系統学的多様性を環境中から直接抽出した遺伝子解析などによって解明した。本研究によって、海底下深部に存在する微生物の多くがこれまでに分離されたことのない未知の微生物種であることが詳細に解明されたこと及び太平洋沿岸のメタンハイドレートが存在する海底下に特有の未知微生物群集が存在していることが世界で初めて示された。
 本研究結果は、2月6日付け(予定)の「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of National Academy of Science U.S.A)」のonline版に掲載される。

[背景]
 地球の約70%は海洋で占められており、その海底下の地球内部環境は地球で最も大きな生命圏であると言われている。これまでの国際深海掘削計画(ODP: Ocean Drilling Program)で採取された海底下1kmまでの堆積物中の微生物細胞の観察結果から、海底下生命圏の生物量は1立方センチメートル当たり1,000,000を優に超える微生物細胞が存在し、その全バイオマスは地表や海水中をも凌駕すると言われている。それらの海底下の膨大な微生物が行う代謝活動は、炭素、窒素、硫黄などの地球規模での物質循環系に大きな役割を果たしていると考えられている。特に、日本近海の海底下にも多く存在し、次世代エネルギー資源として注目されているメタンハイドレートの多くは、その炭素同位体組成の値などから生物学的に生成されたとする説が最も有力となっている。しかしながら、海底下の微生物の系統学的多様性、空間的な広がり、メタンハイドレートとの関連性などその詳細の多くは謎に包まれており、海底下の地球内部生命圏は地球最後の生命フロンティアであると言われてきた。
 ジョイデス・レゾリューション号により2002年にペルー沖及びガラパゴス諸島近傍の東太平洋赤道域で行われたODP第201次掘削航海は、世界で初めての海底下生命圏の解明を目指した国際研究プロジェクトである。この航海で採取された南米ペルー沖及びガラパゴス諸島近傍の東太平洋赤道域の堆積物試料に加え、2002年に行われた第204次掘削航海で米国オレゴン沖から採取された海底下約450mまでの堆積物を対象に、微生物の空間分布と系統学的多様性について研究を行った。この結果、堆積物からメタンハイドレートや高濃度の硫化水素及び玄武岩質基盤からの酸化物質が確認されたことから海底下深部の微生物の代謝活動があったことが示唆された(図1)。

[研究の方法]
 掘削されたコア堆積物の中心部から、掘削に用いる循環水などからの外界微生物に汚染されていない試料を無菌的に取り出し、直接DNAを抽出した。抽出したDNAを磁気ビーズ吸着法などによって精製後、微生物の分子系統の指標となる遺伝子16S rRNAや無酸素条件下でのメタン生成・消費に関わる鍵酵素遺伝子mcrAをPCR(Polymerase Chain Reaction)法によって増幅し、遺伝子のクローンライブラリーを作成した。約2,800クローンの16S rRNA遺伝子配列の相同性を既存のデータベースと比較し、348クローンの代表的な遺伝子について詳細な分子系統解析を行った。これらによって評価した微生物群集の系統学的構造は、既に報告のあった南海トラフやオホーツク海の海底下堆積物中の微生物群集構造と併せて統計学的に評価され、環太平洋沿岸に分布するメタンハイドレートの存在と比較検討された。

[研究の結果]
 地球上の生命は、生命進化の過程で「ユーカリア(真核生物)」、「バクテリア(原核生物)」、「アーキア(古細菌)」の細胞内の構造が異なる3つの「ドメイン」から構成されている。海底下堆積物から検出した約2,800クローンの「バクテリア」と「アーキア」の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、これまでに陸上や海水中などから培養され性状の分かっている微生物の配列とは系統学的に大きく異なっていることが明らかとなった。「バクテリア」はJS1グループ、クロロフレキシ、プランクトマイセス、デルタプロテオバクテリアなどの「(亜)門」に分類される遺伝子が多く検出され、これまでに分離された微生物とは系統学的に離れた未知の菌であった。「アーキア」はDSAG(Deep-Sea Archaeal Group)の系統やクレンアーキオータの系統群、南アフリカ金鉱の陸上地下深部数kmから検出されたユーリアーキオータの系統群などが優占的に検出され、「バクテリア」と同様に未知の菌であった(図2)。16S rRNA遺伝子の定量PCRによる解析では、海底下の微生物構成種の多くは「バクテリア」であり、「アーキア」は海底下50m付近までの浅い堆積物内に比較的多いことが示された。本研究で得られた16S rRNA遺伝子の系統学的検出頻度に基づくクラスター解析及び主成分解析の結果、環太平洋沿岸のメタンハイドレートが胚胎する場所から得られた海底下堆積物中に統計的に類似した固有の未知微生物群集が発達していることが明らかとなった。

[考察及び今後の展望]
 本研究で解析した主に大陸沿岸の海底下堆積物環境は、陸上や海洋などの既知生命圏と比べて極端にエネルギー供給の低く、低温で高圧力下の極限環境である。しかし、長らく無生物の世界とも信じられて来た海底下の堆積物から遺伝子などの生体高分子が検出されたことで、確かに微生物がそこにはいることが強く示唆された。2,800クローンを超える微生物の遺伝子配列の系統解析の結果、これらのほとんどは我々が培養したことのない未知のものであった。我々が解明した微生物群集構造の鉛直的空間分布は、(1)JS1やクロロフレキシグループの「バクテリア」がある程度の深さまで均一に分布している、(2)DSAGグループの「アーキア」がメタンハイドレート直上の堆積物に優占的に存在している、(3)堆積物中のメタン生成・消費に関わる既知のアーキア種が極めて低い検出頻度(もしくは皆無)であるなどの海底下に広がる地球内部生命圏の概要を捉えられるとともに、未知微生物資源・遺伝子資源が海底下にあることを明らかにした。これは未知の微生物群の代謝特性及び海底下における生態機能の解明に手がかりを与えている。海底下の地球内部生命圏に存在する微生物は未知系統であるが故に、その生理・生化学的性状やエネルギー代謝も未知であり、メタンハイドレートの成因や地球規模での微生物による物質循環の解明にむけて糸口を掴んだに過ぎない。換言すれば、海底下に広がる地球内部生命圏は我々の手にしたことのない「生命資源の宝庫」であり、「地球に残された最後で最大の生命フロンティア」であると言える。今後、日米主導の統合国際深海掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program)による更なる研究展開が期待される。

 
問い合わせ先:
極限環境生物圏研究センター 研究推進室長  楢木 暢雄
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