平成18年3月1日
独立行政法人海洋研究開発機構

地球温暖化による気温上昇量の推定精度を向上

(1)
地球温暖化予測では、コンピュータによるシミュレーションモデルが用いられますが、温室効果ガス等の濃度変化について同一のシナリオを与えていても、気候モデルによって、気温上昇量の予測値が大きくばらつくという問題があります。
(2)
今回、このばらつきの主因である気候感度(注1)の推定値の幅を統計理論に基づく手法による計算で大幅に狭めることに成功しました。
(3)
この結果を用いてモデルの信頼性を上げることにより、今後、より正確に将来の温暖化を予測できることが期待されます。


概要:
 海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)の地球環境フロンティア研究センターでは、地球環境モデリング研究プログラムのジェームス・アナン研究員と、地球温暖化予測研究プログラムのジュリア・ハーグリーブス研究員が、大気中の二酸化炭素の増加に伴い、どの程度気温が上昇するかの関係を表す二酸化炭素倍増平衡気候感度(注1、以下、単に「気候感度」と呼ぶ)が1.8℃から4.5℃の間である可能性が極めて高いことを世界で初めて客観的に示し、これまでの研究により示唆されていた、気候感度の不確実性を大幅に縮めることに成功した。
 この論文(文献1)は近日中に”Geophysical Research Letters”に掲載される予定である。

背景:
 将来の人為的な温室効果ガスの排出による地球の温暖化を予測するためには、コンピュータによるシミュレーションモデル(気候モデル)が用いられる。ところが、複数の異なるモデルを用いて予測を行うと、温室効果ガス等の濃度変化について同一のシナリオを与えていても、気温上昇量の予測値が大きくばらつくという問題がある。その主要な原因が、気候感度(注1)がモデルによって異なることである。気候感度は、将来の温室効果ガス排出削減目標を検討する際に極めて重要な量であるにもかかわらず、これまでの研究による推定値には大きな幅があり、特に4.5℃よりも高い可能性が否定されていなかったため、その幅をいかに縮めるかが重要な課題の一つとされていた。
 世界で最初に示された地球の気候感度の推定値の幅は、1979年に米国の科学アカデミーにより報告された1.5℃−4.5℃である。しかしこの幅は、当時の数少ない気候モデルの結果と専門家の判断により決められた主観的なものであった。ところが、以降の気候モデル研究の進展にもかかわらず、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1次(1990年)、2次(1995年)および3次(2001年)の評価報告書においても、この幅は縮まることがなかった。
 近年、観測データと網羅的なモデル実験に基づく気候感度の客観的な推定の研究が進んでいる。しかし、これらの研究では気候感度が4.5℃よりも高いことを否定することができないどころか、10℃にもなる可能性を示す研究もあり、気候感度の推定値の幅は逆に広がった。
 大気中の温室効果ガス濃度を何ppm以下にすれば、気温上昇が例えば2℃以下に抑えられるのかを知るために必要な量が気候感度である。従って、気候感度の推定の改善は、科学的な観点からのみならず、将来の温室効果ガス排出削減目標を検討する上で、早急に解決すべき極めて重要な問題とされていた。

方法:
 既に両研究員を含む研究者によって、複数の異なる種類の観測データに基づく気候感度の推定(確率分布)が発表されている。
 今回の研究では、20世紀の気温上昇傾向(図1緑)、大規模火山の噴火による気温低下(図1水色)、約2万1千年前の最終氷期極大期(図1青、例えば文献2)の3種類の観測データのそれぞれに基づく推定を互いに独立と見なし、統計理論(注2)を用いて数学的に組み合わせることにより、これらの推定を総合した単一の推定値の幅を求めた。

結果:
 複数の種類の観測データによる推定を総合した気候感度の推定値の幅として、90%の信頼水準(注3)で1.8℃−4.5℃、70%の信頼水準で2.2℃−3.9℃を得た(図1赤)。特に、これまでの研究では否定することのできなかった、気候感度が4.5℃よりも高い可能性を、90%という高い信頼性で否定することに成功した。

今後の予定:
 今回の結果により、温暖化の将来予測に用いられる気候モデルの信頼性が高まったと考えられる。今後は、気候モデルの結果を用いて、より政策的に有用である気候変化の地域的な分布や近未来の気候変化の予測とその不確実性を明らかにしていく。また、この結果を用いてモデルの信頼性を上げることにより、今後、より正確に将来の温暖化を予測できる様になることが期待される。

注1.
(二酸化炭素倍増平衡)気候感度:大気中の二酸化炭素濃度を現在の2倍に固定して十分に時間が経ったときの全地球平均の地表面気温上昇量。
注2.
統計理論:ここでは「ベイズ理論」を用いて2つ以上の推定を結合した。ベイズ理論とは、「条件付確率」の考え方を用いて、事前に持っている推定(事前確率)に対して、新たな情報を付加することによってこれを更新し、より良い推定(事後確率)を得るための統計理論。
注3.
信頼水準:真の値が推定の幅に入っていることにどれだけ自信が持てるかを表わす値。




図1:観測データから見積もられた気候感度


 既に発表されている3種類の観測データに基づく気候感度の確率分布(水色、青、緑)。
それぞれ推定の幅が広く、特に4.5℃以上の確率が高いのが分かる。これら3種類を組み合わせることにより、気候感度を推定したところ、数値の幅がせばまり4.5℃よりも高い可能性を、高い信頼性で否定することができた(赤)。


参考文献:

1. J. D. Annan and J. C. Hargreaves. Using multiple observationally-based constraints to estimate climate sensitivity. In press, GRL

2. J. D. Annan, J. C. Hargreaves, R. Ohgaito, A. Abe-Ouchi, S. Emori. Efficiently constraining climate sensitivity with paleoclimate simulations. SOLA Vol 1 pages 181-184.

 
問合せ先
地球環境フロンティア研究センター研究推進室長 増田勝彦
Tel:045-778-5670 Fax:045-778-5497 

経営企画室報道室長 大嶋真司
Tel:046-867-9193 Fax:046-867-9199