別紙2

「発見」〜「今回の研究」 これまでの経緯

(1)

「かいれいフィールド」の発見:
 世界の三大洋のなかで、最も調査が遅れていたインド洋の海嶺系深海底熱水活動域の調査は、激しい国際的な先陣争いが行われていた。そのような中、2000年9月、海洋研究開発機構の無人探査機「かいこう」及び深海調査研究船「かいれい」を用いた研究調査によって、日本の研究チームによって世界で初めてインド洋における深海底熱水活動域「かいれいフィールド」が発見され、特に西太平洋と大西洋の熱水生物相が混在した特異な生物群集構造が注目された(Hashimoto et al., 2001)。

(2)

スケーリーフットの発見:
 2001年4月に、アメリカの研究チームにより「かいれいフィールド」の調査が行われ、鱗を持った巻貝Crysomallon(俗名:スケーリーフット)が発見、採取され、世界初の鉄のうろこを持つ生物の発見として報告された(Van Dover et al., 2001; Waren et al., 2003)。

(3)

スケーリーフットの生息の確認と採取:
 2002年1月に、日本の研究チームによる海洋研究開発機構の有人潜水調査船「しんかい6500」及び支援母船「よこすか」を用いた再調査が行われ、アメリカの研究チームに一足遅れてスケーリーフットの生息を確認し、採取に成功した。両研究調査によって採取された保存個体を用いた研究の結果、鱗を持つ巻貝という極めて変わった形態を有する系統的に全く新しい種であるという点(Waren et al., 2003)、その鱗が硫化鉄でできているという点(Waren et al., 2003; Goffredi et al., 2004)、従来知られていた熱水域の巻貝と違いエラではなく消化管組織中に共生細菌を有する共生システムを有している点(Goffredi et al., 2004)などスケーリーフットが従来の常識を大きく覆す新しい生物であることが明らかになった。

(4)

硫化鉄でできた鱗の特殊性:
 極限環境生物圏研究センター地殻内微生物研究プログラム 鈴木庸平研究員(当時)(現、産業技術総合研究所 深部地質環境研究センター)を中心とする研究チームは、鱗状外部骨格の研究を行い、鱗を形成する硫化鉄がナノ結晶を基本としていること、鱗を形成する硫化鉄が単磁区結晶と呼ばれる磁性を持った鉱物であること、鱗そのものが優れた強度を有した骨格材料であることなどを明らかにした(Suzuki et al., 2006)。

(5)

一箇所にしか棲息しない特殊性と鱗の防御“鎧”説:
 このように、発見からわずかな期間のうちに、スケーリーフットの有する特異な性質が次々と明らかにされ、大きな注目を集めてきた。また、スケーリーフットはインド洋中央海嶺上に存在する「かいれいフィールド」にのみ見出され、160km離れた「エドモンドフィールド」には生息しないと報告されてきた(Van Dover et al., 2001)。しかしながら、アメリカ研究チームの「エドモンドフィールド」(2001年にインド洋における2番目の熱水活動域として米国研究チームにより発見された)の調査は数日間のみであり、本当にスケーリーフットが「かいれいフィールド」にしか生息していないのかは結論が出ていなかった。さらに、日本の研究チームの実験に基づく成果から、優れた材料強度を誇る鱗が鎧としての防御機構として働いている可能性が示唆されていたが(Suzuki et al., 2006)、深海底熱水噴出環境でのスケーリーフットの分布様式や行動様式などの生態は、個体採集が優先されてきた研究調査において、詳細な観察や飼育実験は行われてきておらず、一切謎のままであった。

(6)

今回の研究成果:
 2006年2月に、4年ぶりに有人潜水調査船「しんかい6500」及び支援母船「よこすか」を用いた「インド洋中央海嶺における熱水活動域の地球生物学的調査」が行われた。本研究調査では、「かいれいフィールド」及び「エドモンドフィールド」の微生物などの集中的な潜航調査を行い、特にスケーリーフット及びアルビン貝の分布様式及び行動様式の生態観察、生息場の物理化学環境の測定並びに船上での水槽飼育実験を行った。その結果、スケーリーフットは「エドモンドフィールド」には全く見いだされなかった。さらに「かいれいフィールド」においても「文殊チムニー」という熱水噴出サイトにのみコロニーが形成されていた。一方アルビン貝は、エラにイプシロンプロテオバクテリアを共生させる変わった共生システムを有し、スケーリーフットと同様に熱水活動域に生息する巻貝であるが、「エドモンドフィールド」にも伝播しており、さらに「かいれいフィールド」においても「文殊チムニー」以外の熱水噴出サイトにもコロニーが形成されていた。また、「文殊チムニー」では、スケーリーフットがチムニーの外壁に付着しながらコロニーの最も内部に多く生息しているのに対し、アルビン貝はスケーリーフットやチムニー外壁に積み重なるように生息しているのが明らかになった。
 このような現場及び船上での飼育中の生態観察の結果、スケーリーフットが鱗を広げてチムニー等に強く付着し、共存する捕食性のカニやエビなどから身を守っている事が証明された。同時に、生息場を共にするアルビン貝との棲み分けや異なる行動様式も観察された。


参考文献:
1. J. Hashimoto et al., Zoological Sci. 18, 717 (2001).
2. C. L. Van Dover et al., Science 294, 818 (2001).
3. A. Waren et al., Science 302, 1007 (2003).
4. S. K. Goffredi et al., Appl. Environ. Microbiol. 70, 3082 (2004).
5. Y. Suzuki et al., Earth Planet. Sci. Lett. 242, 39 (2006).