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2010年 5月 25日
独立行政法人海洋研究開発機構

深海探査機による精密調査で平成21年8月の駿河湾での地震に伴って発生した
海底地すべりの痕跡を発見

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地震津波・防災研究プロジェクトの馬場 俊孝 技術主任らは、海洋調査船「なつしま」や3000m級無人探査機「ハイパードルフィン」ならびに深海巡航探査機「うらしま」を用いて、昨年8月11日に発生した駿河湾での地震の震源域における海底地形を精密に調査した結果、地震に伴って発生した海底地すべりの痕跡を発見しました。

静岡県焼津市の沖合約5kmの海底において、幅約450m、比高約10〜15mの馬蹄形の滑落崖と、緩やかな海底谷に沿った泥流の跡を確認しました。過去の水深データの比較等から、これらは今回の地震に伴って新たに形成されたと考えられます。

また、この地震によって静岡県の駿河湾深層水施設の海中部の一部(687m深層水取水管)が被害を受けましたが、その原因はこの海底地すべりにあったと考えられます。

海底地すべりは予期せぬ津波を引き起こしたり、通信用の海底ケーブル等に被害を与えることがあります。しかし、その動的な挙動についてはいまだ不明な点が多くあり、今回発見した海底地すべりを詳細に調査、研究することによって、津波予測の高精度化や海底ケーブルの被害軽減等への貢献が期待されます。

なお、この成果は5月27日、日本地球惑星科学連合2010年大会(於:幕張メッセ国際会議場)においてポスター発表されます。

2.背景

平成21年8月11日に駿河湾で発生したM6.5の地震(以下、「駿河湾地震」という。)は、初めて東海地震観測情報(注1)が出されたことでも話題になり、地すべりによって東名高速道路の路肩が崩壊する等の被害を出しました。また、静岡県所有の駿河湾深層水施設が被災し、地震以降、深層水の供給を一部停止しています。この地震に伴って津波も発生し、焼津で最大62cm(引き波)、御前崎では最大36cmの津波を観測しました。

しかし、地殻変動もしくは地震波形データから得られた断層モデルを用いた津波シミュレーションでは、観測された津波を再現できなかったことから、今回の津波の原因として海底地すべりが寄与している可能性があることがわかりました。駿河湾地震は東海地震の想定震源域内で発生した地震で、この地震で海底地すべりが起こったとすれば、東海地震時にも海底地すべりが発生し、大津波を引き起こす危険性があります。しかし、海底地すべりについては、その挙動に不明な点が多く、現時点で予測することは困難です。このため、当機構では駿河湾地震に伴う海底地すべりの実体解明を目的として、震源域周辺の海域を調査しました。

3.調査の概要(調査海域図:図1

平成21年12月13日から14日

当機構所有の3000m無人探査機「ハイパードルフィン」を用いて、駿河湾地震の震源域内の一部で海底目視観察を実施しました。

平成21年12月26日から31日

当機構所有の海洋調査船「なつしま」に搭載されているマルチビーム音響測深機(注2)を用いて、駿河湾地震の震源域周辺において海底地形調査を実施しました。

平成22年2月27日から3月1日

当機構所有の深海巡航探査機「うらしま」に搭載されているマルチビーム音響測深機を用いて、駿河湾地震の震源域内の一部の海底地形調査を実施しました。

4.結果と考察

当海域では「なつしま」によって、平成16年と平成18年にマルチビーム音響測深機による海底地形調査を実施しており、今回得られたデータとの比較を行いました。

その結果、焼津市の沖合約5kmの海底(東経138度23分、北緯34度52分、水深600m付近)が、地震後には大きく落ち込んでいることがわかりました(図2の赤丸で囲んだ領域)。

また、深海巡航探査機「うらしま」を用いて、その付近の海底地形を詳細に調査したところ、特徴的な地すべり地形である馬蹄形の滑落崖(幅は約450m、比高は約10〜15m)を発見するに至りました(図3)。さらに、「うらしま」による海底地形図では、馬蹄形の滑落崖の南東方向にある緩い海底谷の両側で海底の流れによって作られる周期的な波状模様の微地形(デューン)が確認できたのに対し、緩い海底谷では波状模様が不明瞭です。これは、滑落崖の形成とともに泥流が発生し、海底谷に沿って流れた可能性があることを示します。

その海底谷の下流には、静岡県が所有する海洋深層水取水管のひとつ(687m深層水取水管)が海底に敷設されていました(図2:緑線)。しかし、この地震によって被災し、地震以降、深層水の供給を一部停止しています。「ハイパードルフィン」による海底目視調査によって、取水管は本来の位置より約2km下流で、海底谷に沿った方向で発見されました(図2:青線)。さらに、取水管を挟んで南西側に多く泥が堆積している様子、取水管の脇に表層堆積物に加えて沈船が残骸となって流出している様子、取水管の破損などが確認されました(図4)。これらのことから、静岡県が所有する687m深層水取水管は、地震に伴って発生した泥流によって押し流されたと考えられます。

5.今後の展望

今回の調査で津波の原因となりうる海底地すべりを特定できたことから、今後海底地すべりをモデル化した津波シミュレーションを行うとともに、詳細な海底観察、海底サンプルの採取・分析、海底下探査などの調査を実施し、海底地すべりの挙動を明らかにしていきます。これにより、東海地震をはじめとする海域で発生する地震による津波予測の高精度化や、海底ケーブル等への被害の軽減が期待されます。

注1 東海地震観測情報

気象庁が発表する東海地震に関連する情報の一つ。「観測された現象が東海地震の前兆現象であると直ちに判断できない場合や、前兆現象とは関係がない場合とわかった場合」発表される。

危険度が低い情報から順に「東海地震観測情報」→「東海地震注意情報」→「東海地震予知情報」となる。

注2 マルチビーム音響測深機

船底から規則的に発信する音波の海底面反射波を多チャンネル受波器で受信し、リアルタイムで測深でき、水深の約2倍幅で海底地形図を作成することができる。

図1

図1:調査海域図

赤線で囲まれた領域の海底地形を「なつしま」によって、青線で囲まれた領域を「うらしま」によって調査した。緑線で囲まれた領域では、「ハイパードルフィン」による海底目視観測も実施した。黒線は海底地形(等深度線幅は100m)、星は平成21年8月11日に発生した駿河湾の地震の震央の位置を示す。赤線で囲まれた範囲の「なつしま」による調査結果を図2に示す。

図2

図2:海洋調査船「なつしま」によって得られた海底地形(a)と過去の水深データとの差分(b)。

(a)図1の赤線で囲まれた領域の海底地形。赤の等深度線間隔は10m。黒の等深度線間隔は2mである。(b)過去(平成16年、平成18年)に得られたデータと本調査航海で得られたデータの差。寒色系が沈降、暖色系が隆起を示す。赤線は本調査航海で得られた海底地形。等深度線間隔は10m。急峻な地形と、航跡に平行に走る調査船の動揺に伴うノイズを対象外として、赤丸で囲んだ領域では海底地形の変化が大きい。

緑線は静岡県が所有する687m深層水取水管の本来の位置、青線は地震後に「ハイパードルフィン」によって発見された取水管の位置。

図3

図3:深海巡航探査機「うらしま」による海底地形調査結果

「うらしま」は海底付近で測深するため、より高い空間分解能で海底地形を判別できる。本調査によって、図2に赤丸で示した領域付近で、特徴的な地すべり地形である馬蹄形の滑落崖を発見した。馬蹄形の滑落崖の幅は約450m、比高は約10〜15mであった。また、「うらしま」によって得られた海底地形図では、海水の流れによって作られる周期的な波状模様の微地形(デューン)もイメージングできるが、馬蹄形の取水管の本来の位置、青線は地震後に「ハイパードルフィン」によって発見された滑落崖の南東方向にある緩い海底谷では、その両側と比較して波状模様が明らかではなく、泥流が流れた可能性がある。

図4

図4:「ハイパードルフィン」によって撮影された取水管(鉄線鎧装硬質ポリエチレン管、外径:270mm)の破損の様子。

(a):深層水管をはさんで、南西側に多く泥が堆積している。(b):沈船の残骸が取水管の上に乗り上げている。(c):取水管の鉄線鎧装がばらけている。(d):(a)〜(c)の撮影場所。赤の等深度線間隔は10m。緑線は取水管本来の位置、青線は地震後の調査で確認された位置。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波・防災研究プロジェクト システム運用・データ管理グループ
技術主任 馬場 俊孝 電話:046-867-9328
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193