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2011年 2月 4日
独立行政法人海洋研究開発機構

合成開口ソナーを用いた熱水噴出域の高解像度音響画像マッピングに
世界で初めて成功
〜鹿児島湾若尊カルデラにおける国家基幹技術・次世代型深海探査技術の成果〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏、以下「JAMSTEC」という。)地球内部ダイナミクス領域海洋底ダイナミクスチーム 笠谷 貴史 技術研究副主任と海洋工学センター先端技術研究プログラムの澤 隆雄 技術研究主任は、JAMSTECが国家基幹技術の次世代型深海探査技術の一環として開発を進めてきた高精度な動揺補正処理機能を持つ合成開口ソナー(図1※1)を用いた音響調査を鹿児島湾若尊カルデラ(図2)で行い、海底熱水噴出域や生物群集付近の詳細な音響画像(※2)をこれまでにない精度で取得し、その分布を明らかにすることに成功しました。合成開口ソナーを海底熱水噴出域へ適用したのは世界で初めてであり、今後の熱水鉱床調査への適応も期待されます。

2.調査の背景

鹿児島湾北部に位置する姶良カルデラ(図2)では、カルデラ南部に位置する桜島火山と北部の水深200mに位置する若尊カルデラにおいて、現在でも活発な噴気活動が観測されており、そのマグマ供給源は同一のものと考えられています。海面では噴気活動に伴うと考えられるバブル(「たぎり」と呼ばれる)が観察されることもあります。その姶良カルデラ全体の火山活動のエネルギー収支を考える上で、姶良カルデラ内にある若尊カルデラの活動を明らかにすることは重要です。また、熱水噴出活動は、近年新たな資源として注目されている海底熱水鉱床と関連する現象であり、その広がりを知ることは熱水活動に伴う地下の物質流動や鉱床形成過程の研究に大きく寄与することが期待されます。

しかし、若尊カルデラは海底にあり、桜島のように目視することは不可能です。潜水艇による潜航調査は有効ですが調査範囲がごく限られています。そのため、熱水噴出やその広がりについて、より広い範囲をくまなく高い精度でマッピングする技術が必要とされていました。

光・電磁波がとどかない海底での効率的なマッピングには、広い範囲を高い解像度で調べることができる音響技術が必須で、それを可能にするのがJAMSTECで開発した合成開口ソナーです。本調査では、高精度な動揺補正処理機能を実装したビームステアリング(※3)合成開口ソナーを小型軽量の中性浮力曳航体(※4)に搭載して観測を実施し、カルデラの広い範囲にわたってそれらの分布の把握を行いました。この合成開口ソナーは国家基幹技術として研究開発が実施されているものです。

3. 試験結果

平成22年10月12から15日、鹿児島湾若尊カルデラにおいてJAMSTECが開発した合成開口ソナーによる音響探査を実施しました。調査では母船には約15トンの小型船舶を用い、母船後方約10m、水深約3m程度のごく浅い深度で合成開口ソナーを曳航し(図3)、海底に向けて照射したソナー音波の反射波を記録しました。

チューブワームの一種であるサツマハオリムシの生息が確認されている範囲と、若尊カルデラ底における潜航調査や「たぎり」として熱水噴出兆候が知られている範囲での音響調査の結果、それらの分布の全容を初めて明らかにしました(図4)。音響画像からは、海中を煙がたなびくような熱水噴出に伴うフィラメント状の反射と、熱水噴出と関連する海底面の細かな地形を捉えることができました。

サツマハオリムシの生息域での合成開口処理による高分解能画像を解析したところ、比高100mのマウンドの東側の広い範囲で熱水噴出に伴うフィラメント状の反射や、北側のマウンド最頂部付近および南端部には露岩や生物生息域と考えられる地形を検出することができました(図5)。また、若尊カルデラ底内での合成開口画像によると、熱水噴出域がこれまで潜航調査でみつかっている範囲よりも広範囲にわたって分布していることが明らかになりました。さらに、フィラメント状の熱水噴出兆候がみられない箇所にも、周囲の泥質堆積物と明らかに異なる地形の起伏も多数確認できたことから(図6)、活動的な熱水噴出の場所が時とともに変化している可能性も考えられます。

これらの結果は、これまでの調査では全く捉えることができなかったデータであり、JAMSTECが開発した合成開口ソナーが、高い分解能を持つ海底探査の強力なツールであることが示されました。この合成開口ソナーを従来のカメラやソナーと比較すると、単位時間当たりに探査できる面積は光学カメラの約12500倍、単位時間当たりの探査できる領域数は従来型ソナーの約80倍(表1)であり、その高い性能が今回の調査の成功に結びついたといえます。

4. 今後の展望

本調査では、若尊カルデラでの熱水噴出兆候および熱水噴出域の微地形の分布が明らかになりました。今後は、潜航調査による地球化学データなどの取得がより広範囲で実施することができるようになり、若尊カルデラの熱水噴出機構の解明が進むものと期待されます。

また、JAMSTECが開発した合成開口ソナーは、小型船舶でも運用・調査が可能なもので、浅海や閉鎖海域などに適用することにより、港湾整備工事の事前調査などへの応用が期待できます。他方、大深度に対応した改良を施すことにより、深海での熱水鉱床探査や掘削予定海域の事前調査などへの適用も可能です。今後は、若尊カルデラ熱水噴出域以外の海域においても合成開口ソナーを用いた探査を行い、浅海から深海まで幅広い深度域に対する広域・高精度調査を通じて、様々な海洋調査や海底資源開発などに重要な役割を果たす基幹技術として貢献してまいります。

※1 合成開口ソナーについて

アンテナを直線的に移動させながら目標に何度も音波を照射し、その反射波の情報を集める。この情報をコンピュータ上で処理することにより、仮想的に大きなアンテナをつくる(合成開口する)ことができる。この技術を用いたソナーを合成開口ソナーと呼び、従来型ソナーと同等の大きさと重量でありながら遠距離でも分解能が低下せず、飛躍的に高い性能を実現することができる。

※2 音響画像

ソナーから海底面に向けて音波(送信ビーム)を発射し、海底面から戻ってくる音(受信ビーム)を利用して水中を画像化したもの。海中では電波が使えないため、海中での探査や通信には音波が使われる。

※3 ビームステアリング

複数の素子を持つアンテナにおいて、それぞれの素子での送信もしくは受信タイミングをわずかにずらすことで、電波や音波ビームの方向を変化させる手法。目標からの音波をより正確なタイミングで受信できるため、より鋭い音響ビームをつくりだせる。

※4 中性浮力曳航体

水中で浮く力と沈む力が吊り合った状態で、母船でけん引して水中を進みながら海底を観測する、いわば水中の“凧”といえる。


図1 調査で使用した合成開口ソナーを搭載した曳航体。
全長2.3m、全幅1.2m、総重量約100kg
図2

図2 九州南部の広域図と調査範囲の拡大図。鹿児島湾北部に位置する姶良カルデラの中に、現在も活動を続ける桜島と若尊カルデラが存在している。拡大図中の右側赤枠が熱水噴出域にチューブワームの一種であるサツマハオリムシの生息が確認されている範囲を、左側赤枠が「たぎり」として熱水噴出兆候が知られている範囲を示している。

図3 曳航型合成開口ソナー調査の概念図
図3 曳航型合成開口ソナー調査の概念図
図4

図4 調査で取得された音響画像。右側の茶色の領域がサツマハオリムシの生息が確認されているマウンド、左側が「たぎり」や潜水艇調査による熱水噴出域が確認されているカルデラ底。図中の赤丸が今回の調査で熱水兆候が認められた。

図5

図5 ハオリムシ領域で得られた音響画像の処理による比較。左図が従来処理による音響画像、右図が合成開口処理による高解像度音響画像。細かな微地形が明瞭になっただけでなく、熱水噴出に伴うフィラメント状の反射もより高い解像度で確認できるようになっている。探査対象までの距離は130m前後、合成開口長は7m。

図6

図6 カルデラ底付近の合成開口処理よる高解像度音響画像。熱水噴出に伴うフィラメント状の反射が多数確認できるだけでなく、従来の処理ではほとんど検出できなかった熱水噴出兆候を伴わない小さい起伏の地形が検出されている。探査対象までの距離は250m前後、合成開口長は10m。

表1 性能比較表。光学カメラと従来型ソナー、ビームステアリング合成開口ソナーを比較すると、単位時間あたりに探査できる面積(探査面積)および単位時間当たりに探査される領域数(探査画素数)ともに優れており、探査の効率が非常に高いことが分かる。

  光学カメラ 従来型ソナー ビームステアリング
合成開口ソナー
解像度*(m) 0.002x0.002 6.5x0.05 0.09x0.09
探査面積(m2/h) 864 540万 1080万
探査画素数(pixel/h) 2億1600万 1660万 13億3000万

*ここでは最大レンジ/2における値とした

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(若尊カルデラでの調査内容について)
地球内部ダイナミクス領域地球内部ダイナミクス基盤研究プログラム
海洋底ダイナミクス研究チーム
技術研究副主任 笠谷 貴史 TEL:046-867-9337
(合成開口ソナーの開発について)
海洋工学センター先端技術研究プログラム
高性能無人探査機技術研究グループ
技術研究主任 澤 隆雄 TEL:046-867-9576
(国家基幹技術について)
経営企画室 研究企画統括 星野 利彦 TEL:046-867-9207
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:046-867-9193