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2011年 2月 10日
独立行政法人海洋研究開発機構

日本および東アジアに強い寒波をもたらすバレンツ・カラ海上の
大気循環とユーラシア大陸上の寒気蓄積メカニズムの実態解明
〜冬将軍のふるさとを突き止めた!〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地球環境変動領域・寒冷圏気候研究チームの堀 正岳 研究員らは、2009/2010年の冬に日本を頻繁に襲った寒波が到来するメカニズムについて解析をおこなった結果、(1)バレンツ海およびカラ海にかけて平年よりも気圧が高い状態(高気圧偏差)が生じることによってユーラシア大陸上に強い寒気が蓄積され、(2)引き続いて大西洋から日本にかけてユーラシア大陸を横断する形で生じるジェット気流の蛇行(低気圧・高気圧の波)ができて蓄積した寒気が日本に移流して寒波をもたらすという2ステップのプロセスが存在することを示しました。

本成果で明らかになったメカニズムは同じく強い寒波によって厳冬となっている2010/2011年においてもみられる現象で、2010年の年末にヨーロッパを襲った寒波、ならびにその一週間後の2011年始めに西日本を襲った寒波の説明としても妥当です。

これまで寒波がやってくるメカニズムとして「北極振動に伴って高緯度から中緯度へ寒気が流出する」という説明が行われてきました。本成果は「そもそもなぜ北極域の大気変動が日本に直接的な影響を及ぼすのか?」という疑問に対する答えを示した点に新規性があります。また、冬季のいわゆる「三寒四温」として古くから知られていた気温の周期的変動に対する説明としても重要であり、日本に固有な気象現象の一端が明らかになったといえます。

今後この成果を応用して、強い寒波が日本に襲来する7-10日前に予測が可能になることが期待されます。また、温暖化が進むにつれて寒波の頻度がどのように変化するのかを知るためにも重要なステップとなります。

この成果は日本気象学会のオンライン英文レター誌SOLAに2月10日に掲載される予定です。

タイトル:
Recurrence of Intraseasonal Cold Air Outbreak During the 2009/2010 Winter in Japan and its ties to the Atmospheric Condition over the Barents-Kara Sea
著者:
堀 正岳、猪上淳、菊地隆、本田明治、立花義裕
掲載サイトURL:
http://www.jstage.jst.go.jp/browse/sola

2.背景

2009/2010年の冬は11月〜3月平均で平年に比べて +0.71 度高い、若干の暖冬であったにもかかわらず、寒波が頻発したために寒暖の差の激しい冬となりました(図1a)。2009年10月から2010年3月の間に、全部で10回の寒波が日本を襲っており、その多くは平年よりも温かい日から急に気温が下降する傾向をみせていました。

これまで日本の厳冬の説明として「北極振動の負の状態」が挙げられています(※1)。しかし、「北極振動」を用いた説明は、冬季全体あるいは北半球全体といった大きなスケールで寒気がやってくる場合としては妥当なものの、なぜ12月18日に寒波が日本に来たかといった、地域性やタイミングの問題を説明することができません。

例えば図1下の2009-2010年の北極振動指数によれば、この年は12月から3月にかけて北極振動指数は負であることが多いものの、10月から11月にかけて値は中立しています。この間も寒波は3回到来しており、「北極振動が負であると日本に寒波がやってくる」という従来の説明とは適合しません。同様に12月から3月についても、北極振動の負の状態は長く続いているものの、日本への寒気の到来は間歇的で、北極振動だけでは「日本に寒気がやってくるタイミング」を説明できません。

そこで本研究では2009/2010年の冬季に発生した寒波の事例解析を通して、より短期のスケールにおいて寒気がどこに蓄積され、どのような経路で日本に及ぶのかに注目して調査をしました。

3. 研究結果

2009/2010年の冬季、もっとも寒暖の差が大きかった寒波は12月18日に日本を襲った事例でした。6日前の12月12日から気温は8.41度急落し、平年に比べて-3.47度を記録しています。この事例について、高気圧・低気圧の位置を代表する500hPaの気圧配置と寒波の存在する下層の気温の平年からの差をさかのぼって調べたところ、10日前にバレンツ海・カラ海(※2)を中心とした場所に高気圧の尾根が発生しており、その南東側の西シベリア地域に寒気の蓄積を示す負の気温偏差(平年よりも気温の低い状態)が存在していることが分かりました(図2a)。

バレンツ海上の高気圧はその後西に移動して大西洋上で「ブロッキング」(※3)と呼ばれる持続性の強い高気圧となります。一方、西シベリア地域に蓄積された寒気は低気圧の谷間にそって東西に引き伸ばされます(図2b)。最終的に、ブロッキング高気圧の東側に発生するジェット気流の蛇行パターン(低気圧・高気圧の波)に沿うように寒気は東に移流し、日本に到達していました(図2c)。

このように、12月18日の寒波の事例は、(1)バレンツ海上の高気圧にともなう西シベリアへの寒気の蓄積、(2)ブロッキングの下流に発生したジェット気流の蛇行(低気圧・高気圧の波)パターンによる寒気の日本付近への移流という二段階のステップをふんで、生じていました。こうしたプロセスはこの冬の他の事例でも見られ、2009/2010年の冬季にみられた10回の寒波のうち少なくとも5回まではこのプロセスで説明ができました(図3)。

この事例が2009/2010年において一般的であったことを示すために、10月1日から3月30日の日本の気温偏差時系列に対して気圧配置と気温の回帰分析を行ったのが図4です。この図は、日本で気温が1度低下していた際に、気圧と気温がどのように変化していたかをさかのぼってみたことに相当します。ここでも10日前にバレンツ海を中心とする高気圧と西シベリア地域における寒気蓄積が起きて(図4a)、大西洋側のブロッキング高気圧の下流に発生した低気圧・高気圧の波のパターンによって寒気がやってくる様子(図4bからc)がみられました。

もう一つ注目に値するのは寒気の西側にはすでに暖気が迫っており、寒気が通り過ぎたあとはすぐに気温が上昇する点です。こうして寒気と暖気が次々とやってくることで、図1にみるような寒暖の差が発生していました。冬季から春季のいわゆる「三寒四温」として知られる気温の周期的な変動も、この波のパターンが順にやってくることで説明できます。

この結果から、日本に到達する寒波の多くはバレンツ海の大気循環に起因する西シベリア域での寒気蓄積とその後の移流が重要であることが示されました。こうしたプロセスは2010/2011年の冬にもみられ、2010年12月後半にヨーロッパを襲い、その後2011年始に西日本を襲った寒波の源もバレンツ海から生じていたことが確認されています。

4. 今後の展開と応用

現時点ではまだ寒気の蓄積の原因となるバレンツ海の高気圧が強化される原因と過程が突き止められてはいません。海氷の年々変動と海からの熱の供給がなんらかの影響を及ぼしていると考えられるため、今後この領域における研究は重要です。海洋研究開発機構では、2009年からノルウェーの研究機関と共同でバレンツ海での大気海洋相互作用の観測を始めています。特に今年度は9月の観測に続いて、本論文の主著者・共著者である堀正岳研究員、猪上淳主任研究員の両名が2011年1月13-29日の間、ノルウェー海洋調査研究所 Institute of Marine Research(IMR)の研究船、Johan Hjørt 号に乗船して冬季のバレンツ海における観測を行い、今年の冬の寒波におけるバレンツ海の役割について世界に先駆けて観測的研究に着手しています。あわせて、今後海氷がさらに減少し、北極域の温暖化が進んでもこのメカニズムが維持されるのか引き続き監視を続けるとともに、気候モデルなどを用いた予測研究も必要です。

本研究の成果は今後日本および東アジアに到来する強い寒波の予測向上に貢献すると考えられます。特に、バレンツ・カラ海上の高圧偏差と西シベリア域における寒気蓄積を指数化することによってリアルタイムの寒波予測に貢献することが期待されます。またそれとともに、冬から春にかけての「三寒四温」に代表されるような気温の周期的変化を説明するメカニズムでもあり、我が国の国民の科学に対する一般的関心からも重要な成果と考えています。

※1 北極振動

北半球全体でみた北緯60°度以北の高緯度(北極側)と、北緯30-60°度の中緯度の気圧が、逆の形で振動する現象。「北半球全体」あるいは「冬季全体」をなるべく平均的にみた時空間スケールの大きい概念である。「北極振動の負の状態」とは、北極側が平年よりも高気圧に、その南側が平年よりも低気圧となっている状態を指す。空気は高気圧から流出し低気圧に向かうため、「北極振動の負の状態」は北極を中心とした領域から空気がヨーロッパ・アメリカ・日本を含む中緯度に向かって流出していることに対応する。冬であれば北極側の冷たい空気が日本にやってくるため、厳冬の一因として説明される。

※2 バレンツ・カラ海

北極海のうち、ノルウェーやロシアの沿岸で大西洋側に位置する比較的浅い海域。北極海中央部に向かって大気・海の両面から熱や水蒸気・塩分などを運び込むとともに、北極海域で起きる海から大気への熱輸送(海の冷却)の70%以上を占める海域として、その気候学的重要性が注目されている。

※3 ブロッキング

偏西風の蛇行が大きくなることで高気圧や低気圧が切離して同じ地域に長時間停滞する現象。移動性の高低気圧をブロックしてしまうため、このように呼ばれる。ブロッキングが発生すると、天気の変化が遅くなり、異常気象がもたらされやすくなる。

図1

図1:(a)南西諸島をのぞく58箇所の気象官署の日平均地上気温の平年に対する差。(b) NOAA-CPC 提供の日平均北極振動指数。平年は1979-1999年の平均値とし、ともに5日移動平均で高周波成分を除去している。

12月から2月の平均でみると気温の平年に対する差は +0.71度と弱い暖冬であるものの、12/18に代表されるような強い寒波が繰り返し到来している。従来は「北極振動が負であると日本に寒波がやってくる」という説明されることが多かったが、12月から3月にかけて北極振動指数は負であることが多いものの、10月から11月にかけては値は中立しており、この間も寒波は3回到来していて従来の説明が適合しない。

12月から3月については北極振動の負の状態は長く続いているものの、日本への寒気の到来は間歇的で、北極振動だけでは「日本に寒気がやってくるタイミング」を説明することができない。

図2

図2:12月18日に日本にやってきた寒波事例に対する、(a)10 日前、(b)5日、(c) 1日前の500hPa高度(気圧の高低に相当、黒等値線)および850hPa気温の平年に対する差(色シェード)。

日本に寒波が到来する10日前にバレンツ海側に高気圧の尾根が張り出す。高気圧は時計回りの空気の流れをもっており、東側に強い寒気の移流を発生させる。この寒気はユーラシア大陸上の西シベリア地域に蓄積する。

5日前はバレンツ海の高気圧は西側に後退してブロッキング高気圧に発達する。一方、西シベリアに蓄積した寒気は東側に向かって移動を始める。

1日前にはブロッキング高気圧の東側にジェット気流の蛇行パターンにともなう低気圧・高気圧の波パターンが発生し、この低気圧の谷間にそって寒気が日本に移動し、寒波を発生させる。

図3

図3:(a)バレンツ・カラ海を含む70-90°N, 0-100°E の領域で平均した500hPa高度の平年に対する差、(b)西シベリア域45-65°N, 40-100°E の領域で平均した850hPa気温の平年に対する差(実線)と、大気熱輸送量の時系列、(c)図1a に同じ、日本の南西諸島を除く58箇所の気象官署の地上気温の平年に対する差。

5つの事例に関して、バレンツ海上で高気圧が発生すると、ほぼ同時に西シベリアの気温が低下して寒気が蓄積している。蓄積した寒気は7-10日後に日本に到達して寒波を発生させていた(青線)。

図4

図4:10月1日から3月30日までの日本の気温に対してラグ回帰した500hPa高度(等値線)と850hPaの気温(色シェード)。図は日本で気温が1度低下した際に、それに先立つこと10日前・5日前・1日前に起こっていた変化に相当する。等値線のうち実線は正、点線は負の変化を示す。

図2と同様に、10日前にバレンツ海上の高気圧が西シベリア地域に寒気を蓄積させ(図4a)、それがジェット気流の蛇行に伴う高気圧・低気圧の波パターンによって日本に移動している(図4b,c)。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム
寒冷圏気候研究チーム 研究員
堀 正岳 電話:046-867-9489
E-MAIL: mehori@jamstec.go.jp
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193