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2011年 2月 17日
独立行政法人海洋研究開発機構

大気環境で重要な短寿命の二酸化窒素を低濃度でも通年で
高精度観測することに成功
〜 環境基準の100分の1 でも観測が可能に 〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏 以下「JAMSTEC」という。)地球環境変動領域物質循環研究プログラムの高島 久洋 ポスドク研究員らは、短寿命の物質である二酸化窒素(NO2)の大気中濃度を、JAMSTECが開発したMAX-DOAS(マックスドアス ※1)装置によって、沖縄県辺戸岬において高精度で通年にわたって測定することに世界で初めて成功しました。これまでNO2が非常に低濃度な場所では、安定した観測が難しく、通年観測が行われてきませんでしたが、今回、MAX-DOAS装置により約1日で失われてしまうNO2であっても通年で安定して観測できました。

また大気がユーラシア大陸から運ばれてくる時間が短いほどNO2濃度が相対的に高く、輸送時間に対する濃度の低下速度は従来の大気化学反応による説明と整合的なもので、測定の信頼性の高さが裏付けられました。

本研究は、文部科学省地球観測システム構築推進プラン対流圏大気変化観測研究プロジェクト「地上からの分光法による対流圏中のガス・エアロゾル同時立体観測網の構築」の一環として進められました。この成果は2月23日付けでエルゼビア社発行の英文誌「Atmospheric Environment」に掲載される予定です。

タイトル:
Enhanced NO2 at Okinawa Island, Japan caused by rapid air-mass transport from China as observed by MAX-DOAS
著者名:
高島 久洋、入江 仁士、金谷 有剛、秋元 肇

2.背景

NO2は自動車の排気ガスなどの化石燃料を主な発生源とする大気汚染物質として知られています。NO2はオゾンの生成の支配的な要因の一つであるなど大気環境において重要な役割を果たす物質であり、酸性雨や光化学大気汚染などの現象において鍵となる物質です。NO2は寿命が一日程度と短く、大気中の化学反応や輸送過程により大気中の濃度が変動することから、NO2を高精度に観測することは、大気中の化学反応や輸送過程を数値シミュレーションモデルの検証を通して理解するために重要です。

しかしながら、これまでは、濃度が低い場所では従来の観測装置の感度が足りず、高感度測定装置では安定した通年観測が難しかったため、十分な観測を行うことができず、数値シミュレーションモデルを検証する有効な手立てがありませんでした。

3. 研究方法の概要

JAMSTECでは2007年3月末から沖縄本島最北端の辺戸岬にて、JAMSTECが開発したMAX-DOAS装置(図1)による地上からのリモートセンシングにより、エアロゾル・ガス成分の観測を行っています。本研究では、観測データのうち、2007年4月から2008年4月までに得られたデータを解析しました。

MAX-DOAS装置は小型・省電力で、自動観測が可能です。また従来の観測装置と違い、装置のある場所で対象物質を直接測るのではなく、エアロゾル等により散乱された太陽光が装置に届くまでにどれだけ対象物質に吸収されるかを測定するため、物質の濃度が低くても高精度に測定することが可能です。

4. 結果と考察

従来の大気環境監視用の装置では検出可能なNO2の最低濃度はおよそ1ppbv程度でした。今回MAX-DOAS装置による最低濃度(理論的に計算される観測精度)は0.1ppbv以下で、観測期間を通じて高精度に観測できていることが確認されました。

またNO2は寿命が約1日以下と短いために、これまで大陸から地理的に遠い地域では、大陸の影響を受けにくいものと考えられていました。しかし、今回大陸からの大気の輸送時間とNO2濃度の関係を調べたところ、大気が大陸から運ばれてくる時間が短いほどNO2濃度が高くなる傾向が分かりました(図2)。このように、輸送時間に対する濃度の低下速度は従来の大気化学反応による説明と整合的なもので、測定の信頼性の高さが裏付けられました。

5. 今後の展望

JAMSTECが開発したMAX-DOAS装置により、これまで低濃度下で観測が困難な短寿命のNO2でも通年観測が可能なことが確かめられました。

MAX-DOAS装置により幅広い濃度範囲のNO2を多地点で連続観測することが可能となったことで汚染域から非汚染域までNO2を監視する長期国際観測網の実現に寄与し、全球地球観測システム(GEOSS)(※2)の構築に役立てていくことができます。

今後は、日本を中心としたアジア域の多地点においてMAX-DOAS装置による観測を継続し、対流圏化学・エアロゾル衛星観測データの検証のみならず、衛星観測では不可能な日変化・鉛直分布の立体観測を行うことで、多面的に大気環境のモニタを継続していきます。また対流圏化学輸送モデルのシミュレーション結果について検証し、大気化学過程についての研究を進めていきます。

図1
図1. MAX-DOAS 装置(太陽光受光部)

対象物質をその場所で直接測定するのではなく、太陽の散乱光の観測から、測定地点から数〜十数キロメートル先までにある対象物質の濃度を測る。そのため測定対象物質の濃度が低い場合でも高精度に測定することが可能。

図2

図2. ユーラシア大陸から沖縄県辺戸岬までの大気の輸送時間と、MAX-DOAS装置により沖縄県辺戸岬で観測されたNO2濃度[ppbv]。図中の×はMAX-DOAS装置による観測値、は12時間ごとの平均値(赤いバーは標準偏差)を示す。ユーラシア大陸からの大気の輸送時間が短いほど、NO2濃度は高い傾向があり、この傾向は従来の大気化学反応で説明がつく整合的なものであり、測定の信頼性を裏付けている。

尚、二酸化窒素(NO2)の環境基準は、1時間値の1日平均値が0.04ppmvから0.06ppmv(40ppbvから60ppbv)までのゾーン内又はそれ以下であること(http://www.env.go.jp/kijun/taiki.html)とされている。観測地点では、高い場合でも1ppbvと低く、また通常は0.2-0.4ppbvと環境基準の100分の1の程度の極めて低い濃度水準である。

※1 MAX-DOAS

Multi-Axis Differential Optical Absorption Spectroscopyの略。紫外域から可視域の太陽散乱光を複数の低仰角で測定し、対流圏中の微量ガスやエアロゾルをリモートセンシング観測する手法。

※2 全球地球観測システム(GEOSS)

GEOSSとは、国際的な連携によって、衛星、地上、海洋観測等の地球観測や情報システムを統合し、地球全体を対象とした包括的かつ持続的な複数システムからなる全地球観測システムで、2005年から2015年の10年で整備する計画である。地球観測に関する国際的枠組みであるGEO(地球観測に関する政府間会合)として、日本(文部科学省)や米国を含む85ヶ国+EUがメンバーとなり活動を推進する他、61機関が活動に参加している。MAX-DOAS装置による観測はGEOSS10年計画の一部として、JAMSTECが、文部科学省・地球観測システム構築推進プラン「地上からの分光法による対流圏中のガス・エアロゾル同時立体観測網の構築」として実施。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 物質循環研究プログラム 大気組成研究チーム研究員
高島 久洋 TEL:045-778-5715
(地球観測システム構築推進プランについて)
経営企画室 研究企画統括 星野 利彦 TEL:046-867-9207
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:046-867-9193