プレスリリース


2011年 4月 12日
独立行政法人海洋研究開発機構
財団法人電力中央研究所

地震を引き起こす要因となる断層潤滑効果を岩石摩擦実験で確認
ー大地震発生プロセスの解明へ前進ー

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏、以下「JAMSTEC」という)高知コア研究所地震断層グループは、イタリア・パドヴァ大学、イタリア国立地球物理学火山学研究所、韓国地質資源研究院、イギリス・ダラム大学、財団法人電力中央研究所、中国地震局地質研究所と共同で、過去十数年間おこなってきた地震時の高速断層すべり運動を再現した岩石摩擦実験の結果を、断層面で消費される摩擦エネルギーという視点から体系的に解析し、地震時には、すべり面で発生する摩擦発熱によって活性化される物理化学反応によって断層潤滑現象(断層の摩擦強度が劇的に低下する現象)が起こることを明らかにしました。

地震は、断層の摩擦強度がすべりとともに低下し、断層に働く力(地殻応力)を支えきれなくなった時に起こります。そのため、地震時に大きな強度低下をもたらす断層潤滑作用が実験によって確認されたことは、地震発生プロセスの解明につながる大きな一歩です。今後は室内実験で明らかとなった断層潤滑現象が実際の地震断層で起こっているのかについて、「南海トラフ地震発生帯掘削計画」をはじめとする深部地震断層掘削によって検証されることが期待されます。

この成果は、イギリスのNature Publishing Group発行のNature誌に3月24日付けで掲載されました。

タイトル:Fault lubrication during earthquakes
著者名: Giulio Di Toro1,2、Raehee Han3、Takehiro Hirose4、Nicolas De Paola5、Stefan Nielsen2、Kazuo Mizoguchi6、Fabio Ferri1、Massimo Cocco2、Toshihiko Shimamoto7,4
1Universita di Padova (イタリア・パドヴァ大学)
2Istituto Nazionale di Geofisica e Vulcanologia (イタリア国立地球物理学火山学研究所)
3Korea Institute of Geoscience and Mineral Resources (韓国地質資源研究院)
4Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (海洋研究開発機構)
5University of Durham (イギリス・ダラム大学)
6Central Research Institute of Electric Power Industry (財団法人電力中央研究所)
7Institute of Geology, China Earthquake Administration (中国地震局地質研究所)

2.背景

地震が断層沿いの摩擦すべり現象であることがわかった1960年代以降、岩石摩擦に関するさまざまな実験がおこなわれてきました。地震時には断層が秒速数メートルの高速ですべります。このような高速すべり時に断層の摩擦強度がどのように、どれくらい低下するのかは、すべりはじめた断層が大地震に至るのかどうかを規定するため非常に重要です。しかし、90年代半ばになるまで秒速数メートルの高速ですべる断層の摩擦特性を調べることが技術的に困難でした。その後、地震時の高速すべり挙動を再現できる試験機が開発され、この試験機を用いた実験によって高速すべり時に断層の摩擦強度が著しく低下すること、そしてその強度低下を引き起こす様々な要因(例えば、摩擦発熱に伴う熔融現象や断層内部の水圧上昇)が検証されてきました。しかしながら、膨大な数の摩擦実験のデータがこれまで蓄積されているものの、それらを体系的に解析することがなされてきませんでした。

3.方法

本研究は、現在、JAMSTEC・高知コア研究所に設置されている回転式高速摩擦試験機*1から得られた過去十数年間の膨大な実験データを、断層面で消費される摩擦エネルギーという視点から体系的に解析し、断層が高速ですべる時の摩擦の性質を総括し、地震発生の過程を理論的・数値的に解析するのに重要なパラメータである、臨界すべり量(Dth:断層が強度低下を続ける間のすべり量)と強度低下量を調べました。

4.結果

実験データを解析した結果、断層を構成している岩石の種類によらず、静止している断層が動きはじめ、すべり速度が数cm/sより速くなると、摩擦係数*2が0.6〜0.8から0.3以下に著しく低下することがわかりました。また、この摩擦係数の著しい低下(断層潤滑現象)は、高速すべり時に断層面で発生する摩擦熱によって活性化する物理化学プロセス(例えば鉱物の分解反応など)に起因する起こることがわかりました。さらに、地震の発生過程を規定するパラメータの一つである臨界すべり量(Dth)が、地下の地震発生震度にいくほど短くなることがわかりました。臨界すべり量が短くなることは、地震が起こりやすくなる性質を断層が持つことを意味します。実験結果から予測される断層潤滑現象は、地震時に少なくとも断層面の一部で起こっていると考えられます。

5.今後の展望

これまで我々がおこなってきた高速摩擦実験は、地下浅部(地下1km程度まで)の温度圧力条件での高速すべり挙動を調べることしかできませんでした。今後は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震などの震源の深さ(地下10〜20km以深)における温度・圧力・含水環境条件を再現できる試験機の開発を進め、地震時の断層潤滑現象が地下深部の環境でも起こるのかを調べたいと思います。また同時に「南海トラフ地震発生帯掘削計画」をはじめとする深部地震断層掘削によって採取される断層物質の解析をおこない、天然の地震断層で実際に断層潤滑現象が起こっているのかを検証していきます。

近年の地球物理観測技術の発展に伴い、沈み込みプレート境界の挙動は東北地方太平洋沖地震のような超巨大地震から、ほとんど揺れを感じることのない非地震性のすべりに至るまで極めて多様であることがわかってきています。このような地震の多様性を理解する上でも、地下深部条件で多様な断層運動を再現できる試験機の技術開発は必要不可欠です。室内実験、掘削試料を用いた物質解析、地球物理学的な観測データと数値モデリングを融合して、より現実的な地震発生プロセスの解明を目指します。

*1回転式高速摩擦試験機

この試験機は、秒速数メートルですべる模擬断層の摩擦強度を正確に測定するために、90年代半ばに嶋本利彦教授(当時、東京大学地震研究所)によって世界に先駆けて開発された。地震時に断層が高速(秒速数メートル)で大変位(数m以上)運動する現象を室内で再現するために、この試験機は、直径20〜40mmの円柱型もしくは円筒形の2つの岩石試料を組み合わせ、片側を固定し、もう片方を高速で回転させる仕組みになっている。

*2 摩擦係数

接触面に働く摩擦抵抗力と接触面を垂直に押す力(垂直荷重)との比。摩擦強度を規格化したパラメータ。静止しているもしくはゆっくり動いている岩石どうしの接触面の摩擦係数は、一部の例外を除いて約0.6〜0.8である。

図1

図1 プレートの運動速度(約10-9 m/s、数cm/year)から地震時のすべり速度(数m/s)における、模擬断層の摩擦係数のコンパイル。断層を構成する岩種が異なってもすべり速度が数cm/sより速くなると、摩擦係数が0.6〜0.8から0.3以下に減少する。このような高速すべり時における断層の摩擦抵抗の著しい減少(地震断層潤滑現象)が、地震時に起こっていると考えられる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本内容について)
高知コア研究所 地震断層グループ
研究員 廣瀬 丈洋 TEL: 088-854-6995
財団法人電力中央研究所
地球工学研究所 地圏科学領域
主任研究員 溝口 一生 TEL: 070-6664-1914
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 TEL:046-867-9198