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プレスリリース

2018年 11月 28日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

地震発生時に海底水圧計が記録する水圧変動を解明
―重錘形圧力天びんが海底観測データを再現―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地震津波海域観測研究開発センターの松本浩幸技術研究員らは、重錘形圧力天びん(※1)が地震発生時の水圧変動を再現することに着目し、沖合の海底水圧計が地震発生時に記録する水圧変動を解明しました。

2017年11月16日18時43分頃に八丈島東方沖でMw5.8の地震が発生し(図1)、JAMSTECがこれまで設置してきた長期孔内観測システム(※2、南海トラフ)や深海総合観測総合ステーション(相模湾初島沖)によって観測データが得られました。(図2)。また偶然にも、地震発生時にJAMSTEC横須賀本部では、海底水圧計や広帯域地震計等の評価試験(室内実験)を行っており、実験室環境において観測データを得ることができました(図3)。

そこで、海底現場(長期孔内観測システムの海底水圧計)で記録されたデータと、重錘形圧力天びんに接続された海底水圧計で記録されたデータを精査したところ、両データとも圧力変動と地動の特徴が一致しました(図24)。これは地震発生時に海底水圧計が記録する水圧変動は、海底水圧計の真上にある水塊に作用する加速度と一致することを意味します。また重錘形圧力天びんが再現した圧力変動の特徴は、室内実験での圧力条件に近い相模湾初島沖「深海底総合観測ステーション」の海底水圧計でも確認できました(図5)。さらに長年の不明点であった、地震発生時における海底水圧計内部の振動ノイズは記録されていないことを裏付けました。

現在、日本の周辺海域には海底水圧計が展開されており、津波警報の更新や津波観測情報の発表等に活用されています。今回得られた知見を、地震発生時に海底水圧計が記録する水圧擾乱(津波に比べて大振幅の水圧変動)を除去するデータ処理方法へ応用し、津波予測の高精度化に役立てていく予定です。本成果は、海底水圧計のデータ利用の高度化へ貢献するものです。

本研究は、JSPS科研費JP16K01323、JP16KK0155の助成を受けて実施されたものです。

本成果は、英科学誌「Scientific Reports」(オンライン版)に、11月6日付け(日本時間)で掲載されました。

掲載論文タイトル:
Experimental evidence characterizing pressure fluctuations at the seafloor-water interface induced by an earthquake
著者: Hiroyuki Matsumoto(松本浩幸)1, Toshinori Kimura(木村俊則)1, Shuhei Nishida(西田周平)1, Yuya Machida(町田祐弥)1, Eiichiro Araki(荒木英一郎)1

1: 海洋研究開発機構

2.背景

海底水圧計の観測データは、津波警報の更新や津波情報の発表等に活用されています。しかしながら海底水圧計には、津波による水圧変動以外にも地震動による大振幅の水圧変動等が津波に重畳されることが知られています。また長期孔内観測システムの海底水圧計は、水晶振動式圧力センサー(※3)で、南海トラフの「地震・津波観測監視システム(DONET)」(※4)でも、同じタイプの海底水圧計が採用されています。水晶振動式圧力センサーには、地震発生時に海底水圧計本体が揺らされて、センサー内部の水晶振動子等が揺れる振動ノイズも記録されるかもしれないという不明な点もありました。現在は、地震発生時に記録されるノイズ等を除去するためにフィルタ処理を施して、海底水圧計の観測データを津波警報等に利用しています。

当研究グループでは、長期孔内観測システムや地殻変動観測のための海底水圧計の校正技術に関する研究と開発を推進しており、これら観測機器の海底設置前には長期安定性に関する評価試験を行っています。

2017年11月16日18時43分頃に八丈島東方沖でMw5.8の地震が発生しました。この地震による津波の観測はありませんでしたが、地震発生時に、JAMSTEC横須賀本部の実験室で海底水圧計や広帯域地震計等観測機器の評価試験(室内実験)を行っていたことから、海底現場と実験室の両観測データを取得することができました。

そこで本研究では、地震発生時に海底水圧計が記録する水圧変動の実体を解明するため、長期孔内観測システム、室内実験で取得した海底水圧計及び広帯域地震計のデータを解析しました。

3.成果

海底現場に設置されているセンサー群に近い組み合わせを実験室内で再現していたところ、地震発生時の観測データを初めて取得することができました。

海底現場と室内実験で取得したデータの解析から、以下の成果が得られました。

(1)
地震発生時に海底で記録される水圧変動は、0.1Hz付近の周波数帯域で地動の加速度とよく一致しますが、これを重錘形圧力天びん(室内実験)でも再現していることがわかりました。海底水圧計が記録する水圧変動は、海底水圧計の真上の水塊に作用する加速度を記録することを意味します。
(2)
地震発生時に、重錘形圧力天びんの断面積10mm2のピストンスト-ンシリンダモジュールに載った質量10kgのおもり(重錘)の振動が、水深1,000m分の水塊を動かすことと同等の効果を示しました。
(3)
重錘形圧力天びんに接続していない海底水圧計の記録は、地震発生時には海底水圧計内部の機械的振動を記録しないことを裏付けました。このことから、長期孔内観測システムに採用されているタイプの海底水圧計が記録する水圧変動は、海底現場の真の水圧変動であると言えます。

4.今後の展望

現在、日本の周辺海域には多数の海底水圧計が展開されており、津波警報の更新や津波観測情報の発信等へ利用されています。海底水圧計は津波観測の情報を沿岸到達前に取得できる手段として普及していることから、津波観測時には波高を正確に推定することが不可欠です。

本研究で得られた成果から、海底地震計を併用することで海底水圧計のデータから地震発生時の水圧変動等を除去でき、津波波高を高精度に推定できることが期待されます。当研究グループでは、海底圧力計のリアルタイムデータ利用の高度化に向けた研究と開発をさらに推進したいと考えています。

[補足説明]

※1 重錘形圧力天びん:ピストン-シリンダモジュールとおもり(重錘)から構成され、圧力を高精度に発生させることができる装置。ピストンと重錘によって下向きの重力が負荷されたピストンを、シリンダ内の上向きの圧力によって適正な位置に浮上させて回転させる。これによってピストンと重錘にかかる重力と圧力をバランスさせて、高精度の圧力を生成する。重錘とピストン-シリンダモジュールの組み合わせを変更することにより、生成できる圧力を自由に設定できる。

重錘形圧力天びん
JAMSTECで運用する重錘形圧力天びん

※2 長期孔内観測システム:地震や地殻変動等の海底下における高感度な観測を目的として、JAMSTEC他によって開発された掘削孔内の長期観測システム。南海トラフでは、地球深部探査船「ちきゅう」によって掘削した孔内にこれまでに3か所設置(本研究の実施時は2か所設置)され、複数のセンサー(地震計、傾斜計、歪計、温度計等)から構成される。観測データは、「地震・津波観測監視システム(DONET)」を通じてリアルタイムで陸上へ伝送される。

※3 水晶振動式圧力センサー:圧力導入ポートからの圧力が、センサー内部のブルドン管を通じて荷重として水晶振動子に伝達され、圧力による周波数変化を信号として取り出す原理で圧力を計測する。

水晶振動式圧力センサー
長期孔内観測システムに採用されているものと同型の水晶振動式圧力センサー
(写真の右下が圧力導入ポート)

※4 地震・津波観測監視システム(DONET):文部科学省からの受託事業として、JAMSTECが開発して南海トラフ周辺の深海底に設置した、地震と津波をリアルタイムで観測・監視する海底観測システム。熊野灘の水深1,900~4,400mの海底に設置した「DONET1」は2011年に運用を開始した。また、潮岬沖から室戸岬沖の水深1,100~3,600mの海底に設置した「DONET2」は2016年3月末に整備を終了した。各観測点には強震計、広帯域地震計、海底水圧計、微差圧計、ハイドロフォン、精密温度計が設置され、地殻変動のようなゆっくりした動きから大きな地震動までさまざまな海底の動きを観測することができる。
 DONETは、DONET2の完成をもって2016年4月に国立研究開発法人防災科学技術研究所へ移管され、現在運用されている。DONETで取得したデータは、気象庁等にリアルタイムで配信され、緊急地震速報や津波警報にも活用されている。

図1

図1.

a)
2017年11月16日に八丈島東方沖で発生した地震の震央(赤色の星)と南海トラフに設置されている長期孔内観測システム(オレンジ色の三角:KMDB1およびKMDB2)。震央に示す白黒パターンは地震発震メカニズムを表す。室内実験はJAMSTEC(緑色の三角)で行われていた。相模湾初島沖「深海底総合観測ステーション」(オレンジ色の三角:HPG)には、室内実験の印加圧力に近い水深に海底水圧計が設置してある。
b)
長期孔内観測システム付近の拡大図。KMD16およびKMD13(紫色の三角)は長期孔内観測システムに近いDONET観測点を示す。
図2

図2.

a)
地震発生時に長期孔内観測システムKMDB1観測点で取得した海底水圧計の波形(上段)と孔内地震計の波形(下段)。赤破線は地震発生時刻を示す。
b)
地震発生時に長期孔内観測システムKMDB2観測点で取得した海底水圧計の波形(上段)と孔内地震計の波形(下段)。赤破線は地震発生時刻を示す。
c)
地震発生時の長期孔内観測システムKMDB1観測点における地動と水圧変動のスペクトル(周波数成分)の比較。赤線が海底水圧計、緑線が孔内地震計、青線が海底地震計を表す。図の中心周辺の周波数帯域で水圧変動と地動が一致することを意味する。図中の破線(NHNM)は世界中の広帯域地震計記録を解析して得られたノイズレベルの上限値を示している。
d)
地震発生時の長期孔内観測システムKMDB2観測点における地動と水圧変動のスペクトル(周波数成分)の比較。赤線が海底水圧計、緑線が孔内地震計、青線が海底地震計を表す。図の中心周辺の周波数帯域で水圧変動と地動が一致することを意味する。
図3

図3.

a)
JAMSTECで行われていた各センサーの評価試験の俯瞰図。地震発生時、3台の海底水圧計(BPR01~BPR03)は30℃の恒温槽内にセットされ、重錘形圧力天びんに接続されて10MPaが印加されていた。別の水圧計3台(BPR04~BPR06)は20℃から2℃に変化中の恒温槽内にセットされ、大気圧に開放されていた。広帯域地震計1台(CMG-3TB)の評価試験も行われていた。
b)
地震発生時に重錘形圧力天びんから10MPaを印加されていた海底水圧計の波形。地震発生時に圧力変動を記録している。
c)
地震発生時に大気圧に開放されていた海底水圧計の波形。地震発生時に圧力変動を記録していない。
d)
広帯域地震計の波形。JAMSTEC横須賀本部で地動があった、すなわち6台の海底水圧計が地震動で揺らされた根拠を示している。
図4

図4.

a)
海底水圧計と地震計のスペクトルの比較。圧力は加速度に変換をしている。10MPaを印加した海底水圧計(BPR01~BPR03)のスペクトルから3台ほぼ同じ圧力変動を記録していることがわかる。また地震計のスペクトルと波形の特徴が一致することがわかる。一方、大気圧を計測している海底水圧計(BPR04~BPR06)のスペクトルは、地震計のスペクトルとは全く一致しない。
b)
地震計のスペクトログラム。地震計データに含まれる周波数成分の時間変化を示したもの。
c)
10MPaを印加した海底水圧計(BPR01)のスペクトログラム。海底水圧計データに含まれる周波数成分の時間変化を示したもの。特徴的な周波数成分が出現するパターンが両者で一致することがわかる。
図5

図5.

a)
相模湾初島沖「深海底総合観測ステーション」の海底水圧計で記録された水圧変動(HPG)とJAMSTEC横須賀本部の実験室で重錘形圧力天びんに接続された海底水圧計が記録した圧力変動(BPR01)。HPGは潮汐を記録しているので右下がりの波形になっている一方、BPR01は大気圧を記録しているので右上がりになっている。
b)
両者のスペクトルを比較したもの。相模湾初島沖「深海底総合観測ステーション」の海底水圧計は水深1,176mに設置されている一方、JAMSTEC横須賀本部の実験室では10MPaを印加しているので、両者の水深(印加圧力)の違いを考慮するため、水深で正規化して単位を加速度に変換している。
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波海域観測研究開発センター 技術研究員 松本 浩幸
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛 
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