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プレスリリース

2022年 7月 1日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

ヨコヅナイワシが2000 m以深に棲息する
世界最大の深海性硬骨魚類であることを明らかに

1. 発表のポイント

ヨコヅナイワシの全長は250 cm以上に達し、水深2000 m以深に棲息する深海固有種として世界最大の硬骨魚類であることを発見。
ヨコヅナイワシの分布が駿河湾よりはるか南方の海山にまで拡がっていることを確認。
環境DNA解析とベイトカメラ調査を組み合わせることで、これまで研究が困難であったトップ・プレデターなど大型の希少種の研究を効率的に推進可能であり、今後の沖合海底自然環境保全地域(沖合海洋保護区)モニタリングにも有効。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門の藤原義弘上席研究員らは、海底広域研究船「かいめい」を用いた生態系調査を沖合海底自然環境保全地域において実施し(図1)、環境DNA解析とベイトカメラ観察を組み合わせることで、ヨコヅナイワシの新たな生息地を見出すとともに、本種が水深2000 m以深に棲息する深海固有種として世界最大の硬骨魚類であることを明らかにしました。

自然環境保全法に基づき2020年に指定された沖合海底自然環境保全地域において、JAMSTECでは2020年および2021年に生態系モニタリングに関する総合調査を実施しました。本調査の目的は沖合海底自然環境保全地域を将来に渡ってモニタリングするためのベースライン情報を取得すること、および同地域のモニタリングを簡便に実施するための調査手法を確立することでした。沖合海底自然環境保全地域内に存在する海山の生物多様性を把握するために、CTD付きロゼット型採水器を用いて採取した深海域の海水を大量に濾過し、その中に含まれる環境DNAを解析したところ、3つの海山基部で採取した海水からヨコヅナイワシの配列を検出しました。ヨコヅナイワシとは2021年に当機構が新種として報告した大型深海魚で、駿河湾深部のトップ・プレデターであることが知られています(2021年1月25日既報)。

これらの海山はいずれもヨコヅナイワシの存在が唯一知られる駿河湾のはるか南方であったことから、その真偽を確認するため、3つの海山のうちの1つ、元禄海山南方、水深2091 mの深海底にベイトカメラ(餌付きカメラ)を設置したところ、全長250 cmを超える大型のヨコヅナイワシが餌に集まるイバラヒゲを威嚇したり、餌カゴに噛みつこうとしたりする姿を撮影することに成功しました。

本研究により、環境DNA解析とベイトカメラ観察を組み合わせることで、従来法では困難であった深海域に棲息するトップ・プレデター等、希少種の生態学的情報を取得することが可能になることを示しました。今後、このような手法を用いて深海域の生物多様性や分布、生態等を明らかにすることで脆弱な海洋生態系の理解を促進し、地球環境変動が深海生態系に与える影響を明らかにすることが期待できます。

なお本研究成果の一部は、環境研究総合推進費「新たな海洋保護区(沖合海底自然環境保全地域)管理のための深海を対象とした⽣物多様性モニタリング技術開発」および環境省請負業務「令和2年度/令和3年度沖合海底自然環境保全地域調査等業務」によるものです。

本成果は、「Frontiers in Marine Science」に7月1日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Detection of the largest deep-sea-endemic teleost fish at depths of over 2,000 m through a combination of eDNA metabarcoding and baited camera observations
DOI:
https://doi.org/10.3389/fmars.2022.945758
著者:
藤原義弘1、土田真二1、河戸勝1、増田殊大2、大類穂子1、佐土哲也3、宮正樹3、吉田尊雄1
所属:
1. JAMSTEC、2. 東京大学生産技術研究所、3. 千葉県立中央博物館

3. 背景

2010年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(CBD・COP10)で採択された「愛知目標」の達成のため、自然環境保全法に基づき、2020年12月3日に国内初の沖合海底自然環境保全地域が4地域指定されました。この指定により、日本の海洋保護区の割合は13.3%となり、「2020年までに海域の10%を海洋保護区等として保全する」とした「愛知目標」が達成されました。指定した沖合海底自然環境保全地域における生物多様性の変動がどの程度あるのか、開発等により自然環境が変化していないか、海洋保護区として保全効果が発揮できているか等を評価するためには、継続的なモニタリングが必要であり、その重要性が指摘されています。しかしながら、深海を対象とした沖合海底自然環境保全地域では、現状、浅海域に比べて調査観測に特殊な機器やノウハウが必要となります。そこでJAMSTECでは2020年度より、既存技術を用いた沖合海底自然環境保全地域の生態系モニタリングを開始するとともに、大掛かりな調査船等を用いなくても実施可能な、新たなモニタリング技術の開発に着手しました。

沖合海底自然環境保全地域内に存在する海山の生物多様性を簡便に把握するために、CTD付きロゼット型採水器を用いて大量の海水を採取し、その中に含まれる環境DNAの解析を実施したところ、2020年および2021年に調査した6つの海山のうち3つからヨコヅナイワシの配列を検出しました(図1)。またヨコヅナイワシの配列を検出した海山の1つにベイトカメラを設置し、ヨコヅナイワシの映像を撮影することに成功しました。

ヨコヅナイワシとは2021年に当機構が新種として報告した大型深海魚で、駿河湾深部のトップ・プレデターであることが知られています(2021年1月25日既報)。

4. 成果

2020年11〜12月および2021年10月に西七島海嶺沖合海底自然環境保全地域の正保海山、正徳海山、元禄海山、安永海山および中マリアナ海嶺・西マリアナ海嶺北部沖合海底自然環境保全地域の日光海山、立冬海山において、海底広域研究船「かいめい」に装備されたCTD付きロゼット型採水器を用いた大量採水を行い、計2.6 tの海水を75本の濾過フィルターで濾過しました(1本当たり約35 kgの海水を濾過)。これらの濾過フィルターから環境DNAを抽出し、魚類の塩基配列を対象とした遺伝子増幅を行ったのち、次世代シーケンサーを用いて塩基配列の解読を行った結果、約780万個のDNA断片(リード)から塩基配列情報を得ることができました。その中で、正徳海山の水深1961 m、元禄海山南方の水深2060 m、安永海山の水深1969 mおよび1976 mで採取した海水からヨコヅナイワシの遺伝子配列を検出しました。ヨコヅナイワシの遺伝子配列が検出されたのはいずれも水深が1900 m以深であり、西七島海嶺に限定されていました。ヨコヅナイワシの遺伝子配列が検出された地点において、解析した各地点の総リード数に占めるヨコヅナイワシ配列の割合は0.5〜8.9%であり、平均2.4%の配列がヨコヅナイワシのものでした。またヨコヅナイワシの遺伝子配列の検出は海底付近に限定されており、同一地点であっても海底から大きく離れた場所で採取した海水からはヨコヅナイワシの遺伝子配列を確認することができませんでした。

2021年10月14日、ヨコヅナイワシの遺伝子配列が確認された海山のうち、元禄海山南方の水深2091 mにベイトカメラを設置したところ、海底設置から約5時間半後にヨコヅナイワシが出現しました。餌カゴに近づいてきたヨコヅナイワシは付近にいたイバラヒゲに対して大きく口を開ける威嚇行動を2回行って、集まっていた魚類を追い払い、餌カゴに噛み付いた後、その場を離れました。撮影した映像から、ヨコヅナイワシの眼が藍色をしていることや皮膚にはかなり凹凸があり、多くの寄生虫が付着していることがわかりました。約4分後に同じ個体がカメラの前に姿を現し、餌カゴに近づくことなく遠目を泳ぎ去りました。餌カゴのサイズを元に、映像から算出したヨコヅナイワシの全長は253 cm(標準体長222 cm)でした。

今回の調査で環境DNA解析もしくはベイトカメラ観察によりヨコヅナイワシを確認した地点の棲息環境は、水深1961〜2091 m、水温1.9〜2.0°C、塩分34.6‰、酸素濃度97.6〜105.3 µmol·kg-1でした。

環境DNA解析とベイトカメラ観察を組み合わせた本研究により、ヨコヅナイワシの新たな生息地を発見するとともに、他種に対する威嚇行動を初めて記録しました。ヨコヅナイワシは2021年に新種として記載され、これまでにわずか6個体しか採集されていない希少種です。このような「発見の難しい種」を生物密度が非常に低いであろう外洋の深海域で検出できたことは、環境DNA解析が将来にわたる沖合海底自然環境保全地域のモニタリングに非常に有効な手法であることを示しています。

環境DNA解析はこれまで様々な水域で利用され、生物多様性に関する数多くの知見が蓄積されています。しかしながら環境DNA解析のみでは、生物の大きさ、生息密度、性別、成熟度、体色、行動といった生態学的情報を得ることは困難です。ベイトカメラ観察は、特に深海域に棲息する生物に関して、環境DNA解析を補うことのできる手法です。ただしベイトカメラが観察できるのはライトの光が届く範囲のみで、環境DNA解析よりも狭い範囲しか調査できません。従って、環境DNA解析による広域調査とベイトカメラ観察によるスポット調査を組み合わせることで、これまで研究が困難であった深海域に棲息するトップ・プレデター等、大型の希少種の生態学的情報を取得することが可能になることを示しました。

今回の調査により、ヨコヅナイワシの棲息範囲が駿河湾から南方へ400 km以上拡がり、これまで知られていた棲息水深よりも少し浅めに分布できることがわかりました。ただし駿河湾と今回ヨコヅナイワシの配列を検出した正徳海山の間に位置する正保海山からはヨコヅナイワシに関する情報を得ることができませんでした。現段階ではまだ調査回数が少ないため、ヨコヅナイワシの分布が正保海山周辺で途切れているのかどうかはわかりません。またヨコヅナイワシを検出した西七島海嶺より南方に位置する立冬海山や日光海山からもヨコヅナイワシに関する情報を検出することはできませんでした。今後のさらなる調査によって、ヨコヅナイワシの正確な分布範囲を明らかにできるものと考えています。

ヨコヅナイワシが他種に示した威嚇行動は予想外の出来事でした。一般的にヨコヅナイワシが含まれるセキトリイワシの仲間は体が柔らかく、水っぽい筋肉で出来た脆弱な生きものであると考えられていました。ところがヨコヅナイワシはイバラヒゲに向かって大きな口を開けて威嚇し、餌カゴ周辺からイバラヒゲを追い払いました。これまでの研究により、ヨコヅナイワシは比較的大型の魚類を餌としていることやヨコヅナイワシの栄養段階が非常に高いことがわかっていますので、今回示した威嚇行動はこれらの事実とよく一致しました。先述のヨコヅナイワシの体長なども勘案すると、本種は駿河湾のみならず、西七島海嶺においてもトップ・プレデターの役割を果たしているものと考えます。

これまでの知見によると、水深2000 mを超える深海に暮らす全長200 cmを超える硬骨魚類はわずか7種しか知られておらず、そのうち深海固有種はヨコヅナイワシとムネダラのみでした。今回報告したヨコヅナイワシはムネダラの最大記録を上回るため、ヨコヅナイワシは2000 mを超える深海固有種として世界最大の硬骨魚類であることが判明しました。ムネダラの成魚も栄養段階がかなり高いことが知られており、水深2000 mを超える深海域にもこのような大型魚類がトップ・プレデターとして棲息可能なニッチェ(生態学的地位)が存在することがわかりました。またこれら2種の分布は北太平洋に限定されていることから、少なくとも北太平洋の水深2000 mにはこのような大型の捕食者を養うことのできるエネルギーの供給が行われているものと推察しました。なおこの2種は明瞭に空間的な棲み分けを行っており、ヨコヅナイワシは、より深く、より低緯度に分布する傾向にありました(図3)。

深海に棲息するプレデターの情報は非常に限られています。先述のムネダラは典型的な「ラットテール型」で尾部に向かうにつれ細くなり後端は尖っています。このような体型であるためムネダラの遊泳速度は遅く、実際、底引き網で捕獲されています。一方、ヨコヅナイワシは紡錘形で大きな尾びれを持ちます。これまで採集されている6個体のヨコヅナイワシは全て延縄で捕獲されており、底引き網で採集された個体は皆無であることから、本種の遊泳能力の高さを伺い知ることができます。世界的海洋生物データベースであるOBISによると、水深2000 m以深で実施された延縄の記録は10回以下であるのに対し、底引き網は1000回以上が記録されています。以上のことから、これまで実施されている深海調査では遊泳能力の低い魚類しか採集できず、ヨコヅナイワシのような遊泳能力の高い、大型の魚類を十分に採集できていない可能性が高いことがわかりました。今後は延縄に加えて、本研究で実施した環境DNA解析とベイトカメラ観察の組み合わせにより、世界の深海に潜む遊泳能力の高いプレデターを明らかにできるものと期待しています。

5. 今後の展望

先述の「愛知目標」において、生物多様性の損失を食い止めるため、各国は2020年までに生物多様性と生態系サービスにとって重要な地域を中心に、陸域および内陸水域の少なくとも17%、沿岸域および海域の少なくとも10%を、効果的な保護区等に指定することが定められました。その結果、2021年5月時点で、生物多様性条約締約国において、陸域の16.64%、海域の7.74%が保護区等に指定されました。しかしながら保護区等に指定された地域においても、生物多様性の理解が十分であるとは言い難く、特に海洋の沖合域についてはその傾向が顕著です。事実、本研究で新たに発見したヨコヅナイワシの生息地は、沖合海底自然環境保全地域およびその周辺であり、海洋保護区でさえその場に暮らすトップ・プレデターの存在を把握できていなかったことになります。

地球環境変動が進むと、その影響を最も強く受けるのは各生態系のトップ・プレデターであり、トップ・プレデターの個体群に及んだ変化が地域の食物連鎖を乱し、やがて生態系全体に壊滅的な損害を与えることが推定されています。JAMSTECでは本研究の成果を活かして、沖合海底自然環境保全地域等におけるトップ・プレデターを含めた生物多様性の把握に務めるとともに、生態系を簡便にモニタリングするための技術開発を進め、地球環境変動が深海生態系に及ぼす影響をより正確に評価することのできる研究開発を継続的に推進します。

[用語解説]

※1
環境DNA解析:水や土壌の中に存在する様々な生物由来のDNA(環境DNA)配列を解読し、水や土壌を採取した場所に棲息する生物の情報を得るための研究手法。例えば川や沿岸ではバケツで汲んだ1リットルの水から環境DNAを抽出することで、その場の魚類相を明らかにすることができる。一方、深海では環境DNA濃度が非常に小さいため、大量の海水から環境DNAを集める必要があり、そのための設備とノウハウが求められる。
※2
トップ・プレデター:自分自身を捕食するもののいない、生態系の頂点に立つ動物。サバンナのライオンや浅海域のシャチなどが該当する。
※3
ベイトカメラ:自由落下で海底に設置する餌付きカメラシステム。塩分、水温、水深などの環境因子を計測する装置のほか、流向流速計を備え、餌に集まるプレデターなどの多様性や生息密度を明らかにすることができる。
※4
ニッチェ:ある生物種が生態系の中で占める位置のこと。生態学的地位とも言う。
※5
CTD付きロゼット型採水器:海水の塩分、水温、圧力(深度)を計測するセンサーで構成された観測装置を組み合わせた採水器。
※6
OBIS:Ocean Biodiversity Information Systemの略称で、科学、保全、持続可能な開発のための海洋生物多様性に関するグローバルなオープンアクセスデータを集約して公開している国際的な枠組み。
図1

図1.調査海域図
:本研究でヨコヅナイワシを確認した地点、:本研究でヨコヅナイワシが確認できなかった地点、:これまでにヨコヅナイワシが確認されていた地点、:沖合海底自然環境保全地域。

図2

図2.ベイトカメラで撮影したヨコヅナイワシ
2021年10月14日、元禄海山南方(水深2091 m)に設置したベイトカメラにより撮影。(A) ヨコヅナイワシが最初にベイトカメラ前に現れたときの様子(右側の個体)、(B) および (C) 大きく口を開けてイバラヒゲを威嚇するヨコヅナイワシ、(D) ヨコヅナイワシが二度目にベイトカメラ前に現れたときの様子。

図3

図3.ヨコヅナイワシとムネダラの分布パターン
(A) 地理的分布、(B) 水深分布、(C) 緯度分布。水深2000 mを超える深海に暮らす全長200 cmを超える深海固有の硬骨魚類はヨコヅナイワシとムネダラのみである。両種ともに北太平洋に分布するが、ヨコヅナイワシの方がより深く、より南方に分布することがわかる。棲息情報はOBISによる。(B)および(C) 横軸は各棲息帯における出現頻度を百分率で表したもの。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター深海生物多様性研究グループ
上席研究員 藤原義弘
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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