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JAMSTECニュース

海の日に考える生物多様性と世界の活動のこと

2015年7月17日

日本は海に囲まれた国であり、日本人は古くから海と深く接しながら生活してきた。何より、私たちは海の生物をたくさん食べている。魚だけでなく、貝類、エビ、カニ、ウニ、ナマコ、タコ、イカ、ホヤ、クラゲ、海藻など、改めて考えてみると日本人が口にしている海洋生物は実に多様である。私達は生物多様性の恵みを受けながら生活している。

しかし、海洋生物の研究者が頭に描く海の生物はもっともっと多様だ。何しろ世界の海から知られる生物は23万種以上もあるという。日本近海にも3万3千種以上が知られているのだ。ただ、その中には食用にはしないもの、普段の生活では特に利用されることもない生物もたくさんいる。JAMSTECの調査で発見される深海生物も多様で興味深いものばかりだが、生活では特に利用されないものが多い。私たちは何となく生物の多様性は大切だと思っているが、利用されてない生物も重要なのだろうか。

7月20日は海の日である。今日は、少しだけ普段は関わらない海の生物のことを考えてみる日にしてみてはいかがだろうか。そのために、海の生き物がどのように多様なのかを調べている国際的な活動についてみてみよう。

まず、海にどれだけの生物の種がいるのかを知ることが、多様性を理解する第一歩である。そもそも海にはまだ発見されていない生物の方が多いので、多様性の全体像はまだまだ分かっていない。そこで、知られている種だけを数えてみよう。しかし、その正確な数字を出すだけでもとても難しい。人類が生物に学術的な名前(学名)を付け始めてからもう約280年が経つ。世界中の研究者は色々な科学雑誌に新種を報告していき、また修正も加えられてきた。それぞれの生物の専門家はそれぞれに必要な情報は把握しているが、皆で利用できる情報にはなっていなかった。今はデータベースを作ることができるので、このような情報を集めて共有することが簡単な時代になった。そこで、様々な国際プロジェクトが学名のとりまとめを行った。海の生物ではWoRMS(World Register of Marine Species)という学名のデータベースが世界の定番となっている。ここには現在23万以上の種の学名が登録されている。かなり専門的なデータベースだが、海の生物の学名を確認したくなったらWoRMSは役に立つ。

さて、学名のリストを作っただけではまだ生物の生き様は何も分からない。次に世界中の研究者が必要だと考えた情報は、それらの生物がどこに棲んでいるのかという分布情報である。そして、海洋生物ではOBIS(Ocean Biogeographic Information System)というデータベースが世界中の生物分布情報を集める拠点になっている。

OBISは、もともとはCensus of Marine Life(CoML)という、世界中の80カ国、2000人以上の研究者が関わった大きなプロジェクトによって作られた。CoML は2010年に10年間のプロジェクト期間を終えたが、大量の生物分布情報を集めたデータベースを無駄にはできない。そこで、ユネスコの政府間海洋学委員会(IOC: Intergovernmental Oceanographic Commission)の中の国際海洋データ・情報交換システム(IODE: International Oceanographic Data and Information Exchange)がその運用にあたることになった。
OBISには、現在14万7000種以上の海洋生物の、4300万件以上の分布情報が登録されている。ここに世界中の海洋生物の分布情報を集約することで徐々に生物多様性の実態が浮かび上がってきている。さらに、環境データと重ね合わせれば、どの生物がどんな環境に棲むことができるのかが分かってくる。これは、外来生物を持ち込んだ際に定着してしまうリスクの評価や、将来の気候変動による分布の変化を予測することも可能になることを意味している。

実は、JAMSTECは、このOBISの活動に重要な役割を担ってきた。2010年から、日本拠点として、国内の研究者が集めた海洋生物の分布情報を集める活動を行ってきたのだ。集めたデータは、まずBISMaL(Biological Information System for Marine Life)というJAMSTEC独自のデータベースに登録する。BISMaLとOBISは連携しているので、OBISは時々BISMaLに登録されたデータを集めにくるという仕組みだ。2015年1月19日には、JAMSTECはユネスコの政府間海洋学委員会から正式に連携データユニット(ADU: Associate Data Unit)という役割を与えられた。そしてこの役割をより強化するために、沖縄県名護市にある国際海洋環境情報センター(GODAC)に『日本海洋生物地理情報連携センター(J-OBIS)』を設置した。これによりJAMSTECは日本の研究者の活動で得られた生物の分布情報を集めるためにこれまで以上にしっかりと安定した運用を行うこととなった。日本の海洋生物の情報を集めて世界に発信する拠点が名護市にあるということを知って頂ければと思う。

さて、そうやって集めた海洋生物の多様性情報は私たちの生活に役立つのだろうか。現在、利用価値を見いだせない生物の情報は無駄なのだろうか。研究者は全くそうは思っていない。むしろ、まだその価値が知られていない生物に大きな希望を感じている。知らないものの価値を計ることは確かに難しいが、それは希望の源でもあるのだ。これを人間関係に例えると面白いかもしれない。今、自分はたくさんの知っている人に支えられながら生きている。では、今日まで、何も与えてくれなかった人や、まだ出会っていない人は自分には要らない人なのだろうか。決してそうではないだろう。新たな人との出会いがあるからこそ、人生はまだまだ豊かになると誰もが感じることだろう。人の奥深さに似て、自然もまたどこまでも奥深い。生物の多様さにどれだけの未来の価値を感じられるのか、それは人類がこれからどれだけの新しい価値を手に入れられるのか、その可能性を左右してしまうほどの大事な価値観なのかもしれない、と海の生物を見ていると私は感じてしまう。

海の日には浜辺や磯に出向いて、普段は目をやらない岩の隙間、砂の中などをジロジロと見てみてはいかがだろうか。みなさんも知らない世界が持つ価値を、ふと感じてしまうかもしれない。

JAMSTEC 国際海洋環境情報センター
研究情報公開グループ
伊勢戸 徹(博士(理学)・動物分類学)