20211124
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コラム【福徳岡ノ場の噴火】

-軽石の漂流現象について-

海域地震火山部門
主任研究員 桑谷 立

はじめに

2021年8月13日、小笠原諸島最南端部に位置する福徳岡ノ場海底火山が噴火し、大量の軽石を放出しました(-福徳岡ノ場の噴火と軽石の成分-)。浮遊する軽石は軽石筏(pumice raft)と呼ばれる大きな集団を形成して(図1)、海流や風の影響を受けながら海上を漂流しています。その一部は東から西方向へと漂流し、10月初旬ごろから沖縄・奄美などの琉球列島に漂着し始め、現地の海上交通や漁業、観光などにも影響を及ぼしています。軽石筏は黒潮などの海流に乗り、伊豆諸島などにも漂着し始めているようです。このコラムでは、火山軽石の漂流に関する学術的文献などを基にして、過去の事例や今後の予想、これから期待される研究の方向性について簡単に紹介します。

図1.
航空機から撮影された軽石筏の漂流(海上保安庁ホームページ

過去の火山軽石の漂流事例

福徳岡ノ場由来の軽石が琉球列島に漂着したことは、今回が初めてではありません。1986年の5月下旬から、琉球列島の一部の島々の東海岸で軽石漂着が確認されたことがありました。それから数ヵ月の間で、琉球列島全体の海岸で確認されるようになりました。今回のように、浜や港全体を埋め尽くしたという報告はなかったようですが、白い砂浜に漂着した灰色の軽石は目立ち、多くの人が関心を持ったようです。

その後、軽石は、四国の宇和海に6月下旬、和歌山の串本に8月、玄界灘には10月ごろに漂着し始めたようです。漂着し始めた当時、この軽石がどこから来たものなのか、その起源はわかっておらず、話題になっていたところを、琉球大学名誉教授の加藤祐三先生は、岩石学的な観察や化学組成分析の結果などを基に、1986年1月下旬に噴火した小笠原諸島福徳岡ノ場海底火山が起源であることを明らかにしました(加藤1988; 2009)(図2)。

福徳岡ノ場以外でも、1924年に西表島近くの海底火山が噴火した際には、島の海岸が軽石により埋め尽くされたようです。漂流を始めた軽石筏は、およそ3週間後には沖縄本島にまで到達、その後二手に分かれ、一つは黒潮に乗って太平洋沿岸を漂流、もう一方は、対馬海峡を抜け日本海に入り、礼文島でも漂流軽石が確認されました。このような様子を、当時、海洋気象台の職員だった関和男氏が丹念に調べ上げることで,それまでよくわかっていなかった日本付近の海流の様子を明らかにしました(関, 1927)(図3)。

国外に目を向けると,最近の例では,南太平洋ニュージーランドの北東に位置するハブレ海底火山の2012年噴火やトンガ沖に位置する海底火山の2019年噴火により、大量の軽石が漂流しています(-世界にも数ある軽石漂流 トンガ海底火山の例-)。これらを対象に,衛星観測やシミュレーションなどの最新の技術を取り入れた研究が行われています(Jutzeler et al., 2014; 2020)。

これらの研究では、軽石が及ぼす被害や考え得る潜在リスクについても記述されています。具体的には、港湾機能の停止、沿岸および海域航海・交通の遮断・経路変更が数ヵ月から数年にわたる可能性が指摘されていました。船舶に搭載される海水を取り込む装置に軽石が詰まりエンジンの故障に繋がった例や、船体やプロペラに大きな損傷を与えた例なども実際に報告されています。さらに、観光業や環境、生態系への影響も懸念されていました。

図2.
吉田ほか(1987)・加藤(1988)による1986年の福徳岡ノ場火山軽石の漂着地点と時期をもとに作成(-SNS地質学で追う2021年福徳岡ノ場噴火と軽石漂流-)。
図3.
1924年西表海底火山の軽石漂流図。関(1927)から転載。

今後の軽石漂流・漂着について予想できること

既に海岸部に漂着した軽石ですが、そのまま永久的に軽石筏が港や浜に居座り続けるかというと、そのようなことはありません。風向きが陸から海方向へ変わることで、再び漂流を始めることが一般的です。また、砂浜に完全に打ち上げられたものも、台風や高潮などが来た際に洗われて再び海に戻り、漂流を開始することが多いようです。

例えば、先ほど説明した1924年西表島海底火山や2019年トンガ沖海底火山の例でも、進路にあたる島に数日間留まった後に再び動き出したことや、一旦は海岸が埋め尽くされた状態だったものが、数ヵ月後には元のきれいな状態に戻ったことなどが報告されています。

次に、現在も漂流中の軽石ですが、JAMSTECでは、海流による軽石筏の漂流についてスーパーコンピュータによるシミュレーションを行っており、11月下旬以降の伊豆諸島などへの漂流・漂着の様子をシミュレーションし、随時更新をおこなっています (図4)。

今後、本州沿岸や伊豆諸島などにおいて、現在の琉球列島の一部でみられるように海面が軽石で埋め尽くされるような事態になるかどうかは、よくわかりません。というのも、軽石筏は、漂流の途中で波などの影響により、小さな筏に別れていく傾向があるからです。さらに、一つ一つの軽石も、内部の空隙の多さから脆く壊れやすいため、波などの影響でお互いがぶつかり、どんどん小さくなっていきます。

実際に1986年の福徳岡ノ場軽石の場合、噴火の約1年後に海面で採取された軽石は米粒ほどの大きさだったという報告もされているようです(加藤, 2009)。さらに、軽石は、摩耗していく際に海水が空隙内に入り込んでいき、最終的には沈んでしまいます。このように沈んだ軽石は、海底で確認されています。

図4.
海流予測モデルを利用した軽石漂流予測シミュレーション。更新情報は、アプリケーションラボのツイッターアカウント(APL_JAMSTEC)で随時発信しています。

今後の研究の方向性

前節で漂流のシミュレーションについて紹介しましたが、現在の高性能なスーパーコンピュータを使ったとしても、その予測性能は完璧ではありません。というのも、軽石の移動を正確に予測するためには、海流の速さのほかに、海上の風速や波の影響、軽石筏の大きさなどの様々な要因を適切にシミュレーションに導入する必要があるからです。

今回の福徳岡ノ場の例では、軽石筏の移動が衛星画像(図5)で一部捕捉されていることや、漂着時期についても比較的正確にわかっています。これらの現実の観測データを活用し、どのような要因がどの程度、漂流に影響を及ぼすのかを明らかにすることが、シミュレーションの予測性能の向上に大きくつながります。また、前節で述べた、軽石筏および軽石が小さくなっていく際の詳細な物理メカニズムを明らかにし、予測モデルを作ることも重要です。その際には、軽石の形態や微細な組織の観察が必須となるでしょう (Mitchell et al 2021)。

その他にも、軽石の化学成分を分析することは、マグマの性質や挙動を理解し、噴火メカニズムの解明や予測に直結します(-福徳岡ノ場の噴火と軽石の成分-)。また、軽石に付着した生物(フジツボの仲間など)を調べることで、生態系への影響や漂流時の詳細についての情報を得られるかもしれません(-付着生物から漂流経路の逆追跡の可能性-)。このように、地球科学のみならず、物理学・化学・生物学・数学など、様々なアプローチの研究を融合して展開していくことが期待されます。

一方、別の視点として、今回の軽石漂流では、各種報道や衛星観測のウェブ公開サービス、市民からのSNS発信などにより、噴火、漂流、漂着の一連の現象を、専門の研究者でなくても、ほぼリアルタイムで見ることができました(-SNS地質学で追う2021年福徳岡ノ場噴火と軽石漂流-)。さらに、市民のSNSを通した漂着時期の報告や、現地NPOの方々からの迅速な試料提供が直接的に私たちの研究活動に役立っています。このような「市民科学」あるいは「オープンサイエンス」の重要性は、軽石研究に限らず今後増していくことでしょう。

図5
8月27日に撮像された衛星画像(NASA WORLDVIEW)。茶色の浮遊軽石の一部が福徳岡ノ場から400~500kmほど移動し東経137度まで到達していることが確認できます。

参考文献

Jutzeler, M., Marsh, R., Carey, R. J., White, J. D. L., Talling, P. J., & Karlstrom, L. (2014). On the fate of pumice rafts formed during the 2012 Havre submarine eruption. Nature Communications, 5(1), 3660. https://doi.org/10.1038/ncomms4660.

Jutzeler, M., Marsh, R., van Sebille, E., Mittal, T., Carey, R. J., Fauria, K. E., et al. (2020). Ongoing dispersal of the 7 August 2019 pumice raft from the Tonga arc in the southwestern Pacific Ocean. Geophysical Research Letters, 47, e1701121. https://doi.org/10.1029/2019GL086768

加藤祐三 (1988) 福徳岡の場から琉球列島に漂着した灰色軽石. 火山 33, 21-30. https://doi.org/10.18940/kazanc.33.1_21

加藤祐三 (2009) 軽石(海底火山からのメッセージ) 八坂書房

Mitchell, S.J., Fauria, K.E., Houghton, B.F. et al. (2021) Sink or float: microtextural controls on the fate of pumice deposition during the 2012 submarine Havre eruption. Bulletin of Volcanology 83, 80. https://doi.org/10.1007/s00445-021-01497-6

関和男 (1927) 輕石の漂流に就て,10,1-42. https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1122239

吉田武義・藤原秀一・石井輝秋・青木謙一郎(1987)伊豆・小笠原弧,福徳岡の場海底火山の地球化学的研究.核理研研究報告, 20, 202-215