4-1 炭素循環モデル、炭素循環・気候結合モデルサブグループ


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4-1a 陸域炭素循環モデル

4-1b 海洋炭素循環モデル
4-1c 陸域生態系変動モデル

陸域生物圏は、光合成によって大気の二酸化炭素を吸収し、植生の呼吸や土壌有機物の分解等の作用により、大気に再び二酸化炭素を戻している。陸域植生の炭素収支は、温度や水分量、大気二酸化炭素濃度等によって、大きく変動することが予想される。このため、二酸化炭素に代表される温室効果ガス排出による地球環境変動により、陸域植生の変化、さらに、気候に影響を及ぼすことが考えられる。

陸域生物圏の物質やエネルギーの循環については、「生物地球化学サイクル」、「生物物理学サイクル」、「生物地理学」の3つのコンポーネントに分割できる(図1)。「生物地球化学サイクル」は、光合成によって植生が二酸化炭素を取り込み、呼吸によって放出、さらに、土壌有機物の分解等を通して、物質の交換を行うサイクルである。「生物物理学サイクル」は、植生の太陽光吸収、降水等による植生の水収支等を扱う部分であり、「生物地理学」においては、気候等の変動による植生分布の変化を表す。本稿では、「生物地球化学サイクル」「生物物理学サイクル」に絞って話を進め、「生物地理学」アプローチについては、後述する(II-1c)。

本年度は、統合モデルにおける陸域炭素循環モデル部分の検討を行った。現存するモデルとしては、生物地球化学サイクルを記述する「Sim-CYCLE」(図2)、生物物理学サイクルを記述する「MATSIRO」(図3)がある。Sim-CYCLEは主に炭素・水の動態を記述し、月単位・日単位に動作するモデルである。一方、MATSIROは、大気大循環モデルの陸面過程モデルとして作成され、水やエネルギー等の循環を記述するモデルである。MATSIROは既に大気大循環モデルに結合されているが、植生の葉量は外部パラメータで与え、炭素循環は記述されていない。これをモデル内部で生成させるために、Sim-CYCLEのような生物地球化学サイクルを記述するモデルを組み込むことが必要である。

今後は、まず初めに、Sim-CYCLEとMATSIROの結合を行い、陸域炭素循環に関する部分結合モデルの構築を行う。MATSIROはSim-CYCLEで予報された葉面積指数等の植生量を用い、Sim-CYCLEはMATSIROで予報された水循環を用いるなどの相互のインタフェースを構築し、モデル結合を行う。作成されたモデルを用いて、過去の気候データ条件下におけるオフライン試験を行う。また、共生第三課題で得られる予定の様々なフィールドデータやリモートセンシングデータ等の測定結果、最新の知見の導入などを通して、モデルのパラメタリゼーションの改良も行う。また、SRESシナリオ条件下等の将来の気候シナリオ条件下での植生炭素収支の変動予測を行い、オフラインにおける植生炭素収支の変動予測を行う。さらに、構築した陸域炭素循環の部分結合モデルと大気大循環モデルの結合を行い、SRESシナリオ条件下における温暖化予測実験を行う。一方で、生態系変動予測モデルと陸域炭素循環モデルの結合を行い、将来の気候変動において、植生分布の変動までも予測する陸域生態系モデルの構築を目指す予定である。

図1: 陸域生物圏における物質・エネルギー循環の概略
図1: 陸域生物圏における物質・エネルギー循環の概略


図2: 陸域植生炭素循環モデル(Sim-CYCLE)の概要
図2: 陸域植生炭素循環モデル(Sim-CYCLE)の概要
図3: 陸面水・エネルギー循環モデル(MATSIRO)の概要
図3: 陸面水・エネルギー循環モデル(MATSIRO)の概要

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4-1b 海洋炭素循環モデル

4-1a 陸域炭素循環モデル
4-1c 陸域生態系変動モデル

海洋中の全炭酸鉛直分布は表層付近で濃度が低くなる特徴的な分布をしている。二酸化炭素の大気海洋交換にとって大きな意味を持つこうした分布は生物ポンプ・アルカリポンプ・物理ポンプといった過程によって決定されており、中でも表層生態系における有機物の形成とそれに続く沈降に起因する生物ポンプが最も重要な寄与をなしている。その生物ポンプの効率は、海洋混合層の深さやエクマン湧昇、大気による鉄分の輸送など様々な物理過程から影響を受けている。したがって人為起源二酸化炭素に起因する気候変動が生物ポンプを変化させ、さらに海洋の二酸化炭素吸収に正または負のフィードバックをもたらす可能性は十分にある。

ハドレ−センター(英)やIPSL(仏)が行った陸域−大気−海洋結合炭素循環モデルの結果によれば、気候変動が海洋の二酸化炭素吸収に与える影響は小さいとされる。しかしながら、大気中の二酸化炭素濃度分布に基づいたインバージョン計算や大気中の窒素/酸素比の観測から算出した海洋二酸化炭素吸収の変動によれば、現在の海洋炭素循環モデルは気候変動に対する感度が鈍いことが示唆されている。大気中二酸化炭素濃度の予測のためには、引き続き海洋炭素循環モデルを改善していくことが必要があろう。

統合モデル海洋炭素循環コンポーネントに組み込む生態系モデルとしては、植物プランクトン、硝酸、動物プランクトン、デトライタスを変数とする4コンパートメント表層生態系モデルを考えている(図4)。

図4: 採用する海洋生態系モデルの概念図
 図4: 採用する海洋生態系モデルの概念図。Nは硝酸、Pは植物プランクトン、Zは動物プランクトン、Dはデトライタスをそれぞれ表す。

こうしたモデルのほかにも、多くの研究者によって現実の生態系の構造をより忠実に再現するような複雑な構造をもったモデルも開発されているが、最終的に開発すべき統合モデルは海洋生態系モデルのほかにも多くの構成要素を含みしかもそれぞれにおけるパラメータの不確定性も大きい。こうした状況において、現在の段階であまり複雑な構造をもつ海洋生態系モデルを導入することは得策でないと判断し、上記の4コンパートメントモデルを採用することにした。このモデルの大循環モデルへの組み込みを早急に行い、さらに陸域炭素循環モデルを組み込んだ結合モデルを用いて二酸化炭素漸増実験を3年目までに行う予定である。

3年目以降は、この結合モデルを用いた実験及び結果の解析を行う一方、鉄の大気輸送の効果も考慮した最先端のモデルを構築していくことを考えている。鉄の効果を取り入れた海洋生態系モデルは既にいくつか開発されてきており、それらを参考に我々のモデルを作り変えていくのは十分可能であると考えられる。また鉄分の大気輸送に関しては、研究実施者の一人が開発したダスト輸送モデルが大気大循環モデルにすぐ組み入れられる形で既に存在する。これらを組み合わせることで大気による鉄分輸送が生物ポンプに与える影響を陽に取り扱えるようになり、氷期−間氷期サイクルや地球温暖化に関して提案されている鉄を介したフィードバック機構に関しより具体的な議論ができるようになると期待される。


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4-1c 陸域生態系変動モデル ―環境変動に伴う植生帯変動予測に向けて―

4-1a 陸域炭素循環モデル
4-1b 海洋炭素循環モデル

地球温暖化は、現在の植生帯分布に大きな変動を与える可能性があるが、実際にそのような変化が生じた場合、固定炭素量の変化、地域の水収支の増減、太陽光反射率への影響を通して、気候条件にフィードバック的な影響を与えると考えられる。従って、数百年〜千年オーダーでの地球環境予測を行うためには、植生帯変動の予測が欠かせない。これまで多くの多くの植生動態モデルが構築されてきたが、それらは既存の植生による定着阻害や種子分散過程を仮定しておらず、植生変化の生じる速度については言及できなかった。

既存植生による定着阻害や種子分散距離を仮定した場合、森林帯間の境界移動は数百年スケールでは生じないと理論的に推定されている。しかし、既存植生による定着阻害の働きにくい環境、例えばツンドラ、ステップ、サバナと森林帯との境界は、短期間に大きな変化が生じる可能性がある。特にタイガ−ツンドラ境界には、木本がまばらに生える移行帯が幅数百kmに渡って存在する為、森林拡大の際の種子供給制限が少なく、従って他のバイオーム境界に比べ速やかな植生変化が生じうる。また、寒帯林は地球の全森林面積の1/3を占めており、この地域の植生変化は全球レベルの気候変動予測の精度に大きな影響を与えうる。そこで植生帯変動予測研究の第一ステ ップとして、寒帯林の分布変化をモデル化したい。

寒帯林の分布変化を予測する上で鍵となるのが、種子散布と未生の定着の2過程である。このうち種子散布過程では、種子の形態によって散布範囲が大きく規定される。寒帯林を構成する樹種の種子形態を比較すると、カンバやポプラなどの落葉広葉樹の方が、マツやトウヒなどの針葉樹と比べて、より遠くまで種子が拡散されると考えられる。つまり、広葉樹林と接するツンドラ地帯は、針葉樹林と接するツンドラ地帯と比べて、より早く森林化する可能性がある。しかしながら、寒帯林を構成する樹種間で、種子散布距離を直接的に定量・比較した研究は存在しない。そこで、森林火災跡地の植生回復データと、その近傍の森林の樹種構成データから、各樹種の種子散布距 離を推定する事を計画している。

寒帯林の定着過程に関しても情報は不足しているが、特に移行帯においては一般的に、齢構成の頻度分布が典型的なL字型カーブとならないことから、実生の定着(または種子生産)は環境条件の整った年にのみ生じていると考えられている。そこで、このような地域レベルでの気象条件と定着の可否との関係について、各地の林分の齢構成と長期気象データとの対応によって推定、モデル化していきたい。但し、僅か1キロメートル程度離れた林分間で齢構成が大きく異なる事例が報告されており、定着の可否には微地理的なヘテロ性も強く影響する。そのようなヘテロ性を生じさせる因子として最も大きな影響を持つのは、地表面のorganic matter(コケなど)の蓄積量である。これら地表面物質は山火事によって取り除かれるため、リッター・地衣類の加入速度と分解速度、及び山火事頻度のサブモデルから、そのような木本の定着確率に地表面状態が与える影響を取り込む事が出来るかもしれない。

寒帯林分布変化のモデル構築は、従来の植生帯動態モデルに幾つかの変更を行う作業となる。主要な変更点は、現在の植生分布から種子が拡散していく過程を含める点である。また、これまでの植生帯動態モデルでは簡略に扱われてきた定着過程を詳細にモデル化する。これらの作業により、従来の植生動態モデルで扱う事の出来なかった植生変化の速度に言及することを試みる。


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