(1) 温暖化・大気組成変化相互作用モデル
(1)-a 統合モデルへの移植を念頭に置いた対流圏大気化学モデルCHASERの改良
(1)−b CHASERへの成層圏化学過程の導入(2)−a 詳細雲物理モデルを用いた、大循環モデル用パラメタリゼーションの高度化
(2)−b 大気大循環モデルにおける雲・エアロゾル相互作用の微物理過程の導入
(2)−c 全球での直接雲解像を目指した非静力学大気モデルNICAMの開発
概略
温暖化・大気組成変化相互作用サブモデルでは大気化学過程(オゾン分布など)やエアロゾルの温暖化および海洋・陸域植生変化との相互作用を表現・予測することを主な目的としており、全球化学モデルCHASERやエアロゾルモデルSPRINTARSを用いてエアロゾル・化学のオンライン計算を可能にすることが当面の課題である。今年度は本サブモデルを統合モデルに組み込んだ場合の長期実験を念頭に置いてCHASERモデルの高速化を行い、さらに温暖化・大気化学相互作用予測研究のための前段階的な実験を行った。
化学モデルCHASERの高速化
全球化学モデルでは化学過程(特に化学反応)の計算コストが化学過程の舞台となる気候モデルの計算に比して非常に大きく、長期実験をする際の懸案要素である。また統合モデルとしてCHASERにエアロゾルや成層圏化学(現状は対流圏化学のみ)も導入した場合の計算コストは更に増すことが予想されるため、化学過程の計算をできるだけ高速化する必要がある。今年度はCCSR/NIES agcm5.6 ベースであったCHASERをagcm5.7bベースに移行すると同時に化学過程の高速化を行った。図3に示すように化学過程に主にリストベクトル化手法を導入したことで全体の計算時間を約35%削減することに成功した。また、化学反応系の簡単化によりさらに20%の高速化も可能であることを確認した。
![]() 図3: CHASERモデル中の各過程のCPU時間(秒)内訳(1年積分時)。新バージョン(青)ではagcm5.7bに移行し、主にリストベクトル手法を導入することで化学関連過程(気相・液相化学、沈着、雷NOx生成など)の大幅な高速化が行われた。 |
温暖化の対流圏化学への影響実験
温暖化・大気組成変化相互作用の見通しを得るため、将来の温暖化が化学過程(特にオゾン分布)にあたえる影響(フィードバック)についてCHASERを用いて実験を行った。図4(a)は人為起源気体放出の増加のみを考慮した場合の2100年の東西平均したオゾン量の緯度・高度分布の予測結果の一例であるが、さらに温暖化の影響も考慮に入れると、図4(b)に示すように対流圏下層では温暖化に伴う水蒸気増加でオゾン破壊が促進されるためオゾン(増加量)は減少し、逆に対流圏上層では温暖化による子午面循環(特に成層圏循環)の強化により成層圏からのオゾン流入量が著しく増加するためオゾン増加が計算された。このような温暖化影響はオゾンに限らず化学反応を介してメタンや硫酸エアロゾルの将来予測量にも大きく影響することが確認された。
今後の課題・予定
今後の目標としては各種エアロゾル(SPRINTARSベース)と化学過程との結合があるがこれについては現在作業進行中であり、硫酸エアロゾルや有機炭素エアロゾルのシミュレーション(表現方法)の改良も予定されている。さらに海洋・陸域植生におけるDMSや炭化水素類の放出過程および気体の降下沈着過程については海洋・陸域各コンポーネントと結合し統合モデル化する。また、上で報告した温暖化影響実験については他のシナリオを含めた追加(感度)実験が必要である。

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(1)−b CHASERへの成層圏化学過程の導入
(1)−a 統合モデルへの移植を念頭に置いた対流圏大気化学モデルCHASERの改良(2)−a 詳細雲物理モデルを用いた、大循環モデル用パラメタリゼーションの高度化
(2)−b 大気大循環モデルにおける雲・エアロゾル相互作用の微物理過程の導入
(2)−c 全球での直接雲解像を目指した非静力学大気モデルNICAMの開発
概略
統合モデルへの成層圏化学過程の導入に向けて、本サブグループでは二つの作業を行った。ひとつは対流圏光化学モデルCHASERを成層圏化学過程まで含むように拡張する際、どの程度の化学種までを含めるかを検討することであり、もうひとつは昨年度実装した高精度移流スキームを用い、成層圏および対流圏における輸送場を検証することである。
成層圏化学過程の検討
塩素および臭素などのハロゲン化合物は、その触媒回路作用によって成層圏でのオゾン破壊に重要な役割を果たす。このため、これらの化合物の反応系を考慮することは成層圏化学過程において非常に重要である。次年度以降における統合モデルへの成層圏化学過程の実装に向け、成層圏光化学モデル(Takigawa et al., 1999, 2002, Nagashima et al., 2002, Akiyoshi et al., 2003 など)で用いられている反応系をCHASERに加え、ボックスモデルを用いた計算速度の推定を行った(表1)。
|
計算時間(秒) |
相対比(現状を1とした場合) |
対流圏光化学のみ | 2.492 | (x1.0) |
塩素系化合物を追加 | 5.258 | 2.11 |
塩素系・臭素系化合物を追加 | 5.660 | 2.27 |
表1より、塩素系化合物に加えてメタンや一酸化二窒素などの長寿命気体の反応なども新たに考慮する必要があるため、塩素系化合物まで加えると現時点の二倍以上重くなる可能性があることがわかる。また今回のボックスモデルの結果から、臭素系化合物まで入れてもそれほど重くなるわけではない。これらの結果から、実際に統合モデルに実装する際にはまず臭素系化合物までを含めた反応系を導入することを検討したい。
輸送過程の検証


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(2) 温暖化−雲・エアロゾル・放射フィードバック精密評価
(2)-a 詳細雲物理モデルを用いた、大循環モデル用パラメタリゼーションの高度化
(1)−a 統合モデルへの移植を念頭に置いた対流圏大気化学モデルCHASERの改良(1)−b CHASERへの成層圏化学過程の導入
(2)−b 大気大循環モデルにおける雲・エアロゾル相互作用の微物理過程の導入
(2)−c 全球での直接雲解像を目指した非静力学大気モデルNICAMの開発
雲粒数密度のパラメタリゼーション
詳細雲微物理モデルによる数値実験を繰り返し、得られた結果を用いて、エアロゾルの雲凝結核としての能力および雲底での上昇流速度から雲粒数密度を求めるパラメタリゼーションを開発した(Kuba and Iwabuchi, 2003, Kuba, 2003)。雲粒数密度Nd (cm-3) は以下の次の近似式で表され、Nc(S) (cm-3) は過飽和度S % で活性化する(臨界半径を越えて成長を続け雲粒になる)エアロゾルの数密度、V (ms-1) は雲底での上昇流速度である。Sの値とAおよびBの関数形はVに依存する。
Nd = A Nc(S) / (Nc(S) + B ) (1)
V < 0.2 ms-1 : S = 0.2, A = 4710 V 1.19, B = 1090 V + 33.2 (2)
0.2 < V < 0.5 ms-1 : S = 0.4, A = 11700 V - 1690, B = 10600 V - 1480 (3)
0.5 < V < 1.0 ms-1 : S = 0.5, A = 4300 V 1.05 , B = 2760 V 0.755 (4)
1.0 < V < 3.0 ms-1 : S = 1.0, A = 7730- 15800 exp(-1.08 V) , B = 6030- 24100 exp(-1.87 V) (5)
3.0 < V < 10.0 ms-1 : S = 2.0, A = 1140 V -741, B = 909 V - 56.2 (6)
式 (1) に (2) を代入した場合と (4) を代入した場合をそれぞれ図6のa と b に記す。
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図6: 雲粒数密度Ndと雲凝結核数密度Nc(S%)の関係。a:雲底上昇流速度が0.24 ms-1以下の場合でS = 0.2% とした。b:雲底上昇流速度が0.5~2.0 ms-1の場合でS = 0.2% とした。
近似式(1)を導入することにより、雲粒数密度にエアロゾルの影響を反映させることができ、さらにKuba et al.(2003) の雲の光学的性質を評価するパラメタリゼーションを使うことで放射収支計算の精度を向上させることができる。光学的厚さ は以下のように表せる。ただし、LWP (gm-2)は鉛直積算雲水量。
τ = C Nd D C = 0.121 LWP 0.702 D = 0.274 LWP 0.0538 (7)
また、雲底上各高度の雲粒の有効半径 Re (μm) は雲底からの高度をZ (m)とすると以下のように表せる。
Re = E Nd F E = 6.41 Z 0.380 F = - 0.288 Z 0.0254 (8)
雲粒粒径分布のパラメタリゼーション
非静力学全球モデルや非静力学領域モデルに雲微物理モデルを搭載することが可能になりつつある。雲微物理モデルがバルク法の場合は上記の雲粒数密度のパラメタリゼーションを使うことでエアロゾルの影響を考慮することができるが、ビン法の場合はそれに加えて初期雲粒粒径分布のパラメタリゼーションも必要になる。Kuba(2003) はガンマ分布を用いて初期雲粒粒径分布 n(r) (cm-4) を次のように表し、係数AとBは雲水量と雲粒数密度Nd (cm-3)と雲水量Q (g cm-3)の関数とし、2次元の簡易雲力学デルに導入し、詳細雲微物理モデル(パーセルモデル)を搭載した場合との比較をした。
n (r) = A rβ exp (-B r) d r (9)
A = Nd (4π ( β+ 3 )( β + 2 )( β+ 1 ) Nd / 3Q ) (β+1) / 3 /β!
B = (4π ( β+3) ( β+2 ) ( β+1 ) Nd / 3Q )1/3
雲内の雲粒粒径分布は、ほぼ同等の放射特性を与えるものが得られた。50分間の積算降水量をエアロゾルが多い場合(CCN-1)と少ない場合(CCN-10)で比較したものが図7である。ガンマ分布がパーセル法の詳細雲微物理モデルで得られる雲粒粒径分布より、幅が広く巨大粒子雲核の存在を十分に表現できないことから、ある程度の差はあるものの、図の中に数値(mm)で表したように領域内平均降水量に大きな差はないことから、数km以上の格子間隔のモデルに対しては有効なパラメタリゼーションといえる。
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(2)−b 大気大循環モデルにおける雲・エアロゾル相互作用の微物理過程の導入
(1)−a 統合モデルへの移植を念頭に置いた対流圏大気化学モデルCHASERの改良(1)−b CHASERへの成層圏化学過程の導入
(2)−a 詳細雲物理モデルを用いた、大循環モデル用パラメタリゼーションの高度化
(2)−c 全球での直接雲解像を目指した非静力学大気モデルNICAMの開発
大気大循環モデルにおいて雲・エアロゾル相互作用をより詳細に扱うために、CCSR/NIES AGCMをベースとしたエアロゾル輸送・放射モデルSPRINTARS (Spectral Radiation-Transport Model for Aerosol Species) (Takemura et al., 2002)へ新しい雲粒数濃度診断式を導入した。エアロゾル間接効果(エアロゾルが雲・降水を通して気候に及ぼす影響)を大気大循環モデルにより評価するためには雲・エアロゾル相互作用を表現するパラメタリゼーションが必要であるが、これまでは雲粒数濃度はエアロゾル数濃度のみに依存する非常に簡略化された診断式を導入するのが一般的であった。しかし、この診断方法には大きな任意性が含まれており、エアロゾル間接効果に対する評価の定量的不確定性の主要因であった。そこで本研究では、エアロゾル数濃度の他に上昇流速度・過飽和度・エアロゾルの化学組成や粒径分布にも依存して雲粒数濃度を診断するパラメタリゼーション(Ghan et al., 1997)を導入することにより、エアロゾル数の変化に伴う雲粒径や降水効率の変化を表現できるようにした。この診断式は雲・エアロゾル相互作用を表現した Kohler理論をベースとしたものであり、より理論に則したパラメタリゼーションを導入したことになる。取り扱うエアロゾルは対流圏主要エアロゾルである黒色炭素・有機炭素・硫酸塩・土壌粒子・海塩であり、それぞれ粒径分布が異なる。また、大気大循環モデルのスケールにおけるグリッド平均上昇流速度は非常に小さいために、雲内の上昇流速度をある程度表現できるパラメタリゼーションも導入した。
図8には、エアロゾル数濃度と雲粒数濃度の関係のシミュレーション結果を示す。過去の研究で使用されていた雲粒数濃度診断式のように両者の関係は1対1には決まらず、上昇流速度やエアロゾルの化学的性質・粒径分布に依存して分散することがわかる。図9には、温度が273K以上の雲頂における雲粒有効半径の年平均分布を示す。このシミュレーション結果は衛星観測等で得られるものと定量的に良く一致しており、大陸上で雲粒径が小さく海上で大きいというコントラストが見られる。また、過去の簡略化されたパラメタリゼーションでは、観測と比較して低緯度で雲粒径を過大評価し、中高緯度で過小評価していたが、今回導入したパラメタリゼーションではこの問題は解消された。
このモデルによる人為起源エアロゾルの全球平均間接効果放射強制力は-0.8 W m-2と計算されている。今後は、雲に関する観測データとの詳細な比較を行い、また地域モデルや雲解像モデルからの知見も導入することにより、雲・エアロゾル相互作用をより適切に表現できるように改良を重ねる必要がある。
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図8:エアロゾル数濃度と雲粒数濃度の関係 | 図9:水雲の雲頂における雲粒有効半径の年平均分布 |
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(2)−c 全球での直接雲解像を目指した非静力学大気モデルNICAMの開発
(1)−a 統合モデルへの移植を念頭に置いた対流圏大気化学モデルCHASERの改良(1)−b CHASERへの成層圏化学過程の導入
(2)−a 詳細雲物理モデルを用いた、大循環モデル用パラメタリゼーションの高度化
(2)−b 大気大循環モデルにおける雲・エアロゾル相互作用の微物理過程の導入
雲形成の微物理過程で重要な上昇速度が直接計算される非静力学大気モデルNICAMの開発を引き続き進めている。
力学過程についていくつかの改良を行った。(I)角運動量保存を考慮し、浅い大気の近似をとりやめ、鉛直方向に広がりを持った深い大気への拡張を行った。(II)乱流スキームの実装に伴い、乱流運動エネルギーを含めた全エネルギーの保存を保証するように修正した。(III)各物理過程の検討用に一部格子を集中させることが出来る格子生成法を確立した(図10)。また、地球シミュレータ上でスペクトル変換モデルとの計算速度の比較を行い、水平格子間隔数10km以下では準一様格子を用いたモデルの方が有利であることを示した。
物理過程についての実装状況は以下である。雲微物理過程にKessler(1969)型の暖かい雨のスキーム、Grabowski(1988,1999)の簡単な氷昌過程を導入し、図10のような集中格子を用いて、スコールライン実験を行った(図11)。下層cold poolの形成、上層での雲の組織化が再現されていることが分かる。以上はバルク法についてのものであるが、より詳細な雲微物理に基づくビン法の導入も視野に入れている。そのほか、主な物理過程としてMellor-Yamda level2, 2.5乱流過程、Louisによる地表面過程を実装済みである。
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