3.寒冷圏モデル


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担当機関:地球フロンティア研究システム

研究者: 阿部 彩子(地球温暖化予測研究領域 / 東大CCSR)
瀬川 朋紀(地球温暖化予測研究領域)
大垣内 るみ(地球温暖化予測研究領域)
齋藤冬樹(東大CCSR)
小倉知夫(東大CCSR)
羽角 博康(東大CCSR)
a.要約

温暖化に対する氷床の応答特性や海水準への影響を調べるため、現実をよく表現するよう氷床モデルを開発し、グリーンランドと南極への適応性を調べた(Saito and Abe-Ouchi, 2004)。さらにグリーンランド地域の気候が3〜4度温暖化すると海水準3メートル程度に相当する氷床の融解が起こり、南極地域は気候が7〜8度以上温暖化してようやく氷床の融解による海水準上昇をもたらすことを示した。一方、温暖化の予測の程度について調べるため、地球シミュレータを用いて人工的なフラックス調節のない大気海洋海氷結合モデル(解像度は中程度、大気200km、海洋100km程度)の調整や感度実験を行なった。全球と比較してとくに温暖化感度が高い高緯度の気候や海氷の再現性や温暖化に対する応答特性を調べた結果、グリーンランド氷床周辺の温暖化の程度は、21世紀末頃に温室効果ガスが安定化したとしても、海水準に有意に影響を及ぼす程度に達する。大気中二酸化炭素増加量が年率1%と仮定して、4倍に達する140年間後までの予測を行った。全球に比べて気温増加が極域とくに北半球で大きく、グリーンランド氷床が海水準に有意に影響する程度となる。南極氷床においては降水量増加の方が気温増加の効果よりやや上回る結果となった。今後、モデルの不確定パラメタや感度の異なるバージョンで同様の実験を行なう。数十年変動や不確定性の幅など極域のより詳しい解析が必要である。さらに、同期した大気—氷床結合(部分統合モデル)の計算を可能にするためのプログラム改変をすすめており、現在調整を続けている。

b.研究目的

地球上南北両極には陸上に氷床、海上に海氷があり、それらの生成変動は地球規模の気候変動と直結している。このため、温暖化に伴い氷床や海氷が敏感に反応して融解したり、さらに広範囲の気候や海面変動に影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、このグループでは、最終的には地球シミュレータ上で稼動する大気/海洋/海氷/氷床結合モデルを構築し、地球温暖化や海面変動の予測実験を行なう。まず、部分モデルの改良をしながら様々な感度実験を通じて不確定要素の把握につとめる。さらに、結合されたモデルを用いて現在や過去の再現実験を行いながら、予測実験の精度を高めることをめざす。また、2万年前の最終氷期以降に関して、海洋底堆積物や地形のデータによる過去の気候や氷床変動/海水準の復元がかなり高精度で行われるようになってきたので、これを再現する数値実験を試みることを通してモデルの検証を行っていく。

c.研究計画、方法、スケジュール

氷床については14年度までに部分モデルの製作は一通り行ない、応答特性を調べてきた。15年度は、各部分の改良を行ったり、地球シミュレータ用に氷床モデルプログラムを並列化最適化したり、カップラーの開発を行って気候モデルと氷床力学モデルの結合の特性を調べた。氷床16年度は大気モデルとの結合を実行する。

また、15年度は中程度の解像度の大気海洋結合モデルを用いて温暖化実験をおこない、海氷や氷床への影響について考察した。今後は、氷床モデルと大気モデルの結合をすすめていき、定量的に温暖化影響について論じていく。

d.平成15年度研究計画

今年度は、大気—氷床の部分統合モデルの開発に着手する。簡単な大気モデルを用いた部分統合モデルは試験的に行なった成功した(大森、2003)ので、この経験に基づき大循環モデル(MIROC)のカップラーに氷床モデルを結合するための変更を加える。また、地球シミュレータ用に氷床モデルプログラムを並列化最適化したり、カップラーの開発を行って気候モデルと氷床力学モデルの結合の特性を調べる。大気海洋大循環モデルをもちいて温暖化実験を行い、寒冷圏の温暖化に対する応答が長期にわたってどのように現れるか、現時点でのモデルをもちいて実験を試行する。

e.平成15年度研究成果
e.1.温暖化に対する氷床モデルの応答特性

温暖化に対する氷床モデルの応答特性についてグリーンランドおよび南極氷床について調べた。温暖化における氷床の変動の時間尺度は百年から千年に及ぶものである。氷床モデル単独計算によると、海水準増加に2メートル分貢献するのにグリーンランド氷床上で約2度温暖化、南極氷床上で約8度温暖化が必要。高度効果以外の結合プロセス(アルベドfeedbackや降水量変化)は今回は考慮していないので、直接結合が必要となる。

(a) (b) (c) (d) (e)
図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(a)現在の標高 図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(b)気温1度上昇時(海面上昇1メートルに相当) 図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(c)気温2度上昇(約2メートル) 図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(d)気温3度上昇(約3メートル) 図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(e) 気温4度上昇(約6メートル)。ただし、気温アルベドフィードバックを考慮していないこと、定常応答であることに注意が必要であり、これについては平成16年度に考慮する予定。

図40:グリーンランド氷床の温暖化に対する定常応答。(a)現在の標高、(b)気温1度上昇時(海面上昇1メートルに相当)、(c)気温2度上昇(約2メートル)、(d)気温3度上昇(約3メートル)、(e)気温4度上昇(約6メートル)。ただし、気温アルベドフィードバックを考慮していないこと、定常応答であることに注意が必要であり、これについては平成16年度に考慮する予定。

図41:南極氷床の温暖化に対する定常応答。ただし、気温アルベドフィードバックを考慮していないこと、定常応答であることに注意が必要であり、これについてはやはり平成16年度に考慮する予定。

図41:南極氷床の温暖化に対する定常応答。(a)現在の標高、(b)気温7度上昇時(海面上昇1メートルに相当)、(c)気温10度上昇(約11メートル)、(d)気温15度上昇(約30メートル)、ただし、気温アルベドフィードバックを考慮していないこと、定常応答であることに注意が必要であり、これについてはやはり平成16年度に考慮する予定。

e.2.中解像度大気海洋結合モデルによる温暖化実験

中解像度の大気海洋結合モデル(大気T42,20層,海洋は緯度経度0.5から1度程度、40層)の調整を行ない、応答特性を調べた。従来用いられてきたフラックス調節をしなくても済むかどうか、調整を重ねた。その結果、気温や海水準のドリフトはほぼないと言える良好な結果を得るに至った。試験的に大気海洋結合モデル(MIROC3.1)を用いた温暖化実験(CO2年率1%増加にたいする気候応答)を実行した。温暖化とともに深層循環沈みこみ場所の一部移動や弱まりが見られたが、グリーンランド周辺の温暖化を大きく妨げるものではない。さらに詳細に検討が必要であるが、ここに一部結果報告する。

(a) (b)
図42:(a) CO<sub>2</sub> 年率1%増加に対する気温の応答(緑線)。これを標準実験(現在のCO<sub>2</sub> レベルで固定、赤線)および、氷河期のCO<sub>2</sub> レベル(180ppm) 実験(青線)と比較した。 図42:(b) (a)と同様だが、北大西洋子午面循環強度(NADW)の時間変化を示す。

図42:(a)CO2年率1%増加に対する気温の応答(緑線)。これを標準実験(現在のCO2レベルで固定、赤線)および、氷河期のCO2レベル(180ppm)実験(青線)と比較した。(b) (a)と同様だが、北大西洋子午面循環強度(NADW)の時間変化を示す。

図43: CO<sub>2</sub> が1990 年から年率1%の割合で増加したとき(2060 年にCO<sub>2</sub> は2倍、2130年に4倍に達する)、全球年平均気温、南極、グリーンランドの各夏の気温の変化を示す。

図43:CO2が1990年から年率1%の割合で増加したとき(2060年にCO2は2倍、2130年に4倍に達する)、全球年平均気温、南極、グリーンランドの各夏の気温の変化を示す。

図44-1:CO<sub>2</sub> x4 時点(140年め)の気温上昇分布と、降水量変化分布。グリーンランドおよび南極では温暖化と降水量上昇がみられ、氷床体積変動には拮抗する効果がある。 図44-2:CO<sub>2</sub> x4 時点(140年め)の気温上昇分布と、降水量変化分布。グリーンランドおよび南極では温暖化と降水量上昇がみられ、氷床体積変動には拮抗する効果がある。

図44:CO2x4時点(140年め)の気温上昇分布と、降水量変化分布。グリーンランドおよび南極では温暖化と降水量上昇がみられ、氷床体積変動には拮抗する効果がある。

図45:大西洋子午面循環の再現と温暖化に対する応答。CO<sub>2</sub>x1レベルの積分400年目の状態。 図45:大西洋子午面循環の再現と温暖化に対する応答。CO<sub>2</sub>x4倍レベルの積分400年目の状態。

図45:大西洋子午面循環の再現と温暖化に対する応答。CO2x1(左)とx4倍(右)レベルの積分400年目の状態。

図46:海氷(2月青色、8月緑色、密接度の等値線0, 0.3, 0.9)と対流位置(年間の500m 深さでの対流頻度、赤いほど多い) 図46:海氷(2月青色、8月緑色、密接度の等値線0, 0.3, 0.9)と対流位置(年間の500m 深さでの対流頻度、赤いほど多い)
図46:海氷(2月青色、8月緑色、密接度の等値線0, 0.3, 0.9)と対流位置(年間の500m 深さでの対流頻度、赤いほど多い) 図46:海氷(2月青色、8月緑色、密接度の等値線0, 0.3, 0.9)と対流位置(年間の500m 深さでの対流頻度、赤いほど多い) 図46:対流頻度の色分け図

図46:海氷(2月青色、8月緑色、密接度の等値線0, 0.3, 0.9)と対流位置(年間の500m深さでの対流頻度、赤いほど多い)。左列がCO2x1,右列CO2x4。CO2x4では夏の海氷が両極ともなくなるが、冬は残っている。

e.3.氷床と大循環モデルの結合の方針

今年度着手した氷床モデルと結合モデルとの開発はつぎのような方針をたてて、現在プログラム開発をすすめている。
  • 1 PE (==processor element;並列化時のCPUの単位)で1領域(例 Greenland領域;南極領域;北米領域....)。
  • *氷床モデル担当 PE は独立してもよいし、大気や海洋など他を担当する PE を兼ねてもよい。実行形式は氷床モデルの計算領域ごとに別のものを作成する必要がある。
  • 氷床以外のモデル要素(大気、海洋、河川、陸面)との情報交換は主に現行の大気モデルの結合ルーチン(coupler;exchanger;mediator)を流用する。
  • 氷床モデルへの入力は、なんらかの表面質量収支モデルを通して計算するか、あるいは質量収支を直接計算するか、選択可能とする。
  • 氷床モデルと coupler の間の座標系変換は現行の大気海洋間の変換部分を参考に新たに作成する。表面質量収支モデルを使う場合は単純に補完ですませる。
  • 氷床モデルへの入力の時間平均の計算は現行の大気モデルの結合ルーチンで行う。ただし表面質量収支モデルを用いる場合は、そのモデルでも時間平均操作をするので、操作は二段階となる。
  • 氷床モデルは FORTRAN の直接書き込みを用いていて、入出力の度にopen/closeすることが比較的に簡単なので、入出力の装置番号の不足を心配する必要はない。
f.考察
温暖化変化等の高緯度での気候と雪氷分布特性は大気—海洋—雪氷の相互作用で決まっている。海氷モデルはすでに大気海洋結合モデルの中に組み込まれたが、考察する道具が作成できたに過ぎないので、さらなる数値実験や感度実験で高緯度域の気候の応答特性を調べることが今後の課題である。とくに、氷床の存在するグリーンランド域と南極域では海氷と海洋循環(対流)の相互作用が気候に大きな影響を及ぼすことがわかったので、今後ひきつづき詳しく調べる。また温暖化時の氷床の融解によって融け水が対流に影響を及ぼす影響も考えられるので、今後、氷床—大気—海洋の部分統合モデルの作成を通じて検討を重ねる必要があるので、平成16年度は氷床と大気の結合に重点をおきたい。
g.参考文献
h.成果の発表
<論文発表>

Ogura, T., A. Abe-Ouchi and H. Hasumi (2004) Effects of sea ice dynamics on the Antarctic sea ice distribution in a coupled ocean atmosphere model. Journal of Geophysical Res. in press.

Saito, F., A. Abe-Ouchi and H. Blatter (2003) Effects of first order stress gradients in an ice sheet evaluated by a three-dimensional thermomechanical coupled model. Annals of Glaciology, 37, 166-172

Saito, F. and A. Abe-Ouchi (2004) Thermal Structure of Dome Fuji and East Queen Maud Land, Antarctica, simulated by a three-dimensional ice sheet model. Annals of Glaciology, 38, in press.

Schneeberger, C., H. Blatter, A. Abe-Ouchi and M. Wild (2003) Modelling Changes in the Mass Balance of Glaciers of the Northern Hemisphere for a transient 2xCO2 scenario. Journal of Hydrology, 282, (1-4) 145-163.

新聞報道
朝日新聞2004年2月8日朝刊第18面に掲載


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