2.温暖化・大気組成変化相互作用


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2—1 温暖化・大気組成変化相互作用(大気化学)

担当機関:地球環境フロンティア研究センター

研究者名:須藤 健悟(大気組成変動予測研究プログラム
・名古屋大学大学院環境学研究科)
滝川 雅之(大気組成変動予測研究プログラム)
永島 達也(大気組成変動予測研究プログラム・国立環境研究所)
秋吉英治(国立環境研究所)
高橋 正明(大気組成変動予測研究プログラム
・東京大学気候システム研究センター)

a.要約

温暖化・大気組成変化相互作用サブモデルでは地球システム統合モデルの枠組みで、大気化学過程(オゾン分布など)やエアロゾルの温暖化および海洋・陸域植生変化との相互作用を表現・予測することを主な目的としており、CCSR/NIES AGCM を土台とした全球化学モデルCHASER(Sudo et al.,2002a)やエアロゾルモデルSPRINTARS(Takemura et al., 2002)を用いてエアロゾル・化学のオンライン計算を可能にすることが大きな課題である。本プロジェクトの枠組みでは、これまで主に次のような研究成果が得られている:(1)CHASERモデル化学コンポーネントの高速化、(2)CHASER、SPRINTARS両モデルの結合による化学・エアロゾル同時オンラインシミュレーション、(3)IPCC第4次報告書に向けた化学気候モデル実験の実施と評価、(4)CHASERを用いたオゾン・メタン・硫酸塩エアロゾルの将来予測実験(emission変化、気候変動、成層圏オゾン変動の効果をそれぞれ詳細に評価)、(5)統合モデル中のCHASERへの成層圏化学過程の導入。本年度(平成18年度)は、CHASER中の光解離定数の計算手法改良を行い、CHASER/統合モデルへの成層圏化学の導入作業を完了した。さらに、気候物理コアモデル改良サブグループと連携し、本モデルを用いた試験実験を実施し、対流圏・成層圏化学の計算を詳細に評価した。またCCMValプロジェクトが推奨する過去の成層圏オゾン層再現実験を並行して行い、WMOによる2006年オゾンアセスメントへの貢献を果たした。

b.研究目的

成層圏のオゾン(オゾン層)は有害な紫外線を遮断するという重要な役割を持ち、気候変動にとっても無視できない存在である。一方対流圏中でも窒素酸化物(NOx)や炭化水素類などの汚染物質から化学反応を介してオゾンが生成される。対流圏におけるオゾンは植物・人体に有害であり、強力な温室効果気体として重要性が認識されている。対流圏の各種エアロゾルも太陽光反射・吸収、雲の生成に強く関与し共に気候に大きく影響する。またオゾンは対流圏においては水酸化ラジカル(OH)の生成に直接関与し、メタンやハローカーボン類(CFCs)など他の温室効果気体の化学的な寿命を左右する(図26)。さらに対流圏オゾン、硫酸塩エアロゾルは酸性雨などに代表される大気環境変化の鍵を実質的に握っているのでこれらが今後の人間活動(特に東アジア域)によりどのように変動していくかは重要である。またエアロゾル種のなかには硫酸塩エアロゾルや炭化水素類の酸化過程で生じる二次有機エアロゾル(SOA)など対流圏の化学と強い関連性のあるものがあるので、将来のエアロゾル分布およびその気候への影響を考察する際にも化学過程と結合したモデルを用いる必要がある。さらに対流圏の化学過程は水蒸気、温度、循環場などの気象場の条件(気候)に左右されるところが大きい (例えば、Sudo et al., 2001,2003)。したがって、より高度な気候変動・大気環境変化予測を目指すために気候モデルの枠組みのなかでオゾン・エアロゾル分布を同時に計算し、気候・オゾン・エアロゾルの相互作用的な変動過程について検討可能なモデルの開発・高度化が必要である。

この様な背景の下、本共生プロジェクト第2課題の枠組みにおいては CHASER・SPRINTARS両モデルを土台として対流圏/成層圏化学およびエアロゾルのオンライン計算が可能な気候モデルの構築を行い、化学・エアロゾル変動と気候変動(植生変動も含む)との相互作用を予測・研究する。

図26:オゾン化学とメタン・2次粒子(エアロゾル)との関係。
図26: オゾン化学とメタン・2次粒子(エアロゾル)との関係。対流圏中のオゾンは多くは対流圏中で光化学反応により生成されるが、成層圏からの輸送の寄与も無視できない。対流圏中の光化学反応はメタン(CH4)やフッ素化合物などの大気中の寿命を支配し、硫酸塩や有機炭素エアロゾル(OC)の生成過程にも深く関与する。

c.研究計画、方法、スケジュール

本サブグループ研究では、全球化学・気候結合モデル CHASER (Sudo et al., 2002a) を軸としたモデル開発・研究を行う。CHASER モデルは東大気候システム研究センター(CCSR)、地球フロンティア研究システム(FRSGC)、および国立環境研究所(NIES)で共同開発されている全球化学モデルであり、CCSR/NIES 気候モデル中で大気中の光化学反応、人為・自然起源気体放出(emission)過程、地表面・降水による沈着(deposition)過程などの詳細な化学過程がオンラインで考慮されている(表3:現状の設定では化学反応として対流圏オゾンを中心とした化学反応系を考慮している:図27)。CHASER モデルにより計算されるオゾン(O3)や前駆気体(窒素酸化物NOx、一酸化炭素 CO、炭化水素類 VOCs など) および重要関連気体の分布は衛星や航空機を利用した各種観測データと定量的にも非常に良い一致を見せており、対流圏オゾン化学のシミュレーション能力としては世界的にも最先端をいくものである(Sudo et al., 2002b)。また、CHASERモデルでは化学種や化学反応系について設定ファイルを通じてプリ・プロセッサーにより自動的にモデルコード(Fortran)を生成する(図28)ので、化学種・反応の変更および追加は容易である。本研究計画では、CHASERモデルを土台として、対流圏および成層圏のオゾン化学過程と各種エアロゾルの同時シミュレーションが可能な化学・エアロゾル結合気候モデルの構築を目指す。

全球化学モデルCHASERは現状設定では主に対流圏化学を対象としたものであるが、種々の化学反応を含み標準のAGCMに比べて計算コストが非常に大きい。そこでCHASERへのオゾンホールを含む成層圏化学やエアロゾル計算の導入作業に先立って、CHASER の(特に化学過程の)高速化を行い地球シミュレータ上での実行性能を評価する。またこの評価を基に「気候物理コアモデル改良」サブグループと連携の上、統合モデルとしての鉛直解像度等について吟味し決定する(平成15年度)。さらに、高速化を行ったCHASERモデルにエアロゾルモデルSPRINTARS(Takemura et al., 2002)を結合する作業を開始する。エアロゾル種の内、硫酸エアロゾルについてはその生成過程が過酸化水素(H2O2)、水酸化ラジカル(OH)、およびオゾン分布などの化学場に強く依存するためCHASERの化学反応過程でオンライン計算する(cf., Sudo, 2003)。この際、硫酸塩エアロゾルの液相での酸化に重要な雲水pHについても土壌粒子(ダスト)やアンモニア(NH3)による中和過程を導入し現実的な硫酸塩シミュレーションを実現する(平成15~16年度)。モデル中の輸送過程は特に成層圏/対流圏物質交換に重要であり、対流圏・成層圏の化学物質分布にも影響が大きいので、使用している輸送スキームの評価および改良も並行して行う。また、平成16年度(前半)の時点でCHASERにエアロゾル過程を導入したものを統合モデル(KISSME)に組み込む。その後モデルトップの拡張を行い、CHASER化学過程に成層圏化学を導入する作業を行う(平成16~17年度)。

表3:化学気候モデルCHASERの概略(H15年度時点の設定:対流圏化学中心)
基本モデル CCSR/NIES/FRSGC GCM (5.7b) : (大気)気候モデル
空間解像度 水平:T42(2.8ox2.8o), 鉛直: 32 layers(地表~40km)
化学過程53 化学種, 139 化学反応(気相,液相,不均一*)
(1)O3-HOx-NOx-CO-CH4 (成層圏 Ox 化学を含む),
(2)非メタン炭化水素(NMHCs)酸化,
(3)SO2, DMS 酸化(硫酸塩エアロゾルシミュレーション)
*不均一反応は N2O5, HO2, RO2ラジカルについて雲粒子、硫酸エアロゾル
、および海塩粒子表面上で考慮
(高度 20km 以上の O3, NOy については衛星データなどで prescribe)
Emission産業・交通, 森林火災, 植生/土壌/海洋, 雷からの NOx 生成
(NOx, CO, C2H6, C2H4, C3H8, C3H6, アセトン, イソプレン, テルペン, メタノール, SO2, DMS)
Dry deposition
(乾性沈着)
地表面の植生タイプ、気温、太陽光入射、積雪などの関数 [Wesely, 1989]
Wet deposition
(湿性沈着)
Rain-out (in-cloud), wash-out (below-cloud), ice-sedimentation
Reevaporation & reemission processes considered.


図27: 対流圏オゾン化学の基本サイクル。
図27: 対流圏オゾン化学の基本サイクル。NOx (= NO+NO2) と一酸化炭素(CO)、炭化水素類(NMHCs)の存在下でオゾンが光化学的に生成される。反応中では過酸化水素(H2O2)など硫酸塩エアロゾルの生成に深く関与するものも生成される。

成層圏化学導入については、CCSRおよびNIESで開発された成層圏化学・オゾンホールモデル(Takigawa et al., 1999; Nagashima et al., 2002)を基本とし、成層圏でのハロゲン化学反応(塩素・臭素系)および極域成層圏雲(PSCs)上の不均一反応を導入する。統合モデルの枠組みにおいては、植生からのVOCsの大気中への放出過程および植生による大気中物質の沈着過程(deposition)、さらに硝酸などの物質の沈着による植生への影響を考慮し、陸域生態系・大気化学間の相互作用も表現することを想定している。以上のようなモデル構築作業と並行して、大気化学・エアロゾル変化と温暖化の結合将来予測のための前段階的な実験も行っていく。例えばCHASERを用いて IPCC SRES シナリオに従った将来予測実験を開始しており、将来のオゾン・メタンや硫酸塩エアロゾルの分布に NOx、CO、VOCs、SO2などの汚染物のemission増加(特に東アジア域)および温暖化がそれぞれどのような効果を持つかについて解析を行っている(温暖化による影響については水蒸気増加により対流圏下層のオゾン破壊が促進され、同時にオゾンからのOHラジカルの生成が増加しメタンの増加傾向に影響を与えるなどの可能性がある)。図29に本サブグループのモデル開発の大略的なスケジュールを示す。

図28: CHASERモデル計算の流れ。
図28: CHASERモデル計算の流れ。力学(輸送を含む)、物理過程、および化学過程それぞれについてCCSR/NIES AGCM中でオンラインで計算される。化学反応や化学種の追加などの化学過程の設定は設定ファイルを通じて行い、Fortranソースコードを自動生成する(cf., Sudo, 2003)。


図29: 温暖化・大気組成変化相互作用サブグループの開発・研究スケジュール。
図29: 温暖化・大気組成変化相互作用サブグループの開発・研究スケジュール。赤線はK2統合モデル開発(KISSME)の流れを示す。

d.平成18年度研究計画

平成16年度より行っている成層圏オゾン化学・オゾンホール化学の導入作業および調整作業を完了する。その上で現在に対する診断実験を行い、対流圏・成層圏オゾン分布の計算結果について各種観測データと比較し、詳細に評価する。同時に、炭化水素類の植物からの emission については陸域植生モデル(SimCYCLEなど)との結合を行い、統合モデル内の化学・エアロゾル計算過程を完成させる。さらに統合モデルによる温暖化実験の結果を解析し、気候変動⇔大気化学・エアロゾルの双方向のフィードバック(影響)について定量的な検討を行う。

e.平成18年度研究成果

e.1. 成層圏オゾン化学過程の導入・評価

地球システム統合モデル(KISSME)中のCHASERについて成層圏化学反応の導入を完了し、通年テスト実験を行い、計算結果についての評価を行った(気候物理コアモデル改良サブグループと連携)。成層圏化学導入後のCHASERで取り扱う化学種は79種類、化学反応は213本となっている(現状では成層圏における不均一反応は含まず)。この際、新放射スキーム(関口,2004)の導入および改良に伴いCHASERの光解離定数計算手法に改良を加えた。図30は本モデルによる試験実験におけるオゾンと一酸化炭素の計算例である。図に見られるように対流圏オゾン化学と同時に成層圏のオゾン化学も表現されており、成層圏のオゾン層も定量的に良く再現されていることが確認された。一酸化炭素(CO)についても、成層圏・対流圏でそれぞれ特徴的な分布が再現されている。しかしながら、本年度に実施した試験実験では、簡単化のためハロゲン化学種としては塩素(Cl)系のみしか考慮されておらず(臭素系の反応をオフ)、今後の実験では更に臭素(Br)系化学種の計算妥当性およびオゾン場への影響も含めて確認する必要がある。また、CHASERによるモデルシミュレーションは現時点ではオゾンホール過程は含まないが、極域成層圏雲(PSCs)スキームなど、オゾンホール再現に必要なモジュールの導入について整備が進められ、オゾンホール再現に向けて作業が行われた。

(a)オゾン(O3)
図30-1:地球システム統合モデルにより計算された、オゾン(a)の東西平均分布(緯度-高度)


(b) 一酸化炭素(CO)
図30-2:地球システム統合モデルにより計算された、一酸化炭素(b)の東西平均分布(緯度-高度)
図30:地球システム統合モデルにより計算された、オゾン(a)、一酸化炭素(b)の東西平均分布(緯度-高度)。濃度は体積混合比(ppbv)。左上:DJF、右上:MAM、左下:JJA、右下:SON。対流圏ではメタンのOH酸化によるCO生成が、成層圏上部ではメタンの光解離によるCO生成の影響が確認できる。


e.2. 成層圏化学気候モデルを用いた過去のオゾン変化再現実験

e.2.1. モデルと実験の概要

今年度は、資源の一部を用いて、成層圏を主対象とする化学気候モデル(Chemistry-Climate Model: CCM)による過去の成層圏オゾン層再現実験を行った。この実験で使用される成層圏CCMの化学モジュールは、本課題で開発を進めている地球システム統合モデルの成層圏化学部分として統合される予定である。本年度に行った成層圏オゾン層過去再現実験の計算結果は、地球システム統合モデル完成後に行われる予定の各種テスト実験において、成層圏部分の検証データとして利用されるとともに、世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)と国連環境計画(United Nations Environmental Programme:UNEP)による2006年「成層圏オゾンに関する科学アセスメント」(2007年3月刊行)への貢献を主目的の一つとした国際的な成層圏CCM相互比較プロジェクト (CCM Validation Activity:CCMVal)へ提出するデータの一部を成す。

モデルは、国立環境研究所と東大気候システム研究センターが共同で開発した成層圏CCMを用いた。水平分解能はT42(格子間隔:約280km)で、鉛直方向には上空約80kmまでを34層で表現している。化学反応は酸素原子および分子、オゾン、水酸化合物、窒素化合物、炭化水素、塩素化合物、臭素化合物の光化学反応までを含む。このモデルを用いて、過去の成層圏オゾン層再現実験を行った。この実験は1975年から2004年を計算期間とし、その間のオゾン層破壊物質(フロン-11、-12、-113、HCFC-22、ハロン-1301、-1211、-1202、CH3Cl、CH3CCl3、CH3Br、CHBr3)、温室効果気体(CO2、CH4、N2O)、火山性エアロゾル、太陽活動の経年変化、及び赤道準二年周期振動(QBO)の影響を計算の境界条件としてCCMに与えて行う。火山性エアロゾルのデータは、衛星による経度平均月平均の表面積のデータおよび光学的厚さのデータを使った。太陽活動は、10.7cmの経年変動データをもとにCCMのそれぞれの放射スペクトルbinにおける変動を推定し計算に用いた。QBOは、Giorgetta and Bengtsson (1999)に基づいたデータを用いて、緯度に関しては赤道を中心に半値幅10°、高度に関しては30kmを中心に半値幅8 kmのガウス関数型の振幅の分布を仮定し、緩和時間5日で東西風速にナッジングをかけて再現した。これらのデータはCCMValのウェブサイトに公開されている(http://www.pa.op.dlr.de/CCMVal/Forcings/CCMVal_Forcings.html)。計算は、初期値の異なる3メンバーのアンサンブル実験を行い、以下の図にはその平均値を用いている。

図31:2000-2004年で平均した経度平均オゾン全量の時系列[DU]。
図31:2000-2004年で平均した経度平均オゾン全量の時系列[DU].(上)TOMSによる衛星観測値、(下)CCMによる計算値


図31では、計算された2000-2004年平均の経度平均オゾン全量の時系列を人工衛星による観測結果と比較した。全ての緯度帯で季節進行が適切に表現されているのが分かる。特に、前バージョンのCCMに見られていた南極オゾンホールが実際に比べて長引いてしまう傾向が飛躍的に改善された。これは、水平分解能の向上に加え、大気の球面形状を考慮した光解離計算、臭素化合物の導入によって、8月下旬のオゾン減少開始時期が10日ほど早くなり、また、その後10月のオゾンホール最盛期までの化学的なオゾン破壊率が観測値により近くなったこと、また、非地形成重力波の効果などを新たに導入した結果、極渦の崩壊時期が観測に近くなった結果である。南半球の中緯度で若干の正バイアスが存在するが、これは下部成層圏の低温バイアスに起因するものであり、今後放射コードの変更に伴って改善することが期待されている。

e.2.2. 太陽活動の変動に伴う成層圏オゾンの変動の解析

上記した成層圏オゾン層の過去再現実験で計算されたデータを用いて、太陽活動の11年周期変動が化学過程や力学過程を通して成層圏オゾンに与える影響に関する解析を行った。このようなテーマの数値モデルを用いた研究は以前から数多く行われている。最近では、例えばLee and Smith (2003)などがあり、その中で、1978年~1999年の期間について、太陽活動、火山爆発、QBOがオゾン層へ及ぼす影響が2次元化学気候モデルによって調べられている。しかしながら、3次元大気に内在する気温や風速などの気象要素の長期変動に関して、化学過程を搭載した3次元モデルを用いた研究はまだ少ない。そのため、これら3つの成層圏オゾン変化要因の長期変化が考慮された3次元モデル実験である本実験の結果を用いて、3つの変化要因が成層圏オゾンに及ぼす影響の大きさや相互の関係などを明らかにするため解析を行った。本年度は、特に太陽活動の変動が成層圏オゾンに与える影響に関する解析を行い、成層圏オゾンが変動するメカニズムの詳細に関して検討を行った。

先ず、太陽活動の変動に伴う成層圏オゾンの変動を抽出するため、計算された1980-2000年のオゾン全量データを、[1]式のように、季節定常場、線形トレンドおよび太陽変動、QBO、ENSOに対応した変動に回帰し、解析した。

O3(t)=α+βt+γQBO(t)+δSOLAR(t)+εENSO(t)+R(t)[1]

ここで、SOLAR(t) は、CCMに与えている太陽F10.7cmフラックスの変動である。α,β,γ,δ,εは、それぞれの変動に対応した12ヶ月周期以下の回帰係数である。

図32は化学気候モデルの結果を用いて解析した、太陽変動に対応する回帰係数(δ)である。太陽活動に対応するオゾンの変動は、全体の1~2%程度である。特徴として、中緯度中部成層圏と熱帯下部成層圏で回帰係数が大きくなっている。これらの特徴は、人工衛星(SBUVとSAGEII)のデータを用いて解析を行なった同様の回帰分析結果と整合的である(Lee and Smith, 2003)。

図32: 太陽変動に対応する回帰係数[ppmv]
図32: 太陽変動に対応する回帰係数(化学気候モデルの結果)[ppmv]


続いて、熱帯の下部成層圏(50hPa付近)に見られる回帰係数の大きな部分に注目して解析を行なった。50hPa面における経度平均オゾン(/O3)の収支式([2]式)を水平移流、鉛直移流、化学生成の項に分け、各項について前節と同様に太陽変動に対応する回帰係数を求めた。ここで、v*,w*は残差循環をあらわす。

[2]


垂直移流鉛直移流
水平移流 鉛直移流
化学生成
化学生成
図33:50hPa面における太陽変動に対応した経度平均オゾン収支の回帰係数[ppmv/s][X10-9]
図33: 50hPa面における太陽変動に対応した経度平均オゾン収支の回帰係数[ppmv/s]


図33に、太陽変動に対応した、水平移流、鉛直移流、化学生成項に関する回帰係数の時系列を示す。これを見ると、南北両半球の緯度10度付近では7~8月を中心に水平移流が、赤道付近では3月ごろを中心に化学生成の回帰係数が正の値でやや大きくなっているが、全体的に鉛直移流が大きくなっており、熱帯付近では正の値となっている。すなわち、太陽変動に対応した熱帯下部成層圏のオゾン変動は、鉛直移流項の変動を強く反映していると考えられる。更に、この太陽変動に対応した鉛直移流について、[3]式のように2つの要素に分解することを考える。すなわち、(A)「季節定常場([1]式のαの項に対応)のオゾン分布」に対して「太陽変動([1]式のδの項に対応)に伴う鉛直流」がもたらす移流、と(B)「太陽変動(δ)に伴うオゾン分布」に対して「季節定常場(α)の鉛直流」がもたらす移流である。

[3]
                   (A)              (B)

図34に(A)項(鉛直流の平均場×オゾン濃度の太陽変動成分)および(B)項(鉛直流の太陽変動成分×オゾン濃度の平均場)を示す。下部成層圏(50hPa)で両者の大きさを比較すると、(A)の項が(B)の項に比べて圧倒的に大きく、図33における鉛直移流の値をほぼ説明している。すなわち、太陽変動に伴う熱帯下部成層圏オゾンの変動を説明する鉛直移流は、「定常場のオゾン分布に対して、太陽変動に伴う鉛直流がもたらす移流」が支配的であることがわかった。定常場のオゾン混合比は10hPa付近に極大をもち、下部成層圏の50hPa付近では上層ほどオゾン量が多い分布となっている。太陽変動に対応する鉛直流はこの領域で下降流となっており、この下降流によって上層のオゾンが移流されてくる構造となっていた。

(鉛直流の平均場)X(オゾン濃度の太陽変動成分)の緯度-高度分布 (鉛直流の太陽変動成分)X(オゾン濃度の平均場)の緯度-高度分布
(鉛直流の平均場)X(オゾン濃度の太陽変動成分) (鉛直流の太陽変動成分)X(オゾン濃度の平均場)

図34: [3]式の(A)項(左図)と(B)項(右図)の緯度-高度分布


f. 考察

温暖化・大気組成変化相互作用(大気化学)グループでは、平成18年度までの作業により化学気候モデルCHASERとエアロゾル気候モデルSPRINTARSの結合を行い、本モデルコンポーネントを統合モデル本体に導入する作業を終了した。また、これらに並行してCHASERモデル対流圏化学版を用い化学・気候相互作用に関する基礎的実験・研究を実施し、将来の温暖化が大気化学場に与える影響など、重要な科学的知見を得た。この中で、温暖化時の大気循環の変動による成層圏から対流圏へのオゾン流入量増加の可能性が示唆されたが、このような問題を更に定量的に議論するためには、成層圏・対流圏化学の結合計算が不可欠である。H18年度は対流圏化学中心であったCHASER化学モデルに成層圏化学過程を導入し成層圏オゾンのシミュレーションも同時に行えるようにする作業を完了し、試験実験を行い、シミュレーション結果の評価を行った。本年度までの作業で扱えなかった成層圏での不均一反応やオゾンホール化学スキームの導入(Akiyoshi et al, 2002,2004など)は今後の課題である。この際、放射過程・光解離反応過程における大気球面効果(Kurokawa et al., 2005)についても同時に調整を行っていく必要がある。

H18年度ではさらに、WMOによる2006年オゾンアセスメントへの貢献を目指し、CCMValプロジェクトが推奨する過去の成層圏オゾン層再現実験を、部分的に共生第二課題の計算機資源の支援を受けながら行った。オゾン全量の季節変化は、成層圏CCMの改良に伴い、前バージョンのCCMによる計算結果に比べて飛躍的に向上した。太陽活動に対応した成層圏オゾンの変動について回帰分析を行なった。上部成層圏における太陽活動のオゾンへの影響は、化学的なオゾンの生成/消滅によるものが大きかった。その下の熱帯中部成層圏では、太陽活動の影響が小さかった。さらにその下の熱帯下部成層圏になると、再び太陽活動の影響が大きくなることが見いだされたので、この部分に注目して解析を行なったところ、熱帯下部成層圏オゾンの変動は、その大部分が鉛直移流の変動に伴って起こっていることが示された。更に詳細な解析から、下部成層圏(50hPa面付近)では、上層ほどオゾン量が多くなっており、太陽変動に伴って生じる下降流バイアスにより、上層のオゾンが下層に移流されてくる構造となっていることが分かった。

g.参考文献

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h. 成果の発表

<論文発表>

Eyring, V., N. Butchart, D. W. Waugh, H. Akiyoshi, J. Austin, S. Bekki, G. E. Bodeker, B. A. Boville, C. Br・l, M. P. Chipperfield, E. Cordero, M. Dameris, M. Deushi, V. E. Fioletov, S. M. Frith, R. R. Garcia, A. Gettelman, M. A. Giorgetta, V. Grewe, L. Jourdain, D. E. Kinnison, E. Mancini, E. Manzini, M. Marchand, D. R. Marsh, T. Nagashima, P. A. Newman, J. E. Nielsen, S. Pawson, G. Pitari, D. A. Plummer, E. Rozanov, M. Schraner, T. G. Shepherd, K. Shibata, R. S. Stolarski, H. Struthers, W. Tian, and M. Yoshiki (2006): Assessment of temperature, trace species, and ozone in chemistry-climate model simulations of the recent past, J. Geophys. Res., 111, D22308, doi:10.1029/2006JD007327

V. Eyring, D. S. Stevenson, A. Lauer, F. J. Dentener, T. Butler, W. J. Collins, K. Ellingsen, M. Gauss, D. A. Hauglustaine, I. S. A. Isaksen, M. G. Lawrence, A. Richter, J. M. Rodriguez, M. Sanderson, S. E. Strahan, K. Sudo, S. Szopa, T. P. C. van Noije, O. Wild, Multi-model simulations of the impact of international shipping on atmospheric chemistry and climate in 2000 and 2030 Atmospheric Chemistry and Physics Discussions, 6, 8553-8604, 2006, SRef-ID: 1680-7375/acpd/2006-6-8553

Gauss M., G. Myhre, I. S. A. Isaksen, W. J. Collins, F. J. Dentener, K. Ellingsen, L. K. Gohar, V. Grewe, D. A. Hauglustaine, D. Iachetti, J.-F. Lamarque, E. Mancini, L. J. Mickley, G. Pitari, M. J. Prather, J. A. Pyle, M. G. Sanderson, K. P. Shine, D. S. Stevenson, K. Sudo, S. Szopa, O. Wild, and G. Zeng, Radiative forcing since preindustrial times due to ozone change in the troposphere and the lower stratosphere, Atmospheric Chemistry and Physics, 6, 575-599, 2006.

Dentener F., D.Stevenson, K.Ellingsen, T.van Noije, M.Schultz1, M.Amann, C.Atherton, N.Bell, D.Bergmann, I.Bey, L.Bouwman, T.Butler, J.Cofala, B.Collins, J.Drevet, R.Doherty, B.Eickhout, H.Eskes, A.Fiore, M.Gauss, D.Hauglustaine, L.Horowitz, I.Isaksen, B.Josse, M.Lawrence, M.Krol, J.F.Lamarque, V.Montanaro, J.F.Müller, V.H.Peuch, G.Pitari, J.Pyle, S.Rast, J.Rodriguez, M.Sanderson, N.H.Savage, D.Shindell, S.Strahan, S.Szopa, K.Sudo, R.Van Dingenen, O.Wild, G.Zeng, The global atmospheric environment for the next generation, Environmental Science & Technology, 40(11); 3586-3594. DOI: 10.1021/es0523845, 2006.

Dentener, F., J. Drevet, J.F. Lamarque, I. Bey, B. Eickhout, A.M. Fiore, D. Hauglustaine, L.W. Horowitz, M. Krol, U.C. Kulshrestha, M. Lawrence, C. Galy-Lacaux, S. Rast, D. Shindell, D. Stevenson, T. Van Noije, C. Atherton, N. Bell, D. Bergman, T. Butler, J. Cofala, B. Collins, R. Doherty, K. Ellingsen, J. Galloway, M. Gauss, V. Montanaro, J.F. M・ler, G. Pitari, J. Rodriguez, M. Sanderson, S. Strahan, M. Schultz, F. Solmon, K. Sudo, S. Szopa, O. Wild, Nitrogen and Sulphur Deposition on regional and global scales: a multi-model evaluation, Global Biogeochemical Cycles, 20, GB4003, doi:10.1029/2005GB002672, 2006.

van Noije, T.P.C, H. J. Eskes, F. J. Dentener, D. S. Stevenson, K. Ellingsen, M. G. Schultz, O. Wild, M. Amann, C. S. Atherton, D. J. Bergmann, I. Bey, K. F. Boersma, T. Butler, J. Cofala, J. Drevet, A. M. Fiore, M. Gauss, D. A. Hauglustaine, L. W. Horowitz, I. S. A. Isaksen, M. C. Krol, J.-F. Lamarque, M. G. Lawrence, R. V. Martin, V. Montanaro, J.-F. Müller, G. Pitari, M. J. Prather, J. A. Pyle, A. Richter, J. M. Rodriguez, N. H. Savage, S. E. Strahan, K. Sudo, and S. Szopa, Multi-model ensemble simulations of tropospheric NO2 compared with GOME retrievals for the year 2000, Atmospheric Chemistry and Physics, 6, 2943-2979, 2006.

Sudo, K. and H. Akimoto, Global source attribution of tropospheric ozone: Long-range transport from various source regions, J. Geophys. Res., in press, 2007.

<口頭発表>

Sudo, K., Akimoto H., Hirenzaki M., K. Iwao, and Takahashi M., Source attribution of global O3 and CO: climatology and interannual variability, Joint IGAC/CACGP/SOLAS/WMO Symposium: Atmospheric Chemistry at the interfaces, 17-23 September 2006, Cape Town, South Africa.

須藤健悟, 秋元肇, “対流圏オゾン変動の気候影響評価: 化学気候モデル実験による初期結果”, 第17回大気化学シンポジウム, 豊川市民プラザ, 2007 年 1 月 10-12 日.

須藤健悟, “対流圏オゾンの熱帯域マッデン・ジュリアン振動”, 第17回大気化学シンポジウム, 豊川市民プラザ, 2007 年 1 月 10-12 日.

須藤健悟, 高橋正明、秋元肇、“全球対流圏オゾンの変動要因:エミッション・気候・成層圏オゾンの各変動の影響”、日本気象学会2006年度春季大会、つくば国際会議場、2006年5月21-24日。

秋吉英治, 吉識宗佳、永島達也、L. B. Zhou、今村隆史、高橋正明、黒川純一、滝川雅之 (2006): CCSR/NIES化学気候モデルを用いたオゾン層の将来予測実験, 日本気象学会2006年春季大会, つくば

秋吉英治,坂本圭,永島達也,今村隆史(2007): 2100年までのオゾン層将来予測実験,第17回大気化学シンポジウム,豊川

坂本圭,秋吉英治, 永島達也,L.B.Zhou,高橋正明(2006):太陽活動に対応する熱帯下部成層圏オゾンの変動,日本気象学会2006年秋季大会, 名古屋

坂本圭,秋吉英治,永島達也,L.B.Zhou,高橋正明(2007): 太陽11年周期に対応する熱帯下部成層圏オゾンの変動に関する解析,第17回大気化学シンポジウム,豊川

滝川雅之、庭野将徳、ポチャナート・パクポン、劉宇、金谷有剛、秋元肇、高橋正明、王自発, “中国泰山集中観測:全球/領域ネストモデルを用いた森林火災の影響評価”, 第17回大気化学シンポジウム, 豊川市民プラザ, 2007 年 1 月 10-12 日.


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