何が明らかになったのか?
日本への黄砂輸送量は過去100年間に緩やかな減少傾向を示した。こうした長期的な減少傾向に加え、偏西風経路の変動を反映した10年規模の黄砂輸送量の増減が起こっていることが明らかになった。
日本への黄砂輸送量は過去100年間に緩やかな減少傾向を示した。こうした長期的な減少傾向に加え、偏西風経路の変動を反映した10年規模の黄砂輸送量の増減が起こっていることが明らかになった。
東アジアの中緯度域には、中国西部のタクラマカン砂漠をはじめとする砂沙漠が数多く点在し、またモンゴル南部を中心とした広大な地域にはゴビ(礫砂漠)が広がる。こうした砂漠域からは毎年多くのダストが発生し、その一部は上空の偏西風に乗って北太平洋や遠くはアメリカ・ヨーロッパまで数千~数万km輸送される。このように長距離輸送されるアジアダストは、雲核としての働きや、栄養源(鉄)の供給を通じた海洋の生物生産への影響などから、その動態の理解に注目が集まっている。しかし、ダスト輸送に関わる長期データの不足によって、総観規模の気象場が、ダスト輸送の経年~数十年規模変動にどのように影響を与えているのか、その関係性の解明が進んでいない。そこで高い時間分解能を持つ湖沼堆積物および雪氷コアから、観測記録からは得られていない長期的なアジアダスト記録を抽出することで、アジアダスト輸送の特徴や変動要因を明らかにする必要がある。
アジアダストの輸送経路に沿って採取された、季節毎の分析が可能な日本の湖年縞堆積物と、カナダで採取された雪氷コアを用いて、アジアダストの沈積量とその供給源を過去100年間にわたって復元し、アジアダスト長距離輸送の季節性(どの季節にどこで発生したダストがどれだけ運ばれるのか)やダスト輸送の長期変動を明らかにすることが本研究の目的である。さらに、全球化学輸送モデルを用いたアジアダストの長期再現実験と、領域化学輸送モデルを用いた高解像度の再現実験を行い、ダスト長距離輸送の季節変動および長期的な変動を引き起こす気象場を解明する。
アジアダストの長距離輸送の季節性や年間を通じた沈積量およびその変動を供給源からの距離ごとに把握するため、本研究では、アジアダストの主な供給源(タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠)から2,500~5,000 kmに位置する福井県・水月湖で2012年に採取した湖の堆積物、約10,000 kmに位置するカナダのMount Loganで2002年に採取された雪氷コアを分析に用いた。
水月湖の表層堆積物(SG12-LM3, 35°35′N, 135°53′E, 全長25cm)は、2012年6月、研究代表者の長島が東京大学のグループと共に、湖の中央からリムノス式のグラビティコアラーを用いて採取した。そのうち、水月湖堆積物を特徴づける年縞(一年毎の縞)の枚数の計測等により構築された年代モデル(Suzuki et al., 2016, PEPS)から1920~2012年に相当すると推測される上部24cm分の試料を分析に用いた。
水月湖の堆積物には、アジアダスト以外にも湖周辺(水月湖集水域および水月湖に接する三方湖と三方湖に流入するはす川の集水域)から供給される砕屑物が多く混入する。従って、湖周辺から供給される砕屑物の特徴を捉え、アジアダストとの識別を可能にする必要がある。そこで、2012年6月20~24日にかけて水月湖および三方湖周辺域の調査を行い、集水域から複数の土壌試料を採取して分析に用いた。
一方、雪氷コアは、研究分担者である国立極地研究所の東久美子さんが国立極地研究所、アメリカ・ニューハンプシャー大学、カナダ地質研究所の共同プロジェクトとして、2002年にカナダ北西部のMount Logan (King. Col、海抜4135 m、全長220 m)から採取したコアの上部120 m(同一コアの酸素同位体比等に基づくと過去100年に相当)を分析に用いさせて頂いた。
水月湖の表層堆積物および水月湖・三方湖集水域の試料については、石英の物性(カソードルミネッセンス、電子スピン共鳴、結晶化度)分析、長石組成分析、粒度分析を行った。
King Colコアについては、Ca2+濃度の計測を季節毎の時間解像度で行い、一部の試料についてはダストの供給源推定のために石英のカソードルミネッセンス分析を行った。過去100年分のCa2+濃度データは、約5~10 cm間隔(約1か月間隔)で既に得られていたが、精度に問題がある試料が多く、本研究で約500点の再測定を行った。
石英のカソードルミネッセンス分析は、岡山理科大学のSEM-CL装置(JEOL, JSM-5410LV)を、石英の電子スピン共鳴分析は、東京大学のESR測定装置(JOEL, FA-100)を、石英の結晶化度、長石組成分析は海洋研究開発機構のX線回折装置(PANalytical, X’Pert Pro X-ray)を、カルシウムイオン濃度の計測には国立極地研究所のイオンクロマトグラフ(日本ダイオネクス, DX-500)を用いた。
本研究では、分析から得られた沈着データの理解を深め、長距離輸送の供給源や季節性、ダストの長距離輸送に有効な気象・気候メカニズムを解明するため、全球エアロゾル気候モデル(SPRINTERS)を用いて、ヨーロッパ中期予報センター (ECMWF)の20世紀同化プロジェクトから得られる過去100年の気象場のデータを基に、1960年代~1980年代のダスト輸送・沈着の数値実験を行った。
水月湖堆積物および水月湖・三方湖集水域の砕屑物の分析結果から、アジアダストと集水域から供給される砕屑物は長石の組成が異なることが明らかになった。すなわち、アジアダストは集水域に比べて灰長石/曹長石比が高い特徴を持つ。これは、降雨量が少ないアジアダスト起源域(中国・モンゴルの砂漠域)においてカルシウムに富む灰長石が保存されやすい事を反映している。一方、水月湖堆積物中の砕屑物の粒度分析結果から、水月湖に堆積する砕屑物はclayサイズおよびfine siltサイズが卓越する2つのWeibull分布を持つ粒子群で構成されることが明らかになった。さらに、長石組成との比較から、前者(clayサイズが卓越するWeibull分布を構成する粒子群)が集水域から供給される砕屑物、後者(fine siltサイズが卓越するWeibull分布を構成する粒子群)がダストであることが明らかになった。
この結果を基に復元した過去100年のダスト沈積フラックス(図1(a)参照)は過去100年で3.0 ~12.1 mg cm-2 y-1 の範囲で変動し、緩やかな減少傾向を示した。さらに1950年代~1970年年代半ばにかけてのダスト沈積フラックス減少が明らかになった。図1(c)(d)に基づくと、近年のモンゴルの温暖化に伴ってモンゴル~中国における春季の大気擾乱(シベリア~モンゴルからの寒気に流入に伴って引き起こされる)の頻度が減少し、ダスト発生頻度が減少したことが長期的な減少傾向の主要な要因である可能性が高い。
一方、ダスト沈積フラックス減少の減少が見られる1950年代~1970年年代半ばにかけては、太平洋十年規模振動(PDO)がマイナスになる時代に相当し、アリューシャン低気圧の弱化と共に、水月湖を含む北緯30-40度でダストの輸送を担う偏西風の風速減少と、北緯40-50度での風速増加が見られる(図1(e))。この結果は、ダストの輸送が高緯度側にシフトし、日本の中部にダストが輸送されにくくなった事を示唆する。一方、その前後の時代は、偏西風が北緯30-40度で強く、日本中部へのダスト輸送が増加した可能性が高い。そこで、水月湖におけるダスト沈積フラックスの十年規模変動が偏西風変動に伴うダスト輸送ルートの変動である可能性について、SPRINTERSのシミュレーション結果を用いて検証した。
シミュレーション結果に基づく、水月湖におけるダストの沈積フラックスが多かった1979-1982年と少なかった1969-1972年の500hPaにおける風向・風速およびダスト沈積フラックスの偏差(図2)を見ると、大局的にはダスト沈積フラックスが北緯35-42度付近で増加し、北緯42度以北で減少するトレンドが見られ、水月湖における沈積フラックスの増加トレンドと整合的である。また上空の風はモンゴル・中国~日本にかけての北緯30-40度付近で西風が強まっており、十年規模の偏西風変動が、ダスト輸送経路を変えている事が裏付けられた。
一方、ダスト輸送経路変動の可能性は、Mount Logan雪氷コアの結果からも示され、雪氷コアのCa2+濃度は水月湖におけるダスト沈積フラックスが減少する1950年代~1970年代半ばに増加する傾向が見られ、ミュレーション結果に示されたように、北緯30-40度と、より高緯度へのダスト輸送の逆トレンドが明確になった。こうしたダスト沈積フラックスの長期トレンドを観測データから示したのは本研究が初めてであり、モデルと組み合わせた検証から、十年規模のダスト輸送経路の変動を明らかにしたことにより、ダストによる北太平洋への鉄の供給が、生物生産へ与える影響を評価する上で重要なデータが得られた。また本研究の結果は、今後モンゴルの温暖化が進んだ場合に、アジアダストの輸送量が更に減少する可能性を示唆しており、ダストによる環境への影響が将来的にどのように変わっていくのかを理解するための礎になる。
本研究ではさらにMount Logan, King Col雪氷コアのCa2+濃度変動およびSPRINTERSのシミュレーション結果から、ダスト輸送の季節性の検証を行った。SPRINTERSの結果に基づくと、水月湖に比べMount Loganに輸送されるダストは春以外の季節の輸送がより卓越する傾向が明らかになった。一方、Mount Logan雪氷コアのCa2+濃度変動を詳しく検証すると、同一コアの酸素同位体比のピーク(秋にピークを持つことが知られている)との位置関係から、春のピークの他に、夏~秋にもピークが見られることがわかった。また、春のピークは他の季節に比べて高いが、夏~秋のピークは比較的長期に渡って緩やかに続くことが明らかになった。SPRINTERSの結果は、春よりも秋のピークが卓越する結果が得られており、モデルとMount LoganのCa2+濃度変動とでは、春以外の季節にもダスト輸送が見られる点で共通するものの、ダスト輸送量の季節性については相違が見られ、今後の更なる検証が必要である。