沿岸底生魚類の動態と個体群診断調査

実施年度

2015

タイトル

沿岸底生魚類の動態と個体群診断調査

課題・テーマ

課題1 漁場環境の変化プロセスの解明
代表機関:東北大学
テーマ2 宮城県沿岸域における生態系保全調査
代表者吾妻 行雄
所属機関東北大学
所属部署大学院農学研究科

調査内容

調査期間(調査頻度)
2015/04/01 - 2016/03/31
調査地域・海域
東北沿岸、日本海、オホーツク
調査種別
その他(遺伝解析)
調査概要
(1)背景・目的 地震・津波の影響にかかわらず、沿岸の海産生物は温暖化による地球環境変化の影響を受けてきた。2011年3月11の震災の影響をみるためには、過去数十年の異なる地点での個体数動態を解析し、分布・個体数の変化をみる必要がある。本研究では、まず、沖合底びき網漁業漁場別漁獲統計資料を利用し、数の動態データの傾向と要因解析を行い、温暖化などの地球環境変化および震災・地震の影響を明らかにする。さらに、同種内で個体数が増大している地域と減少している地域がある種を特定し、それらを用いて網羅的遺伝子解析を行い、環境変化の影響によって個体数の変化に関係する遺伝子群を検出する。また、青森沖で捕獲されたマダラが基準を超える放射線が検出されたこに関連し、分子マーカーを用いて、マダラの移動分散を調べる (2)方法 ・沿岸底生魚類の分布変化と動態変化の解析:1996年からの太平洋北区、北海道、日本海区沖合底びき網漁業漁場別漁獲統計資料、各海域での底水温、塩分濃度、溶存酸素量、クロロフィル量などを用いて、底生魚類(タラ類、ヒラメ類、カレイ類)7種の分布変化および個体数動態をGAMMを用いて解析したが、本年度は時空間動態モデルによる解析を行い、環境要因や漁獲数が漁獲高に与える効果を推定する。これにより、時空間自己相関の影響を除去し、環境変化による応答を予測するモデルを作成する。 ・本年度は、これまでに検出された1万のSNPマーカーを調べ、集団間で異なる選択を受けているSNPを探索する。また、温度、クロロフィル量、塩分濃度、溶存酸素量などと関連するSNPをする。また、これまでに温度適応に関係しているとみなされているヘモグロビンの遺伝子および遺伝子間領域の多型の検出を行う。 ・漁獲統計を用いた、結果と環境と対応するSNPを用いて、今後の環境変化にどう漁獲高が影響を受けるかを予測するモデルを構築する。

調査実施内容

調査結果
全ゲノム配列を用いた過去の個体数変動野推定  全ゲノム配列を用いて過去の個体数変動を推定した。100万年前から300万年前に生じた海水面の急激な変動や寒冷期において、スケトウダラはマダラと比較し、個体数の変動が安定しており、また、近年急速に個体数を増大させた種であると推定された。 中立マーカーを用いたマダラの集団構造 ミトコンドリアDNAについては合計65のハプロタイプが観察され、各地域4から19のハプロタイプが検出された。ハプロタイプ多様度は0.506から0.100(平均0.859)。多様度が最も低い地域は島根沖で得られた個体で、羅臼の個体で最も高い多様度を示した。遺伝的多様度(π)は0.001から0.005(平均0.002)となった。各地点のハプロタイプをnested cladogram algorithmを用いて再構築した結果、島根・鳥取沖で固有のハプロタイプがみられた。マイクロサテライト15遺伝子座を用いたSTRUCTURE解析から日本近海のマダラは日本海側の島根・鳥取沖とその他の北方海域とで遺伝的分化が生じていることが明らかとなった。有効集団サイズは南集団で146.5(88.6-361.3, 95%信頼区間)を示し、北集団では2289.7(954.5-∞, 95%信頼区間)であった。各地点間のペアワイズFSTはミトコンドリアDNAで-0.08~0.575、マイクロサテライトで-0.002~0.063であり、島根・鳥取沖とその他の地域間で有意に分化度が高かった。これは、日本の南西から鳥取沖に達する暖流の影響によって環境差が生じることで遺伝子流動が妨げられ、それぞれ異なる環境に適応したため地域分化が維持されている可能性が示唆された。 MIG-seqによるスケトウダラの集団構造解析と自然選択の検出 MIG-seqにより160の集団で共通のSNPが得られ、それを用いて集団間の遺伝的構造を推定した。160のSNPを用いたとき、日本近海の集団とベーリング海の集団で、異なる遺伝的構造が示された。しかし、自然選択を受けていると推定された16のSNP(後述)を除いて解析したところ、その違いは顕著でなくなった。  4つの推定法で、合計で16のSNPが自然選択を受けている変異として検出された。そのうち、4つの推定法すべてにおいて検出されたSNPは4つであった。その一つは、ZXDC遺伝子の上流域に位置し、この遺伝子は免疫(MHCの活性)に関する遺伝子であると推定された。この遺伝子は、特に、塩分と相関を示した。 RAD-seqによる太平洋マダラな集団構造解析と自然選択の検出 RAD-seqによるゲノムワイドなSNPマーカーは、個体あたり約2000万リードの配列データのうち、得られた遺伝子座は計1117遺伝子座となった。集団構造解析の結果から、日本近海のマダラは、日本海南部・日本海北部からオホーツク海・北太平洋北部の3集団に分けられ)、日本海南部とその他の北方海域とで遺伝子流動が極めて低いことが示唆された。また、自然選択を受けている遺伝子座は合計27座位検出された。このうち、GABA受容体遺伝子とヘモグロビン遺伝子の近傍に位置する遺伝子座について、日本海南部集団で高い頻度を示す遺伝子型が確認され、その遺伝子頻度と採集地の水温との間には相関関係が示された。このGABA受容体遺伝子は先行研究で、水温への選好性を左右させる効果があると示唆されているためマダラにおいてもこの遺伝子の変異による水温への選好性が異なる可能性が考えられる。また、ヘモグロビン遺伝子においても同様に水温への適応が生じていることが近縁種のタイセイヨウマダラで示唆されているため、日本海南部のマダラ集団においてもヘモグロビン遺伝子の変異による適応が生じている可能性が示された。 環境変動に対する個体数変動予測  今回調査した7種の海産底生魚類では、特に震災の影響を受け、漁獲が明らかに減少したという種はいなかった。漁獲数と環境要因との関係の解析から、マダラにおいて、日本海側南部と他の海域とで、漁獲数が最大になる海水温が異なっており、海水温などの変化や漁獲の影響によって、今後個体数が大きく影響を受ける可能性が示唆された。  今回、異なる環境で異なる選択を受けていると推定される変異を、マダラおよびスケトウダラで検出することができた。特に、マダラにおいてはGABA受容体遺伝子近傍の変異の検出に加え、近縁種のタイセイヨウマダラで温度適応に関係していることが示されているヘモグロビン遺伝子の変異がマダラでも検出することができた。これらのSNPを遺伝子マーカーとして用いて、モニタリングすることで、マダラの個体群が海水温の変化に適応的な反応をしているのかどうかを判断することができる。そこから、マダラの個体数が海水温の上昇に伴って、これまでの最適な海水温からの予測で減少するのか、適応的に反応するのかを予測することができると期待される。また、日本近海で漁獲されるマダラに、韓国近海の個体群の遺伝子流入が増加しているかどうか判断可能になると期待される。 問題点とその対応策 今後、これらSNPと環境との相関の詳しい解析をした上で、環境に相関するSNPを簡単にモニタリングできる手法を確立する必要がある。今後の継続的研究で可能になると思われる。

関連情報

実施(調査)窓口担当者

担当者名河田 雅圭
所属機関東北大学
所属部署大学院生命科学研究科

キーワード

実施年度2015
機関東北大学
調査種別その他
分野海洋生物・生態系 -> 対象生物:魚類