トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

2013年 5月 23日
独立行政法人海洋研究開発機構
ハワイ大学国際太平洋研究センター

地球温暖化に伴う赤道準2年振動の弱化傾向を発見
―地球規模の流れの変化を立証する新たな観測的知見―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦)地球環境変動領域の河谷芳雄主任研究員とハワイ大学国際太平洋研究センターのKevin Hamilton教授は、60年分の観測データを解析し、赤道域の成層圏(高度約18km-50kmの領域)に存在する赤道準2年振動(QBO)※1の強さが、過去数十年にわたって弱まっている事を世界で初めて発見しました。更に最新の気候モデルデータを用いた考察から、QBOが弱まる原因は高度19km付近の赤道上昇流が強まる為である事も示しました。本研究は世界の主要な気候モデルで予想されていた、成層圏の地球規模の流れ※2が地球温暖化によって強まる事を観測データから初めて立証し、世界的に懸念されているオゾンホールの今後に関連して、特に将来のオゾンホールの回復※3に関する検討に大きな示唆を与えるもので、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)※4」の科学的知見の集約に大きく貢献します。本成果は、文部科学省の科学研究費補助金若手研究B(研究課題番号:23740363)、基盤研究B(研究課題番号: 24340113)及び環境省の環境研究総合推進費(A1201)を使用しており、Natureに5月23日付け(現地時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Weakened stratospheric Quasibiennial Oscillation driven by increased tropical mean upwelling
著者名:
河谷芳雄1・Kevin Hamilton2
所属:
1.独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域
  地球温暖化予測研究プログラム 地球温暖化解析チーム
2.ハワイ大学国際太平洋研究センター

本研究成果の基盤となる現象「ブリューワー・ドブソン循環」と「QBO」の概略説明

○ブリューワー・ドブソン循環(BD循環)

最初に地球規模の南北・高さ方向の大気の流れを図1に示します。緑色は対流圏(赤道域で地表~約18km)と呼ばれ、日々の天気の変化が起きているところです。対流圏の上空に位置する成層圏(赤道域で高度約18~50km)では、矢印で示されているように、赤道域で上昇し、そこから南北両半球に広がり、北緯・南緯60度付近では下降する大規模な循環が存在します。この大規模循環は発見者の名前をとって、ブリューワー・ドブソン循環(BD循環)と呼ばれています。気候変動に大きな影響を与えるとされる大気中のオゾン、水蒸気、メタン等の化学物質は、この循環に沿って全球的に運ばれる為、極めて重要な地球規模の循環です。

○赤道準2年振動(Quasi-Biennial Oscillation: QBO)

次に赤道域成層圏の東西方向の流れ(東西風)を図2aに示します。赤道域成層圏では、東風と西風が交互に現れています。その周期は約28ヶ月で、2年に近いことから赤道準2年振動(Quasi-Biennial Oscillation: QBO)と呼ばれています。図2bにQBOの時間変化を高度別(18, 25, 32km)に示します。矢印の大きさは風の強さ、赤が西風、青が東風を表します。縦軸は高度で、右に行くほど時間が経過します。西風と東風は、まず高い場所に現れ、時間とともに低い場所へ移動し、高度18km付近で消滅しています。曲線グラフは高度25kmで見た東西風の時間変化を示します。"QBOの強さ"とは、西風・東風の大きさを意味し、図中では波の高さに相当します。QBOは図1の赤点線で囲まれた、強い上昇流が見られる場所に存在しています。

2.経緯

現在、世界中の主要な気候モデルのほぼ全てが、地球温暖化に伴ってBD循環が強まる事を予測しています。地球温暖化は既に始まっており、実際にBD循環が強まっているかどうかを各種観測データ解析から検証する試みが行われてきました。しかしながら、BD循環に伴う赤道域上昇流は0.3 mm s-1程度と非常に弱く、現在の観測技術ではその直接観測は不可能です。したがって、BD循環が強まっている事を明示する実証的な観測データは無く、気候モデルの予測が正しいかどうかは確認されていない状況です。

ところで、QBOとBD循環に伴う赤道域上昇流は密接に関連し合っています。図3に示すように、BD循環に伴う赤道域上昇流は、QBOの西風・東風が上から下に下りようとするのを妨げる働きをします。近年の著者らの数値実験※5から、地球温暖化に伴って赤道域上昇流が強まると、QBOが下まで十分に下りる事が出来なくなり、高度19km付近のQBOは弱くなる事を解明しました。これによって、東西風の観測データを用いてQBOを解析する事で、赤道域上昇流の変化を考察する事を可能としました。

3.成果

本研究では1953年から2012年までの60年分の東西風観測データを解析し、QBOの強さの変化を調べました。図4aに、観測データから計算された高度19km付近におけるQBOの強さの時間変化を示します。値が大きいほど、QBOの強さ、すなわち西風・東風が大きい事(図2参照)を意味します。この図から60年間でQBOの強さは約35%減少している事が見出されました。さらに、同じ解析手法を用いてIPCC※4の第5次評価報告書に使用される、最新の気候モデルデータについて、地球温暖化に伴うQBOと赤道域上昇流の変化を解析しました。QBOを再現する事に成功しているドイツ、イギリス、日本の気候モデル全てで、20世紀から21世紀にかけて、QBOが弱まり、赤道上昇流が強まっている事が確認されました(図4c~h)。また、温暖化を伴わない気候モデル実験では、このような変化は見られませんでした(図略)。

本研究は、観測データを用いて地球温暖化のシグナルがQBOという現象に現れている事を示すとともに、今まで気候モデルで予測されていたBD循環の強化について、観測データから世界で初めて立証した成果です。

また、本研究成果が、地球温暖化のシグナルと現象を実証的に明示したことによって、例えば、世界的に注目されているオゾンホールについて、オゾンは主に赤道域成層圏で多く生成され、BD循環の流れに沿って南北両半球へ運ばれているので、BD循環の強化は、より多くのオゾンが赤道域から中高緯度(北緯30度以北、南緯30度以南)へ運ばれる事になり、オゾンホールが回復※3する方向に働きかける可能性を論理的に示しています。

4.今後の展望

本研究成果は、地球温暖化の科学的知見を取りまとめているIPCCの活動に貢献するとともに、将来に向けての気候変動、特に、大気環境の変動予測精度の向上を促し、適正かつ安定した社会生活、産業経済の進展に寄与することが期待されます。

本研究で使用した日本の気候モデルは、海洋研究開発機構の所有する「地球シミュレータ」を用いて、文部科学省科学技術試験研究委託事業「21世紀気候変動予測革新プログラム(平成19年度-23年度)」で開発・実験が行われました。その後継事業である「気候変動リスク情報創生プログラム」では、更なる高精度な気候モデル開発が行われています。また世界の気候モデルを集めて解析する事で、不確実性を低減させ、より確かな気候変動予測に結びつきます。本研究で引用した先行研究※5は環境省地球環境総合推進費S-5「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究(平成19年度-23年度)」のサブテーマであるS5-2「マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究」の成果です。本研究はS5-2の趣旨を引き継いだ環境省地球環境総合推進費A1201「CMIP5 マルチモデルデータを用いたアジア域気候の将来変化予測に関する研究(平成24年度-26年度の予定)」の中で生まれた成果です。ところで、南極昭和基地に設置されている、日本発の南極最大の大型大気レーダーPANSYを用いて、オゾンホールを含めた気候変動に関する最新観測研究も始まっています。より確かな気候変動の解明の為に、これらの気候モデルと観測データ解析を組み合わせて更なる検証を進めていく必要があります。

※1 赤道域の西風と東風が約28ヶ月の周期で交互に吹いている現象。図2参照。

※2 ブリューワー・ドブソン循環と呼ばれる、赤道から南北に広がる循環。図1参照。

※3 世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)による「WMO/UNEPオゾン層破壊の科学アセスメント」より。オゾン層破壊の現状や見通しについてまとめてある。

※4 国際的な専門家で作る気候変動に関する最新の科学的、技術的、社会・経済的な知見の収集、整理の為の政府間機構。2007年ノーベル平和賞受賞。現在第5次成果報告書を作成している。

※5 Kawatani et al. 2011, 2012, Journal of the Atmospheric Scienceに掲載

図1

図1:高度約50kmまでの南北・高さ方向の大規模循環場の模式図。緑色領域は対流圏(赤道域で地表~約18km)、青色領域は成層圏(赤道域で約18km~50km)。赤道成層圏は上昇流で、そこから南北に広がり、高緯度では下降流になっている。オゾン等の化学物質は矢印に沿って運ばれる。赤点線はQBOが存在する領域。

図2

図2:(a)高度25kmの東西風。赤→が西風、青←が東風。左から順に2009年1月(西風)、2010年4月(東風)、2011年5月(西風)。このように赤道域成層圏では西風と東風が交互に吹いていて、その周期は約28ヶ月である。この現象を赤道準2年振動(QBO)と呼ぶ。(b)高度18, 25, 32kmにおけるQBOの時間変化。右へ行くほど時間が進む。矢印が大きいほど風が強い事を示す。西風と東風は、時間の経過とともに高い場所から低い場所へ移動し、高度18km付近で消滅する。曲線グラフは高度25kmの東西風の時間変化。グラフの上側が西風、下側が東風。"QBOの強さ"とは、この波の高さ(振幅)である。

図3

図3: (上)現在気候と温暖化気候におけるQBOの時間-高度断面図。赤が西風、青が東風。右へ行くほど時間が進む。西風・東風が時間とともに高い場所から低い場所へ下りる様子を示す(図2の赤色・青色の矢印の変化と同じ)。(下)QBOと赤道域上昇流の模式図。温暖化にともなって赤道域上昇流が強まると、QBOが低い場所まで十分に下りる事が出来なくなり、高度約19km付近でQBOが弱まる。

図4

図4:高度約19kmにおける(左)QBOと(右)赤道域上昇流の変化。(a,b)が観測データ、(c,d)がドイツ、(e,f)がイギリス、(g,h)が日本の気候モデルによる計算結果。縦軸の値が大きいほど、(左)QBOに伴う西風・東風の風速、(右)上昇流が大きい事を意味する。20世紀から21世紀にかけてQBOは弱まり、赤道域上昇流は強まる様子が見られる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 地球温暖化予測研究プログラム 地球温暖化解析研究チーム
主任研究員 河谷芳雄 電話:045-778-5585 yoskawatani@jamstec.go.jp
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198