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プレスリリース

2013年 6月 5日
独立行政法人海洋研究開発機構

原発事故1か月後には太平洋の深海まで放射性セシウムが到達
―西部北太平洋のセジメントトラップ試料から検出された放射性セシウム―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境変動領域の本多牧生チームリーダーとむつ研究所の川上創技術研究主任らは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故によって大気中に放出された放射性セシウムが事故の約1か月後には西部北太平洋の深海まで到達していたこと、ただしその到達量は海洋表層に到達した放射性セシウムの1%以下であり、ほとんどの放射性セシウムは海水に溶存していることを明らかにしました。本成果は、当機構が2001年から行ってきた「海洋における物質循環に関する調査研究」における定点観測データに基づく成果であり、事故に伴う放射性物質の放出前後で沈降粒子中の放射性物質を観測した、世界で唯一の成果です。

これらの成果は海洋に供給された放射性物質が今後どのように移動、拡散、分布するかを予測するための資料になることが期待されます。

本成果は、Biogeosciences vol. 10 (2013) に6月3日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:
Concentration and vertical flux of Fukushima-derived radiocesium in sinking particles from two sites in the Northwestern Pacific Ocean.
著者:
本多牧生1、川上創2、渡邉修一2、才野敏郎1
1. 地球環境変動領域 物質循環研究プログラム、2. むつ研究所

本成果速報は平成24年3月14日に開催されたJAMSTEC2012において紹介されました。また詳細は6月7日(金)東京で開催される環境放射能除染学会国際シンポジウムで報告予定です。

2.背景

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、地震とそれに伴う津波に起因して福島第一原子力発電所から、大量の放射性物質が外部へ放出される事態が発生しました。放出された放射性物質の多くは、水素爆発、ベントにより大気経由で、そして汚染水として西部北太平洋に供給されました。そのため、海洋へ供給された放射性物質による環境・生物・生活への影響を推定するために、放射性物質の海洋内での移動、拡散状況、海水・海洋生物・沈降粒子・海底堆積物への分配状況を把握することが喫緊の課題となり、多くの調査が開始されました。JAMSTECでも「東日本大震災海洋科学調査研究」の一環として海洋の放射性物質観測・数値シミュレーション調査研究を開始しました。

本多チームリーダーと川上技術研究主任らは2010年から西部北太平洋の観測定点2点(亜寒帯循環観測定点K2:福島原発から北東へ約2,000km, 亜熱帯循環観測定点S1:福島原発から南東へ約1,000km。図1)に時系列式沈降粒子捕集装置(セジメントトラップ。図2)を設置、長期間連続して沈降粒子(マリンスノー)を捕集し、生物活動により海洋表層付近で生物により固定された(粒子態となった)二酸化炭素等の物質が深海に、いつ、どれぐらい、輸送されるかを観測研究してきました。福島原発事故当時もセジメントトラップが観測定点K2とS1の水深200m、500m、4,810mに設置されていました。事故から約3か月後の6-7月、海洋地球研究船「みらい」MR11-05航海において、これらのセジメントトラップは無事回収されました。セジメントトラップには事故前後のマリンスノーが捕集されていました。

3.成果

2011年3月~2011年7月の間、観測定点K2、S1において12日間隔で捕集されたマリンスノーのうち、試料が十分に捕集できた水深500mおよび4,810mについて放射性セシウムを測定したところ、どちらの観測定点においても水深500mでは2011年3月25日以降に捕集されたマリンスノーから、水深4,810mでは2011年4月6日以降に捕集されたマリンスノーから、福島原発事故で放出された放射性セシウムが検出されました(図3)。放射性セシウムが検出された日時と水深から、粒子状放射性セシウムの海中での沈降速度を計算したところ、海洋表層-水深500m間は1日当たり数十m、水深500m-水深4,810m間は1日当たり180m以上であることがわかりました。またマリンスノーの放射性セシウム濃度は両観測定点の水深500m、4,810mの4箇所の平均で1グラム当たり約0.2ベクレルでした。この濃度は2011年4月にそれぞれの定点の表層付近で別途観測された海水や動物プランクトンの濃度に比べて数十倍から数千倍と高いものでした。ただしその総量は大変小さく、水深500m以深に沈降してきた粒子状の放射性セシウムは放射性セシウム-137で1平方メートル当たり0.5~2ベクレルでした。両観測定点へ大気経由で運ばれてきた放射性セシウムは2011年4月の海水調査で、1平方メートル当たり約450~550ベクレルと推定されているので、水深500m以深に輸送された放射性セシウムは1%以下であり、ほとんどのものは海水に溶存していることが推察されました。

本研究に関し、本多チームリーダーや川上技術研究主任らは2011年以降も上記観測点にセジメントトラップを設置しマリンスノーの捕集を続けています。また2011年7月からは米国のウッズホール海洋研究所と協力して福島原発により近い場所(定点F1: 福島原発から東南方向に約100km)にもセジメントトラップを設置、マリンスノーの捕集を開始しました。さらにそれぞれの観測点で海水、生物試料、海底堆積物を引き続き採取しています。

4.今後の展望

今後、西部北太平洋の様々な場所で、より長く、より多くの海洋試料中の放射性セシウムを測定する事により、放射性セシウムの移動・拡散状況、海水による希釈速度、海底堆積物への堆積・再懸濁状況、さらには放射性セシウムの粒子としての存在形態、などをより詳細に解明していきます。これらの観測結果は数値シミュレーションによる福島原発事故で放出された放射性物質の時間的拡散予測精度の向上と、それによる環境への影響予測の向上に寄与することが期待されます。

図1

図1 観測定点K2とS1。同心円は福島第一原子力発電所(FNPP1)からのおおよその距離。このK2とS1には原発事故当時、沈降粒子捕集装置セジメントトラップ(詳細は図2参照)が係留していた。

図2

図2 時系列式沈降粒子捕集装置(セジメントトラップ)
黄色いコーン状の容器上部から沈降してきたマリンスノーを、防腐剤の入った容器下部の捕集カップに捕集。捕集カップは回転板に21個装着されており、あらかじめ設定した期間ごとに回転板が回転する事で交換される。これを海底から浮力材により緊張係留した(張力をかけて直立させた)ワイヤーの様々な深度に装着することで、各深度における期間ごとのマリンスノーを捕集する。これを通常は約1年間係留、1年後に船上から切離装置に音響信号を送信して、シンカーを切り離し、係留系を浮上させる。船上でマリンスノー入りの捕集カップを回収し冷蔵保存。陸上に持ち帰りマリンスノーの放射性物質ほか各種成分を化学分析する。

図3

図3 2011年3月1日(1 Mar)以降、各セジメントトラップで観測された放射性セシウムフラックス(134Cs flux:棒グラフ)と濃度(134Cs activity:折れ線グラフ)。(a) K2,500m, (b) K2 4,810m, (c) S1 500m, (d) S1 4,810m。日付はそれぞれの捕集カップがマリンスノー捕集を開始した日。12日毎のマリンスノーが捕集された。BDLは放射性セシウム濃度が検出限界以下のマリンスノー。水深500mでは2011年3月25日(25 Mar)、水深4,810mでは4月6日(6 Apr)以降のマリンスノーから放射性セシウムを検出。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 物質循環研究プログラム 本多 牧生 電話:046-867-9502
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198