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2013年 9月 3日
独立行政法人海洋研究開発機構
独立行政法人理化学研究所

海底から噴出する熱水を利用した燃料電池型発電に成功
~深海における自律的長期電力供給の可能性~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海底資源研究プロジェクトの山本正浩研究員と理化学研究所・環境資源科学研究センターの中村龍平チームリーダーらの共同グループは、沖縄トラフに人工的に作られた深海底熱水噴出孔(人工熱水噴出孔*1)において熱水と周辺海水の電気化学的な現場測定を行いました。この結果に基づいて、熱水と海水を燃料にできる燃料電池(以下、熱水-海水燃料電池*2)を人工熱水噴出孔に設置して、深海底での実発電に成功しました。

海底から噴き出す熱水には硫化水素のように電子を放出しやすい(還元的な)物質が多く含まれており、一方で周辺の海水には酸素のように電子を受け取りやすい(酸化的な)物質が多く含まれています。私たちはこの熱水と海水の間に電子の受け取りやすさの違い(酸化還元勾配)があることに注目し、そこから電力を取り出す方法を試験しました。具体的には、熱水噴出孔とその周辺海水にそれぞれ電極を設置するというシンプルな方法で燃料電池を構築し、発電を行いました。この方法は、燃料となる熱水と海水が無尽蔵に供給されることから、電力の長期にわたる安定供給に適しています。これまで海底熱水活動域での発電については温度差や蒸気を利用したものが研究されていますが、それらと比較して本手法は単純な装置で発電でき、また、腐蝕に強く長期に渡り使用可能であると考えられます。今後は、長期的な試験を重ねてこのことを確かめる予定であり、活発化する深海熱水活動域での研究や開発の現場において電力を供給するための重要な技術になると期待されます。

本研究結果は、9 月3 日(日本時間)付の「ドイツ化学会誌インターナショナル版(Angewandte Chemie International Edition)」オンライン版に掲載されました。また、本成果は現在特許出願中です。

タイトル:
Electricity generation and illumination via an environmental fuel cell in deep-sea hydrothermal vents
著者:
Masahiro Yamamoto1、Ryuhei Nakamura2、Kazumasa Oguri1、Shinsuke Kawagucci1、Katsuhiko Suzuki1、Kazuhito Hashimoto3、Ken Takai1
1. Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC)、2. RIKEN Center for Sustainable Resource Science、3. Department of Applied Chemistry, The University of Tokyo Doi: 10.1002/anie.201302704

2.背景

化石燃料や原子力に頼らない発電方法として、海洋の様々なエネルギーを電力に変換する技術が研究されており、海洋資源の探査や開発を行う上でも重要な技術として注目が集まっています。例えば、火山帯である日本列島近海の海底には特に多数の熱水噴出孔が発見されており、このエネルギーの発電への利用が期待されています。この一つとして、これまで熱水と海水との温度差を利用した発電方法の開発が行われてきました。これに対し、熱水には電子を放出しやすい(還元的な)物質が豊富に含まれており、一方で周囲の海水には電子を受け取りやすい(酸化的な)物質が豊富に含まれていることから、両者間の電子の移動を人工的に促進させることでも電力を取り出すことが可能であると理論的に考えることができます。しかしながら、このような電気化学的な発電を深海で試した例はなく、またその基礎となる電気的な解析も深海熱水を対象に行われた例はほとんどありませんでした。

3.成果

2010年の統合国際深海掘削プログラム(IODP)の活動で沖縄トラフの伊平屋北フィールドで海底掘削研究が行われ、いくつかの人工熱水噴出孔が作られました。私たちの研究グループは、2012年に研究船「なつしま」と遠隔操作型無人探査機(ROV)「ハイパードルフィン」を用いて、これらの人工熱水噴出孔の一つを使って発電に関する実験と観測を行いました。具体的には、深海に電気化学的な測定を行える装置を持ち込み、熱水や海水が持つ電気的な特徴の調査を世界で初めて本格的に行うことにより、熱水と周辺海水の間には約520mVの電位差があることが実測によって確かめられました。そして、熱水中では水素や硫化水素などの還元的な物質から電子が電極に流れ、海水中では電極から酸素や酸化鉄などの酸化的な物質に電子が流れる様子を観測しました。そして、この一連の電子の流れから電力を取り出す装置として熱水ー海水燃料電池を作製し、人工熱水噴出孔に設置しました。熱水ー海水燃料電池とは、電動機器(今回はLEDライト)を熱水側の電極と海水側の電極の間に電線でつなぐだけのシンプルな構造の燃料電池であり、深海での発電によって消費電力が21mWの LEDライトを点灯させることに成功しました。今回設置した燃料電池では電極のサイズが小さいので微小な発電に留まりましたが、この熱水噴出孔が持つ化学エネルギーの潜在能力は2.6kWと試算されており、電極の大きさ・構造・素材などを工夫することでもっと大きな電力を取り出す事が可能であると考えられます。また、熱水噴出孔に自然に沈殿する硫化鉱物が電極に付着した場合にも燃料となって消費され溶解することや、硫化鉱物自体が電極として機能できることが実験的に確かめられたことから、この熱水ー海水燃料電池の電極が硫化鉱物などで覆われにくく、仮に硫化鉱物で覆われた場合にも高い発電能力を維持できることが予想されました。このような特徴を備えつつも、熱水ー海水燃料電池は装置の基本構造が非常に単純なため、幅広い応用が可能であると考えられます。

4.今後の展望

熱水噴出孔周辺は硫化水素が多く含まれるため装置の腐食が進行しやすい環境ですが、熱水ー海水燃料電池では硫化水素による腐食を抑制できるという上述の予想を確かめるため、長期的な運転を観察することで実際の耐久性を試験する必要があります。また、熱水と海水の温度差や熱水噴出の流勢など利用した発電と熱水ー海水燃料電池による発電を組み合わせることで、熱水噴出口から最大限の電力を取り出すことが可能になると考えられ、最終的に海底に電力供給システムを作ることができれば、深海での研究や開発に貢献することが期待されます。

※1 人工熱水噴出孔:海底掘削によって海底下の熱水溜まりまで掘り抜くことで、人工的に作られた熱水噴出孔。天然における熱水噴出孔とは地熱で熱せられた水が噴出する割れ目のことであり、深海では水圧が高く水の沸点が上がるため、熱水は300℃以上に達することもある。天然の熱水噴出孔周辺は、活発な生物活動がよく見られるが、噴出する熱水中に溶解した各種の化学物質と周囲の海水中の化合物の化学反応からエネルギーを取り出し有機物を合成する微生物が食物連鎖の底辺を支え、その上位にジャイアントチューブワーム・二枚貝・エビなどがみられる。人工熱水噴出孔は、噴き出す熱水が天然熱水と同じ成分を持ち、無人探査機による接近が容易で、決まった位置から安定的な熱水噴出が見込めるといった長所を持つので、海底熱水を長期的に利用するのに都合が良い。

※2 熱水ー海水燃料電池:熱水と海水を燃料とする燃料電池。筆者の造語。燃料電池とは補充可能な燃料を供給することで継続的に電力を取り出すことができる発電装置である。燃料として必ず負極剤(負極に電子を渡す燃料)と正極剤(正極から電子を受け取る燃料)の2種類がいる。熱水ー海水燃料電池では熱水が負極剤、海水が正極剤となる。熱水側と海水側にそれぞれ負極と正極となる電極をさらし、その電極の間に何らかの電動装置を電線で連結させるだけという、とてもシンプルな構造から成る。

図1

図1 深海熱水噴出孔の写真

沖縄トラフ伊平屋北フィールドの深海熱水噴出孔。中央に見えるのがチムニー(煙突)と呼ばれる構造物で熱水の成分が沈殿して形成される。多くの場合は硫化鉱物が主成分となる。チムニーの先端辺りに熱水噴出を示すゆらぎを観察できる。周囲にはゴカイやエビなどの動物が繁殖している。

図2

図2 人工熱水噴出孔

海底掘削によって人工的に作られた熱水噴出孔。海底下の熱水溜まりまで穴を掘り、ステンレス製のケーシングパイプで海底面まで熱水の通路を作る。常にガイドベースと呼ばれる安定した土台の中央から熱水が噴出するため、天然の熱水噴出孔と比べて、無人探査機の噴出孔への接近や熱水の観測が容易になる。

図3

図3 熱水ー海水燃料電池の概念図

今回使用した燃料電池の構成。熱水側電極とLEDライトと海水側電極を電線で連結しただけの単純な構造である。熱水側電極には直径3cm×長さ40cmのチタンパイプの内部にイリジウムを塗布したチタン網を配した。海水側電極は白金を塗布した50cm×50cmのチタン網である。熱水側電極では主に硫化水素(H2S)が酸化され電子が電極に流れ込む反応が進行する。海水側電極では主に酸素(O2)が電極から電子を受け取り還元される反応が進行すると考えられる。

図4

図4 熱水ー海水燃料電池の写真

A) 熱水ー海水燃料電池の全体写真。ただし電極(海水側)は写真から切れている(写真左)。
B) LEDライトを別カメラで正面から撮影したもの。3個の赤色のLEDが点灯しているのが分かる。
C) 電極(熱水側)周辺の拡大写真。電極(熱水側)のチタンパイプの先端側に人工熱水孔とそこから噴き出す熱水が見える。チタンパイプの反対側には緑色の取手が付いていて、その取手を無人探査機のロボットアームがつかんでいる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海底資源研究プロジェクト 海底熱水システム研究グループ
研究員 山本 正浩 電話:046-867-9710
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198