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2013年 12月 19日
独立行政法人海洋研究開発機構
株式会社鶴見精機
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」、理事長 平 朝彦)は、株式会社鶴見精機(社長 立川 道彦)と共同で開発した深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA(ディープニンジャ)」を用いて平成24年12月より南極アデリー海岸沖にて南極底層水の長期観測を行っておりましたが(平成24年1月22日既報)、1台の「Deep NINJA」が約6ヶ月間にわたる冬季海氷下の連続観測(「越冬」)を成功させ、11月末からデータ送信を再開したことを確認しました。
このデータには、冬季海氷下で「Deep NINJA」が観測した深層4,000mまでの水温・塩分データが含まれており、南極底層水の冬季の状況を知ることができます。冬季に海面が海氷で覆われてしまう海域において、海氷下の水深2,000mを超える深層の水温・塩分の鉛直構造を長期にわたり継続して観測し、そのデータを海氷がなくなってから日をおかずに入手することに成功したのは本件が世界で初めてであり、これまで十分な観測データがなく不明な点の多かった南極底層水の冬季の状態が明らかとなることで、その長期変化や昇温メカニズムの解明に向けて大きく前進したと言えます。
なお、本件は、JAMSTECが実施した「実用化展開促進プログラム」(※1)の下、深海用プロファイリングフロートとして世界に先駆けてその実用化に成功したものです。
2.背景
これまで、深層域では温度変化がほとんど起こらないと考えられていましたが、近年の調査で、太平洋深層(4,000m以深)で有意な昇温が確認されていることから、JAMSTECにおいてもその原因究明に取り組んでいます。太平洋は、南極大陸の周辺海域等で深層に沈み込んだ海水が湧昇する、海洋大循環の終端部にあたりますが、最新の知見によれば昇温の原因は南極アデリー海岸沖で潜り込む南極底層水の昇温にあると推定されています。
この南極底層水の長期変化や昇温メカニズムを明らかにするためには、年間を通じた観測、特に海水の沈み込みが発生する冬季の水温や塩分などの詳細な観測データが必要となります。しかし、これまで南極海の深層観測で主に用いられてきた海中繋留系は、システムが大がかりなために設置や回収に多大な労力が必要となり、また観測もセンサの設置深度に限られる上、データの入手は回収後になります。また他の従来型の観測機器も、海が結氷する冬季の運用が難しいものや、逆に冬季のみしか使えないもの、水深2,000mを超える深層での観測に対応していないものなど(表1)、水深3,000mよりも深層に分布している南極底層水の季節変化を捉えるには必ずしも適していません。そのため、科学的な検証を行うための十分な観測データを得ることができていませんでした。
3.深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA」とその「越冬」
そこで、JAMSTECは、平成24年12月に冬季を含む南極底層水の長期変化を継続観測することを目的として、鶴見精機と共同で開発した3台の深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA」を南極アデリー海岸沖に投入しました。
「Deep NINJA」は、最大で水深4,000mまでの海中を漂いながら水温と塩分を観測することのできる、全長210cm、重量約50kgの小型の海洋観測ロボットです(図1)。本装置は、海面が海氷で一年中覆われている海域を除く世界中の海洋で運用でき、その観測可能領域は世界海洋の体積の約9割に達します。
この「Deep NINJA」は、10日から1ヶ月に1度、海洋深層より観測を行いながら浮上し海面に到達後衛星通信により観測データを送信した後、再び海中に沈みます。浮上域に海氷の存在が予想される場合には、海氷による損傷を避けるために海面下約50mで観測を中止して再び海中へ沈むようにプログラムされています。この場合、観測データは内部に保存され、海氷が融け、データ通信が再び可能になったときに送信される仕組みです(図2)。
平成24年12月に「Deep NINJA」を投入した南極アデリー海岸沖の海域では、南半球が冬となった本年6月頃から海面が海氷に覆われたため、「Deep NINJA」からのデータ通信が休止していましたが、平成25年11月25日に、そのうちの1台からデータ送信が再開されたことを確認しました。また、受信したデータから、南極アデリー海岸沖が海氷に覆われた本年6月から11月にかけての海氷下の水深4,000mまでの観測データが得られたことを確認しました。このことは、「Deep NINJA」が事実上の観測空白域であった冬季海氷下の海洋深層の観測データの取得に成功したと同時に、同海域における平成24年12月から一年を通しての海洋深層の観測に成功したことを意味します(図3)。
4.本観測の意義と今後の展望
研究チームでは、今回「Deep NINJA」によって得られた冬季海氷下の南極底層水の観測データの解析を進めています。今後、同海域の深層に分布する南極底層水の水温や塩分の季節変化が明らかになることで、その長期変化や昇温のメカニズム、さらに太平洋深層の昇温メカニズムの解明につながっていくものと期待されます。
また、これまで海洋観測機器は海外の技術・製品が主流でしたが、国産の深海用プロファイリングフロートが冬季に海面が海氷で覆われる海域でも観測を行えることを実証した点において、我が国の海洋観測技術上非常に意義深い成果であると言えます。 さらに、南極海や北大西洋高緯度域などの、船舶によるアクセスが難しく気象や海洋環境が非常に厳しい海域で形成される深・底層水の季節変化や長期変化を捉えるためには、海氷を検知してそれを回避する、「越冬」機能を備えた深海用プロファイリングフロートによる観測が最も適していると言えます。今後、このような高緯度域における深・底層水の観測に、「Deep NINJA」を始めとする深海用プロファイリングフロートが広く利用されることが期待されます。
なお、JAMSTECでは、平成25年度中に複数台の「Deep NINJA」を他の研究機関と協力して南極海へ展開し、南極底層水の長期観測を継続する予定です。また、「Deep NINJA」が観測した水温・塩分データは、アルゴ計画(※2)を通じてインターネットにより提供される予定です。
※1 実用化促進展開プログラム:研究開発成果の実用化や企業等との共同開発による製品化による社会還元を促すための取り組みとして、JAMSTECが平成19年度より実施している所内の競争的資金制度。これまでに、海洋開発や深海バイオに関する成果を用いた製品化や特許の実施許諾に成功するなどの実績を上げている。
※2 アルゴ計画:世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関および30の国・地域・関係諸機関の協力の下、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムの構築を目指し2000年にスタートした国際科学プロジェクト。現在、3,500台を超えるプロファイリングフロートが世界中の海洋で常時稼働して水深2,000mから海面までの水温・塩分の観測を行っている。これにより深層を除く海洋の全体構造について、約300km平均間隔(緯度・経度にして約3度毎)で実況を捉えることが可能となる。
図1:(写真左)深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA」。全長は210cm、重量は50kg。上部に水温・塩分センサと通信アンテナがある。(写真右)「Deep NINJA」の投入地点。
図2:「Deep NINJA」による海氷を検知し回避する(「越冬」)機能の模式図。
図3:南極アデリー海岸沖海域において「Deep NINJA」で観測された水温(図左)と塩分(図中)の鉛直プロファイルデータ。水深約3,000mよりも深い部分に南極底層水(水温0°C以下、塩分34.65~34.7)が観測されている。図右は観測の行われた位置を示す。なお冬季海氷下(2013年6-11月)で観測されたものは赤線・赤丸で示しており、海氷下の観測位置はその前後の観測位置から推定した。
表1:深海用フロート「Deep NINJA」と従来の観測手段との比較。
観測手段 | 海中繋留系 | ブイ(海面繋留系) | 海氷設置型プロファイラー | 従来型フロート | 深海用フロート 「Deep NINJA」 |
---|---|---|---|---|---|
海氷下の観測 | ○ 海面への露出部がないため海氷の影響はない |
△ 海面ブイが海氷等で損傷するため非常に困難 |
○ 海氷が溶けると観測装置は亡失 |
○ ただし「越冬」機能を搭載したものに限る |
○ 「越冬」機能を標準搭載 |
2000mを超える深海観測 | ○ 深層にセンサ取り付けで可 |
○ 深層にセンサ取り付けで可 |
△(×?) 深層にセンサの取り付け(重量的に不可?) |
× 最大2000mまで |
○ 最大4000mまで |
データ入手の即時性 | × 数ヶ月-1年後 繋留系の回収後 |
◎ 即時 センサ-ブイ間の通信が必要 |
◎ 即時 センサ-海氷上装置の通信が必要 |
○ 数日-1ヶ月後 海氷がなくなった後の浮上時 |
○ 数日-1ヶ月後 海氷がなくなった後の浮上時 |
得られる観測データ | 設置点 センサの取り付け深度のみ |
設置点 センサの取り付け深度のみ |
設置点の近傍 センサの取り付け深度のみ or プロファイルデータ |
投入位置の近傍 プロファイルデータ |
投入位置の近傍 プロファイルデータ |
Deep NINJAとの比較 | 1深度の水温・塩分観測のみでデータ入手が遅い。 | 1深度の水温・塩分のみ。通信用海面ブイの冬季の維持は困難 | 海氷のある場合のみ。深層観測は(おそらく)困難 | 深海観測ができない | |
その他設置方法や費用・必要な労力など | 従来の南極海観測の主流。 システムは大規模で高価。船舶による設置・回収のため作業量が大きい。 |
システムは大規模で最も高価。船舶による設置・回収が必要で作業量は最大。 | 機器を航空機等で海氷上に運搬し、設置する必要。システムは大規模・高価で作業量は大 | 船舶等で投入、投棄型。 廉価(フロート本体と通信費)で作業量小。 |
船舶等で投入、投棄型。 やや廉価(フロート本体と通信費)で作業量小 |
参考
深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA」開発の経緯