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プレスリリース

2014年 9月11日
独立行政法人海洋研究開発機構

温室効果ガス(※1)排出量推定、見直しの可能性を示唆
~大気中における水酸基ラジカル(※2)分布を総合的に評価~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」という)地球表層物質循環研究分野のプラビール・パトラ主任研究員らは、活性酸素の一つであり、温室効果ガス(※1)や大気汚染物質の大気中での寿命に大きな影響力を持つ「水酸基ラジカル」(※2)の南北半球における大気中濃度の比率について、独自に開発した化学輸送モデル(※3)と高精度かつ広域な最新の地表観測ネットワーク、航空機観測から得られたデータを用いて総合的に評価しました。水酸基ラジカルについて、大気中濃度を測定するための様々な評価手法が考案されてきましたが、このような多面的な手法を用いた評価は、世界で初めての試みです。

これまで化学輸送モデルを用いた研究成果などから、化学物質の排出量が多い北半球の方が南半球よりも水酸基ラジカル濃度が高いと考えられてきましたが、本研究の結果、南北半球の平均濃度はほぼ同じであることが明らかになりました。これは、これまでの地球温暖化予測研究で用いられてきた大気中の温室効果ガスや化学汚染物質等の推定量などを見直す可能性を示唆するものです。

また、水酸基ラジカルは、その反応性の高さからメタン(※4)をはじめとする温室効果ガスや、オゾン、窒素酸化物など大気汚染を引き起こす主要な化学物質と活発に化学反応し、それらの濃度変動に大きな影響を与えるため、その大気中濃度等を正確に把握することは、これら化学物質の大気中濃度を将来予測する際や排出量分布を推定する際に、その精緻化に貢献することが期待されます。

なお、本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究A (研究課題番号:22241008)および文部科学省のグリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス事業・北極気候変動分野の一環として実施したものです。この成果はネイチャー誌に9月11日付(日本時間)で掲載予定です。

タイトル:Observational evidence for interhemispheric hydroxyl parity
著者名:P.K.Patra1,2, M.C. Krol3, S.A.Montszka4, T.Arnold5, E.L.Atlas6, B.R.Lintner7, B.B.Stephens8, B.Xiang9, J.W.Elkins4, P.J.Fraser10, A.Ghosh11,1, E.J.Hintsa4,12, D.F.Hurst4,12, 石島健太郎1, P.B.Krummel10, B.R.Miller4,12, 宮崎和幸1, F.L.Moore4,12, J.Muhle5, S.O'Doherty13, R.G. Prinn14, L.P.Steele10, 滝川雅之1, H.J.Wang15, R.F.Weiss5, S.C.Wofsy9, D. Young13
所属:1. 独立行政法人 海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
   2. 東北大学大学院理学研究科 大気海洋変動観測研究センター
   3. ワーゲニンゲン大学 (オランダ)
   4. アメリカ海洋大気庁 (アメリカ)
   5. スクリプス海洋研究所 (アメリカ)
   6. マイアミ大学 (アメリカ)
   7. ラトガーズ大学 (アメリカ)
   8. アメリカ大気研究センター (アメリカ)
   9. ハーバード大学 (アメリカ)
   10. オーストラリア連邦科学産業研究機構 (オーストラリア)
   11. 国立極地研究所
   12. コロラド大学 (アメリカ)
   13. ブリストル大学 (イギリス)
   14. マサチューセッツ工科大学 (アメリカ)
   15. ジョージア工科大学 (アメリカ)

2.背景

水酸基ラジカルは大気中における化学反応を通して、温室効果ガス、大気汚染物質、オゾン層破壊物質などの大気中濃度に非常に大きな影響を与えており(図1)、その大気中濃度を正確に把握することは、化学物質の地表からの排出量推定や化学—気候相互作用の将来予測の精緻化にとって非常に重要です。しかしながら、水酸基ラジカルは大気中での寿命が1秒程度と非常に短く、その濃度変動を直接観測から捉えることは困難であり、また場所ごとの濃度差が非常に大きいことから、数百kmといった大きなスケールで空間分布を計算する化学輸送モデルと特定の観測点での観測データとを直接比較することは困難です。

近年の研究では、水酸基ラジカルよりも化学的に安定で観測が容易であり、かつ大気中では水酸基ラジカル以外とはほとんど反応しない化学物質であるメチルクロロホルム(※5)や一酸化炭素などを用い、水酸基ラジカルの濃度と分布を間接的に推定するとともに、北半球・南半球のような大きな空間スケールで平均した値で観測とモデルとを比較・検証することが行われてきました。

IPCC第5次報告書にも貢献している17種類の化学輸送モデルを用いた国際モデル間相互比較プロジェクトの結果によれば、北半球と南半球それぞれで平均した水酸基ラジカル大気中濃度は、北半球のほうが南半球よりも28%程度多いと推定されていました。一方、メチルクロロホルムなどの観測を基にした推定では、南北半球間でほぼ差はないとされていました。

この水酸基ラジカル濃度の南北比に関する推定値の差異が生じる原因としては、化学輸送モデルが水酸基ラジカルを北半球で過大評価している可能性が考えられるとともに、評価指標となるメチルクロロホルムの地表からの排出量推定や大気中の化学反応を含む物質の輸送(循環)過程の複雑さなども、不確定性の要因として考えられます。

このため、これまで長年にわたり蓄積されてきたメチルクロロホルムの観測情報とあわせて、近年新たに取得されている高精度な観測情報と改良された化学輸送モデル、さらにはモントリオール議定書以後にコントロールされ詳細が把握されている排出量情報を利用することで、より確かな南北濃度比の推定を実現することが望まれていました。

3.成果

  JAMSTECを中心とする国際共同研究チームでは、独自に開発した化学輸送モデル(ACTM)の結果と各種観測を組み合わせ、1992年から2011年の20年間における水酸基ラジカル濃度の南北比を推定しました。

本研究では、輸送過程と地表放出源の双方の不確実性に由来するモデル推定誤差を最小化させた化学輸送モデルを用いた数値実験と、高精度かつ地球全域を網羅する広域地表観測ネットワーク、南北両極域までカバーする航空機観測とを組み合わせて水酸基ラジカル濃度の南北半球比を推定することにより、両半球を代表する平均的な濃度情報を整合的に抽出することを可能としました。

その結果、2004年から2011年の最近期間8年間で平均した水酸基ラジカル濃度の南北半球比(北半球/南半球比)は0.97±0.12と、南半球が3%程度多いと推定され、南北半球間で差がほとんど無いことを明らかにしました(図3)。

また本研究の成果により、北半球での水酸基ラジカル濃度を従来の化学輸送モデルが過大評価している可能性が高いことが分かりましたが、これはメタンなどの温室効果気体や窒素酸化物などのオゾン前駆気体(オゾン生成に寄与する気体)及び大気汚染物質の地表からの排出量推定にも大きく影響しており、これまで地球温暖化研究等で推定されてきた、これらの物質に関する排出量を見直す可能性を示唆するものです。例えばメタンの場合、北半球での地表からの排出量は8%過大評価、南半球からの排出量は21%過小評価されていた可能性があり、また、一酸化炭素や窒素酸化物の排出量推定についても、大幅な見直しが必要となる可能性があります。

4.今後の展望

本研究成果は、地球温暖化の科学的知見を取りまとめているIPCCの活動に貢献するとともに、将来に向けての気候変動、とくに大気環境の変動予測精度の向上を促すとともに、人為起源物質の排出量推定精度の向上を通し、地球温暖化対策および大気質管理に関する政策立案の際の科学的裏付けとなることが期待されます。

また今回、北半球では南半球に比べてメタンなどの化学物質の排出量が圧倒的に多いにも関わらず、水酸基ラジカルの大気中濃度はこれまでモデル推定で得られている結果と異なり、南北半球間でほぼ同じであったことが明らかになったことは、従来の化学輸送モデルでは考慮されていない、未知のプロセスによる水酸基ラジカル破壊プロセスが存在する可能性を示唆するものです。今後は、このような未知の反応プロセスの解明を進めるとともに、化学輸送モデルのさらなる精緻化に向けて取り組む必要があります。

今後とも引き続きこうした研究を進めることで、排出量推定や大気環境変動予測の精緻化を通して「わたしたちの社会活動がどのように大気汚染や地球温暖化、気候変動に影響しているのか」をより深く理解してくことを目指します。

用語解説

※1 温室効果ガス:地球表面から放出された赤外線を吸収し、再び地球の表面に向かって放出することで、大気を暖める効果を持つ物質。

参考 : おもな温室効果ガスの大気中での濃度、寿命と地球温暖化係数(同じ濃度の二酸化炭素を1とした、地球温暖化に与える影響の大きさを示す係数) (IPCC第5次報告書・第一作業部会報告書 別表8Aより)。水酸基ラジカルの影響がとくに大きいものについては色を変えている。

名称 化学式 2005年時点の大気中濃度 (ppb) 大気寿命 (年) 100年間の地球温暖化係数
二酸化炭素 CO2 379,000 - 1
メタン CH4 1,774 12.4 28
一酸化二窒素 N2O 319 121 265
フロン11 CCl3F 0.251 45 4,660
フロン12 CCl2F2 0.538 100 10,200
HCFC-22 CHCl2F 0.169 11.9 1,760
六フッ化硫黄 SF6 0.006 3200 23,500
メチルクロロホルム CH3CCl3 0.025 5 160

※2 水酸基ラジカル:活性酸素の一つであり、オゾンの光分解で生成した励起酸素原子の一部が大気中の水蒸気と反応することなどにより生じる。対流圏大気の化学反応の多くは水酸基ラジカルが引き起こす反応によって開始されるため、水酸基ラジカルの濃度分布は多くの物質の大気中における寿命を決定づける重要な要因の一つである。大気中における水酸基ラジカルの濃度はごく微量であるが、一連の化学反応で消費されあとに再生されるために、対流圏の化学反応に重大な影響を及ぼす。人間活動に伴うオゾンと窒素酸化物の濃度増加は水酸基ラジカルの生成を促すが、一方で同じく人間活動に伴い排出される一酸化炭素や炭化水素類は水酸基ラジカルの減少に寄与する。水酸基ラジカル平均的濃度とその南北半球比を化学輸送モデルなどで推定するためには、これら打ち消し合う効果を正しく評価する必要がある。しかし現状では、各物質の排出量や化学反応速度について不明な部分が多く、推定には改善の余地が多く残る。直接観測から水酸基ラジカル濃度の時空間分布は未だに示されていないが、観測事実から間接的に水酸基ラジカルの平均濃度を推定可能であることが1970年代後半に提唱された。この間接的な推定手法では、メチルクロロホルムの濃度情報を利用する。大気へのメチルクロロホルムの生成源はすべて人為起源であり、対流圏ではOHとの酸化反応により主に消失するためである。

※3 化学輸送モデル:大気中の化学反応や風などによる輸送過程を考慮し、大気中の様々な物質の分布とその時間発展を大型計算機を用いて計算するためのシミュレーションモデル。過去の物質分布の変動要因を説明するためだけでなく、さまざまな化学物質の排出規制が将来の大気環境およびその気候に及ぼす影響を評価するためなどにも利用される。

※4 メタン:炭化水素の一つであり、湿地、天然ガス、家畜、水田などから放出される。主要な温室効果ガスの一つであり、二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きいと考えられている。大気中での寿命は10年程度で、メチルクロロホルムと同様に主に水酸基ラジカルとの反応によって除去される。化学式はCH4

※5 メチルクロロホルム:有機ハロゲン化合物の一つであり、化学工業分野では溶媒あるいは洗浄剤として広く使用されていた。オゾン層保護のためのモントリオール議定書が策定した排出規制により、1990年代以降、大気中の濃度は減少し続けている。大気中での寿命は5年程度で、主に水酸基ラジカルとの反応によって大気中から除去される。化学式はCH3CCl3で、トリクロロエタンとも呼称される。

図1

図1: 大気における水酸基ラジカルの役割の模式図。水酸基ラジカルは、大気中での化学反応によって生成され、大気中に存在するほぼ全ての化学物質に大きな影響を与える。

図2

図2: 本研究における水酸基ラジカルの南北濃度比推定手法の概念図。モデル中における水酸基ラジカルの南北濃度比を変えた11種類の数値実験を行い、これらの結果と各種観測結果と比較し、最も合うパターンを抽出することで、水酸基ラジカルの南北濃度比を推定する。

図3

図3 : メチルクロロホルムの南北濃度差と、それを用いて推定した水酸基ラジカル南北濃度比。地表観測のうち■およびは国際地表観測ネットワークAGAGEのメースヘッド(アイルランド)とケープグリム(オーストラリア)の二カ所での観測値の差異を示している。GC-MSとMedusa GC-MSは同じ場所に設置された異なる二種類の測定装置で、測定間隔等が異なることから同じ場所にあっても観測結果が異なる。またはアメリカ海洋大気庁によるアラート(カナダ)と南極パーマー基地における観測値の差異を示している。は航空機観測HIPPOによる、高度1kmから4kmで平均した、両極付近(南緯60度以南および北緯60度以北)での観測値の差異を示す。また同じ色で白抜きで表しているのは水酸基ラジカル南北濃度比を変えた化学輸送モデル実験の結果を、それぞれの観測場所、測定間隔で示したもの。本図から、さまざまな観測結果と化学輸送モデルを用いた推定結果がほぼ一致(差異は2%程度)すること、モデルは観測結果を良く再現していることが分かる。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野
主任研究員 プラビール・パトラ
主任技術研究員 滝川 雅之
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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