トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

2014年 12月 5日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学

海洋における銅同位体比の分布を高精度で解明
~重金属元素の同位体比が海洋大循環を辿る指標になる可能性を示唆~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)高知コア研究所同位体地球化学研究グループの高野祥太朗研究生(京都大学化学研究所博士課程)と谷水雅治主任技術研究員は、京都大学化学研究所、京都大学大学院理学研究科と共同で、微量金属元素の化学分離手法(塩化ナトリウムをはじめとした塩類を効率的に除去し、微量重金属元素を高効率で迅速に回収する手法)を用いて、世界各地の海水中に溶存した銅の同位体比(65Cu/63Cu)の精密測定に成功しました。またその結果、世界で初めて銅同位体比の鉛直分布と海水の年齢が非常によく相関していることを見出し、銅をはじめとする微量重金属元素の同位体が海洋循環メカニズムを紐解く重要な化学トレーサーとなり得る可能性を示唆しました。本研究は地球規模で海洋の微量元素と同位体分布の分析を通じて海洋の生物地球化学過程を解明する国際プロジェクト「GEOTRACES」(※1)の一環として行われたものです。

約2000年かけて一周するとされる海洋深層水の大循環は、地球の熱収支に重要な役割を担っています。海洋深層水がどんな経路を辿って、どれくらいの時間をかけて循環しているかを知るには海水中の放射性炭素(14C)量を用いる手法が一般的ですが、放射性炭素の半減期(約5,730年)を利用した年代測定では数百万年単位の古い過去の海洋環境を辿ることはできず、これまで太古の海洋循環を知る術は多くはありませんでした。今回の成果は、こうした状況に新たな道を開く可能性をもたらすものです。

また、銅のみならず、亜鉛、ニッケルなどの微量金属元素は、植物プランクトンにとって必須元素である一方、一定の量を超えるとその成長を妨げるという有害な面も持っています。産業革命後にその排出量が急増した人為起源の金属元素が生態系を含む海洋環境にどのような影響を及ぼすのか、その詳細な検証においても本手法は有効であると考えられ、今後さまざまな研究に応用されることが期待されます。

なお、本研究は日本学術振興会の科研費26550020(挑戦的萌芽研究)、24241004(基盤研究(A))、26610182(挑戦的萌芽研究)の助成を受けて実施したものです。本成果は、英科学誌「Nature Communications」電子版に12月5日付で掲載される予定です。

タイトル:Isotopic Constrains on Biogeochemical Cycling of Copper in the Ocean
著者:高野祥太朗1、谷水雅治2、平田岳史3、宗林由樹1
所属: 1. 京都大学化学研究所2. 独立行政法人海洋研究開発機構高知コア研究所、3. 京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻

2.背景

海洋は環境中に放出された物質が大気や水圏を経由して最終的にたどり着くところであり、海洋を調べることは地球環境の変動を知る重要な手がかりの一つとなります。地球温暖化の原因と言われる二酸化炭素のほか、鉄、鉛、亜鉛、銅などの重金属元素についても産業革命以降消費量が増えており、これらが環境に与える影響を正確に把握することが求められてきています。

これらの元素がどこから排出され、どのような経路をたどって海洋にたどり着いたのかを知るのに重要な指標として「同位体」(※2)が用いられます。すべての物質にはほぼ一定の割合で同位体が存在しますが、物質に依りわずかにその割合が変動することから、その割合(同位体比)を示す固有の値を指紋のように利用することで、元素の放出起源を特定することが可能です。

ところが、銅や亜鉛、鉄、ニッケルなどの重金属元素は海水中における同位体比の変動がごくわずかであるため、これを精密に計測することは難しく、高度な観測技術と分析手法が必要となります。このため、世界中の海洋における微量金属元素の分布を把握すべく、2008年に国際プロジェクト「GEOTRACES」が発足しました。同プロジェクトでは世界中で採取した海水の分析を行い、海水中に含まれる微量元素の水平・鉛直方向の濃度・同位体分布を明らかにすることを主な目的のひとつとしています。

一方、JAMSTEC高知コア研究所は世界トップレベルのICP質量分析技術を有しており、高精度の同位体分析に大きく貢献してきました(2013年8月5日既報「ICP質量分析法による高精度236U定量法の確立」)。本研究グループでは、この実績を踏まえ、海水中の銅の同位体比を正確に把握する手法の確立に取り組んできました。

ICP質量分析装置を用いた通常の分析法では銅の同位体を正しく測定することができません。なぜなら、海水中の主要化学成分であるNaやMgの安定同位体23Naと25Mgが、ICP質量分析計で元素のイオン化に利用するArプラズマ中の大量の40Ar+と結合した40Ar23Na+40Ar25Mg+は銅の同位体63Cu+および65Cu+と同じ質量数であるため、銅の同位体存在度だけを正確に測定することができないからです。

そこで、研究グループでは、NaやMgなどの海水主要元素をあらかじめ除去できるキレート樹脂を用いて主要元素を除去し、海水から銅を高い回収率で迅速に捕集する新たな微量元素分析手法を2013年に確立し、今回、「GEOTRACES」の一環として、この手法を用いて世界各地の海域における銅の同位体比の精密計測を行いました。

3.成果

研究グループでは、2008年~2012年に東太平洋、西太平洋、インド洋、北大西洋の各海域(図1)において採取された海水中の銅の同位体比を前出の分離手法を用いて比較分析しました。このような異なる海域における銅同位体比の鉛直分布を明らかにしたのは本成果が初めてです。

分析の結果、銅の65Cu/63Cu同位体比は表層から深層に行くにしたがって約0.3‰程度高くなっていることが分かりました(図2)。つまり、深層は表層に比べて重い同位体(65Cu)に対する軽い同位体(63Cu)が少ないということです。表層海水の銅同位体比は、雨水、河川水、そして深層海水の銅の混合である一方、深層海水においては、海水中に溶けていた軽い同位体(63Cu)がマリンスノーなどの沈降粒子へ優先的に吸着し、溶存状態から除去されるため、徐々に軽い同位体(63Cu)の割合が下がっていくためだと考えられます。

さらに、この軽い同位体(63Cu)が深層海水中に占める割合を大西洋、インド洋、太平洋の海域で比較したところ、大西洋がもっとも高く、インド洋、太平洋の順に下がっていることが分かりました。この傾向は、溶存酸素濃度(※3)から求められるみかけの酸素消費量(AOU:apparent oxygen utilisation、※4)とよく相関しています(図3)。みかけの酸素消費量は、深層水の年齢の目安になります。

このことから、複数の海域から採取した海水中の銅の同位体比を、その海水がどのような経路を辿ってどれくらいの速度で循環しているかを知るための化学トレーサーとして利用できる可能性を示すデータが本研究により世界で初めて得られました。

4.今後の展望

銅をはじめとする海水中の微量金属元素は、海底のマンガンクラストやマンガンノジュールに最終的に濃縮され、年代とともに成長していきます。したがって表面から深部方向に過去の海水の記録を保存しているため、本研究の手法を用いれば、数百万年以上も前の太古の海洋における海水循環速度を解明できる可能性があります。同位体比から過去の深層水の循環経路を復元する研究は、海洋堆積物中の底生有孔虫の殻に含まれるネオジウム同位体を用いて既に着手されていますが、今後、銅同位体比と海水の年齢の相関関係を科学的に明らかにするとともに、全球規模で海洋中の銅同位体の分析が進めば、太古の海洋の姿がより鮮明に解明されるものと期待されます。

また、海洋中の微量金属元素の濃度は、海底堆積物に取り込まれて海水中から除去される一方、河川や大気経由で絶えず供給され、そのバランスで一定の値となっています。今回、銅の同位体比を含めた海洋での銅の供給除去モデルを初めて構築しました。これまでは濃度からしかその挙動を推定することができませんでしたが、本成果により、濃度に加えて同位体比から得られる情報を含めることにより、モデルのさらなる精密化につながることが期待されます。

重金属元素同位体比の精密測定は世界的に黎明期であり、精密な供給除去モデルの構築に必要なさまざまな地質学的試料の同位体分析は現在も精力的に進められています。銅においても、さまざまな供給除去源(図4)の同位体測定を行い、その変動幅をさらに正確に把握する必要があります。研究グループは今後、対象をニッケルや亜鉛などのほかの重金属元素の同位体に拡大し、それぞれの元素に関して、人為的影響や物質循環の把握を行い、「GEOTRACES」プロジェクトに貢献していく予定です。

※1 GEOTRACES:「An International Study of the Marine Biogeochemical Cycles of Trace Elements and Their Isotopes 」を正式名称とし、日本では「海洋の微量元素・同位体による生物地球化学研究」と訳されている国際研究プロジェクト。30カ国以上の研究者が立案に参加したGEOTRACESの科学研究計画(Science Plan)が、2005年国際科学会議(ICSU; International Council for Science)の海洋研究科学委員会(SCOR; Scientific Committee on Oceanic Research)により議論され採択された。海洋の主要な微量元素及び同位体(TEIs; Trace Elements and their Isotopes)の分布をコントロールするプロセスとフラックス量を明らかにし、地球環境の変化と関係を定量的に解明することを目的とし、大型観測船による大洋縦断観測など、地球規模での調査・研究に取り組んでいる。
*GEOTRACES Japan http://www.jodc.go.jp/geotraces/index_j.htm

※2 同位体:同一元素の中性子の数が異なる核種のこと。たとえば酸素(O)には16O、17O、18Oの3種類の安定同位体が存在する。本研究で分析に用いた銅の安定同位体には63Cuと65Cuが存在し、この同位体比を調べることにより、海水中の銅の供給源および循環過程などを詳細に知ることができる。

※3 溶存酸素濃度:海水中に溶けている酸素濃度のこと。大気からの溶解あるいは植物プランクトンの光合成によって表層水中に溶解した酸素は、深層水循環の過程において有機物の分解によって消費され、時間と共に減少する。

※4 みかけの酸素消費量(AOU:apparent oxygen utilisation):大西洋北部および南極周辺で冷やされた表層水は重くなって沈み込み、インド洋や太平洋の深層で暖かい海水と混ざり合って軽くなり上昇する(海洋深層水の大循環)。海洋表面では大気とのガス交換と光合成により、溶存酸素はわずかに過飽和状態になる。表面海水が沈み込むと、有機物の分解により酸素が消費され、みかけの酸素消費量が大きくなる。みかけの酸素消費量は、その海水が沈み込んでからどのくらいの時間が経ったのか、つまり海水の年齢を知る目安になる。

図1

図1 海水採取地点。地図上の6地点(東太平洋2点、西太平洋3点、インド洋1点)に大西洋2地点を加えた全8地点にて採取した海水を用いて分析を行った。

図2

図2 インド洋(上)、北西太平洋(中)、北東太平洋(下)の各海域における銅濃度深度分布(左図)と、銅同位体比(青線)およびAOU(みかけの酸素消費量:黒点線)の相関関係(右図)。

図3

図3 深層水における銅同位体比とAOU(みかけの酸素消費量)との相関。沈み込んで間もない大西洋の深層水では、重い同位体(63Cu)に対する軽い同位体(63Cu)の割合が比較的高いため、65Cu/63Cu同位体比は小さいが、インド洋、太平洋の順に同位体比が上がっていき、これは深層水循環に伴う海水のみかけの酸素消費量(AOU)とよく相関していることがわかった。

図4

図4 海水のCu同位体比の変動に寄与する供給・除去物質のCu同位体比。

(本研究について)
国立大学法人京都大学化学研究所博士課程
独立行政法人海洋研究開発機構 高知コア研究所
同位体地球化学研究グループ 研究生 高野 祥太朗
独立行政法人海洋研究開発機構 高知コア研究所 同位体地球化学研究グループ
主任技術研究員 谷水 雅治
(「GEOTRACES」について)
国立大学法人京都大学化学研究所 教授 宗林由樹
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 菊地 一成
お問い合わせフォーム