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プレスリリース

2015年 1月 20日
独立行政法人海洋研究開発機構
東京大学大気海洋研究所

台風発生の2週間予測が実現可能であることを実証
―台風発生予測の実用化に向けた第一歩―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)シームレス環境予測研究分野の中野満寿男特任研究員と東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授らの共同研究チームは、2004年8月に発生した8つの台風について、地球全体の雲の生成・消滅を詳細に計算できる全球雲システム解像モデル「NICAM」(※1)をスーパーコンピュータ「京」(※2)で実行することで多数のシミュレーションを実施し、約2週間先の台風発生予測が可能であることを実証しました。

また2004年8月28日に発生した台風18号発生時の大気循環の様子を解析したところ、モンスーントラフ(※3)と呼ばれる領域が中部太平洋まで大きく張り出していたことがわかりました。NICAMによるシミュレーションは、このモンスーントラフの張り出しを台風18号発生2週間前から高い精度で予測できており、その結果、台風発生も高い精度で予測できていたと考えられます。

モンスーントラフの張り出し具合は、北半球夏季季節内振動(BSISO:※4)と呼ばれる大気の変動で左右されることが知られています。BSISOと台風発生とに関係があることは、観測データを用いた解析によってこれまでも指摘されていましたが、本成果は雲システムを解像できる全球モデルNICAMが、BSISOを高い精度で予測でき、その結果台風発生も高い精度で予測可能となることを世界に先駆けて実証したもので、台風発生予測実用化への扉を開くものです。 なお、本研究は、文部科学省によるHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」の研究課題「全球雲解像モデルによる延長予測可能性の研究」ならびに「地球規模の気候・環境変動予測に関する研究」(課題代表者 木本昌秀、課題ID hp120313, hp130010)(※5)の一環として実施されたものです。

本成果は、米国の地球物理学専門雑誌「Geophysical Research Letters」オンライン版に1月20日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Intraseasonal variability and tropical cyclogenesis in the western North Pacific simulated by a global nonhydrostatic atmospheric model
著者:中野満寿男1、沢田雅洋2、那須野智江1、佐藤正樹2,1
1. 海洋研究開発機構、2. 東京大学大気海洋研究所
 (沢田雅洋氏は現在気象庁気象研究所所属)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2014GL062479/abstract

2.背景

台風は北西太平洋域の熱帯で発生します。暴風や大雨、高潮など被害を引き起こすような現象を伴うだけでなく、水資源をもたらすため、その予測は社会的に大きなインパクトがあります。特に熱帯地方では、台風発生から台風接近までの時間が短く、その間に急激に発達することもしばしばおこるため、台風発生の予測が可能となれば防災に大きく役立つと考えられます。日本の気象庁をはじめ、いくつかの台風予報センターは1日~5日後の台風発生の予測を行っていますが、精度が十分でなかったり、予測期間が短かったりという問題があります。

台風の発生は、熱帯域で北半球冬季(12月~4月)におこるマッデン・ジュリアン振動(MJO)や、北半球夏季(5月~11月)におこる北半球夏季季節内振動(BSISO)と関連があることが指摘されています。したがって、MJOやBSISOを高い精度で予測できれば、台風の発生も高い精度で予測できる可能性があります。MJOは約30-60日の周期で、主にインド洋で発生した、水平方向の大きさが数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群が赤道に沿って東に進む大気変動です。一方BSISOは、インド洋や北西太平洋で発生した、水平方向の大きさが数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群が約30-60日の周期で北進する大気変動です。いずれも雲を伴っているため、高い精度で予測するためには、雲の効果を気象シュミレーションプログラムに適切に取り入れることが非常に重要です。一方で、気象庁をはじめとする世界各国の予報センターで天気予報に用いられている気象シミュレーションプログラムでは、雲の効果はある仮定の下、経験的に取り入れられており、物理法則に従った厳密なものではありません。

JAMSTECの中野満寿男特任研究員と東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授らの共同研究チームは、これまでに雲の生成・消滅や、雲の中での雨や雪の生成・落下を物理法則に従って直接計算できる気象シミュレーションプログラムNICAMを開発し、それを「京」で動かすことで、MJOをきわめて高い精度で予測できることを示しました(平成26年5月7日既報「熱帯域におけるマッデン・ジュリアン振動の1ヵ月予測が実現可能であることを実証~スーパーコンピュータ「京」× 次世代型超精密気象モデル~」)。しかしながら、BSISOの予測精度やBSISOと台風発生の予測精度の関係については未解明のままでした。

2004年は6月から10月にかけてBSISOが顕著に見られ、フィリピンの東で対流活動が強かった6月と8月には、平年(1981-2010年の30年平均)よりも多い、それぞれ5個(平年値:1.7個)と8個(平年値5.9個)の台風が発生しました。そこで研究チームは「京」上でNICAMを用い、2004年8月1日から31日までシミュレーション開始日を1日ずつずらしながら、31本の30日予測を行い、BSISOと台風発生がどの程度精度よく予測できるのか検証しました。

3.成果

シミュレーションの結果、BSISOに伴い、フィリピン東海上で8月に対流活動が活発になり北進していたことと、9月に対流活動が不活発になることがおおむね再現されました(図1)。また、8月に発生した8個の台風について再現できていたかを解析したところ、最盛期の中心気圧が990hPa(ヘクトパスカル)よりも高く寿命が3日未満(弱くて短寿命)だった台風11号と14号の再現は難しかったものの、他の6つの台風発生はよく再現できており、特に8月後半に発生した台風15-18号は約2週間前から台風発生が再現できました(表1)。

 8月に発生した8個の台風のうち5個はモンスーントラフに伴うシアーライン(※6)付近で発生していました。これらの中でも8月28日に発生した台風18号は最も東で発生しており、BSISOによってモンスーントラフが東へと張り出しシアーラインが東まで延びていたことが発生に寄与していたと考えられます(図2a-c)。

台風18号が発生する3週間前から始めたシミュレーションでは、8月中旬のシアーラインの東への延びを再現していますが、8月下旬はシアーラインがあまり延びていません(図2d-e)。一方で発生2週間前から始めたシミュレーションでは8月下旬のシアーラインの延びをよく再現できています(図2f)。従って、NICAMが2週間前からシアーラインを精度よく再現できたことが、台風18号を2週間前から再現できたことに寄与していたと考えられます。

更に台風18号発生直前の3日間のモンスーントラフの張り出しは、シミュレーション開始日が台風発生日に近づくほど精度よく再現できていました。それに伴って、台風の発生が予測されるようになっただけでなく、そのタイミングや発生位置も観測事実に近づいていることがわかりました(図3)。

これらのことから、雲の効果を直接計算するNICAMを用いてBSISOを精度よく再現することで台風発生を2週間前から予測できることを世界に先駆けて実証することができました。

4.今後の展望

今回の研究成果は、2004年というBSISOが顕著に見られた年について、台風発生予測が2週間前から可能であることを示したもので、BSISOが顕著ではない年でも同様に2週間前から予測が可能であるのか、そうである(ない)としたらその理由は何かを今後検証していく必要があります。また、発生後の進路や強度の予測も防災には重要であり、今後検証していく必要があります。

今回のシミュレーションでは、実際の発生を予測できないケースだけでなく、実際には発生していない台風を誤って発生させてしまうケースもいくつか見られました。今後、モデルの解像度を上げたり、より精緻な雲の計算手法などを取り入れたりすることで、これらの誤った予測を減らしていける可能性があります。

更に、今回の研究では1日に1つの初期値からしかシミュレーションを行っていません。初期値には様々な理由で誤差があり、その誤差はシミュレーションの時間が長くなるにつれて大きくなっていきます。人工衛星による「観測ビッグデータ」をNICAMになじむ形で取り入れ、初期値の精度を高めるだけでなく、初期値が微妙に異なる多数のシミュレーション(アンサンブル予報)を行うことで、より精度の高い予測が可能となるとともに、予測結果のばらつきから、予測の信頼度を評価することが可能となります。

但し、このためにはこれまで以上に莫大な計算量が必要となることから、現在計画されている次世代のスーパーコンピュータ、ポスト「京」(※7)の完成が待ち望まれており、これが実現されれば、台風発生予測研究がさらに発展することが期待されます。

また、地球温暖化に伴い台風の発生数や強度がどうなるのかも大きな関心が寄せられています。従来の気候モデルでは雲の効果を経験的に取り入れており、このことが予測の不確実性をもたらす要因として問題視されています。今回、NICAMで雲の効果を直接計算することで、実際の台風の発生が高い精度で予測できることが示されたことから、NICAMを用いることで地球温暖化時の台風の発生数などもより精度よく求めることができるようになると期待されます。

※1 NICAM:地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870 m から 14 kmの範囲で運用されており、870 m ~ 3.5 km の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、7 km ~ 14 kmの解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ばれる。

※2 スーパーコンピュータ「京」:世界で初めて“1秒間に1京回を超える計算速度”を実現して2011年に世界ランキング1位を獲得したスーパーコンピュータ。文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通が共同で開発した。理化学研究所計算科学研究機構(兵庫県神戸市)に設置されている。

※3 モンスーントラフ:モンスーン(季節風)に伴う南西風と北東貿易風とがぶつかる領域にできる低圧帯。特にモンスーンと貿易風との境目をシアーライン(※6)と呼ぶ。

※4 北半球夏季季節内振動(BSISO):インド洋や北西太平洋で発生した、水平方向の大きさが数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群が約30-60日の周期で北進する大気変動。台風発生に影響を与えるだけでなく、中・高緯度の気圧配置にも影響を及ぼすため、高い精度での予測が求められている。

※5 「全球雲解像モデルによる延長予測可能性の研究」ならびに「地球規模の気候・環境変動予測に関する研究」:これらの研究課題はJAMSTEC、東京大学、理化学研究所などの研究機関のほか、気象庁とも連携して行われている。

※6 シアーライン:モンスーントラフの南側の西風と北側の東風の境界。4割強の台風がシアーラインで発生するとされている。

※7 ポスト京:最大で「京」の100倍のアプリケーション実効性能の実現を目標とし、2020年頃の完成を目指して、理化学研究所が主体となって開発を進めているスーパーコンピュータ。

    11号 12号 13号 14号 15号 16号 17号 18号
観測値 寿命(日/時間) 0/21 4/18 4/12 2/18 4/3 11/18 6/6 11/0
最低気圧(hPa) 996 960 950 990 970 910 955 925
最大風速(m/s) 20 35 40 23 30 55 40 45
的中率 直前3日間 0 100 100 0 100 100 100 100
1週間前 --- 100 75 43 86 71 71 86
2週間前 --- --- --- --- 80 43 57 57
3週間前 --- --- --- --- --- --- --- 29

表1 台風発生直前3日間(シミュレーション数:3)と発生約1、2、3週間前(それぞれシミュレーション数:7、ただし、台風13号発生1週間前は4、台風15号発生2週間前は5)に開始したシミュレーションにおける台風発生予測の的中率(%)。台風15-18号は2週間前から40%以上の確率で発生を予測できている。

図1

図1 観測(左)と8月15日開始のシミュレーション(右)でのフィリピン東方海上(東経120-150度)の対流活動の時系列。

図2

図2 8月1日~10日(上段)、11日~20日(中段)、21日~30日(下段)の高度約1500mにおける東西風(色)と台風発生位置(xマーク、数字は台風番号)。破線はシアーラインの位置を示す。左から観測、8月5-~11日初期値(18号発生約3週間前)、8月12~18日初期値(18号発生約2週間前)の平均。

図3

図3 台風18号発生直前3日間(8月25日~27日)で平均した、高度約1500mで観測された西風領域(黒実線)と発生約3週間前(上段)、約2週間前(中段)、約1週間前(下段)を初期値とする7本のシミュレーションのうち、西風を予測したものの数(色)。Oは観測された台風18号の発生位置。H、E、Lはシミュレーションで発生した台風18号の位置とタイミング(それぞれ誤差1日以内、1-5日早い、1-5日遅い)を示す。

(本研究について)
海洋研究開発機構 シームレス環境予測研究分野
特任研究員 中野 満寿男 (なかの ますお)
東京大学大気海洋研究所
教授 佐藤 正樹 (さとう まさき)
(報道担当)
海洋研究開発機構 広報部 報道課長 菊地 一成
東京大学 大気海洋研究所 広報室 小川 容子
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