トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2015年 6月 3日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
株式会社AKICO

深海の極限環境にヒントを得た乳化装置の共同開発に着手
~ MAGIQ技術の普及に期待 ~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)は、株式会社AKICO(代表取締役社長 相澤 智、以下「AKICO」)と共同で、ナノエマルション(※1)を10秒以内で効率よく製造できる技術(MAGIQ:Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched hydrothermal solution、2013年5月14日既報)を用いた乳化装置を開発するため、平成27年4月4日付で共同開発契約を締結し、このほど試作機を製作するに至りました。

近年、ナノエマルションは、食品、医薬品、化粧品など我々の生活に欠かせない様々な製品の高機能化に広く用いられるようになってきており、これをより効率よく、安定的に製造できる技術の確立が求められています。こうしたなか、JAMSTECが深海の極限環境(図1)にヒントを得て独自に開発したMAGIQ技術は、ナノエマルションを利用した製品の研究開発にかかるコストや時間の大幅な削減につながる画期的な乳化技術として注目を集めています。本プロジェクトは、高温・高圧装置のトップメーカーであるAKICOの技術協力のもと、さまざまな産業利用・研究開発に応用可能な汎用性の高いMAGIQ装置の実用化をめざして共同開発を行うものです。今後、試作機のさらなる性能向上を進め、平成28年1月をめどに製品化する予定です。

なお、本研究開発の一部は、JSPS科研費25410103(基盤研究(C))、クリタ水・環境科学振興財団、コスメトロジー研究振興財団の助成を受けたものです。

2.背景

意見の食い違う二人を「水と油の関係」と呼ぶように、水と油は互いに混ざり合わない物質の典型です。しかしながら、一方を微細な液滴として他方に分散させることにより、両者を混合(乳化)させて使用することが可能になります。こうしてできた液体は「エマルション」と呼ばれ、乳脂肪を直径数マイクロメートルの油滴として水に分散させた牛乳をはじめ、食品、医薬品、化粧品、化学、農業、印刷、塗料、インク、石油などの多様な産業分野で広く使用されています。

このエマルションに含まれる油滴の大きさをナノメートルサイズにまで小さくしたものが「ナノエマルション」です(図2)。油滴を極限まで小さくすることにより、化粧品の肌への浸透性を高める、医薬品の効果をより的確なものにする等、新たな機能を生み出すことが期待されています。

通常、ナノエマルションは外部から加えたエネルギーによって大きな油滴を繰り返し微細化し、ナノサイズにまで小さくしていく「トップダウン方式」(図3上)で製造されます。しかしながら、油滴のサイズを順次小さく砕いていくトップダウン方式で100ナノメートルよりも小さい油滴を作るには熟練した技術や知識が必要となることから、ナノエマルションをベースにした製品開発にはノウハウの蓄積や試行錯誤が必須とされ、研究開発に要する時間やコストの削減に向けた技術的なブレークスルーが求められていました。

3.MAGIQ装置の開発

こうした状況に進展をもたらしたのが、JAMSTEC海洋生命理工学研究開発センターの出口茂研究開発センター長と木下圭剛ポストドクトラル研究員が、中期研究開発課題「極限環境下での物理・化学プロセスの理解を進めるとともに、特有の機能に関する応用研究を展開し、更なる生命機能の利用可能性を示す」の重点推進項目の一つとして開発を進めているMAGIQ(Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched hydrothermal solution)技術です。

深海熱水噴出孔のような高温・高圧の極限環境では、水の性質すらも大きく変化し、油と自由に混ざり合うようになります(超臨界水:※2)。MAGIQは、こうした超臨界水の持つ特異な性質を利用し、水と油が均一に混ざり合った高温・高圧溶液を室温まで一気に急冷することで油分子を集合させて液滴化する「ボトムアップ方式」(図3下)によってナノエマルションを製造する技術です。JAMSTECが独自に開発したこの画期的なプロセスにより、60ナノメートルの透明度の高いナノエマルションを、水と油を混ぜてから10秒以内で製造することに成功しました。

このMAGIQ技術を、さらに効率よく、安定的にナノエマルションを製造できる技術へと発展させるため、このたびJAMSTECは、超臨界をはじめとする高温高圧装置の設計・製作メーカーとして国内トップクラスの技術力を誇るAKICOの協力のもと、MAGIQ装置の共同開発に着手しました(図4)。

AKICOの手掛ける超臨界・高温高圧装置はこれまでJAMSTECにも多数納入実績があり、深海極限環境における物理・化学プロセス研究に欠かせない機器の一つとなっています。今回、MAGIQ技術を保有するJAMSTECと超臨界・高温高圧装置のトップメーカーであるAKICOがタッグを組むことにより、特別な技術や知識を必要とせず、簡便にナノエマルションを製造できる装置の開発を目指します。

4.今後の展望

現在、パイロットスケールの製品製造にも対応可能な試作機の開発を進めており、今後さらなる性能向上に向けた改良や設計の見直しを経て、平成28年1月をめどに製品化する予定です。また、これらと並行して、乳化メカニズムの解明や機能性材料の開発などに向けた新規用途開拓も進めてまいります。

本研究成果は特許出願中です。
特開2013-39547号、「乳化物の製造方法」
公開日:2013年2月28日
発明者:出口 茂、伊福菜穂
特許権者:国立研究開発法人海洋研究開発機構

※1 ナノエマルション
直径が20~200ナノメートルの油滴を水に分散(あるいは水を微細な水滴として油に分散)させたもの。エマルションとは「乳を搾る」を意味するラテン語を語源とする。1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1。

※2 超臨界水
218気圧、374°Cよりも高温高圧状態の水。水は地上(1気圧)では100°Cで沸騰するが、水深100m(10気圧)では180°C、水深1000mでは312°Cにまで高くなる。ところが218気圧(水深約2200m)、374°Cに達すると水はいくら温度を上げてもそれ以上沸騰しなくなり、液体と気体の区別がつかない状態となる。このような水の状態を「超臨界水」と呼び、水には溶けない油が超臨界水には溶けるなど、常温・常圧の水とは異なる性質を示す。深海の熱水噴出孔のような高温高圧環境では超臨界状態の水が天然に存在している。

図3

図1 深海の熱水噴出孔から吹き出す熱水。場所によっては熱水の温度が400°Cを超える。

図3

図2 (写真左)MAGIQで得られた透明度の高いナノエマルション。透明または半透明。
(写真右)直径数マイクロメートルの油滴からなる通常のエマルション。白濁している。

図3

図3:「トップダウン」と「ボトムアップ」によるエマルションの生成プロセス

図3

図4 MAGIQ装置の試作機。

(本プロジェクトについて)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋生命理工学研究開発センター
研究開発センター長 出口 茂
株式会社AKICO
技術設計部第一課
課長 小林 隆三
HP:http://www.akico.com
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
お問い合わせフォーム