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プレスリリース

2016年 2月 1日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学

海洋循環に潜む「パラレルワールド」の存在を指摘
―アンサンブル実験により黒潮続流の年々変動要因を解析―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの野中正見グループリーダー代理、国立大学法人東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授らの研究グループは、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いた海洋の年々変動再現実験により、日本南岸を流れる黒潮やその東に続く黒潮続流といった中緯度域の強い海流の年々変動に「風の変動と無関係に生じる部分」があり、全く同じ風の変動の下で異なる海の循環が生じうることを発見しました。これは、大気循環と同様、海洋循環にもいくつもの「並行世界(パラレルワールド)」が存在することを意味します。

研究グループでは、「地球シミュレータ」と海洋モデルを用いて海洋の循環を再現できるシミュレーションを行い、全く同じ風の変動の下、風以外の条件をほんのわずかに変えるだけで全く異なる海洋循環が再現されること、すなわち「風の変動と関係なく海の中で勝手に起きる」変動が存在することを明らかにしました。さらに詳しい解析から、黒潮続流の年々変動では「風の変動と無関係に生じる」変動量と「風の変動によって生じる」変動量とほぼ等しいことを明らかにしました。

この結果は、現実に観測されるのは1つの状態でも、同じ条件の下で異なる状態が起きていても不思議ではない、つまりパラレルワールドが存在しうることを意味します。いくつものパラレルワールドのどれが実現するかを予測することは不可能なため、黒潮続流には本質的に予測不可能な成分が半分程度含まれていることになります。このように予測不可能な成分を考慮し、できるだけ確からしい予測を実現するには、わずかに条件を変えた予測を多数行う手法(アンサンブル予測)が有効とされ、天気予報など大気循環の分野では良く知られています。これまで海洋の年々変動は基本的に風の年々変動によって生じるものと考えられていましたが、本研究により、海洋循環をより確からしく予測するためには「風の変動と無関係に生じる変動」の存在を加味した予測、言い換えれば、誤差の存在を前提とした予測が不可欠であることが分かりました。本研究の成果を基に、海流予測の分野でもアンサンブル予測手法が導入され、気候予測や漁獲量予測の高度化に繋がる、より高度な予測が実現して行くものと期待されます。

なお、本研究は文部科学省科研費新学術領域研究2205「(略称) 中緯度海洋と気候」(計画研究22106006、22106009)、環境省「環境研究総合推進費」(2A1201, 2-1503)の一環として実施したものです。また、本成果は英科学誌「Scientific Reports」に2月1日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:How potentially predictable are midlatitude ocean currents?
著者:野中正見1、笹井義一2、佐々木英治1、田口文明1、中村尚1,3
1. JAMSTECアプリケーションラボ、2. JAMSTEC地球環境観測研究開発センター、3. 国立大学法人 東京大学 先端科学技術研究センター

2.背景

日本南岸を流れる黒潮は銚子付近で日本を離れ、強い海流として更に東へ続いてゆきます。この潮流は黒潮続流と呼ばれ、日本付近をはじめ北太平洋域の気候にも強い影響を及ぼし、海洋の生態系にも強く影響することが知られています。黒潮続流は毎年同じ場所を同じ強さで流れているわけではなく、年によって海流の向きや強さが変わります(海流の年々変動)。この海流の年々変動が予測できれば、北太平洋域の気候予測や漁獲量予測への貢献など社会・経済的にもメリットが大きく、研究グループではその実現へ向けた研究を進めています。

黒潮続流の年々変動については近年の人工衛星による海洋観測や高度化した海洋シミュレーションによって研究が急速に進んできました。それらの研究によって、北太平洋中央部での風(偏西風)の変動により海洋に大規模な波(ロスビー波)が発生し、それが数年かけて日本の東方へ伝わることで黒潮続流の変動を引き起こしていることが明らかになってきました(図1)。また、この波が伝わるのにかかる時間を用いることで、3年程度先までの黒潮続流の変動が予測出来る可能性が示唆されてきています。

一方、海洋モデルを用いたシミュレーションで、年々変動しない(同じ季節変動を繰り返す)風を海に与えた場合にも、黒潮や黒潮続流に年々変動が起きることが指摘されました。これは、「風の変動と無関係に生じる」海洋の年々変動が存在しうることを意味します。

現実に観測される海流の年々変動は、風の年々変動の影響で生じるのか、それとも風の年々変動とは無関係に生じるのか。あるいは両方が起こりうるのか。このことを確かめるには、現実世界と同じ「風の年々変動が起きる場合に、それとは無関係に海流の年々変動が起こりうるかどうか」を明らかにしなければなりません。しかし、現実と同様に「年々変動する風」を与えた海洋モデルでは、現れた海洋の年々変動が「風の年々変動によって生じ」ているのか「風の変動と無関係に生じ」ているのか区別がつきません。

3.成果

そこで、研究グループでは、「アンサンブル実験」(※1)という手法を用いて、年々変動する「全く同一の」風を与えながら、風以外の条件をわずかに変え、海洋の循環を現実的に再現できるシミュレーションに着手しました。風の条件を固定しても、海に現れる影響に差が生じうるかどうかを確かめるためです。アンサンブル実験は大気循環の研究分野ではよく用いられている手法ですが、これを海流の年々変動研究に導入したのは本研究が初めてです。

アンサンブル実験には膨大な計算資源が必要となります。そこで本研究では、JAMSTECの所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」に最適化した海洋モデルOFESを用いて、全く同じ風の変動を与えながら、わずかに異なる条件の下で3通りのアンサンブル実験を行い、その中での海洋循環の年々変動の相違を調べました。この中で生じる年々変動の相違は、同じ風の変動の下で生じることから、「風の変動と関係なく海の中で勝手に起きる変動」と解釈されます。そして、シミュレーションに現れた「風の変動によって起きる変動」と「風の変動と関係なく海の中で勝手に起きる変動」の相対的な大きさを調べました。

具体例として、シミュレーション開始時(1995年1月)(図2上)と11年目(2006年)の年平均(図2下)の海流の強さを比較すると、ほぼ同じ状態から同一の風の変動を与えている(図2上)にも関わらず、11年目の年平均の黒潮続流は強さや東へ伸びる長さが大きく異なることが分かります(図2下)。さらにこれを年々の変動の比較として見てみると(図3)、3つのシミュレーションの間で年々変動の仕方が大きく異なり、流速が極大や極小になる年も異なってくることが分かります。また、人工衛星による観測データと比較すると、1つのシミュレーションの結果が比較的観測と良く一致するように見られますが、3つのシミュレーションは同じ海洋モデルを用いているため他の2つのシミュレーションと比較して海洋モデルに優劣があるわけではなく、偶然、観測との一致が良いものと悪いものが出てくることを意味します。これらの結果を詳しく解析したところ、黒潮続流の年々変動では「風の変動によって生じる」変動量と、「風の変動と無関係に生じる」変動量はほぼ等しいことが示されました。

風などの外部の変動と無関係に海洋の中で起きる変動については、「勝手に」起きてしまうために、それを予測することは不可能です。つまり、本研究の結果は、黒潮続流には本質的に予測不可能な成分が半分程度含まれていることを意味します。そして、黒潮続流の年々の変動の完全な予測は不可能で、常に誤差があることを前提にした予測を行うことが必要となる、ということになります。

本研究の成果は、黒潮続流の予測の可能性を考える上で上記のように重要ですが、同時に、海の循環の年々変動を理解する上で、根本的に考え方を変える必要があることを示すものです。本研究の実験から、風に年々変動がある場合にも、黒潮や黒潮続流の年々変動に「海が勝手に決める部分」があり、全く同じ風の変動の下で異なる海の循環が生じうることが陽に示されました。

これは別の言い方をすれば、海洋循環に幾つもの「並行世界(パラレルワールド)」が存在することを意味します。つまり、現実世界で実際に現れたのは観測された1つの状態ですが、同じ条件の下で異なる状態が起きていても不思議ではないということです。大気の循環においては、特に中緯度域では、このようなパラレルワールドの存在が既に良く認識されており、天気予報もそれを考慮した上で行われています。一方で、海洋の循環、特に海面から1000m程度の深さまでの海流については、主に、風によって駆動されているものと考えられてきており、海洋循環の変動に対しても、風の変動が非常に支配的に影響するものと考えられていました。このように、従来は「風の変動によって生じる変動」が殆どと考えられ、海洋においては大気のようなパラレルワールドの存在は意識されていませんでしたが、本研究により、海洋でも、特に黒潮や黒潮続流のような強い海流域では、大気の場合と同様に、観測される変動は一つの実現値にすぎないことが示されました。

4.今後の展望

本研究によって、黒潮や黒潮続流の年々変動には予測不可能な成分が含まれていることが明らかになりました。一方で、予測可能な「風の変動に起因する変動」が存在していることも確かです。したがって、両者の影響を考慮し、予測不可能な成分による「ぶれ幅」を加味したアンサンブル予測の重要性が本研究により示唆されました。今後、スーパーコンピュータ等の大型計算機の拡充に伴い、海流予測の分野でもアンサンブル予測手法が導入され、より高度な予測が実現して行くものと期待されます。

研究グループでは今後、アンサンブル予測によるシミュレーションを重ねていくとともに、複数の海洋モデルを用いた比較実験を行い、変動成分の性質をより深く解析し、誤差を加味した予測の実現に貢献していく予定です。

※1 アンサンブル実験:初期値等にわずかなばらつきを与えて複数の数値実験を行う手法。アンサンブル予測は、同様の手法によって観測値に基づいた初期値から複数の数値予測を行い、その平均(アンサンブル平均)や多数決で大気・海洋現象を予測するというもの。天気予報や台風の進路予測等でも用いられている。

図1

図1 黒潮続流とその年々変動の概念図。

図2

図2 海洋モデルに全く同じ大気の変動を与え、わずかに異なる条件の下で行った3つのシミュレーションで再現された深さ100mでの海流の速さ(cm/秒)。上図は1995年1月の月平均場。ほぼ初期の状態を示し、3つのシミュレーションでほぼ同じ循環であることが分かる。下図は2006年の年平均場。上図の状態から同一の大気変動の下でシミュレーションを行ったが、この年には日本の東の強い海流(黒潮続流)の速さや東への広がり方が大きく異なっていることが分かる。下の図で年平均場を示しているのは、海洋渦の影響を減少させ、海流の年々の変動を目立たせるため。

図3

図3 図2の3つのシミュレーションで再現された黒潮続流の流軸上での速さの年々変動(黒線、赤線、青線)。東経145度〜155度の間で東西平均した値。海洋渦の影響を減少させ、海流の年々の変動を目立たせるために13ヶ月の移動平均を施している。大まかに2004年付近にかけて強くなりその後弱くなる傾向は一致するが、年々の黒潮続流の速さは3つのシミュレーションで大きく異なり、図2下で示した2006年だけではなく、他の年にもシミュレートされた3つの海洋循環が大きく異なることが分かる。細い灰色線は人工衛星による観測値。観測データと比較すると、青線のシミュレーション結果が比較的観測と良く一致するように見えるが、他の2つ(黒線、赤線)と比較して海洋モデルに優劣があるわけでは無く、偶然、観測との一致が良いもの・悪いものが出てくることを意味する。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ
グループリーダー代理 野中正見
国立大学法人東京大学 先端科学技術研究センター
教授 中村 尚
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
国立大学法人東京大学 先端科学技術研究センター
広報・情報室
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