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プレスリリース

2016年 2月 24日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
日本大学
サンパウロ大学海洋研究所
バレ・ド・イタジャイ大学
フルミネンセ連邦大学

大西洋の深海で世界最深の鯨骨生物群集を発見:
化学合成生物群集の分散と進化の謎を解く鍵
~「しんかい6500」世界周航研究航海の成果~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームの北里洋プロジェクト長、海洋生物多様性研究分野の藤原義弘分野長代理らの研究グループは、サンパウロ大学海洋研究所、バレ・ド・イタジャイ大学、日本大学生物資源科学部、フルミネンセ連邦大学の研究者と共同で、2013年4〜5月にJAMSTECの有人潜水調査船「しんかい6500」(以下、「しんかい6500」)により、これまでの中で最も深い水深4,204mの海底で鯨骨生物群集(クジラなど大型海生哺乳類の遺骸に生息する生物群)を発見し、それらの生物について分析を行いました。

その結果、発見された鯨骨はクロミンククジラであり、その骨に群がる生物は、ゴカイ、コシオリエビ、巻貝、ホネクイハナムシなど、非常に多様な構成をしており、その種数は41種に上ることが明らかになりました。さらに、分類学的な検討を行ったところ、全てが新種である可能性が高いことがわかりました。南大西洋の鯨骨生物群集を構成する種類の詳細なデータは、北東太平洋の生物群集構成種と類似した種類が多いことを示しています。

この成果は、ハワイ大学のクレイグ・スミス博士が1989年に提唱した「飛び石仮説」を支持するもので、深海の化学合成生物群集の分散と進化を考える際の仮説を検証できる重要なデータを提供したことになります。

なお、本研究は2013年に行われた「しんかい6500」世界周航研究航海(2012年12月13日既報、航海名称:QUELLE(クヴェレ)2013)の一環として実施されたものです。本成果は、科学誌「Scientific Reports」に2月24日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Deep-sea whale-fall fauna from the Atlantic resembles that of the Pacific Ocean
著者名:
Paulo Y. G. Sumida1, Joan M. Alfaro-Lucas1, Mauricio Shimabukuro1, 北里洋2, Jose A. A. Perez3, Abilio Soares-Gomes4, 豊福高志2, Andre O. S. Lima3, 荒功一5, 藤原義弘2

1.サンパウロ大学海洋研究所、2.海洋研究開発機構、3.バレ・ド・イタジャイ大学、4.フルミネンセ連邦大学、5.日本大学生物資源科学部

2.背景

私たちがよく知る海の生物は、太陽エネルギーによる光合成を通じて生産される有機物に依存して暮らしています。これを「光合成生態系」と言います。一方、光の届かない深海の熱水域や湧水域には、硫化水素、メタンあるいは水素など、地球内部から噴出する化学物質をエネルギー源として有機物をつくる化学合成微生物が生息しており、それらが生産者として働く「化学合成生態系」(※1)が形成されています。二枚貝や巻貝などの軟体動物、チューブワーム等の環形動物、コシオリエビ等の甲殻類など、そこに生息する多くの動物は、化学合成細菌を体の中や外に共生させ、細菌が生産した有機物を利用しています。同様な生態系としては、クジラ、イルカなどの大型海生哺乳類の遺骸に形成される鯨骨生物群集があります。クジラなどの海生哺乳類は、プランクトンなどの光合成生態系に属する生物を餌とする「光合成生態系」の一員ですが、死後に深海に沈降した遺骸が分解され、硫化水素を発生するようになると、今度はその硫化水素を餌とする「化学合成生態系」を構成する生物が好んで住み着きます。

クジラなどの大型海生哺乳類の遺骸は、マリンスノーなどで常に沈降している有機物と異なり、一回のイベントで深海にもたらされる有機物としては最大です。その遺骸に群がる生物は、有機物であれば何にでも群がる日和見的な種類(ゴカイ、ヨコエビなど)と脂質が多いクジラの骨に適応した種類(ホネクイハナムシなど)がいます。

自然死したクジラの遺骸に形成された鯨骨生物群集はこれまで7例しか知られておらず、1987年にアメリカ西海岸ロサンジェルス沖のサンタカタリナ海盆(水深1,240m)でウッズホール海洋研究所の深海調査艇「アルビン号」が発見した鯨骨生物群集をはじめ、ほとんどが北東太平洋から見つかっています。一方、日本近海では、1992年にJAMSTECの有人潜水調査船「しんかい6500」が鳥島沖(水深4,037m)で発見しています。

1989年、ハワイ大学のクレイグ・スミス博士は、鯨骨生物群集の構成種が熱水や湧水に生息する生物群集の構成種と似ていることから、鯨骨の「飛び石仮説」を提唱しました。熱水や湧水という局所的な環境に限定して生息する化学合成生物群集は、それぞれが数百〜数千キロの単位で離れているにもかかわらず、群集を構成する種が類似していることから、クレイグ・スミス博士は「熱水噴出孔/湧水生物群集の間をつなぐ飛び石の役割を果たしているのが鯨骨生物群集である」と考え、化学合成生物群集の分散や進化の研究には鯨骨生物群集の理解が必要であるとしました。

一方、JAMSTECでは、化学合成生物群集の成立の背景である深海の地球科学や、群集を構成する生物の深海極限環境への適応メカニズムなどを研究する過程で、鯨骨生物群集の成立過程における生態系遷移を理解するために、日本近海にクジラの遺骸を投入して遷移の詳細を実験するなど、深海研究の成果および深海調査技術を駆使した化学合成生物群集に関するさまざまな研究を積み重ねてきました。しかしながら、これらの知見は北東太平洋や日本近海などの特定の海域に限定されたものであり、クレイグ・スミス博士の仮説が、全球スケールのものであるかどうかはこれまで分かっていませんでした。

このような状況のなか、JAMSTECは2013年に「しんかい6500」による世界周航研究航海「QUELLE(クヴェレ)2013」(2012年12月13日既報)の一環として、同年4月から5月にかけて、ブラジル沖において南大西洋で初となる有人潜水船調査を行いました。

3.成果

2013年4月24日にブラジル沖サンパウロ海嶺(図1)で行われた「しんかい6500」潜航調査において、研究グループは世界最深となる水深4,204mの海底から鯨骨生物群集を発見しました(図2)。大西洋海域で初めての発見であり、自然死による鯨骨生物群集として世界で8例目になります(図3)。

分析の結果、発見された鯨骨はクロミンククジラであり、その骨から大型底生生物であるゴカイの仲間28種、コシオリエビ数種、ルビスピラ属など巻貝2種、ホネクイハナムシの1種など、多様な生物を少なくとも41種確認しました(図4図5)。形態レベルの検討ではほとんどが新種である可能性が高いといえます。そのうち、巻貝のルビスピラ属(図5.D)、ホネクイハナムシ(図5.E、図6)などいくつかのグループについては遺伝子レベルの検討に着手しており、その結果はいずれのグループの種も新種であることが判明しています。

一方で、これらのブラジル沖鯨骨生物群集の構成種を属レベルで見ると、北東太平洋カリフォルニア沖でこれまでに見つかっている鯨骨生物群集や熱水/湧水生物群集の構成種と類似しており、同じ系統群に所属していることがわかりました。このことは、スミス博士の飛び石仮説が、全球的な広がりを持つことを強く支持するものです。

鯨類は基本的に全海洋に分布していますが、大陸縁辺海域ではザトウクジラなど大型のヒゲクジラ類が季節的に回遊したり、赤道帯ではマッコウクジラが多く出現したりするなど、他の海域と比較して多くの鯨類が分布し、そのため多くのクジラの遺骸が海底に沈んでいると推定されています。これらの鯨骨が高密度で分布することが推定される海域を「鯨骨回廊」と呼び、この回廊を通じて、化学合成生物群集の構成種は全球スケールの分散を行っている可能性が高いと考えられてきましたが、今回の発見は、こうした構成種が大陸縁辺海域や赤道帯といった世界規模の「鯨骨回廊」に点在するクジラの遺骸を飛び石的に利用して分散している可能性を示唆しています。

以上のように、「しんかい6500」による南大西洋初の鯨骨生物群集の発見によって、これまで謎とされてきた鯨骨生物群集の成り立ちや広がりを紐解く大きな手がかりを得ることができました。

4.今後の展望

研究グループでは今後、実験的にクジラの遺骸をさまざまな海域に設置し、クジラの遺骸が深海で分解されて化学合成生物群集の飛び石となるまでの成立過程とその過程で存在する生物の全球的な類似性の検討を行います。

また、深海の調査が遅れている南半球での潜航調査の機会を増やすべく、南半球において海洋学でリードしているブラジルやニュージーランドなどとの学術的な連携を深めていくことによって、世界各地で深海生物の調査航海を実施し、熱水噴出孔/湧水/鯨骨生物群集構成種について網羅的な分類学的考察を行うとともに、群集間の類似性や分類群ごとの遺伝的多様性を検討し、その分散と進化のメカニズムを明らかにすることを通じて、謎に満ちた化学合成生物群集の全貌を解明していく予定です。

[用語解説]

※1 化学合成生態系:一次生産エネルギーを太陽光エネルギーに頼らず、海底下から湧き出す硫化水素やメタン、水素といった還元的化学物質を酸化するときに発生するエネルギーに依存する生態系。一次生産者は植物や植物プランクトンではなく、化学合成細菌であり、海底温泉周辺などに大規模な生物群を形成する。代表例は熱水噴出孔生物群集や湧水生物群集など。

図1

図1.ブラジル沖鯨骨生物群集の発見地点(水深4,204m)

図2

図2.ブラジル沖で発見した世界最深の鯨骨生物群集、サンパウロ海嶺、水深4,204m

図3

図3.鯨骨生物群集の分布図(人為的に形成されたものを除く)
ブラジル沖鯨骨生物群集(本研究)、これまでに発見された鯨骨生物群集(自然死による)

図4

図4.ブラジル沖鯨骨生物群集を構成する生物群

図5

図5.ブラジル沖鯨骨より出現した無脊椎動物
(A)イソギンチャクの1種、(B)シンカイコシオリエビ属の1種、(C) Stephonyx属の1種(ヨコエビ類)、(D) Rubyspira属の1種(巻貝類)、(E)ホネクイハナムシ属の1種(ゴカイ類)、(F)ゴカイ属の1種、(G)カザリゴカイ科の一種、(H) Bathykurila 属の1種(ゴカイ類)、(I) Vrijenhoekia 属の1種(ゴカイ類)

図6

図6.ホネクイハナムシの1種に「喰い尽くされた」鯨骨(骨端板)

有人潜水調査船「しんかい6500」が発見したブラジル沖深海の鯨骨生物群集

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
東日本海洋生態系プロジェクトチーム プロジェクト長 北里 洋
海洋生物多様性研究分野 分野長代理 藤原 義弘
日本大学
生物資源科学部 海洋生物資源科学科 准教授 荒 功一
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
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