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プレスリリース

2016年 7月 22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

温暖化による永久凍土の融解が
世界最大の針葉樹林帯に与える影響を数値実験により解析
―全球規模の気候変動予測の精緻化に貢献―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層物質循環研究分野の佐藤永研究員らは、新たに開発した数値モデルでの実験と地上・衛星観測データの解析の結果、地球温暖化の影響により、東シベリア域の永久凍土地帯に拡がるカラマツ林帯の植物生産性が増加する見通しであることを明らかにしました。

東シベリア域のカラマツ林帯(以下、カラマツ林帯)は日本の国土面積の10倍に相当し、その植物生産性は気候変動に大きな影響を与えます。カラマツ林帯が存続できるためには、地表面近くに永久凍土(※1)が存在することで不透水面が形成され、土壌水が地表近くに留まることが欠かせないとされ、近年進行している地球温暖化とそれに伴う永久凍土の融解がカラマツ林帯へもたらす影響が危惧されてきました。しかし、これまでその具体的な影響を詳細に検証した例はほとんどありませんでした。

研究グループでは、JAMSTECが開発した植生モデルに永久凍土の機能を新たに組み込むことによって、気候変化に伴う永久凍土とカラマツ林帯の応答を調べる数値実験を行いました。その結果、今世紀末までに予想される最大規模の地球温暖化が進行した場合、永久凍土は地下深くまで後退するものの、それに伴う土壌表層から深層への土壌水の浸出は年数十mm程度に留まること、その一方で100~300mm程度の年降水量増加が予測されることから、結果として東シベリア全域は湿潤化し、カラマツ林帯のほぼ全域において植物生産性・生物量・葉面積のいずれも増加することを明らかにしました。このような変化は、大気中CO2濃度を減少させ温暖化を抑制する機能を持つ一方、枝葉や幹が雪面を覆い隠して日射吸収率を高めることで、局所的に温暖化を促進する機能を持ちます。

研究グループでは今後、過湿や高温によるストレス、土壌中窒素の不足によるカラマツの成長抑制、地形が土壌の乾燥に与える影響など様々な要素の影響を検討することにより、シミュレーションの精度をさらに高めていく予定です。また、植生変動が大気中CO2濃度や日射吸収率などの変化を通じて気候に与える影響を検討することにより、全球規模の気候変動予測の精緻化に貢献していくことが期待されます。

なお、本研究はJSPS科研費JP25281003および北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の一環として実施したものです。また、本成果は、英科学誌「Ecology and Evolution」に7月22日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Endurance of larch forest ecosystems in eastern Siberia under warming trends
著者:佐藤永1、小林秀樹1、岩花剛2、太田岳史3

所属:
1. 海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
2. アラスカ大学 フェアバンクス校 国際北極圏研究センター
3. 名古屋大学大学院 生命農学研究科

2.背景

東シベリアには、主にカラマツから構成される落葉性針葉樹林帯が拡がっています(図1)。ここは日本の国土面積のおよそ10倍に相当する世界最大の針葉樹林帯であり、その植生変化は炭素収支や気候システムに大きな影響を与えることから的確な予測が求められています。

また、カラマツ林帯の地理分布は永久凍土の分布域とほぼ一致していることから、年降水量が200~300mm程度と極めて少ないこの地域においては、永久凍土が降水の大半を地表近くに留めることで、カラマツ林帯の存続に必要な水分を供給していると考えられています。ところが、その永久凍土は地球温暖化によって融解が進んでおり(2008年1月18日既報)、今世紀末までにユーラシア大陸の大部分において永久凍土はより地下深くにまで後退し、それに伴ってカラマツ林帯南部では、より乾燥に強いステップ(草原)などの植生に置き換わるなど、大きな植生変化が生じる可能性が指摘されています。

JAMSTECでは他機関との連携の下、東シベリア・ヤクーツク市近郊のスパスカヤパッド実験林において1997年より継続的なデータ収集を行う一方、人工衛星による観測データを元に葉面積の分布など東シベリア全域の植生構造を把握する研究を実施してきました。これらの研究を通じて得られた知見を基に、研究グループでは今世紀中に予測される気候変動条件の下におけるカラマツ林の応答を探りました。

3.成果

JAMSTECが中心となって開発した植生モデルSEIB-DGVMに、アメリカ国立気象局国立環境予測センターなどが開発した陸面物理過程モデルNOAH-LSMを組み込み、植生と凍土との相互作用を扱う統合モデル(図2)を新たに開発しました。このモデルを用いてスパスカヤパッド実験林における1998年~2006年の土壌含水量の年々変動および土壌含水率が蒸発散効率(※2)に与える影響をそれぞれシミュレーションしたところ、観測値と概ね一致する傾向が再現されました(図3)。また、CO2収支の変動のシミュレーションにおいても、カラマツが葉の展開を開始する5月中旬にCO2吸収量が増え、乾燥の強まる7月上旬以降は徐々にCO2吸収量が減少していく傾向が概ね再現されました(図4)。

これらの検証により一定の信頼性が担保されたモデルに、今世紀末までに予想される最大規模の地球温暖化シナリオを適用し、2100年における永久凍土、土壌含水率、生物量の変化をシミュレーションしました。その結果、地表付近の永久凍土の大半は消失し、土壌表層から深層への土壌水の浸出が生じるものの、その量は年数十mm程度に留まり、その一方で100~300mm程度の年降水量増加が生じるため(図5)、それらの正味として東シベリア全域は湿潤化し、カラマツ林帯のほぼ全域において植物生産性が増加することが予測されました(図67)。

この植物生産性の増加は、気温上昇がカラマツが葉を展開する期間を長くし、また降水量の増加が成長期後半の乾燥によるストレスを緩和させるためであることが感度分析の結果から示されました。

4.今後の展望

本研究では、予測される最大の地球温暖化シナリオに基づいて永久凍土域のカラマツ林帯の応答についてシミュレーションし、気候変動が植物生産に与える複雑な作用について検証しました。他方、近年の研究では過剰な湿潤状態が森林の成育を妨げ枯死・荒廃を進行させているとの報告もされています(2013年2月12日既報)。

研究グループでは今後、カラマツの生産性を制限している根系の浸水ストレス・高温によるストレス・土壌中の窒素制限・地形の影響といった今回のシミュレーションでは考慮できていない要素がカラマツ林帯の存続や生産性にもたらす影響について、観測データを収集するとともにモデルにも組み入れ、より定量的に精度の高い予測を実現させる予定です。また、カラマツ林帯の変化が大気-陸面間の相互作用を通じて気候環境にもたらす影響についても定量的な解析を進める予定です。

※1 永久凍土
永久凍土とは連続2年以上凍結した状態の土壌と定義され、水をほぼ通さない性質を持つ。東シベリアのカラマツ林帯には、地下数百メートルまで達する永久凍土が存在するが、このような永久凍土地帯においても地表面近くには夏期にのみ融解する土壌層が存在し、これは活動層と呼ばれ永久凍土とは区別される。

※2 蒸発散効率
実際に生じた蒸発散量を、それと同じ気候条件下で無制限に土壌水分が供給される場合に生じる蒸発散量で割った値。

図1

図1 東シベリアにおけるカラマツ林帯の分布。カラースケールは、0.5度格子におけるカラマツ林の被覆割合(データソース:Global Land Cover 2000 Project)。赤い三角のマーキングは、モデルの精緻な検証を行ったスパスカヤパッド実験林の位置。縦軸の数字は緯度、横軸の数字は経度。

図2

図2 本研究で用いた統合陸域モデルの模式図。JAMSTECが中心となって開発した植生モデルSEIB-DGVMに、アメリカ国立気象局国立環境予測センターなどが開発した陸面物理過程モデルNOAH-LSMを組み込んだ統合モデルを新たに開発した。

図3

図3 スパスカヤパッド実験林における統合モデルの検証例1。(a)土壌含水量(単位面積あたりの土壌水量)の年々変動(実線:シミュレーション、破線:観測値)、(b) 蒸発散効率の年々変動(黒丸:シミュレーション、白丸:観測値)。全ての数値はカラマツが葉を展開する期間である6~9月の平均値、土壌含水量は地下0~50cmまでの積算値である。
土壌含水率の年々変動、および土壌含水率が蒸発散効率に与える影響のそれぞれを、モデルが再現していることを示している。

図4

図4 スパスカヤパッド実験林における統合モデルの検証例2。縦軸の純生態系交換量とは、この生態系における正味のCO2収支であり、正の値が放出、負の値が吸収を意味している。値は、いずれも10日間の移動平均値である。
カラマツが葉を展開する5月中旬(1月1日から数えて135日目頃)以降にCO2吸収量が増え、乾燥の強まる7月上旬(1月1日から数えて185日目頃)以降より徐々にCO2吸収量が減少していく様子が例年観測され、そのような特徴をモデルが再現していることを示している。

図5

図5 東シベリア域における緯度方向の気候分布。1996~2005年平均値は観測に基づいた値、2091~2100年平均値は、我が国の地球システムモデルMIROC-ESMを、IPCCのRCP8.5シナリオ(今世紀末の放射強制力が工業化以前と比較して8.5W/m2増加するように大気中の温室効果ガス濃度が上昇するシナリオ)の下で実行した出力である。(a) 年平均気温、(b) 年降水量。
東シベリア全域において今世紀末までに、おおむね、年平均気温が8~12°C、年降水量が100~300mm上昇すると予測されている。

図6

図6 広域シミュレーション結果と観測値とを、緯度方向の平均値で比較した図。(a)地表から2m以内に永久凍土が存在する地域の比率、(b) カラマツの葉面積指数(ある土地に存在する全ての葉の片側面積を積算し、その土地の面積で割った値)。
現在の永久凍土と葉面積の緯度方向分布をモデルが再現していること、また今世紀末までに地表面付近の永久凍土の大半が消失し、葉面積指数はほとんどの地域で増加することが示されている。

図7

図7 広域シミュレーションの結果。上段は1996~2005年の平均、下段は2091~2100年の平均。このシミュレーションに使用した気候予測データの概要は、図5に示した。
活動層深とは、夏期に融解する土壌の最大深度で、グレーは活動層深がモデルで仮定している土壌の最深部(2m)に到達した地域で、すなわち地表面付近の永久凍土が消失したことを示している。その一方で、東シベリアのほぼ全域で、土壌含水率は増大し、生物量が増加することが示されている。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野
研究員 佐藤 永
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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