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プレスリリース

2016年 8月 31日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

PM2.5の頑固な汚れ「ブラックカーボン」も東シナ海では降雨が洗い流す
~アジアからの汚染粒子が広がる範囲と温暖化影響を検証するための観測知見~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層物質循環研究分野の金谷有剛分野長代理らは、中国科学院大気物理研究所、九州大学、国立極地研究所と共同で、長崎県・福江島(図1)で6年間(2009~2015年)にわたって実施した大気成分の長期観測の統計的な解析から、大気中PM2.5エアロゾル粒子(※1)の成分の一つであり、地球温暖化の原因物質とされるブラックカーボン(BC)粒子(※2)について、大気から洗い流されて取り除かれていく割合(除去率) を降雨量と結びつけることによって定量的に評価できることを見出しました。BCが中国や日本などの発生源から大気へ排出される時点では、水に溶けにくい性質を持っていると考えられますが、大気中を運ばれてくるのに要する時間よりはるかに短い時間スケールで、水に溶けやすいタイプの粒子と混合する「エイジング」の効果によって、雲や雨に混ざるように性質を変えた結果、このような降雨量との関係が生まれたものと考えられます。この知見は、地球温暖化モデルでのエイジングの速さについて、正確な表現が必要であることを示しました。また、観測から求めた除去率について、「空気が運ばれてきた経路で降った降雨量の合計値」(以下、「積算降水量」)の関数として表現することを初めて提案し、数値モデルの除去過程を検証しやすくしました。これにより、中国などの巨大な発生源から拡がるBC粒子やPM2.5がどこまで運ばれるか、近年指摘されるように北極域や外洋域へまで本当に運ばれているのかを検討する上で役立つと考えられます。

これらの成果は、BCだけでなく、雨で取り除かれない一酸化炭素(CO)も合わせて計測し、それらの濃度比率を長期にわたって計測したことで得られたものであり、今後、海洋地球研究船「みらい」での外洋観測などによる検証を経て、IPCCなどで用いられるBCに関する数値モデルの評価へ貢献することが期待されます。

なお本研究は環境省環境研究総合推進費S-7、2-1403、2-1505、JSPS科研費JP25220101、JP16H01770、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の一環として実施したものです。本成果は、8月30日に欧州地球科学連合の専門誌「Atmospheric Chemistry and Physics」に掲載されました。

タイトル: Long-term observations of black carbon mass concentrations at Fukue Island, western Japan, during 2009–2015: Constraining wet removal rates and emission strengths from East Asia
著者:金谷有剛1 、Pan Xiaole2,3 、宮川拓真1 、駒崎雄一1、 竹谷文一1、鵜野伊津志3 、近藤豊4
1.海洋研究開発機構、2.中国科学院大気物理研究所、3.九州大学、4.国立極地研究所

2.背景

地球温暖化の最大の要因は、大気中への二酸化炭素(CO2)の排出増加であると考えられていますが、BC粒子による影響についても、それに次いで、メタンと同程度に大きいと考えられています(2016年2月20日既報を参照)。メタンやBCは大気中での滞留時間が短いため、対策をとれば即効的に大気汚染とともに温暖化が軽減されうる物質(短寿命気候強制力因子)として注目されています。とくに近年では、北極域の加速的な温暖化の要因としても取り上げられ、国際的に削減の取り組みもスタートするなど、政策決定者や社会からの科学的知見に対する要請はますます高まっています。そのため、BCの「排出」、親水性を獲得する「エイジング」、大気中の「輸送」、雲・降水による大気中からの「湿性沈着」、といったライフサイクルに関わる過程を全て把握し、それらによって決まる大気中での存在量や運ばれる範囲などについて、正確に理解することが求められています(図2)。しかしながら現在のところ定量的な知見は非常に限られており、例えば、「排出」に関しては、バイオ燃料や石炭の燃焼が盛んな中国からの排出量でさえ、実際の値との間に2倍ものギャップがあってもやむを得ないとして推計されています。また、モデルの中での「エイジング」や「湿性沈着」の表現では、仮定のままの部分が多く、観測から評価されてきませんでした。

JAMSTECでは2009年から長崎県・福江島大気環境観測施設(図1)において大気成分の測定を継続し、巨大発生源である中国などから、大気汚染物質が東シナ海を渡って運ばれてくる様子を明らかにしてきました。大気汚染物質が東シナ海を渡る際には、海洋から大気への活発な水蒸気供給などの影響を受けて、さまざまな量の降水の影響を受けるという特徴があり、大気中エアロゾル粒子の、降水に関係した除去を探るのに適しています。この点に注目し、今回、6年間(2009~2015年)にわたり、日本製の高精度な最新装置で計測したBCの大気中濃度を統計的に解析し、除去過程について探りました。排出された時点では水に溶けにくい性質をもっているBCは、いわばPM2.5の中で降水に洗い流されにくい「頑固な汚れ」に例えられますが、東シナ海を渡ってくる時点ですでに「エイジング」の効果を受けて雨に取り込まれやすい性質を帯びているかどうか、降水量との対応関係を調べました。

3.成果

解析からまず、BCの除去が東シナ海を渡ってくる時点ですでに始まっていて、降水量の増加と対応する様子を見出しました。このことから、BC粒子が、他の水溶性の大気汚染粒子と混合する「エイジング」の効果を受けて、すでに水に溶けやすい形となっていることがわかりました。また、「積算降水量」からBCの除去率を推定する、量的な関係式を初めて提案しました。得られた式は一般性を持つと考えられ、発生源から福江島の間だけでなく、より広域の地域へ適用することで、中国などの巨大な発生源から拡がるBC粒子がどこまで遠くへ運ばれるかを検討する際に指標として用いることができます。また、地球温暖化モデルでの仮定や気候影響を定量的に評価するために使うことが可能です。

計測において、BC濃度だけを測定するのでは、濃度の増減の理由が、降水によって大気からの除去がおきたためか、排出量の変動に起因したのか、あるいは大気中での拡散希釈効果が変化したのか、見分けがつきません。そこで、BCと同様に燃料の不完全燃焼で発生し、大気中で同じように拡散希釈の効果を受ける一酸化炭素(CO)を合わせて計測し、それらの濃度比(BC/CO比)に着目した解析を行いました(図34)。BCは降水による除去を受けますが、COはその影響を受けないため、濃度比の値は、BCに特有の降水除去の情報を持つことになります。この濃度比はこれまでも解析に用いられてきましたが、いずれも短期間の集中的な観測に適用されたのみでした。本研究では6年間の長期データに初めて適用することで、解析の際にさまざまな要因によって引き起こされるランダム誤差の影響を、統計的な収束効果によって打ち消して、クリアな解析を行うことが可能となりました。

解析の結果、福江島でのBCとCOの濃度の増減は時間的にほとんど同期し(図3上図)、共通の発生源の影響を受けていることが示唆されました。さらにより詳しく見ると、それらの濃度比(BC/CO比)は時間とともに変動しており、降水に関するさまざまな指標のなかでも、「空気が運ばれてきた経路で降った過去3日間の降雨量の合計値」(以下、「過去3日間の積算降水量」)と連動していることがわかりました (図3下図)。降水が見られたときに観測されたBC/CO比について、降水が見られなかったデータでのBC/CO比(図5左の値)を基準にとった場合の減衰度から、大気中に残る側のBCの割合をまず求め、残りの失われた分を「除去率」として評価しました。

算出された除去率(図5右図、オレンジ色のハッチの領域)は、過去3日間の積算降水量(図5の横軸)に対してスムーズに増加することがわかりました。石炭の燃焼やディーゼル排ガスなどの発生源から大気へ排出されたばかりの時点では、BCは水に溶けにくい粒子であるため、性状がその先変わっていなければこのような降水による除去はおきないはずです。そのため、運ばれてくる途中で降水による影響を受けたころにはすでに、「エイジング」の効果を受けていたことになります。中国や日本などの発生源から福江島まで、大気中を運ばれてくるのに要する時間は6~46時間と推定されており、それよりずっと短い時間スケールで「エイジング」が起きていたことが示唆されます。また、親水性の高い成分が多く含まれるPM2.5全体に占めるBCの割合は積算降水量が0~50mmの広い範囲で約2%と不変であり(図6)、雨による除去を受けたときにBCが優先的に大気側に留まるといったような、親水性による分別は全くみられませんでした。このこともBCの親水性がすでに十分高まっていることを裏付ける結果です。

地球温暖化モデルでは、BCのライフサイクルを「排出」「輸送」に「エイジング」「沈着」を加えた形で表現しています(図2)。エイジングには世界中どこでも1~2日の固定日数を要するといった簡易な表現がモデルの中でなされる場合がありましたが、それではスピードが遅すぎることが示唆されました。水溶性粒子との混合を考慮する新しいモデル表現手法では、より速いスピードで親水性への変化が起こると予測されており、今回の結果はこうした新しい表現手法を支持するものです。とくにアジアの大気では大気汚染性の粒子が多く共存し、その影響を考慮することが重要です。

また、積算降水量の増加に伴う除去率のスムーズな上昇を式で近似し(図5中の黒いカーブ線)、除去率を積算降水量の関数として表現することを提案しました。ここから、BCが除去により半減するのは、排出時点からカウントして積算降水量が15mmに達する時点である(図5中の紫点線)など、定量的な指標が得られました。このカーブは単純な指数関数的な減衰ではなく、積算降水量が上昇するほど除去率が上がりにくくなる項が含まれています。この点は、大気が外洋や北極域などにまで降水の影響を受けながら長距離輸送されていったときに、BCがまだわずかに大気中に残り続ける可能性を指摘するものであり、先に示した、これまでの想定より早く親水性を帯び除去が始まる効果を打ち消すものです。今後、これらの両方の視点から、汚染粒子が拡がる範囲とその温暖化影響を正確に評価していくことが重要です。

4.今後の展望

BCの除去に対して見いだされた降水との関係性は、BCを含むPM2.5全体の大気からの除去を考えるうえでも適用しうるもので、我が国のPM2.5の起源に関する理解や大気汚染モデルの評価および改良にもつながります。研究グループでは、今回得られたBCの湿性除去率を積算降水量の関数として表現する式を指標として、複数の温暖化モデルについてBCの湿性沈着の表現が適切か、検証を始めます。中国から日本へ飛来したBC粒子は、その先さらに太平洋の外洋地域や北極海へと運ばれていくと考えられますが(図2)、湿性除去の影響を受けながら、どこまで広い地域にBCが到達しているかは、依然として謎のままです。特に北極域まで運ばれると、BC粒子は海氷や積雪に沈着して黒ずませ、融解を促進し、氷や雪による太陽光の散乱効果を弱めて、地球全体の温暖化を加速させることが指摘されており、その度合いによっては温暖化問題を解く鍵となります。研究グループは海洋地球研究船「みらい」において、太平洋から北極海にかけて、大気中のBC、COの観測を広く展開しており、本研究で明らかにした法則がより広い地域で適用できるのか検証を進め、地球規模の温暖化の正しい理解と対策の推進を、観測から牽引していく予定です。

※1 エアロゾル粒子:大気中に浮遊する液体・固体状の粒子のこと。PM2.5はそのうちの2.5μmより小さいサイズの粒子の総称である。

※2 ブラックカーボン(BC)粒子:化石燃料や植物燃料などの燃焼の際に、不完全燃焼で発生する黒色のエアロゾル粒子で、PM2.5の成分の1つ。

図1

図1 福江島大気環境観測施設の位置と概要。地図の背景はブラックカーボンの排出量推計マップ。福江島には、中国中北部・中南部、日本や韓国など主要な発生源地域から6~46時間程度で東シナ海上を大気が運ばれてくる。下は計測に用いたBC計(左)、 CO計(右)。

図2

図2 BCのライフサイクルに関する模式図。「排出」直後のBCは、水に溶けにくい粒子状態であるが、硫酸塩などの親水性粒子と、個々の粒子レベルで混合する「エイジング」により、雲や雨に取り込まれやすい親水状態へと変化する。その後、雨による「湿性沈着」を受けながら、「輸送」されていく。今回、エイジングは速やかに起こり、福江島に大気が到達するときまでには湿性沈着が有効に機能していることが示された。また本研究では、湿性除去を受ける割合を、大気が運ばれる際に受けた積算降水量で表現できることも見出し、湿性沈着と輸送のバランスで決まる、発生源からのBC広がりについても検証が可能となった。

図3

図3 (上)BC、CO濃度の時系列データ(例:2014年3月)。BCとCOは非常によく似た時間変動パターンを示す。COは半球規模のベースライン濃度(黄緑色)を差し引いてΔ(デルタ)CO 値としてから(※)、BC濃度との間の比(BC/CO比)を計算した。(下)BC/CO比の値には、時間変動がみられ、「積算降水量(過去3日間に空気が通ってきた経路で降った雨を積算した値)」が多いときに比の値が減少する様子が明らかとなった。3/13、3/27、3/29-31(矢印)が特徴的な例。

※Δ(デルタ)COは、半球規模のベースライン濃度からの増分を表す。BCの背景濃度はゼロとし、ΔBCはBC濃度そのものとして解析を行った。

図4

図4 BC/CO比を用いた、降水によるBC除去率の算出に関する模式図。Aは経路上にて降水が見られなかった場合(図5上のAと対応。以下同様)。大気の希釈や拡散の効果を受けて、CO、BCともに濃度は減少するが、BC/CO比は運ばれる前後で変わらない。Bでは、経路上で降水があり、BCのみが輸送途中で湿性除去され、BC/CO比が減少する。CはBより雨量が多いケースで、BCの除去率がさらに上昇する。

図5

図5 計測されたBC/CO比(右図の赤丸)は積算降水量に対してスムーズに減少し、BCが雨により洗い流されていることがわかった。BC/CO比について、雨が見られなかったときの値(左図の赤四角の値)で割った「大気残存率(右図左軸)」や、「大気からの除去率(=1-残存率、右図右軸)」は、stretched exponential decay式(図中の式、黒いカーブ線)を用いて、よく近似できることがわかった。量的な関係の指標として、除去率が0.5となるのは、積算降水量が15mmとなるときであることが示された(紫色)。

図6

図6 PM2.5のうちBCが占める割合が積算降水量で変化するかどうかを検証した図(+は個々の計測データ、□は降水量レベルでデータを区切った際の中央値)。積算降水量が変化してもBC/PM2.5比は2%でほぼ一定であり、降水による除去を受けたときに、BCが選択的に大気中に取り残されるような兆候は見られなかった。そのため、BCもPM2.5の主成分同様、親水性を十分に帯びているものと考えられた。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野 分野長代理 金谷有剛
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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