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2017年 1月 21日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人北海道大学

黒潮が爆弾低気圧を呼ぶ
―黒潮が爆弾低気圧とジェット気流を変調する新たなメカニズムを提唱―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの吉田聡研究員と国立大学法人北海道大学(総長 山口 佳三)理学研究院の見延庄士郎教授は、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いた全球大気モデルでの黒潮有無実験により、短時間で急速に発達する「爆弾低気圧(※1)」を黒潮が日本付近に集中させていることを発見しました。

また、この爆弾低気圧の集中が下流の北東太平洋上でのジェット気流の南北蛇行を引き起こし、北米西岸やハワイ付近の降水量に影響するメカニズムを提唱しました。これは、黒潮が熱帯から運び込んだ熱が爆弾低気圧のエネルギー源となって北太平洋の大気循環と降水分布に影響を与えていることを、世界で初めて示したものです。

この研究は、地球の気候がどのように形成されているかの理解を大きく進めるとともに、今後、黒潮やメキシコ湾流などの暖流と大気との相互作用の研究や、将来予測実験における中緯度気候場の信頼性研究に大きな影響を与えることが予想されます。

なお、本研究はMEXT科研費JP22106008(新学術領域研究2205「(略称) 中緯度海洋と気候」計画研究)の一環として実施したものです。

この成果は米国気象学会が発行する気候学の専門誌「Journal of Climate」電子版に1月21日付で掲載される予定です。

タイトル:Storm track response to SST fronts in the Northwestern Pacific region in an AGCM
著者:吉田聡1、見延庄士郎2
1. JAMSTECアプリケーションラボ、2. 北海道大学大学院理学研究院 地球惑星科学部門

2.背景

エルニーニョ現象に代表されるように、熱帯では海洋が大気循環を駆動することが知られていましたが、中緯度域では大気が海洋を駆動するという考えが一般的でした。しかし、近年の衛星観測の充実やスーパーコンピュータの発達により、熱帯から中緯度に流れ込む黒潮やメキシコ湾流に代表される暖流によって海面水温が急激に変化する領域「海面水温前線」上では、中緯度においても海洋が大気に影響を及ぼすことが明らかになってきました。しかし、社会にも大きな影響を与える爆弾低気圧については、黒潮・黒潮続流域に集中して発生することは知られていましたが、黒潮・黒潮続流が影響して、爆弾低気圧が生じているのかどうかは未解明でした。

3.成果

吉田研究員と見延教授は黒潮・黒潮続流の海面水温前線の影響を捉えることができる水平解像度50kmの「地球シミュレータ」用全球大気モデルAFESに、人工衛星で観測された水平解像度25kmの毎日の海面水温を1981年9月から2001年8月まで20年間与え続ける実験(標準実験;黒潮有)と、北西太平洋域で海面水温前線を平滑化して黒潮・黒潮続流を除去した海面水温を同様に与える実験(平滑化実験;黒潮無)を行い、黒潮・黒潮続流が大気に与える影響を調べました(図1)。その結果、1月に黒潮・黒潮続流が存在すると、観測と同じように爆弾低気圧が北西太平洋に集中して発達するのに対し、黒潮・黒潮続流が存在しないと、爆弾低気圧の発達域が東に移動することを明らかにしました(図2)。また、爆弾低気圧が北西太平洋上に集中して発達することが、その下流にあたる北東太平洋上のジェット気流の南北蛇行を活発にし、北米西岸やハワイ付近の降水分布に影響することを示しました(図3)。さらに、黒潮・黒潮続流と爆弾低気圧の発達との関係を詳細に調べた結果、低気圧が黒潮上を通過する際に、黒潮から蒸発する水蒸気を取り込むことで、低気圧中心付近の降水量が増加し、水蒸気が雨に変化するときに発生する熱(凝結熱)をエネルギー源として爆弾低気圧が急発達していることを明らかにしました(図4)。黒潮が大量の水蒸気を大気に供給することは、黒潮が熱帯から運んだ熱が水蒸気という形で大気に与えられていることにほかなりません。これらの結果は、黒潮・黒潮続流が熱帯から中緯度に運んだ熱エネルギーが爆弾低気圧の発達を介して、北太平洋上の大気循環と降水分布を決めているという一連の大気応答とメカニズム(図5)を新たに提唱した画期的な成果です。

4.今後の展望

地球温暖化予測を実施している気候モデルの多くは、大気モデル、海洋モデル共に水平解像度が100km以上で、爆弾低気圧や黒潮・黒潮続流を再現できていません。例えば、IPCC第5次評価報告書において過去の気候変動の診断と将来予測の基礎データを与える第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5)(※2)に参加している気候モデルの中で、最も水平解像度が高い大気海洋結合モデルMIROC4hの海面水温と標準実験で与えた観測との海面水温差(図6)は、標準実験と平滑化実験との海面水温差(図1c)以上です。これは、現在の気候モデルでの爆弾低気圧や北太平洋上の大気循環場の将来変化予測は大きな不確定性を持つ可能性を示唆しており、今回の成果が今後の将来予測や今後の気候モデル開発に大きな影響を与えることが予想されます。実際、第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)では、水平解像度25km以下の高解像度モデルによる相互比較計画(HighResMIP)が盛り込まれており、今回の研究の解析手法の利用や見出された大気応答との比較によって、中緯度大気海洋相互作用研究および気候変動・気候変化研究の発展に大きな影響を与えることが期待されます。

※1 爆弾低気圧
温帯低気圧のうち、緯度60度で規格化した中心気圧が1日で24(単位:hPa x sin60°/sin(低気圧緯度))より急激に低下したもの。東京の緯度(北緯35度)であれば、1日で16hPa以上中心気圧が低下したものを言う。(JAMSTECコラム「爆弾低気圧は異常気象か?」参照。

※2 第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5)
IPCC第5次評価報告書に向けて策定された気候モデルによる気候変化将来予測実験計画。各国の研究機関がこの計画に基づいて、それぞれの気候モデルを用いた将来予測実験を行い、結果を相互比較することで、将来の気候変化予測の不確実性を評価する。IPCC第6次評価報告書は2022年にまとめられる予定であり、それに向けて 第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)が策定されている。

図1

図1.実験に与えた1月の海面水温:(a)標準実験、(b)平滑化実験の海面水温と(c)標準実験と平滑化実験の差(単位:K)。赤いほど標準実験の方が温かく、青いほど冷たい。(d)は海面水温水平勾配の標準実験と平滑化実験の差(単位:K/100km)。赤いほど海面水温が水平方向に急激に変化。

図2

図2.1月の爆弾低気圧活動:標準実験と平滑化実験の差(色、単位:hPa/day)、標準実験の気候値(細実線)。紫の線は10°Cと20°Cの海面水温。黒い太線は爆弾低気圧活動の差が統計的に意味のある領域。赤いほど標準実験で爆弾低気圧活動が活発で、青いほど不活発。

図3

図3.1月の300hPa面の西風軸(ジェット気流軸)の南北位置頻度分布(色、単位:回/月)と西風平均風速(黒実線、単位:m/s):(a)標準実験、(b)平滑化実験。標準実験では北東太平洋上でジェットの軸が南北に二股に分かれているのに対し、平滑化実験では南側の軸に集中している。(c)1月の降水量の標準実験と平滑化実験の差(色、単位:mm/day)と標準実験の海面水温(細実線、単位:°C)。赤いほど標準実験で降水量が多く、青いほど少ない。黒い太線は降水量の差が統計的に意味のある領域。

図4

図4.153°E, 39°N(■)で急発達する爆弾低気圧事例の12時間前の海面気圧(黒線、単位:hPa)、鉛直積算水蒸気フラックス(矢印、単位:mm m/s)、降水(青線、紫線、単位:mm/day)、海面潜熱フラックス(色、単位:W/m2)の合成図。(a)標準実験、(b)標準実験と平滑化実験の差。赤いほど標準実験の方が海面からの蒸発量が多い。青線は標準実験の方の降水量が多く、紫線は降水量が少ない。矢印は水蒸気の水平方向の流れを示す。

図5

図5.黒潮が爆弾低気圧と大気循環に及ぼす影響の概念図。

図6

図6.標準実験と気候モデルMIROC4hとの1月の海面水温の差(単位:°C)。赤いほど標準実験(観測された海面水温)の方が気候モデルより海面水温が高い。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 アプリケーションラボ
研究員 吉田 聡
国立大学法人北海道大学大学院理学研究院
教授 見延 庄士郎
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人北海道大学
総務企画部広報課広報・渉外担当
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